怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

文字の大きさ
上 下
9 / 69
本編

第9話

しおりを挟む
 すっかり遅くなった夕食にありつくため、医務室に残っていた美奈穂たちは、ぞろぞろと列をなして食堂へ向かう。

 今の時間は、昼間と同じように食堂が封鎖状態らしい。
 スタッフや役人達の食事、そして翌日の仕込みをしなければいけないからだとか。
 参加者達の食事が終わった後は、裏方メンバーの食事が始まる。
 スタッフや役人、その日の担当など関係なしに、何組かに分かれて交代で空腹を満たす。
 順番が回ってこない間は、同時進行でその時出来る仕事をこなしていく。
 朝、昼、晩。そのルーティーンが変わることは無いと、美奈穂は移動中に亜沙美達から教えてもらった。

「あ、良かったら中原さん達も食堂へどうぞ。医務室に籠りきりになるより、少しは気分転換しないと。お腹の赤ちゃんも、みんなの声を聞く方がより楽しいと思いますよ」

「あら、いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて」

「スタッフだけって言うんなら……ま、別にいいか」

 医務室を出ていく時、その場に残って皆を見送ろうとする中原夫妻を、良晴が食堂へ誘った。
 三人のやりとりが気になって、美奈穂はつい足を止める。
 そして聞こえてきたのは、これまでみんなの前に姿をあらわさなかった理由。
 妊娠している千草の体調を気遣ってと言うより、兼治が愛する奥さんを他人と接触させたくないというわがままが理由の大半らしい。
 そんな嫉妬深い旦那さんを説き伏せる良晴の話術には、もう感服するしかなかった。
 移動中、三人は美奈穂達の後ろ、列の最後尾を歩いている。
 本当は参加したくなかったけど、他に任せられる医者がいないと言われて渋々、と愚痴をこぼす兼治。夫をたしなめようとする妻の千草。夫婦の会話に穏やかに相槌を打つ良晴と、どこかしっくりくるテンポの良い会話が、時々美奈穂の耳にも届いた。

「はい? あの、藤沢さん、今……なんて?」

「だから、俺も裏方にしてくれ。ギャラいらないから」

「いやいやいや、貴方普通に参加者ですから。どうせなら一週間楽しんでくださいよ!」

「仲良くもない奴らと一緒に居ても楽しくない。元々俺は部屋に引きこもる気だったんだ」

「だったら引きこもっていれば……」

「それだと、こいつのそばに居れないだろ。皿洗いとか、荷物運びくらいなら出来る。だから俺も厨房に居させろ」

「ええ……藤沢光志に皿洗いさせるとか。絶対怒られる奴だろ、それ。あんたね、自分の立場わかってる? 今の、自分の、立場!」

「チッ、めんどくせー」

「うわぁ、遠慮なんて皆無な舌打ち盛大にかまされた。はは、は……殴りてえ」

 そして美奈穂のすぐ隣にいる光志と、先頭を歩く志郎の間には、何やら後方の穏やかさとは真逆な空気が漂う。

「……あ、あの」

 間近に漂うヒリヒリした空気感がなんだか怖くなって、美奈穂はつい隣を歩く光志の腕に触れた。

「ん? どうした?」

 すると、前を歩く志郎を睨みつけていた光志の表情が一瞬にして和らぐ。
 また医務室に居た時のような微笑みを自分へ向ける彼の姿に、何と言葉を続ければ良いかわからなくなった。
 思わず止めに入ってしまったが、ピリついた空気を和ませる方法なんて知らない美奈穂はすぐに口を閉ざす。

「えっと、そのぉ……け、喧嘩はダメ、です」

 考えに考え抜いた末、彼女の口から出たのは、まるで子供の主張のような弱々しい声。
 二十代半ばにして、こんな主張しか出来ないのかと悲しくて、恥ずかしくて、落ち着いたはずの熱がぶり返しそうになる。

「……えっ?」

 その時、不意に全身を柔らかなモノが、左右から包み込んだ。
 そのままピタリと、美奈穂の頬っぺたが変形する勢いで、両側から何かが押しつけられる。

「もー! 美奈穂ちゃんったら可愛いんだから!」

「ああ、こんな子がウチにも欲しいわー!」

 突如自分を襲った謎の感覚の正体が、亜沙美と美智子による抱擁だと知ったのは、二人にウリウリと思う存分頬ずりされた後のこと。
 先輩二人に全身を拘束されたせいで身動きがとれず、美奈穂はアタフタと解放を願うだけ。
 だけど、女同士の特権とばかりに、美智子たちはなかなか可愛い後輩を解放してはくれなかった。
 番を他人にとられ、不機嫌さに拍車がかかる光志の鋭い視線を感じる美奈穂。
 女性にまで厳しい視線を向ける彼を前に、美奈穂の足はすっかり止まってしまい、気がつけばたった十数メートルの移動がちょっとした騒動になりかけていた。





 数分後、ようやく食堂にたどり着いた一行は、美奈穂達の到着を待ちわびていたメンバー達にあたたかく出迎えられた。
 本人の知らない間に、すっかりスタッフ達の娘ポジションにおさまった美奈穂は、先輩たちから何度も頭を撫でられ「大丈夫? 心配だったんだよ」と声をかけられる。
 そして同時に、スタッフ達全員から「良かったね」とほほ笑まれるのだ。
 最初は、無事目を覚ましたことを喜んでくれているのかと思った。
 だけど、良かったと口にした後、全員の視線が自分の隣にいる光志へ向いたことで、彼女はようやくその意味を理解した。

(そう言えば……みんな、番の人達ばっかりなんだ)

 美奈穂は思い出した。ここに居るスタッフは、さっき出会ったばかりの中原夫妻を入れた全員が番であり、夫婦だということを。
 その事実に気づいた瞬間、じんわりと熱くなる頬の熱に、彼女は気づかないふりをする。

 もしかしたら、自分も――。

 ただの勝手な想像とわかっていても、一度頭の中に浮かんだ映像は消えてくれない。

「……? どうかしたか?」

 ちらりと隣にいる光志の顔を盗み見ようとしただけなのに、あっという間に見つかってしまう。
 何でもないと首を横に振りながら、頭の中で微笑みあう男女の映像を消そうと必死な美奈穂。
 彼女の頬から赤みが消えるまで、まだ少し時間がかかりそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...