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最終章 〇〇〇は元天使

54.晴れやかな未来を夢見て(R-18)

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 終盤は酒の席と化した場から、ようやく自宅へ戻ってきたセラフィーナはホッと胸を撫でおろす。
 すると、不意に背後から自分を抱きしめるように、胸元へ己のものではない腕が交差する様子が視界の端に映り込んだ。
 指先から手の甲、手首、そしてその先。
 他人のそれを辿るように視線を動かし、ゆっくりと後ろを振り向けば、話し合いの時以上に蕩けた目つきで自分を見下ろす彼と間近で目が合う。

「ザック、ふ、んんっ」

 その視線は、彼に見られている自分自身が溶けてしまうかと錯覚する程に甘い。
 高鳴る心臓と、下っ腹の奥に感じる疼き。不意に気付いかされたものから意識をそらしたくて、彼の名を口にした。
 しかし話を切り出すより先に、セラフィーナの唇は目の前にいる男に捕食される。
 数年ぶりの噛みつくような口づけを、無意識に体が怖がっているのか、ビクンと肩が跳ねた。
 その様子を彼は見逃さなかったようで、震える肩に武骨な指を這わせ、何度も優しく撫でてくれた。
 最初は肩だけだったそれが、背中を撫で、二の腕を撫で、至る所へ優しく触れていく。

 ――大丈夫だ、何も怖がることはない。

 言葉ではなく、手のひらで、唇で、そして口内へ侵入してきた熱い舌で、アイザックは何度もセラフィーナに語り掛けてくれた。
 そのおかげか、強張っていた彼女の身体からは余計な力が抜けていく。
 顔だけ後ろを向いていたはずが、気づけば首から下もいつの間にか反転しており、自分を抱きしめる彼の腕が胸元ではなく、背中へ回っていた。

 わずかに残った恐怖心が、舌を口内に引っ込ませる。
 そんな彼女の無意識な行動を、アイザックは咎めなかった。
 彼はただ優しく、そっと口内に押し入れた熱い舌先で、柔肉に触れていく。歯列を確認するようになぞり、頬裏を突き、時に唾液を流し込んで、ゆっくり心がほぐれるのを待ってくれた。
 そのお陰か、次第にセラフィーナの緊張はほぐれ、恐々ながら自らの意思で舌先を彼のそれへ触れていく。
 最初は一瞬、少し間を置いてから今度は突くように数回。
 回数を重ねるごとに、どちらのものともつかぬ唾液を垂らす口元からは、クチュクチュとほのかに熱を孕んだ水音が漏れ聞こえた。
 その口内では、一際熱くなった二つの舌が、一瞬の隙も許さないと、ただ本能のまま相手を求め絡まっていく。

 次第に身体から力が抜けていく感覚、プルプルと震える両足、不意にガクッと力が抜け崩れ落ちそうになる身体を支えるように腰に回された力強い腕のぬくもり。
 それらはすべて、あの頃、毎日秘め事のように交わしていた口付けを思い出させる。
 彼からの愛情がたっぷり詰まった熱は相変わらずの情熱と優しさを持ち合わせており、セラフィーナにとって、とても懐かしくたまらないものばかりだった。

「……ザックッ。あたしね、あたしねっ」

「ああ」

「追放されてから、ずっと記憶が無くて……でも……でもっ、毎日夢の中にザックが出てきて、ずっとあたしの名前、呼んでくれたのっ」

「ああ、ああ……私も毎日夢の中で其方を求めていた。夢だけじゃ飽き足らず、クラースに散々呆れられながら、国中駆けずり回った大馬鹿者だ」

 口を離し、間近でしっかりとその瞳に彼の顔を刻んだ瞬間、セラフィーナの涙腺は崩壊した。
 泣きじゃくりながら、必死に自分の想いを告げる彼女は、大きな背に回した腕に力を籠め、上質な衣服を皺まみれにし兼ねない程握りしめる。
 すると、これまで自分を支えてくれたアイザックの腕に力が入り、少々息苦しさを感じるほどに力強く抱きしめられていた。
 耳元から聞こえる少しばかりくぐもった彼の声が、薄っすら涙ぐんでいる気がするのは、きっと気のせいではない。





 あれから、互いに相手への想いを散々涙ながらにぶつけ合えば、少しずつ落ち着きを取り戻すことが出来た。
 心を落ち着かせる間も、抱きしめる腕が解かれることはなく、何度も互いに名前を呼び合った。
 いつまでも玄関に二人で突っ立っていることに気づき、互いの瞳が薄っすら充血しているとわかれば、どちらともなく笑い合った。
 それからはとりあえずベッドに並んで座り、しばらくしてアイザックに入浴を勧めると、彼は一緒に入ると駄々をこね始める。
 最終的にはセラフィーナが折れる形となり、城で共に入った浴槽の何十分の一かわからない程の小さなそれに、二人で体を縮こませ浸かった。


 移動する時は手を繋ぎ、隣に並べば肩を寄せ合い、片時も相手の熱から離れぬまま、セラフィーナ達は一つ、また一つとあの夏の日以降それぞれに起こったことを報告し合う。

 先輩たちのおかげで事なきを得た問題とは言え、自分が矢を穢したために、ディオン達へ多大な迷惑をかけてしまったと落ち込むセラフィーナ。
 その様子を見たアイザックは、彼女の頭を自分の胸元に寄せ、髪を撫で始める。

『ベテランの天使達が、すぐに対応したのだろう? 技術に知識、経験も豊富な者が対応したのだから大丈夫だ。それに……その結果を証明するように、三組とも、今では皆結婚しているしな』

『えっ!』

 頭上から聞こえた声に驚くあまり、頭を撫でる彼の手を跳ねのけるように顔をあげる。
 驚愕の表情を隠しきれず、しばしアイザックの顔を凝視すれば、先程の言葉が真実と言いたげに彼はもう一度大きく頷く。
 その後詳しく話を聞けば、一番早く結婚したのはクライヴとヴァネッサらしい。
 二人には既に子供が生まれ、ヴァネッサは今二人目を妊娠中だと言う。
 ディオン達が結婚したのは三組の中で一番遅く割と最近。
 どうやら、隊の中では新入り扱いながらも、アイザックの遠征時の護衛隊に配属となったことが彼の自信に繋がったそうだ。

 他にもクラースは相変わらず口煩いとか、専属医師のヴィンスは四年前の一件直後に養子として身寄りのない子供を自分の元に置き、将来の後継者育成に励んでいるなど、気遣いやな彼が話してくれるのは明るい話題ばかりだった。

 セラフィーナの方も、出来るだけアイザックの気遣いを真似、明るめな話題ばかりを報告した。
 天界を追放され、この村近くの森に倒れていた所を発見され、優しい村人達に保護されたこと。
 右も左もわからないような自分に、隣人のワンダを始めたくさんの人々が様々なことを教えてくれたと話せば、アイザックは愛おしそうに目を細め、たくさんの頷きと共に聞いてくれた。





 浴槽から逆上せる寸前で脱出した二人は、そのままなだれ込むようにベッドへ倒れこむ。
 そして、火照った身体と普段より速い鼓動に浮かされ、まだ湿り気が残る身体や髪を気にせず、互いを求め始めた。

「はぁ……ザック、くすぐった、ひゃんっ」

「ん、ふ……ここは、しっかり消毒しないと、いけないだろう? チュッ」

 しばし夢中で口づけを交わしていたかと思えば、おもむろにうつ伏せになるようアイザックが指示を出してきた。
 突然のことに戸惑いながら、セラフィーナが言うことを聞き、愛する人の眼下に背中をあらわにする。すると次の瞬間、彼の口から放たれるキスの雨がそこへ降り注いだ。
 労わるような優しい口付け、そして慈しむように舌先で撫でられるくすぐったさに、何度抗議の声をあげても、それは聞き入れられずにいる。

 アイザックが自分の背中に執着する理由。それはきっと、お風呂に入った際見られてしまった火傷跡のせいに違いない。
 セラフィーナの背中には、天界を追われた印と言わんばかりに、広範囲に火傷跡が刻まれているのだ。
 それは一見、本物翼のごとき美しく見える代物。しかし、その意味を知る者にとっては、複雑な感情しか生み出さないものだ。

「ザック、ザック……そこ、だめ、あぁっ」

「んー? そことは、どこのことを言っているのだ。ちゃんと場所の名前を言ってくれ」

 一際皮膚の薄くなった背中への愛撫だけでは飽き足らず、アイザックは暇を持て余した指先でセラフィーナの全身を愛撫し始める。
 片方は既にぷっくりと膨らみ始めた彼女の胸の先端についた蕾を、もう片方は湯舟の中で彼に湯とは違う湿り気に気づかれた秘部を責め立てられる。

 途中まで楽しくお喋りをしていたはずが、いつの間にか悪戯に蜜が染み出した蜜壺とぷっくり存在を主張する突起を弄ばれてしまい、セラフィーナは浴槽の中で一人達した。
 一度その顔を見たアイザックは、数年ぶりに見る恋人の痴態を前に、欲という火がついたようで、瞳の奥をギラつかせながら、逃げ腰の彼女を離してはくれなかった。

「やぁっ、全部、ぜんぶ、だめ……ふぁ、ん、ふ」

 幾度となく交わした口付けにより、気づけばセラフィーナ自身も己の欲情が隠し切れなくなっていた。
 嫌々と首を横に振るにも関わらず、彼の愛撫が不意に止まれば不満そうな声を上げる。
 無意識に腰が揺れる後ろ姿を見てか、クツクツと喉を鳴らすアイザックの声が聞こえた。

 今しがたまで自分の胸を虐めていた無骨な指。それが目の前へ差し出された途端、彼女は躊躇わず口に含み吸い付いた。
 含んだ指を舌でなぶり、舌先で唾液を塗り付ける。更なる刺激が欲しいと言いげに、もう一本、さらにもう一本と自らの意思で指の数を増やしていく。
 すると、まるで自分が愛する人の熱く濡れそぼった昂りを舐めているような感覚に陥り、無意識に興奮したセラフィーナの息が上がり、はしたなく蜜壺から新しく垂れた蜜が太ももを汚した。
 興奮したのはアイザックも同じようで、背後から荒々しい吐息が聞こえたと思った瞬間、不意に口から指を引き抜かれ、グルリと身体が反転する。
 ベッドの上に仰向けで倒れこみ、薄暗い天井が見えたと思えば、すぐにその視界は愛しい人のいやらしい顔でいっぱいになった。


 それからはもう、どちらが先に動いたかなどの記憶は無く、ただ互いの熱を求めあうだけの本能が二人を突き動かす。

「あ、あぁっ……やっ、ザック、おっきいのぉ。はぁっ」

「はぁ、はぁっ。クスッ……そんなに大きな声を出していいのか? 隣に聞こえるかもしれないぞ」

「っ! や、やぁ……それ、だめッ」

「だったら、その口、塞いで良いな? んんっ」

「んんっ!」

 セラフィーナの羞恥心を煽るだけ煽り、身勝手にその口を己のもので塞ぐ。
 そんなアイザックの行動に文句を言う暇もなく、力強くナカを突き上げる彼の熱に翻弄され喘ぐ声は、重なり合った口内で木霊し消えていく。
 子宮口めがけ、より激しくなる律動と快感は、彼女の中から瞬く間に理性を消し去った。

「はぁ、はぁっ……ザック、んちゅ、はぁ……好き、大好き。んん、あぁっ」

「セラ、愛している……あ、あっ……う、くっ」

 顔を寄せあい、うわ言のように相手の名と愛の言葉を呟きながら、これまでで最大の幸福感に包まれ二人は共に果てた。





「セラフィーナ、私と一緒に来い。あの時は其方を守ることが出来ず醜態を晒すだけだったが……今の私は違う。其方を守るだけの力も、地位も、もうすぐ手に入る。……私の隣で、これからもずっと笑っていてくれ。それだけで、私は皆の上へ立ち、導いていける」

 情事後、二人で横たわるには少々狭いベッドの上で体を寄せあい、幸せをかみしめるセラフィーナ。そんな彼女の耳に、ふと真剣な声が届いた。
 恐る恐る顔を上げれば、どこか不安げな様子でこちらを見つめるアイザックの姿が目に付いた。
 彼の言葉を聞き、言わんとしている意味を理解すれば、途端に顔が火照りだす。
 同時に脳裏を過るのは、宴会場と化した家から立ち去る際、優秀な補佐官クラースから言われた言葉だ。

『セラフィーナさん。我々がこの村に滞在するのは今日から一週間です。その間、ご自分の気持ちと向き合い、今後のことをよくお考えください。決して、貴女にデレデレなポンコツ男の言葉を鵜呑みにしないように。そしてアイザック様……決して、明日に、響かぬよう、くれぐれも……くれぐれも、ご注意とご配慮をお願いします!』

 最後の方は半ば怒っていた気がしないでもないが、優秀すぎる故に、きっと彼は今夜この家で起こることを予測していたのだろう。

(は、恥ずかしいな)

 秘め事を見られたわけでは無いと言っても、やはり羞恥心は拭えない。
 なんて一人悶々としていれば、視界の端でしゅんとしょげているアイザックの姿が見えた。
 きっと、なかなか返事をしないセラフィーナの様子に、不安がっているのかもしれない。
 そんな姿がなんだか可愛らしく見えて、気怠い身体に鞭を打ち、ゆっくりとアイザックの頬へ指を這わす。

「あたし……お城での過ごし方とか、作法とか全然知らないよ? ちゅっ」

「んんっ。……行儀見習いとして奉公に来ているメイドや、長年使用人として仕えている者たちの中から、優秀な者を教師として其方につける。もちろん、私も時間を見つけて教えよう」

 火傷跡の残る左瞼に口づけると、くすぐったそうにアイザックは身動ぎする。その仕草は、四年前を彷彿させ、セラフィーナの心にこれまでとは違う穏やかな熱を与えてくれる。

「座学、苦手なんだよな……頑張りたいとは、思ってるんだけど」

「ふふっ。頑張ったら、その日一日の労いとして、私が一つ言うことを聞いてやる。食べたい菓子があるなら、ヴァネッサに作らせるし、食べたい料理があるならクライヴに作らせるぞ」

「ちょっと! どうしてあたしへのご褒美が全部食べ物絡みなの!」

「前は城の食事を、美味しい、もっと食べたいと強請ってきただろう?」

 甘い雰囲気を台無しにするような恋人の言葉を聞けば、つい声を荒げてしまう。
 しかし、そんな乙女心など気にする様子は無く、アイザックはケラリと楽しそうに笑うだけだ。
 図星をつかれ、悔し紛れに頬を膨らませれば、パクリと食まれる。
 そんなじゃれ合いをしばし続けたのち、アイザックはその胸にセラフィーナを抱き込む。

「其方の願いは出来るだけ叶えてやりたい。そして……出来る事なら、私の願いも日に一つ叶えてほしい」

「ザックのお願い?」

「あぁ、朝ベッドから出る時と、仕事へ行く前、そして仕事を終えた後と眠る前にはキスをしてほしい。あと、出来る限り入浴は一緒にしたい。それから……」

 次から次へ飛び出す彼の願いは、聞いているこちらが気恥ずかしくなるものばかりだった。
 そのことについて苦言を呈すれば、アイザックは何てことの無い顔をしながら「本音を言えば、一時たりとも其方のそばを離れたくないのだ」と耳元で甘い言葉を囁いてくる。

 その後も未来についての話し合いは続き、家の中が静まり返ったのは睡魔に負けた二人が互いの胸元に顔を寄せ眠りについた頃。


 四年越しの再会を果たしたセラフィーナとアイザック。
 そんな彼女達が、新たな国王と、その王妃として国民の祝福を受けるのは、今から二年後のよく晴れた日の出来事だ。




   おわり
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