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第三章 王子と天使を繋ぐモノ
25.湖面に揺らぐ(R-18)
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※二人で一緒にお風呂回なので、R-18は念のためです。
セラフィーナは毎日、アイザックと一緒に入浴し、自身の身体を清めている。
当初は、自分がいることで余計な手間を取らせ申し訳ないと頭を下げていた彼女だったが、優しく小突かれてからは、もう何も言わなくなった。
小さいままでは何かと作業しづらい上に、入浴をすればたちまち溺れてしまう。
そのような数々の危険を回避するために、浴場に足を踏み入れた彼女が最初に行う行為。
それは、体内にエネルギーを巡らせ、元の大きさに戻ることだ。
身体を元のサイズに戻すと、セラフィーナは足早に洗い場へ近づき、身体を覆っていたバスタオルを外す。
その後、主に胸元を下半身を隠すように前屈みの体勢を取り、全身に軽くシャワーを浴びれば、一先ず準備は完了だ。
「ザック……は、入っていい?」
「あぁ、いいぞ」
シャワーを止めつつ顔をあげると、ふり向いた先に見えるのは、広い浴場に合わせて作られたと思われる浴槽。
大人数人は余裕で入れそうなそこにいるのは、アイザックただ一人だけ。
そのアンバランスさに、彼女は毎日首を傾げている。
以前浴槽のサイズについて質問を投げかけてみたが、満足する答えは聞けなかった。
この城に長年住む彼ですら、詳細を知らないらしい。
(本当にあたし、おんぶにだっこ状態だよなぁ。もっとザックのために、出来る事を考えなきゃ……)
入浴時、アイザックは様々な面で心を砕いてくれる。
一足先に浴場へ入り、湯船に浸かっていてくれたり、セラフィーナが入ってきたと分かれば、律儀に目を閉じてくれるのだ。
自身の衣食住に関し、何らかの形でアイザックが関わっている。
その現状に憂いを抱きながら、彼女は背中の翼をたたみ、チャポンと浴槽の空いたスペースにその身を沈めた。
彼と共に過ごす二か月の間に、自然と成り立った入浴時の決まり事がいくつかある。
湯船に入る時は、基本的に一緒であること。これは、互いの身体を冷やさないため、そして逆上せないための効率化だと教えられた。
洗体、洗髪をする際は交互に行い、身体を洗っていない方は湯船に浸かり温まる。
それぞれ移動時には全身と腰にタオルを巻き、身体を隠すなど、気づけば他にも細かい決まりが出来上がっていた。
「…………」
「まだ、慣れないか?」
「……うん」
湯船に浸かったセラフィーナは、アイザックと一定の距離を取り、両足を抱えるような体勢で終始大人しくする。
普段の元気溌剌さからは考えられない程、今の彼女は大人しい。
ここでの生活ももう二か月。一緒に入浴するようになってからも、同等の時間を過ごしているというのに、いまだ彼女は熱く火照った顔を隠そうと俯くことに必死だ。
自分へ向けられた苦笑交じりの声に、小さく頷けば、何故かクスリと笑う声まで聞こえてくる。
最初の頃、アイザックの後に一人で入浴と主張してみたが、それは即座に却下されてしまった。
主だった理由は二つ。
一つは、セラフィーナが入浴する間、浴場の近くに彼を一人待たせておくわけにはいかない、というもの。
それを解決するために、彼が自室へ戻ることを提案してみたが、それが却下理由二つ目を生みだしてしまった。
浴場と自室の間には地味に距離がある。それを承知で二人が離れ離れになっては、セラフィーナが発作を起こすかもしれないという懸念が発生すると諭された。
その後、試行錯誤した結果が現状である。
『時間のことなど、気にせずゆっくりすれば良い』
当初、元からあまり長風呂ではないと聞いていたため、少しでも時間短縮をしようと、セラフィーナは慌しく身体を洗っていた。
しかし、その気配を感じ取ったのか、彼は首を横に振り、大丈夫と断言する。
そんな事を言われてしまえば、こちらに反論の余地は無い。
こうなっては、もう負けなのだ。どんな言葉を紡ごうと、眼前の男から十倍以上正論が返ってくるのだから。
しかも、あの、抑揚のない淡々とした声で。
そんなやりとりをして以来、セラフィーナは最初の頃より落ち着いて入浴するようになった。
天界に戻れば、もう一生縁のないであろう場所を、この際満喫しなければと日々寛いでいる。
もちろん、彼女には彼女なりの意地があるようで、あれ以来、これまで以上にテキパキとした行動を心掛けるようになった。
スンと鼻をひくつかせれば、ほのかに香る花の匂いをとらえる。
それは、二人が今浸かっている浴槽に垂らされた香油だ。
日によって違う香りがするし、何も匂わない日もある。
それはアマンダの指示だったり、気を利かせたメイドの行動だったりと、理由も様々らしいと教えられた。
(今日は、何だろう……甘い匂いがする)
スンスン、と再度匂いを嗅いでみるが、香油の種類まではわからなかった。
実際問題、セラフィーナは香油という趣向品についての知識がないため、説明された所で単に疑問符を浮かべるだけだろう。
地上に咲く花の名前について、少しばかり知識はあるが、それに当てはまるものか、はたまた自分にとって未知の植物かすら、現段階ではわからない。
「ザックは、この匂いが何かわかる?」
「さぁな、興味が無い」
ずっと俯いたままだった顔を少しだけあげれば、徐に髪をかき上げるアイザックと目があった。
じんわりと汗が滲む男の額と、傷跡の残る左目が目につく。
素顔をセラフィーナに明かした日から、二人で居る時に限り彼は前より目元を隠そうとしなくなった。
しかし、のびすぎな髪を切る意思は無いらしく、女性のものと見紛うばかりの長さになりつつあるそれはそのままだ。
基本的には以前と同じように顔を隠し生活するアイザックだが、今のようにふとした瞬間、彼は躊躇なく自分の前で素顔を晒す。
徹底して他人に素顔を見られまいとしてきた男の秘密を知り、尚且つ彼が無防備にその秘密を自分へ晒している。
その事実に気づいた時、彼女は胸の奥がこの上なく熱くなった。
これまで感じたことのない熱を発散させたくて、ベッドの上で飛び跳ねたり、アイザックの枕をポスポス殴ったりした記憶は新しい。
その時自分へ向けられた、彼の怪訝な表情まで、はっきり覚えている。
回想という別空間へ行った意識を慌てて引き戻しながら、自身の問いに答えた男の言葉を思い返す。
どうやらアイザックには、好きなモノ、という概念があまり無いらしい。
食事の好き嫌いは無く、趣味と言えるものも無い。
彼の一日は、生きるために必要な食事、睡眠、入浴の他、仕事、読書、剣の修行で構成されていると言っても過言ではない様だ。
娯楽と言えるものが無い生活をするアイザックは、周囲に、そして自分に対する関心が薄い気がする。
そんな彼を、半ば強引に外へ連れ出しているのは自分だ。その自覚は十分すぎる程ある。
そして、自分がいることで、彼に迷惑をかけているという自覚も。
しかしセラフィーナは、そんな憂いを晴らす欠片の存在に、最近気づきはじめた。
毎朝、一番に部屋を訪ねてくるチャドの表情と口調が、殊更柔らかくなっていること。
そして、以前は年に数回だったと聞くディオンの襲来が、最近は月に数回と格段に増えたこと。
彼とのお喋りは、普段自分から口を開くことが少ないアイザックにとって、少々色合いの違う疲労を感じさせるらしい。
天真爛漫な笑顔で、次の休みにまた来ると言い残し、部屋を去っていく友人を見送った後、彼は毎度ベッドに倒れこむ。
だが、その表情はどこか爽快さがあり、あたたかい。疲れた彼を労わるように、よしよしと頭を撫でれば、アイザックはいつも、くすぐったそうに身を捩るのだ。
セラフィーナは毎日、アイザックと一緒に入浴し、自身の身体を清めている。
当初は、自分がいることで余計な手間を取らせ申し訳ないと頭を下げていた彼女だったが、優しく小突かれてからは、もう何も言わなくなった。
小さいままでは何かと作業しづらい上に、入浴をすればたちまち溺れてしまう。
そのような数々の危険を回避するために、浴場に足を踏み入れた彼女が最初に行う行為。
それは、体内にエネルギーを巡らせ、元の大きさに戻ることだ。
身体を元のサイズに戻すと、セラフィーナは足早に洗い場へ近づき、身体を覆っていたバスタオルを外す。
その後、主に胸元を下半身を隠すように前屈みの体勢を取り、全身に軽くシャワーを浴びれば、一先ず準備は完了だ。
「ザック……は、入っていい?」
「あぁ、いいぞ」
シャワーを止めつつ顔をあげると、ふり向いた先に見えるのは、広い浴場に合わせて作られたと思われる浴槽。
大人数人は余裕で入れそうなそこにいるのは、アイザックただ一人だけ。
そのアンバランスさに、彼女は毎日首を傾げている。
以前浴槽のサイズについて質問を投げかけてみたが、満足する答えは聞けなかった。
この城に長年住む彼ですら、詳細を知らないらしい。
(本当にあたし、おんぶにだっこ状態だよなぁ。もっとザックのために、出来る事を考えなきゃ……)
入浴時、アイザックは様々な面で心を砕いてくれる。
一足先に浴場へ入り、湯船に浸かっていてくれたり、セラフィーナが入ってきたと分かれば、律儀に目を閉じてくれるのだ。
自身の衣食住に関し、何らかの形でアイザックが関わっている。
その現状に憂いを抱きながら、彼女は背中の翼をたたみ、チャポンと浴槽の空いたスペースにその身を沈めた。
彼と共に過ごす二か月の間に、自然と成り立った入浴時の決まり事がいくつかある。
湯船に入る時は、基本的に一緒であること。これは、互いの身体を冷やさないため、そして逆上せないための効率化だと教えられた。
洗体、洗髪をする際は交互に行い、身体を洗っていない方は湯船に浸かり温まる。
それぞれ移動時には全身と腰にタオルを巻き、身体を隠すなど、気づけば他にも細かい決まりが出来上がっていた。
「…………」
「まだ、慣れないか?」
「……うん」
湯船に浸かったセラフィーナは、アイザックと一定の距離を取り、両足を抱えるような体勢で終始大人しくする。
普段の元気溌剌さからは考えられない程、今の彼女は大人しい。
ここでの生活ももう二か月。一緒に入浴するようになってからも、同等の時間を過ごしているというのに、いまだ彼女は熱く火照った顔を隠そうと俯くことに必死だ。
自分へ向けられた苦笑交じりの声に、小さく頷けば、何故かクスリと笑う声まで聞こえてくる。
最初の頃、アイザックの後に一人で入浴と主張してみたが、それは即座に却下されてしまった。
主だった理由は二つ。
一つは、セラフィーナが入浴する間、浴場の近くに彼を一人待たせておくわけにはいかない、というもの。
それを解決するために、彼が自室へ戻ることを提案してみたが、それが却下理由二つ目を生みだしてしまった。
浴場と自室の間には地味に距離がある。それを承知で二人が離れ離れになっては、セラフィーナが発作を起こすかもしれないという懸念が発生すると諭された。
その後、試行錯誤した結果が現状である。
『時間のことなど、気にせずゆっくりすれば良い』
当初、元からあまり長風呂ではないと聞いていたため、少しでも時間短縮をしようと、セラフィーナは慌しく身体を洗っていた。
しかし、その気配を感じ取ったのか、彼は首を横に振り、大丈夫と断言する。
そんな事を言われてしまえば、こちらに反論の余地は無い。
こうなっては、もう負けなのだ。どんな言葉を紡ごうと、眼前の男から十倍以上正論が返ってくるのだから。
しかも、あの、抑揚のない淡々とした声で。
そんなやりとりをして以来、セラフィーナは最初の頃より落ち着いて入浴するようになった。
天界に戻れば、もう一生縁のないであろう場所を、この際満喫しなければと日々寛いでいる。
もちろん、彼女には彼女なりの意地があるようで、あれ以来、これまで以上にテキパキとした行動を心掛けるようになった。
スンと鼻をひくつかせれば、ほのかに香る花の匂いをとらえる。
それは、二人が今浸かっている浴槽に垂らされた香油だ。
日によって違う香りがするし、何も匂わない日もある。
それはアマンダの指示だったり、気を利かせたメイドの行動だったりと、理由も様々らしいと教えられた。
(今日は、何だろう……甘い匂いがする)
スンスン、と再度匂いを嗅いでみるが、香油の種類まではわからなかった。
実際問題、セラフィーナは香油という趣向品についての知識がないため、説明された所で単に疑問符を浮かべるだけだろう。
地上に咲く花の名前について、少しばかり知識はあるが、それに当てはまるものか、はたまた自分にとって未知の植物かすら、現段階ではわからない。
「ザックは、この匂いが何かわかる?」
「さぁな、興味が無い」
ずっと俯いたままだった顔を少しだけあげれば、徐に髪をかき上げるアイザックと目があった。
じんわりと汗が滲む男の額と、傷跡の残る左目が目につく。
素顔をセラフィーナに明かした日から、二人で居る時に限り彼は前より目元を隠そうとしなくなった。
しかし、のびすぎな髪を切る意思は無いらしく、女性のものと見紛うばかりの長さになりつつあるそれはそのままだ。
基本的には以前と同じように顔を隠し生活するアイザックだが、今のようにふとした瞬間、彼は躊躇なく自分の前で素顔を晒す。
徹底して他人に素顔を見られまいとしてきた男の秘密を知り、尚且つ彼が無防備にその秘密を自分へ晒している。
その事実に気づいた時、彼女は胸の奥がこの上なく熱くなった。
これまで感じたことのない熱を発散させたくて、ベッドの上で飛び跳ねたり、アイザックの枕をポスポス殴ったりした記憶は新しい。
その時自分へ向けられた、彼の怪訝な表情まで、はっきり覚えている。
回想という別空間へ行った意識を慌てて引き戻しながら、自身の問いに答えた男の言葉を思い返す。
どうやらアイザックには、好きなモノ、という概念があまり無いらしい。
食事の好き嫌いは無く、趣味と言えるものも無い。
彼の一日は、生きるために必要な食事、睡眠、入浴の他、仕事、読書、剣の修行で構成されていると言っても過言ではない様だ。
娯楽と言えるものが無い生活をするアイザックは、周囲に、そして自分に対する関心が薄い気がする。
そんな彼を、半ば強引に外へ連れ出しているのは自分だ。その自覚は十分すぎる程ある。
そして、自分がいることで、彼に迷惑をかけているという自覚も。
しかしセラフィーナは、そんな憂いを晴らす欠片の存在に、最近気づきはじめた。
毎朝、一番に部屋を訪ねてくるチャドの表情と口調が、殊更柔らかくなっていること。
そして、以前は年に数回だったと聞くディオンの襲来が、最近は月に数回と格段に増えたこと。
彼とのお喋りは、普段自分から口を開くことが少ないアイザックにとって、少々色合いの違う疲労を感じさせるらしい。
天真爛漫な笑顔で、次の休みにまた来ると言い残し、部屋を去っていく友人を見送った後、彼は毎度ベッドに倒れこむ。
だが、その表情はどこか爽快さがあり、あたたかい。疲れた彼を労わるように、よしよしと頭を撫でれば、アイザックはいつも、くすぐったそうに身を捩るのだ。
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