怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第11話

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「た、谷崎美奈穂、二十五歳です。えっと、仕事は……フリーター? あ、でもこの仕事終わったら何も無いから、えっとニート?」

 光志の職業を聞き衝撃を受けた美奈穂は、同時に彼に対して自分の名前すら名乗っていなかったことを思い出した。
 気づいたら即行動と、彼女はすぐさま立ち上がって、スタッフ達が賑やかに囲むテーブルから離れるように光志を連れ食堂の片隅へ小走りで移動する。
 そして、今さら過ぎるかと若干の迷いを抱きながら、改めて番を前に自分の素性を口にする。
 ペコリと頭を下げた後、仕事について触れようとしたものの、胸を張っていられない現状が恥ずかしくて、気づけば伏せた顔をあげられなくなる。

「仕事どうのは、まあ……追々聞くってことで。藤沢光志、歳は三十。仕事は一応……歌手、なのか? 学生の頃からのダチと、歌作ったり、作ったやつを歌ったりしてる」

 美奈穂がモジモジしている間に、今度は光志が自己紹介を始めた。
 仕事について追及されなかったことに安堵しつつ、ちらりと目線をあげる。すると、こっちを見下ろしながらほんのり頬を染める彼と目が合った。

「……っ!?」

 だけど次の瞬間、美奈穂の視界から一瞬で色が消える。いや、消えるというよりは黒く染まったと言った方が正しいかもしれない。
 目元に自分のものじゃない熱を感じる。その感覚が、今の出来事の犯人は目の前にいることを教えてくれた。

「上目遣いでこっち見んな。……危うく勃ちかけたじゃねえか」

「……え? た、ち?」

「気にすんな! と、とにかく戻るぞ!」

 どうやら光志は、美奈穂の無意識な目線が気に食わなかったらしい。
 とは言っても、無意識だからどうすることも出来ないのだけれど。
 光志に指摘されてようやく思考が追いついても、時すでに遅し。
 彼女の視界は、すっかり彼の手によって覆い隠された後だった。
 ボソボソと何かをぼやく光志の言葉を上手く聞き取れず、思わず聞き返した瞬間、目の前の暗闇がはれていく。
 急にたくさんの色を取り戻した視界がやけに眩しくて、美奈穂は反射的に瞬きを繰り返す。
 そんな彼女の視界へ一番に飛び込んできたのは、ツンとそっぽを向きながら、しっかり美奈穂の前へ手を差し出す男の姿。
 髪の毛の隙間からのぞく彼の赤く染まった耳に気づいたのは、強引に手を取られ食事を待つ仲間たちの元へ戻る途中だった。





 何度も話が横道にそれたせいで、すっかり遅くなった夕食タイムが始まる。
 その場にいる全員が手を合わせ、律儀に「いただきます」と口を揃えれば、次の瞬間待ちに待ったご飯を口に運ぶ歓喜の声がそこかしこから上がった。

「…………」

「はあ……美味い」

 具だくさんな味噌汁を啜った美奈穂は、一旦お椀をトレーの上に戻しながら隣の席をちらりと盗み見る。
 そこに居るのは、まるで高級料理でも食べているかと錯覚しそうな程、恍惚とした表情を浮かべながら夕食を口にする光志だ。
 彼の左手にあるのは、要望に応えて美奈穂が白米をよそったお茶碗。
 彼はそこに程よく盛られた白を口に放り込むたび、一口一口味を噛みしめるように食べている。

(ご飯を炊いたのも、味付けの最終チェックしたのも……勝彦さんなんだけど)

『俺も、あんたのよそった飯が食べたい。いや……あんたの作った飯が食いたい』

 医務室で聞いた光志の主張を思い出すと、なんとも申し訳ない気分になった。
 だけど、この場で話題を蒸し返すなんて恥ずかしいことが出来るわけもなく、光志が満足しているのなら余計なことはしない方がいいと、美奈穂は少しばかり強引に自分を納得させた。





 食事を始めてしばらく経った頃、不意にお茶碗と箸を持った自分の手元を見つめていた志郎が顔をあげる。

「藤沢さん、美奈穂さん。お二人に話しておきたいことがあります」

 そして彼の口から紡がれた言葉は、美奈穂達の手を止めさせた。

「あ、食事をしながらで構いません。他の皆さんも、聞き覚えのある話ばかりで恐縮ですが、お付き合い頂ければと思います」

 すると、その様子を目の当たりにした志郎は、慌てて食事の続きを促す。周りへの気遣いも忘れない対応に美奈穂は感心し、小さく吐息を吐いた。
 そのまま光志の方を盗み見れると、お許しが出たからか彼は食事を続行している。他のみんなも、時折ちらりと志郎に視線を送っているものの、食事の手を休める様子は無い。
 みんながしているのなら大丈夫かと、美奈穂も一度止めた手をまた動かし、箸で切り分けたおかずを口に運んだ。

「えっと……まずは何から話すか」

 志郎自身も食事を再開しつつ、思い悩むようにしばらく目線を天井へ向ける。
 改まった口調で喋っていたかと思えば、時々砕けた口調になる。きっと、後者の方が彼の素なんだと勝手な予想をしつつ、美奈穂は次の言葉を待った。

「お二人には、この施設内にいる期間だけに関わらず、守っていただきたいことがいくつかあります」

 そう言って彼が口にしたのは、いくつかの約束事だった。

 一つ、自分達が番だということは、レアケースを除いて、生涯他言しないこと。
 二つ、運命の番について話を振られても、決してその話題に乗らないこと。
 三つ、今回の集まりについて、決して他言しないこと。

「他の奴に知られちゃマズいことでもあんのかよ」

 志郎から言い渡された三つの約束は、大雑把にまとめれば、番に関する何もかもを他言するなという内容だった。
 だけど、どうして運命の番についての一切を秘密にしなければいけないのか、美奈穂にはわからない。
 それは光志も同じようで、空になったお椀を手にした彼は、眉間に皺を寄せ志郎へ疑問を投げかける。

「マズいというか……俺達政府側にとっても、あなた達にとっても、この上なく面倒なことになるんですよ、色々と」

 そう言うと、手早く夕食を食べ終え空になった食器をトレーに戻した志郎は、氷が溶けて表面に水滴がついたグラスを手に取り話を続けた。


「政府側が求めているのは、この場に居る人達のような、正真正銘の番です。その証拠が、さっき渡した証明書になるわけで……」

「ちょっと待て。さっきからあんた達、番、番って言ってるけど……そもそも、運命の番とかっていうのは一体何なんだよ。恋人がどうのこうのとか昼間説明してたけど、そんなオカルトみたいな話、はいそうですかって、素直に受け入れられるわけがないだろう?」

 志郎はそのまま説明を続行しようとした。けれど、戸惑いが先走っているのか、その話に光志が割り込む。
 そんな彼の態度は、ちょっとばかり強引に思えた。けれど、美奈穂自身も正直な気持ちはだいたい同じ。
 運命の番を見つけるための集まりなんて、内容の曖昧さだけを考えれば、政府要人の会議より厄介に思えてならない。
 あまりにも漠然とした説明だけされ、ポイっと放置された参加者たち。きっと彼らの中にも、光志と同じ考えの人はたくさんいるはずだ。

 しかも美奈穂達は、訳がわからない説明をされただけでは終わらず、実際に謎の発作を起こし倒れている。
 その出来事が、ますます彼女たちの中で疑念を膨らませていた。

「番の説明は、難しいな。ほら、病気とかじゃないし、目に見えるものでもないんだよ。いわゆる心……精神の分野に入ってくるから、数学の答えみたいに明確なものが無い。人間に昔から備わってる本能……って言えばいいの、かな? 三大欲求と似た感じで“ああ、この人が欲しい”って思う……感じ?」

 光志の質問に、しばらく思い悩む様子を見せていた志郎。そのまま彼は、口元に苦笑いを浮かべながら、正確なようで所々曖昧な言葉を口にする。
 そのまま続く説明を聞くと、運命の番について定義づけをするために、日夜政府側でも色々と調査を進めていることを教えてくれた。
 曖昧な説明でごめんねと謝ってくれる様子を前に、美奈穂は大丈夫と小さく頷く。
 だけど疑問を口にした光志は、返ってきた答えにいまだ納得出来ないようで、気づけばその眉間には深々と皺が刻まれていた。

「……?」

 これ以上追及するのは、お互いのためにならない。
 そう考えた美奈穂は、話題を次に進めるためにはどうすべきかと思い悩む。
 すると、テーブルを挟んで向かいに座る志郎の口元へ、まるでマイクでも向けるように横からデザート用のスプーンが差し出された。
 志郎の手は、左右共にテーブルの上。それならスプーンを持つ手は誰の、なんて疑問を抱き、スプーンの先からそれを持つ手元、そして腕へと目線を移動させる。
 そして美奈穂の視界に映った人物は、志郎の右隣りに座っている医師兼治。

「何? このスプーンは」

「堅苦しい説明を延々続けるより、お前の本心ぶっちゃけた方が、お前も二人も気が楽だろうな……と思って。ということで、ここで今の気持ちを一つ」

 志郎も、自分の口元に向けられたスプーンの存在に気づき、怪訝な表情のまま隣に座る男へ話しかけた。
 彼の態度にビクついたり戸惑った様子を見せない兼治は、ニヤリと笑みを浮かべ「さあ、さあ」と、尚もスプーンを近づける。
 取材記者のような仕草を一向に止める様子の無い兼治を、しばらく無言で見つめた志郎は一度大きなため息を吐く。
 そして、そのまま隣に座る男の手を払いのけるわけでもなく、彼の視線は美奈穂と光志の方を向いた。

「俺だって、運命の番がどうのこうのなんて知らねぇっての。政府に言われて説明役引き受けただけなんだから、一から百まで知ろうとすんな。こっちは番と一週間引き離されて、ただでさえイラついてんだから、黙って話聞いて一応納得したフリの一つでもしろ」

 彼の視線が不意にスッと鋭くなったことに気づいた瞬間、ガラリと志郎の纏う雰囲気が変わった。
 これまでの温厚さは一瞬で消え去り、今にも爆発しそうな感情を必死に押さえつけているような荒々しい空気が彼を包む。
 声こそ荒げていない。けれどその口調は、医務室で怒りを露わにしていた兼治とそっくりだった。

 医務室で兼治が放っていたのは、まさに動の怒り。
 そして今、志郎が放っているのは、それと真逆な静かなる怒りに思えた。
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