怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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本編

第5話

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 時間は夕方六時半。
 夕食を食べにやってきた参加者達で賑わう食堂から、さっきまで確かにあった静寂が消えていく。
 同じ時刻、調理場にいるスタッフは、他に仕事の無い人達を総動員し食事の提供に追われていた。

「お部屋にあった名前札、お持ち頂けましたでしょうか?」

「えっと……これですか?」

「はい、有難うございます。それではこちら、本日のお夕食になります。おかわりなど、御用がある時は、こちらに申し付けください。あと、お預かりした札は、食器を返却いただいた際にお返ししますので」

 料理の受け渡し口では、一列に並んで待機する参加者に次々と夕食を乗せたトレーが配られる。
 あたたかい料理を笑顔で提供するのは、ほとんどが女性スタッフ。だけどその中に混ざって、唯一男性スタッフとして動いているのは良晴だ。

『女だけじゃ、トラブった時困るからな。一人は男を立たせるんだよ』

『でも須藤さんが受け渡ししたら、女の子は須藤さんの所に並ぶんじゃないの? 彼イケメンだから』

『それじゃあ、お前が受け渡しするか?』

『えー、俺奥さん以外の女に興味無いし。ガキ共相手にずっとニコニコするなんて、死んでも、イ・ヤ・だ』

 施錠していた食堂のカギを外す直前、誰が受け渡し係をするかで一悶着あった光景を思い出すと、つい笑いがこみ上げてくる。
 どこか気楽さを感じさせる場の雰囲気は、これまで精神を削って仕事をしてきた美奈穂にとって眩しく、そして心地よい。
 一週間と言わず、ずっとこのメンバーでこの仕事が出来ればと、叶いもしない願いを抱きたくなる。

 良晴達は手際よく、夕食を提供する代わりに、参加者から名前の入ったシール付きの札を受け取っていく。
 その姿を、美奈穂は横目でチラチラ眺めながら、食堂から目につきにくい場所でせっせとお茶碗に白米をよそい続けた。


『あの……この名前が入った札は何ですか?』

 美奈穂が札を初めて見たのは、午前中別館の掃除をしている時だった。
 たくさんの札を入れた空き箱を手に、志郎ともう一人の男性役員が別館にやってきたのだ。
 ほんの少し疼く好奇心に、つい二人を呼び止め質問してしまった。

『これは、参加者の部屋に置いておく名前札です。まあ……一種の引換券みたいなもの、かな。食堂でご飯を食べる時、料理と引き換えに、この札を渡すんだ』

 美奈穂の突然な行動に嫌な顔をせず、志郎は空き箱から札を一つ取り説明を始める。

『この札を受け取れば、調理場の方でも誰に食事を出したかわかりやすいでしょう? それで、ご飯を終えて片付け参加者に、また札を返すわけ。ちゃんと全員が食堂に来てるか、チェックするために必要なんだよ。こっちだって忙しいから、好き勝手な時間に来てご飯くれ、なんて言われても出せないしね。決められた時間に来ない奴は、基本飯抜きさ』

『お、おう……』

 世間ではイケメンともてはやされるに違いない。そう思わせる整った顔立ちで笑みを浮かべながら、なかなか容赦ない言葉を口にする志郎。
 彼の言葉を聞いた美奈穂は、思いもしなかったギャップを目にし、ついたじろいでしまった。
 だけど、彼の言っていることはもっともだったと、実際に現場を目にした今ではわかる。


「あれ? そういや役人連中も、この時間に食うんだっけか?」

「違う違う。役人の人達は俺達と一緒で、参加者が食った後だ」

「ああ、そうだったな! 悪い悪い、久々すぎて忘れてたわ」

 料理の仕込みをしていた時とは違う忙しない空気が、現在進行形で厨房内に充満している。
 美奈穂の後ろでは、何人ものスタッフが、一斉におかずや汁物の準備をしていた。
 今日の夕食メニューは和食中心のためか、勝彦が盛り付けにこだわりを見せている。
 彼が綺麗に盛り付けた見本を、忠実に再現していくみんなの連携は一級品だ。
 これからの一週間。最低でも数回は、あの中に入りたい。
 そんな願望を抱いていると、不意に肩をツンツンと突かれる。
 驚くあまり勢いよく後ろを振り向くと、美奈穂の反応に驚く良晴と目が合う。
 あまりに二人の顔の距離が近かったことに新たな驚きを感じたけれど、ここで叫んじゃダメだと心の中で自分を叱咤した。

「っ! 良晴さん、何か?」

 ゴクリと大きく息を呑みこんだ美奈穂は、小さく息を吐き出してから改めて目の前にいる彼を見上げた。
 ついさっきまで受け渡し口に居たはずの彼がどうして?
 そんな疑問を抱きながら、彼女は小首を傾げた。
 すると、良晴は一瞬見開いた目元を細め、ツンツンと美奈穂の手元を指差した。

「ご飯、あと一人分で大丈夫ですよ」

「はいっ! わかりまし……あれ?」

 すっかり、全スタッフのまとめ役ポジションを確立しつつある良晴の言葉に、美奈穂は大きく頷いた。
 そして、いつの間にか止めていた手を動かそうと、炊飯器のそばに置いておいたお茶碗へ手をのばす。
 だけど、新たなそれを手にするよりも先に、彼女は違和感を抱いた。

(一つ、多い?)

 ご飯の盛り付けを頼みたいと頼まれた時、ひとまず参加者達四十人分のお茶碗を作業台の上に十杯単位で積み重ねた。何度も数を確認したから、間違いはないはず。
 だけど、あと一人分で大丈夫と言われたのに、作業台の上には未使用のお茶碗が二杯残っている。

「おや? 数が合いませんね。美智子さん、誰か来てない人はいますか?」

 美奈穂の背後から隣へ移動した良晴も、どうやらこの違和感に気付いたらしい。
 彼はその場で受け渡し口奥に居る美智子へ声をかけた。
 片腕が使えない美智子は、食堂に来た参加者の名前札管理と、ちゃんと全員が食堂へ来たかのチェック係をしている。
 彼女はすぐ呼びかけに応じ、美奈穂達のそばへやってきた。自由に使える右手に、白い紙を持って。

「それがねえ……何度確認しても一人来てないっぽくて。この……藤沢光志ふじさわこうじって人なんだけど」

 眉間に皺を寄せた美智子は、そう言いながら二人の方へ持っていた紙を差し出す。
 良晴と一緒になって覗き込んだ紙には、参加者の名前と泊まっている部屋番号がズラリと並んでいた。
 参加者名簿の上には、今日の日付と夕食チェックリストの文字がある。
 きっと、食事をした人達の確認のために用意されたものなのだろう。
 受け渡し口で夕食を貰った人は、名前の横に赤ペンでチェックが入っている。
 そのまま名簿を上から下へ眺めていくと、しばらくしてまだチェックされていない人の名前を見つけた。

 ――藤沢光志。部屋番号は三〇八号室。

 美智子さんが口にした名前と同じ文字を目にした美奈穂は、持っていたしゃもじを良晴の方へ差し出す。

「私、ちょっとこの藤沢さんって人のお部屋を見て来ます。もしかしたら、寝ちゃってるだけかもしれませんから」

「えっ? 美奈穂ちゃん!」

 善は急げと、半ば押しつけるように良晴へしゃもじを押しつければ、調理場と廊下を仕切るドアへ向かう。
 突然駆けだした美奈穂に驚くスタッフ達の視線と、困惑する美智子の声を背に、彼女はそのまま別館へ駆けて行った。
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