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本編
第2話
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美奈穂と一緒に仕事をする七組の夫婦は、過去に何度か同じバイトを経験したことがあるらしい。
一度実績が出来ると、優先的に仕事の依頼を打診される。
そう教えてくれたのは、美奈穂が今回代理として調理場に立つことを任された四十代半ばの専業主婦、下野美智子さんだ。
下野さん夫妻も他の六組と同じく、夫婦で今回のバイトを請け負っていた。だけど数日前、家の中で転倒してしまった彼女は左腕を骨折した。
「入院はしなくても大丈夫なんですか? それか、ご自宅で安静にしていた方が……」
「大丈夫、大丈夫。ギプスで固定してあるから平気よ。それに……いくら他にスタッフ仲間がいると言っても、この人だけじゃ不安で。あまり役に立たないかもしれないけど、今回は無理を言って特別にここへ泊まらせてもらっているの」
利き手は無事だったから、書き仕事くらいは出来る。
そう言ってあっけらかんと笑う美智子。自分にはない彼女のタフさに美奈穂は衝撃を受け、そしてとても感心する。それはまるで、自分に無いモノを羨ましがる、憧れに似た感情のように。
その後、詳しく話を聞くと、自分達がこの一週間でやる仕事は食事作りだけではないそうだ。
掃除や洗濯に始まり、各部屋のベッドメイクなど、その内容は多岐にわたる。
実際フタを開けてみれば、かなりのハードスケジュールになることは必須。
掃除や洗濯は、宿泊客が自分でする場合もあるみたいだけど、ほとんどの人はスタッフに頼ってしまうらしい。
(さ、流石五十万円の仕事っ!)
この仕事には、自分の知らない何かがある。
そんな疑念が、ずっと消えなかった。だけど、正確な仕事内容を把握したことで、ようやく自分の中で腑に落ちる答えを見つけられた気がした。
お互いの自己紹介と、軽い雑談で初対面の緊張を解した十五人は、早速仕事に取り掛かる。
午後二時過ぎには、ここへ一週間泊まり込む宿泊客が数十人やってくるらしい。
彼らが来る前に、まずは大方施設内の掃除をしなければと、それぞれが掃除用具を手に取った。
そんななか、初めてバイトに入った美奈穂のために美智子が施設内を案内すると言い出した。彼女は自由に動く右手でそっと美奈穂の手を握り、さあと促すような声を出す。
「えっ? でも、あの……私たちも掃除をしなくちゃ」
「何も長時間ここを空けるわけじゃないんだから大丈夫よ。ちょっと広めの施設だけど、十五分もあれば終わるから。それじゃあ皆、ちょっと美奈穂ちゃんを借りるわねー」
「おう」
「いってらっしゃい」
すでに調理場に隣接する食堂の掃除を始めた仲間の姿に、一番年下の自分がやらなくてどうすると美奈穂は戸惑う。
だけど、困り顔の彼女を気に掛けるよりも先に、みんな笑顔で頷いてくれた。
そんな仲間たちに送り出される形で、美奈穂は施設内の探索に出かけることになった。
ここへ来る途中、車の中で政府役人の男性相楽志郎から施設の見取り図を渡されてはいたけれど、紙に印刷された簡略的な平面図と、実際に建物内を見てまわるのでは、間取りを頭の中に叩き込むまでにかかる時間が違った。
本館と別館にわかれた建物は隣り合っていて、本館のほとんどが基本的に共有スペース、別館は寝泊まりする部屋ばかりだそうだ。
宿泊客が寝泊まりするのは別館。スタッフは、本館の最上階フロアにある部屋を夫婦で一部屋使うらしい。
美奈穂は今回、有難いことに一人で一部屋使わせてもらえることになった。
「ホ、ホテルみたいな部屋、なんですね」
美智子に案内されるまま、別館一階にある一番手前にある部屋を覗いた美奈穂は、ホテルの客室と遜色ない部屋の様子に驚き、しばらくの間無言になった。
ようやく口をついて出た言葉は、気の利いたものなど一切ない、月並みな感想。それしか言えない自分が、なんだか急に恥ずかしくなる。
(さ、流石政府所有な施設だけあるな)
施設の建設費、または購入費。そして維持費など、どれをとっても、自分の想像を超えるお金が動いているのは確かだ。
そんな場所に、一スタッフとして泊まれるだけでも、無職な今の自分にとっては贅沢すぎる経験。
その上お給料まで貰えるなんて、残りの人生の運をすべて使ってしまったかと思うほどの幸運に思えた。
これは、自分が出来る精一杯の仕事をしなければいけない。
心の中でやる気をみなぎらせ、こっそり小さなガッツポーズと共に己へ気合を入れる。
その時、ある事について自分は何も聞かされていないと気づいた美奈穂は、慌てて隣にたたずむ美智子の方を向く。
「み、美智子さん!」
「んー? どうしたの、美奈穂ちゃん」
「あの、ここで私たちがやらなきゃいけない仕事については、理解出来たんですけど……私たち以外に、ここへ泊まりに来る人は、何のために来るんですか? 政府の人が集まって、話し合いをしたり……ですか?」
美奈穂は知らされていなかったのだ。
スタッフとして派遣された自分達以外の人間が、こんな山奥の施設に数十人も集まる理由を。
何度も同じアルバイトを経験している美智子なら、初参加の自分より何かしらの情報を知っているかもしれないと、美奈穂は自分より少しだけ背の高い先輩を見上げ首を傾げる。
疑問を投げかけられた美智子は、三角巾で吊るしていない右手人差し指を口元にあて、しばらくの間、何かを悩む様子を見せた。
「んー……そうねえ、美奈穂ちゃんにはなんて説明したらいいかしら」
「……?」
やっぱり、一般人の自分には無縁すぎる集まりなのかもしれない。
そんな考えが頭の中に浮かんだまさにその時、天井を見上げていた美智子が名案を思い付いたとばかりに大きく頷く。
「簡単に言っちゃうと、政府主催のお見合いパーティー……みたいな?」
「……はい?」
言い得て妙とばかりな例えが出来たと、美智子はどこか満足げにほほ笑む。
だけど彼女の言葉を聞いた美奈穂は、頭の中でダンスを踊り始めた疑問符たちをどうにかして欲しいと、頭を抱えるしかなかった。
一度実績が出来ると、優先的に仕事の依頼を打診される。
そう教えてくれたのは、美奈穂が今回代理として調理場に立つことを任された四十代半ばの専業主婦、下野美智子さんだ。
下野さん夫妻も他の六組と同じく、夫婦で今回のバイトを請け負っていた。だけど数日前、家の中で転倒してしまった彼女は左腕を骨折した。
「入院はしなくても大丈夫なんですか? それか、ご自宅で安静にしていた方が……」
「大丈夫、大丈夫。ギプスで固定してあるから平気よ。それに……いくら他にスタッフ仲間がいると言っても、この人だけじゃ不安で。あまり役に立たないかもしれないけど、今回は無理を言って特別にここへ泊まらせてもらっているの」
利き手は無事だったから、書き仕事くらいは出来る。
そう言ってあっけらかんと笑う美智子。自分にはない彼女のタフさに美奈穂は衝撃を受け、そしてとても感心する。それはまるで、自分に無いモノを羨ましがる、憧れに似た感情のように。
その後、詳しく話を聞くと、自分達がこの一週間でやる仕事は食事作りだけではないそうだ。
掃除や洗濯に始まり、各部屋のベッドメイクなど、その内容は多岐にわたる。
実際フタを開けてみれば、かなりのハードスケジュールになることは必須。
掃除や洗濯は、宿泊客が自分でする場合もあるみたいだけど、ほとんどの人はスタッフに頼ってしまうらしい。
(さ、流石五十万円の仕事っ!)
この仕事には、自分の知らない何かがある。
そんな疑念が、ずっと消えなかった。だけど、正確な仕事内容を把握したことで、ようやく自分の中で腑に落ちる答えを見つけられた気がした。
お互いの自己紹介と、軽い雑談で初対面の緊張を解した十五人は、早速仕事に取り掛かる。
午後二時過ぎには、ここへ一週間泊まり込む宿泊客が数十人やってくるらしい。
彼らが来る前に、まずは大方施設内の掃除をしなければと、それぞれが掃除用具を手に取った。
そんななか、初めてバイトに入った美奈穂のために美智子が施設内を案内すると言い出した。彼女は自由に動く右手でそっと美奈穂の手を握り、さあと促すような声を出す。
「えっ? でも、あの……私たちも掃除をしなくちゃ」
「何も長時間ここを空けるわけじゃないんだから大丈夫よ。ちょっと広めの施設だけど、十五分もあれば終わるから。それじゃあ皆、ちょっと美奈穂ちゃんを借りるわねー」
「おう」
「いってらっしゃい」
すでに調理場に隣接する食堂の掃除を始めた仲間の姿に、一番年下の自分がやらなくてどうすると美奈穂は戸惑う。
だけど、困り顔の彼女を気に掛けるよりも先に、みんな笑顔で頷いてくれた。
そんな仲間たちに送り出される形で、美奈穂は施設内の探索に出かけることになった。
ここへ来る途中、車の中で政府役人の男性相楽志郎から施設の見取り図を渡されてはいたけれど、紙に印刷された簡略的な平面図と、実際に建物内を見てまわるのでは、間取りを頭の中に叩き込むまでにかかる時間が違った。
本館と別館にわかれた建物は隣り合っていて、本館のほとんどが基本的に共有スペース、別館は寝泊まりする部屋ばかりだそうだ。
宿泊客が寝泊まりするのは別館。スタッフは、本館の最上階フロアにある部屋を夫婦で一部屋使うらしい。
美奈穂は今回、有難いことに一人で一部屋使わせてもらえることになった。
「ホ、ホテルみたいな部屋、なんですね」
美智子に案内されるまま、別館一階にある一番手前にある部屋を覗いた美奈穂は、ホテルの客室と遜色ない部屋の様子に驚き、しばらくの間無言になった。
ようやく口をついて出た言葉は、気の利いたものなど一切ない、月並みな感想。それしか言えない自分が、なんだか急に恥ずかしくなる。
(さ、流石政府所有な施設だけあるな)
施設の建設費、または購入費。そして維持費など、どれをとっても、自分の想像を超えるお金が動いているのは確かだ。
そんな場所に、一スタッフとして泊まれるだけでも、無職な今の自分にとっては贅沢すぎる経験。
その上お給料まで貰えるなんて、残りの人生の運をすべて使ってしまったかと思うほどの幸運に思えた。
これは、自分が出来る精一杯の仕事をしなければいけない。
心の中でやる気をみなぎらせ、こっそり小さなガッツポーズと共に己へ気合を入れる。
その時、ある事について自分は何も聞かされていないと気づいた美奈穂は、慌てて隣にたたずむ美智子の方を向く。
「み、美智子さん!」
「んー? どうしたの、美奈穂ちゃん」
「あの、ここで私たちがやらなきゃいけない仕事については、理解出来たんですけど……私たち以外に、ここへ泊まりに来る人は、何のために来るんですか? 政府の人が集まって、話し合いをしたり……ですか?」
美奈穂は知らされていなかったのだ。
スタッフとして派遣された自分達以外の人間が、こんな山奥の施設に数十人も集まる理由を。
何度も同じアルバイトを経験している美智子なら、初参加の自分より何かしらの情報を知っているかもしれないと、美奈穂は自分より少しだけ背の高い先輩を見上げ首を傾げる。
疑問を投げかけられた美智子は、三角巾で吊るしていない右手人差し指を口元にあて、しばらくの間、何かを悩む様子を見せた。
「んー……そうねえ、美奈穂ちゃんにはなんて説明したらいいかしら」
「……?」
やっぱり、一般人の自分には無縁すぎる集まりなのかもしれない。
そんな考えが頭の中に浮かんだまさにその時、天井を見上げていた美智子が名案を思い付いたとばかりに大きく頷く。
「簡単に言っちゃうと、政府主催のお見合いパーティー……みたいな?」
「……はい?」
言い得て妙とばかりな例えが出来たと、美智子はどこか満足げにほほ笑む。
だけど彼女の言葉を聞いた美奈穂は、頭の中でダンスを踊り始めた疑問符たちをどうにかして欲しいと、頭を抱えるしかなかった。
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