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本編
第12話
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兼治に促される形で本音をぶちまけた志郎。
彼の発言は、その場にいるほとんどのスタッフを驚愕させる程、色んな意味で興味深いものになった。
「うっ……す、すみません」
「何謝ってるんだ。こいつは別に、あんたに対して怒ったわけじゃないんだぞ。……フン。そんなにカリカリしたって、無駄なエネルギー使うだけだっての」
運悪く、と言っていいのかわからない。けれど、テーブルを挟んで正面に座っていた美奈穂は、静かに、だけど迫力が凄まじい志郎の言葉を、正面から受け止めざるを得なかった。
その結果、気づけばすっかり委縮してしまい、反射的に頭を下げた後、気づいた時には謝罪の言葉を口にしていた。
今自分の目の前にいるのは、会社に居た同僚達じゃない。そうわかっていても、記憶の底に無理矢理押し込んだはずの事務員時代の記憶が頭の中によみがえる。
嫌な記憶が刺激されて、条件反射にも似た反応を取らない方が、きっと難しいはずと、美奈穂は心の中で、必死に感情の逃げ道を模索した。
そんな彼女の変化を敏感に感じ取ったのか、隣に座る光志はすぐに美奈穂の華奢な肩を抱き寄せた。
しばらく心配そうに美奈穂を見つめた視線は、一瞬で鋭さを宿し、勢いのままに志郎の方へ向けられる。
「こちらこそ、申し訳ありません。別に、あなた達を不快にさせたかったわけじゃないんです」
二人の様子を目の当たりにした志郎は、すぐに謝罪の言葉を口にした。
そして、隣で呑気にデザートを食べる兼治の方を勢いよく向いた彼は、兼治を睨みつけながら「中原さん!」と叱責の声をあげる。
「いや、俺はただ場の空気を少しでも和ませようと……」
「アナタ」
怒りを滲ませる志郎の視線を受けた兼治は、すぐさま反論しようと口を開く。だけど、ほぼ同時に妻の千草が静かに声をあげた。まるで、夫の発言を打ち消すかのように。
今のはアナタが悪い。そう諭すように、千草はそれ以上何も言わずただ首を横に振るだけ。
そんな妻の反応もどこか不満なようで、兼治はガシガシを乱暴に自分の頭を掻いた。
近くで静かに互いの主張をぶつけ合う志郎たち。
恐怖心でバクバクと加速する鼓動に困惑しっぱなしな美奈穂の頭の中からは、すっかり彼らの存在が消え失せていた。
口論の声や、その周りで戸惑う他のメンバー達の声も、今の彼女には聞こえていない。
そんな美奈穂が認識している数少ないモノは、自分自身の激しい心音と、すぐそばに感じるぬくもり、そして耳元で聞こえる声くらいだ。
「大丈夫か? 辛いなら、部屋までおくるけど」
「大丈夫、です。ちょっと、吃驚しちゃっただけなので」
無意識に心臓の真上へ手を伸ばす。すると、服越しでもわかるほど、自分の心音が手のひらへ伝わってきた。
その激しさに驚くあまり、無意識についつい視線が手元へ向いてしまう。
戸惑うばかりな美奈穂の意識を拾い上げてくれたのは、すぐそばにいる光志だった。
耳元で囁かれる甘く優しい声に、力なく首を振る美奈穂。
彼女が心臓の真上に置いた手を覆い隠すように、隣から無骨な手が重なる。
「すっげー音……本当に無理そうなら、いつでも俺に言え。すぐにここから連れ出してやる」
「……はい」
背中に回された太い腕、華奢な肩を抱き寄せる彼の右手、そして心臓の上で重なった二人の手。
どれもが、一瞬で困惑の中に沈みそうになった美奈穂の心を包み込み支えてくれた。
触れ合っている部分から分け与えられる熱。それらがやけに頬へ集中しているのか、ちょっとばかり顔が熱い。
今日初めて会った人、しかも異性を前にして、どうして心がこんなにも穏やかな状態を保てているのか、美奈穂にはわからなかった。
だけど、これも運命の番という存在が生み出す効果なのかもしれない。なんてことを考えながら、彼女は小さく息を吐き出し、早く昂った気持ちが鎮まるよう願った。
気持ちが落ち着くまでの間、美奈穂は光志の腕の中で、みんなのやりとりを聞くことにした。
こんな体勢で話を聞くなんて、周りのみんなに対して失礼かとも考えた。
だけど、誰も自分達を咎める様子は無い。そんな周りの反応が、美奈穂を甘えさせ、彼女を普段よりほんの少しだけ大胆にさせる。
いつもの自分なら、大勢の前でこんな行動は絶対にしない。
それを理解しても尚、心地よいぬくもりから離れがたいと、羞恥心より、欲に忠実な行動を取る自分に気づき、心の中でそっと目を逸らした。
最初は、志郎と兼治、改まった二人からの謝罪で始まった。
志郎は怖がらせてしまったこと、兼治は悪ふざけがすぎたことを、それぞれきちんと謝ってくれた。
その言葉が嬉しくて、素直に頷き「もう大丈夫ですから」と、美奈穂は彼らの言葉を受け入れる。
だけど光志の方は、大切な番の心を傷つけられたことを許していないようで、また医務室に居た時のように二人をしばらく睨みつけていた。
そんな彼の眉間からようやく皺が取れたのは、美奈穂による懸命な説得の賜物だったりする。
美奈穂の心がクールダウンするのを待つ間、さっきの志郎の発言を受けた質問タイムが始まる。
役人達とスタッフの間にあまり交流は無いのか、みんな内心ウズウズしていたらしい。
「はい! さっきの話聞く限り、相楽さんにも番の奥さんいるんすか? その割に……指輪はつけてないんですね」
「いますよ、もちろん。指輪は……ほら、ここに」
勢いよく手を挙げた男性スタッフからの問いに、志郎は小さく頷きながら首にかけていたチェーンを指に引っ掛ける。すると、Yシャツの中から姿を見せたのは、チェーンに通された結婚指輪だった。
すると次の瞬間、何故か周りから「おおっ!」と謎の歓声が上がる。
下手をしたら拍手まで始まりかねないスタッフ達の反応に、志郎は苦笑いを浮かべ、そそくさと指輪をYシャツの中へ隠してしまう。
「奥さんと離れてなんて……ご病気か何かなの?」
「いいえ、元気ですよ。ただ、ウチも千草さんと同じく妊婦で。一週間もこんな山奥で過ごすのは難しいくらい、お腹も大きくなっているんです。なので、今回は子供たちと一緒に留守番を」
「まあ、赤ちゃんが!? それはおめでたいわねえ。何人目なの?」
「どうやら検査画像を見る限り双子っぽいんですよね。だから……三人目と四人目です」
奥さんの話題が出てくると、次に反応したのは女性陣だ。
今ここに居ない志郎の妻の容態をみんなで心配し、もうすぐ赤ちゃんが生まれること、しかも双子なことを彼の口から聞けば、まるで自分達のことのように喜んでいた。
てっきり志郎を独身だと思っていた美奈穂にとって、彼が既婚者なこと、そしてすでに子持ちという事実は衝撃的なものだった。
「もしかして……相楽さん達も、全員奥さんがいるんですか?」
だんだん落ち着きを取り戻してきた甲斐もあってなのか、彼女は光志の腕の中から、好奇心に突き動かされおずおずと自らも疑問を口にする。
もしかしたら、この場に居る人達は全員――。
そんな考えが、彼女の頭の中に過ったのだ。
「その通りですよ、美奈穂さん。俺達役人側も、全員番持ちです。あ、こいつはまだ結婚してないんだけどね」
そう言って志郎は、美奈穂の疑問を肯定するように頷き、自分の隣、光志の目の前にいる後輩の肩をパンパンと叩いた。
すると後輩男性は、はあ、とあからさまにため息を吐きながら「先輩……この状況で俺の悩み暴露しないでくださいよ」とひどく落ち込みだす。
その後、スタッフ達に誘導尋問される形で後輩の彼が吐露したのは、自分の番が女子大生であるということ。
流石に学生相手に結婚をするのは、職業的にも年齢的にもマズいから我慢している。
なんてボヤく彼の言葉に、不思議と食堂内にいた男性全員が共感や哀れみの感情を抱いてしまったらしく、気づけば彼らは口々に恋人との関係に悩む男性へエールを送っていた。
男性陣による後輩への激励が続く最中、本当の意味で落ち着きを取り戻せた美奈穂は、そっと光志のぬくもりから離れる。
そして、ずっと身体を預けさせてくれたお礼を言おうと、彼女は顔をあげ光志の方を向いた。
すると、その瞳にとまったのはどういう訳か不機嫌な顔でこちらを見つめる番の姿。
「もっと、寄りかかっててもいいんだぞ?」
「大丈夫です。十分すぎる程、充電、させてもらいましたから……」
自分の胸に飛び込んで来いとばかりに両腕を広げる光志。そんな行動を恥ずかしげも無くやってのける彼の態度を目にすると、何故か見ているこっちが恥ずかしくなった。
落ち着いたはずの頬の熱が、またぶり返しそうになっていると気づき、慌てて目を逸らしながら、美奈穂は小さな声でもう一度感謝の気持ちを伝えた。
「なあ……さっきから話聞いてて、ずっと思ってたんだけど。そこの相楽って人と……ひげ野郎は前からの知り合いか何かなのか? やけに仲が良いみたいだし」
その後も「もっと甘えろ」と執拗に誘惑を止めない光志の言葉を振り切り、自分はもう大丈夫だからと彼を半ば無理矢理納得させる。
そして渋々自らも正面を向いた光志の姿を横目に、美奈穂も志郎の方を向いた。
これでようやく、志郎からの話を真剣に聞くことが出来そうだ。
そうと決まればと、美奈穂が椅子の上で姿勢を正している時、心底不思議そうに疑問を口にする光志の声が聞こえてきた。
そして彼は続けざまに、志郎がみんなからの質問に答えている最中、ずっとひげ野郎、もとい兼治がニヤついたり、何度も頷いている様子を目撃したと話す。
その様子と、さっきの記者まがいなやりとりから推測したなんて言葉が続く。
「仲良いが良いというか……なんと言うか」
「ここまでくりゃ、腐れ縁みたいなもんだよな」
光志の疑問を聞いた二人は、一瞬隣に座る相手へ目配せするように視線を動かした後、それぞれが苦笑いを浮かべ肩をすくめる。
「ここに参加者として来た時、偶然居合わせたんだ」
そのまま志郎と兼治はお互いを指差しながら、同じ言葉を口にする。だけど、兼治の話はそれだけで終わらなかった。
彼は隣に座る志郎を指差したまま、さらに言葉を続ける。
「多分こいつが説明会で言ったと思うけど……参加者は許可無く帰れないっての、相楽の実体験だから。こいつ、美奈穂ちゃん達と同じように、参加初日に今の嫁さん見つけて、嫁さん抱えてその日の夜に逃亡しようとしたんだよ。そのくせ、あっさり山ん中で当時の役人連中に捕まってやんの」
ケラケラと心の底から可笑しいと笑う兼治。そんな彼の言葉を初めて聞いた面々に、新たな衝撃を与えるものと知ってか知らずか。その真相を知るのは、笑いを止めないお医者様だけだった。
彼の発言は、その場にいるほとんどのスタッフを驚愕させる程、色んな意味で興味深いものになった。
「うっ……す、すみません」
「何謝ってるんだ。こいつは別に、あんたに対して怒ったわけじゃないんだぞ。……フン。そんなにカリカリしたって、無駄なエネルギー使うだけだっての」
運悪く、と言っていいのかわからない。けれど、テーブルを挟んで正面に座っていた美奈穂は、静かに、だけど迫力が凄まじい志郎の言葉を、正面から受け止めざるを得なかった。
その結果、気づけばすっかり委縮してしまい、反射的に頭を下げた後、気づいた時には謝罪の言葉を口にしていた。
今自分の目の前にいるのは、会社に居た同僚達じゃない。そうわかっていても、記憶の底に無理矢理押し込んだはずの事務員時代の記憶が頭の中によみがえる。
嫌な記憶が刺激されて、条件反射にも似た反応を取らない方が、きっと難しいはずと、美奈穂は心の中で、必死に感情の逃げ道を模索した。
そんな彼女の変化を敏感に感じ取ったのか、隣に座る光志はすぐに美奈穂の華奢な肩を抱き寄せた。
しばらく心配そうに美奈穂を見つめた視線は、一瞬で鋭さを宿し、勢いのままに志郎の方へ向けられる。
「こちらこそ、申し訳ありません。別に、あなた達を不快にさせたかったわけじゃないんです」
二人の様子を目の当たりにした志郎は、すぐに謝罪の言葉を口にした。
そして、隣で呑気にデザートを食べる兼治の方を勢いよく向いた彼は、兼治を睨みつけながら「中原さん!」と叱責の声をあげる。
「いや、俺はただ場の空気を少しでも和ませようと……」
「アナタ」
怒りを滲ませる志郎の視線を受けた兼治は、すぐさま反論しようと口を開く。だけど、ほぼ同時に妻の千草が静かに声をあげた。まるで、夫の発言を打ち消すかのように。
今のはアナタが悪い。そう諭すように、千草はそれ以上何も言わずただ首を横に振るだけ。
そんな妻の反応もどこか不満なようで、兼治はガシガシを乱暴に自分の頭を掻いた。
近くで静かに互いの主張をぶつけ合う志郎たち。
恐怖心でバクバクと加速する鼓動に困惑しっぱなしな美奈穂の頭の中からは、すっかり彼らの存在が消え失せていた。
口論の声や、その周りで戸惑う他のメンバー達の声も、今の彼女には聞こえていない。
そんな美奈穂が認識している数少ないモノは、自分自身の激しい心音と、すぐそばに感じるぬくもり、そして耳元で聞こえる声くらいだ。
「大丈夫か? 辛いなら、部屋までおくるけど」
「大丈夫、です。ちょっと、吃驚しちゃっただけなので」
無意識に心臓の真上へ手を伸ばす。すると、服越しでもわかるほど、自分の心音が手のひらへ伝わってきた。
その激しさに驚くあまり、無意識についつい視線が手元へ向いてしまう。
戸惑うばかりな美奈穂の意識を拾い上げてくれたのは、すぐそばにいる光志だった。
耳元で囁かれる甘く優しい声に、力なく首を振る美奈穂。
彼女が心臓の真上に置いた手を覆い隠すように、隣から無骨な手が重なる。
「すっげー音……本当に無理そうなら、いつでも俺に言え。すぐにここから連れ出してやる」
「……はい」
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どれもが、一瞬で困惑の中に沈みそうになった美奈穂の心を包み込み支えてくれた。
触れ合っている部分から分け与えられる熱。それらがやけに頬へ集中しているのか、ちょっとばかり顔が熱い。
今日初めて会った人、しかも異性を前にして、どうして心がこんなにも穏やかな状態を保てているのか、美奈穂にはわからなかった。
だけど、これも運命の番という存在が生み出す効果なのかもしれない。なんてことを考えながら、彼女は小さく息を吐き出し、早く昂った気持ちが鎮まるよう願った。
気持ちが落ち着くまでの間、美奈穂は光志の腕の中で、みんなのやりとりを聞くことにした。
こんな体勢で話を聞くなんて、周りのみんなに対して失礼かとも考えた。
だけど、誰も自分達を咎める様子は無い。そんな周りの反応が、美奈穂を甘えさせ、彼女を普段よりほんの少しだけ大胆にさせる。
いつもの自分なら、大勢の前でこんな行動は絶対にしない。
それを理解しても尚、心地よいぬくもりから離れがたいと、羞恥心より、欲に忠実な行動を取る自分に気づき、心の中でそっと目を逸らした。
最初は、志郎と兼治、改まった二人からの謝罪で始まった。
志郎は怖がらせてしまったこと、兼治は悪ふざけがすぎたことを、それぞれきちんと謝ってくれた。
その言葉が嬉しくて、素直に頷き「もう大丈夫ですから」と、美奈穂は彼らの言葉を受け入れる。
だけど光志の方は、大切な番の心を傷つけられたことを許していないようで、また医務室に居た時のように二人をしばらく睨みつけていた。
そんな彼の眉間からようやく皺が取れたのは、美奈穂による懸命な説得の賜物だったりする。
美奈穂の心がクールダウンするのを待つ間、さっきの志郎の発言を受けた質問タイムが始まる。
役人達とスタッフの間にあまり交流は無いのか、みんな内心ウズウズしていたらしい。
「はい! さっきの話聞く限り、相楽さんにも番の奥さんいるんすか? その割に……指輪はつけてないんですね」
「いますよ、もちろん。指輪は……ほら、ここに」
勢いよく手を挙げた男性スタッフからの問いに、志郎は小さく頷きながら首にかけていたチェーンを指に引っ掛ける。すると、Yシャツの中から姿を見せたのは、チェーンに通された結婚指輪だった。
すると次の瞬間、何故か周りから「おおっ!」と謎の歓声が上がる。
下手をしたら拍手まで始まりかねないスタッフ達の反応に、志郎は苦笑いを浮かべ、そそくさと指輪をYシャツの中へ隠してしまう。
「奥さんと離れてなんて……ご病気か何かなの?」
「いいえ、元気ですよ。ただ、ウチも千草さんと同じく妊婦で。一週間もこんな山奥で過ごすのは難しいくらい、お腹も大きくなっているんです。なので、今回は子供たちと一緒に留守番を」
「まあ、赤ちゃんが!? それはおめでたいわねえ。何人目なの?」
「どうやら検査画像を見る限り双子っぽいんですよね。だから……三人目と四人目です」
奥さんの話題が出てくると、次に反応したのは女性陣だ。
今ここに居ない志郎の妻の容態をみんなで心配し、もうすぐ赤ちゃんが生まれること、しかも双子なことを彼の口から聞けば、まるで自分達のことのように喜んでいた。
てっきり志郎を独身だと思っていた美奈穂にとって、彼が既婚者なこと、そしてすでに子持ちという事実は衝撃的なものだった。
「もしかして……相楽さん達も、全員奥さんがいるんですか?」
だんだん落ち着きを取り戻してきた甲斐もあってなのか、彼女は光志の腕の中から、好奇心に突き動かされおずおずと自らも疑問を口にする。
もしかしたら、この場に居る人達は全員――。
そんな考えが、彼女の頭の中に過ったのだ。
「その通りですよ、美奈穂さん。俺達役人側も、全員番持ちです。あ、こいつはまだ結婚してないんだけどね」
そう言って志郎は、美奈穂の疑問を肯定するように頷き、自分の隣、光志の目の前にいる後輩の肩をパンパンと叩いた。
すると後輩男性は、はあ、とあからさまにため息を吐きながら「先輩……この状況で俺の悩み暴露しないでくださいよ」とひどく落ち込みだす。
その後、スタッフ達に誘導尋問される形で後輩の彼が吐露したのは、自分の番が女子大生であるということ。
流石に学生相手に結婚をするのは、職業的にも年齢的にもマズいから我慢している。
なんてボヤく彼の言葉に、不思議と食堂内にいた男性全員が共感や哀れみの感情を抱いてしまったらしく、気づけば彼らは口々に恋人との関係に悩む男性へエールを送っていた。
男性陣による後輩への激励が続く最中、本当の意味で落ち着きを取り戻せた美奈穂は、そっと光志のぬくもりから離れる。
そして、ずっと身体を預けさせてくれたお礼を言おうと、彼女は顔をあげ光志の方を向いた。
すると、その瞳にとまったのはどういう訳か不機嫌な顔でこちらを見つめる番の姿。
「もっと、寄りかかっててもいいんだぞ?」
「大丈夫です。十分すぎる程、充電、させてもらいましたから……」
自分の胸に飛び込んで来いとばかりに両腕を広げる光志。そんな行動を恥ずかしげも無くやってのける彼の態度を目にすると、何故か見ているこっちが恥ずかしくなった。
落ち着いたはずの頬の熱が、またぶり返しそうになっていると気づき、慌てて目を逸らしながら、美奈穂は小さな声でもう一度感謝の気持ちを伝えた。
「なあ……さっきから話聞いてて、ずっと思ってたんだけど。そこの相楽って人と……ひげ野郎は前からの知り合いか何かなのか? やけに仲が良いみたいだし」
その後も「もっと甘えろ」と執拗に誘惑を止めない光志の言葉を振り切り、自分はもう大丈夫だからと彼を半ば無理矢理納得させる。
そして渋々自らも正面を向いた光志の姿を横目に、美奈穂も志郎の方を向いた。
これでようやく、志郎からの話を真剣に聞くことが出来そうだ。
そうと決まればと、美奈穂が椅子の上で姿勢を正している時、心底不思議そうに疑問を口にする光志の声が聞こえてきた。
そして彼は続けざまに、志郎がみんなからの質問に答えている最中、ずっとひげ野郎、もとい兼治がニヤついたり、何度も頷いている様子を目撃したと話す。
その様子と、さっきの記者まがいなやりとりから推測したなんて言葉が続く。
「仲良いが良いというか……なんと言うか」
「ここまでくりゃ、腐れ縁みたいなもんだよな」
光志の疑問を聞いた二人は、一瞬隣に座る相手へ目配せするように視線を動かした後、それぞれが苦笑いを浮かべ肩をすくめる。
「ここに参加者として来た時、偶然居合わせたんだ」
そのまま志郎と兼治はお互いを指差しながら、同じ言葉を口にする。だけど、兼治の話はそれだけで終わらなかった。
彼は隣に座る志郎を指差したまま、さらに言葉を続ける。
「多分こいつが説明会で言ったと思うけど……参加者は許可無く帰れないっての、相楽の実体験だから。こいつ、美奈穂ちゃん達と同じように、参加初日に今の嫁さん見つけて、嫁さん抱えてその日の夜に逃亡しようとしたんだよ。そのくせ、あっさり山ん中で当時の役人連中に捕まってやんの」
ケラケラと心の底から可笑しいと笑う兼治。そんな彼の言葉を初めて聞いた面々に、新たな衝撃を与えるものと知ってか知らずか。その真相を知るのは、笑いを止めないお医者様だけだった。
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