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第四章 それぞれの想いの先に

39.鬼の居ぬ間に(R-18)

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 互いに相手へ想いを口にしながら、心のどこかで不安を抱き、無意識に線引きをしていたセラフィーナとアイザック。
 しかし、アイザックの視察が決まり、目的地へ赴く道中賊に襲われ、想像の斜め上を行く波乱万丈な旅路を経て、二人の心に巣くっていたモノが削ぎ落された。
 一番の要因は、やはり二人の間にある目に見えない繋がりだろう。生死に直結しかねないそれがあったからこそ、彼女達の相手を思いやる気持ちがより一層強固なものになったのだ。

「おはよう、セラ」

「ん……おはよう、ザック。ん、ぁ」

 窓からさし込む朝日の下、寝ぼけ眼を擦りながら目覚めれば、蜜をまぶしたかと勘違いしかねない甘い響きが己の名を奏でる。続けざまに、ほんの一瞬唇が塞がれすぐに解放されると、今度はこちらから、目を細め自分を見下ろす彼の頬へ手をのばした。
 新緑が近づく清々しい朝に、似つかわしくない甘ったるい空気が、室内に充満することなどお構いなしに、二人は濃密な口づけを飽きることなく交わし続けた。





 セラフィーナが乙女から大人の女性へ生まれ変わった翌日から、彼女の体調は劇的な回復を見せた。
 睦み合った後遺症なのか、翌日は身体中が痛くて動けず、アイザックを心配させてしまったが、これまで続いていた不調が和らいでいると彼女は気づいたのだ。
 筋肉痛が治まれば、より体調の変化を実感させられる。

 第一に、あれほど動くことが億劫と感じていた倦怠感が無くなったこと。
 第二に、人間サイズから小型化すること、またはその逆と、変化が以前のようにスムーズに行えること。
 第三に、身につけた術の発動まで、問題なく出来るようになったこと。
 そして最後に、愛する人と口づけを交わしても、あの流れ込む様な熱いエネルギーを感じなくなったことだ。

 最初は半信半疑でしかなかったが、どうやらアイザックが立てた仮説は正しかった様で、彼と交わったことにより、ここしばらくの不調が一気に消え去った。

「ほ、本当にもう大丈夫なのか?」

「うん! もうすっかり元通りだよ。これも全部、ザックのお陰だね」

 嬉しさのあまり、狼狽える彼の周りを手のひらサイズで飽きることなく飛び回る。心配性のアイザックはしきりに「もう少し休んだ方が……」と口にしていたが、セラフィーナはそれに苦笑交じりの笑顔を返すだけ。

「うわっ!」

 それでも諦めの悪い恋人の様子に気づいたセラフィーナは、人間サイズの大きさに戻ると、勢いよく彼の膝の上に飛び乗る。
 愛する人の膝の上に座るなど、最初の頃は、羞恥心が勝り「重いから」とかなり抵抗していた。しかし、平然と自分を膝の上に乗せ抱きしめる彼の姿をこれでもかと見せつけられてきたため、今ではすっかり感覚が麻痺している気がしてならない。
 多少の気恥ずかしさは残るものの、今では勢いをつけることで自ら彼の膝へ飛び乗り抱きつけるまでになった。
 そんな状況で愛しい人に抱きつけば、不意を突かれた彼は、しばし瞬きをくり返しこちらを凝視する。その様子が可愛らしいと思いながら、セラフィーナは目の前にある頬へ両手をのばす。

「あたしが目覚めてすぐの頃は、こうやってザックに触れると、その部分から熱い何かが流れ込んでくる感じがしたの。でも、今はその感覚が全然無い」

「私もそうだ。其方に触れた所から、自分の何かが吸い取られていく感覚があった。でも、今はそれが無い」

 コツン、と額をくっつけ、時折グリグリと擦りつけながら、改めて己の身に起こった現象について説明する。抽象的な言葉しか紡げずにいたが、アイザックの方も似た感覚を味わった様で、こちらの拙い説明でも十分理解してくれた。

「きっと、ザックのエネルギーを貰わなくても大丈夫なくらい、あたしの身体が元通りになったって事だと思うんだけど……違うかな?」

「違わないと思う。それが正解なのだろう。だが……寂しいものだな。もう其方に、私の力を分け与えることが出来ないのは。あの不思議な感覚に、正直少しばかり興奮していたのかもしれない。其方の中に、私のモノが入っていくと思うと、ゾクゾクして堪らなかった」

 そう言って舌なめずりをするアイザック。その手はいつの間にか、彼の膝に跨ったセラフィーナの腰を厭らしく抱き寄せ、彼女を見つめる瞳は熱を孕む。

「だ、駄目だよ、ザック。クラースさんが、来ちゃ……ふぁっ」

「ん、ちゅ……大丈夫だ。まだ、あやつが来る時間ではない。それに、気配もわかるようになってきた。クラースが来る前に、この昂ったモノをどうにかしなくては……なあ、セラ?」

 互いに服を着用しているものの、それらは決して厚い布地ではない。そのせいか、グイグイと股下に押しつけられる剛直な熱が丸わかりなのだ。
 それが何を示し、目の前にいる恋人が自分に何を求めているのか、今となってはもう知らないとは言えない。
 しかし、多大な羞恥と戸惑いが、セラフィーナを躊躇わせた。

 つい最近、アイザックの専属補佐官になりつつあるクラースは、毎日主の自室を訪ねてくる。
 今日も、もちろん彼はここへ来ていた。つい先程まですぐそばに居た優秀な部下は今、アイザックが目を通した書類を、城内にある各部署へ提出しに向かっている。
 部屋を出て行く際「少し待っていて欲しい」と言っていたため、再び彼はここへ足を踏み入れるに違いない。

「が、まん、して……は、ぁっ」

「はぁ、はぁ、其方こそ、我慢、出来るのか? ん?」
 
 いつ部下が戻ってくるかわからない状況で、厭らしい舌と指先が自分を翻弄する。
 冷静さを欠いた恋人の行動は、セラフィーナを焦らせた。止めて欲しいと懇願するため口を開くものの、その願いは聞き入れられず、熱を孕んだ舌先、指先の動きはどんどん大胆なものになっていく。
 自分より数倍、いや数十倍頭の回転が速いアイザックは、きっとこちらの懸念までをも理解して尚、淫らな戯れで自分を翻弄し、楽しんでいるのだろう。
 目の前にいる相手の思考を悟ってしまえば、何も言い返すことは出来ず、彼女は途端に口を噤む。
 すると、こちらが言い返さなくなった事が不満なようで、彼の淫らな愛撫は、これまで以上に大胆なものへ変わりだした。

「心配せずとも平気だ。今日の案件は、最近入ったばかりの新人の教育係を兼任している者が担当している部署がある。右も左もわからぬ新人に教えながらの確認となれば、時間がかかるはずだ。それに……クラースと極端に相性が悪い担当が関わっている案件もあった。きっと二人の主張は拮抗し、戻ってくるまで時間がかかる。クラースにとっては、災難でしかなく申し訳ないが、こちらにとって好都合というものだ」

「ザック……はぁっ、悪い顔、してる」
 
 状況を説明する至極楽しげな彼の口調に、つい目線をあげると、意地悪く笑みを浮かべるアイザックと目が合った。普段の穏やかな王子様は成りをひそめ、まるで目の前にいるのは悪人かと錯覚させられる。

「こんな私は、嫌いか?」

 熱のこもった吐息を吐き出せば、つい口をついて指摘する声が漏れる。すると、彼の表情、その根底はあっという間に揺らぎ、不純な笑みと共に細められた瞳が憂いを帯びた。

「……馬鹿」

 セラフィーナに縋りつかんと、腰に回された腕の力が強くなる。それを振りほどくなど出来る訳がなく、彼女は目の前にある唇に、そっと己のそれを重ね、彼の首に両腕を回すと、返答するより先にその身を力強い腕に委ねた。
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