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第二章 苦い秘密と手ごわい試験
21.いざ、想い人探しの旅へ
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翌朝、否めない寝不足を自覚しつつ目覚めたセラフィーナは、隣で起き上がるアイザックの様子をうかがった。
結局襲ってきた睡魔に抗えず眠ってしまったため、彼女が起きて最初に気にしたことは己の体調より、そばに居る男の機嫌である。
「……? おはよう、セラ。私の顔に、何かついているか?」
「う、ううん。何でもないの! あ、えっと……おはよう、ザック」
長い時間彼の顔を凝視していたせいか、しばしぼんやりと天井を見上げた男の視線が、不意にこちらを向く。
投げかけられた言葉には、慌てて首を横に振り否定するの意を示した。
普段と変わらぬ穏やかな声で紡がれる挨拶に反応すれば、彼の口角が上がる。
どうやら、昨夜の言い合いについて追及されることは無いようだ。
一晩経ち、冷静になってみれば、昨夜のあれは口喧嘩にも満たぬ言い合いだった。
彼の言い分の方が圧倒的に正しいため、こちらが屁理屈を言った形になるかもしれない。
それをわかりながら、再び自分から話を振る気にはなれず、万が一彼の方から触れてきた場合は、素直に謝れば良いと結論付けた。
「……そうだ、聞き忘れたことがあったんだ。昨日話していた女性……彼女の想い人の名はわかるのか?」
一人安堵していれば、こちらの様子を目を細め眺めていた彼の口から、新たな問いが投げかけられる。
それは、昨夜話題に上がった内容であったものの、懸念していたものでは無い。
今日は情報収集の散歩ではなく、セリアの想い人の情報を探ろうと、昨晩二人で話していたのを思い出した。
「それはもちろん。えっと……ちょっと待って。確か、メモしてたはずだから……」
小首を傾げるアイザックを見上げ、大きく頷いたセラフィーナは、ベッドから飛び降りるように浮遊し、ベッド脇にある棚の陰に隠しておいた鞄のそばに降り立つ。
しばし鞄の中を捜索し、目的のものを手にした彼女は、再び宙へ舞い上がり、ベッドの上へ戻った。
「えーっとねぇ……セリアが好きな騎士さんの名前は、ディオンっていうみたいなの」
しっかり名前を書き留めていた事を、偉いだろうと言わんばかりにセラフィーナは胸を張る。
少々子供っぽい反応をする彼女は、頭の片隅で今の自分を見たアイザックの反応を予測する。
まず一つ。子供じみた反応を見て呆れる。
もう一つは、呆れながらも、不思議と心があたたかくなる笑みを浮かべてくれる。
どちらにしろ、呆れられる未来しかないことを若干悲観しながらも、出来れば後者であれと彼の反応を待った。
(……あれ?)
しかし、いつまで経ってもアイザックは行動一つ起こさない。
不思議に思い視線をあげれば、時折自身の顎をさすり考え込むような仕草を見せる彼の姿が目についた。
「セリアの想い人があいつとは……なんと狭い世だ。いや、まだ決まったわけでは……しかし、ディオンという名を持つ騎士など、あやつ以外考えられない」
視線を忙しなく動かし、時折唸り声をあげる王子を前に、状況を理解しきれず今度はこちらが首を傾げたくなる。
セラフィーナがすべてを知るのは、朝食後。これまでより覇気に欠けた男を伴い、想い人探しの旅へ出発した先でのことだ。
いつも通り朝食を終え、しばしの休憩をとった後、セラフィーナは定位置となった男の肩に乗り、部屋の外へ出る。
朝食後に届いた書類は一枚も無く、完全な休息日となった今日という日は、絶好の想い人探し日和になるかもしれない。
なんて思いがこみ上げれば、昨夜に引き続きセラフィーナから落ち着きが消えていく。
アイザックの肩に座り、放り出した足を揺らす彼女は、様々な質問を王子に投げかけた。
ディオンという名の騎士を探すにあたり、現状彼女が知っている事と言えば名前と職業くらいだ。
少しでも新たな情報が欲しくなり、そばに居る男へ「ザックは彼を知っているの?」と問いかける。
ベッドの上でブツブツ独り言を言っていた様子から察するに、二人は何かしら見知った間柄なのだろうと、彼女は察していた。
そんな問いに返ってきたのは、眉尻を下げた頷き。
周囲に人気が無い事を念入りに確認した後、アイザックは移動速度を落としながら自分とディオンの関係性について語ってくれた。
二人が出会ったのは今から数年前。丁度、ディオンが城内で騎士見習いを始めた頃らしい。
どうやら、この国で騎士として活躍するためには、二種類の方法があるようだ。
一つは、専門的な訓練をするための養成所へ入り、基礎的なことをすべて身につけること。
そしてもう一つは、見習いとして数年下積みをし、先輩騎士から直に教えを乞うこと。
どこか自分達見習いと似た状況に関心しながら、話の続きを聞く。
今話題に上がっているディオンは、直接城へ赴き、騎士を目指したいと志願したため、後者の方法がとられたそうだ。
見習いとなった者は、騎士達の下につき、養成所以上に実践的な指導を受ける。
しかし、その分とても厳しく、根をあげるものが後を絶たないらしい。
そんな日々の中で、二人は偶然出会った。
その日、いつもと変わらず自室で仕事をこなしていたアイザックは、部屋の前をうろつく気配に気づいた。
最初は、ただ単に使用人が移動しているものとばかり思っていた。
しかし、いつまで経ってもその気配は消えず、同じ気配が部屋の前を忙しなく行き来していると知り、終いには「あっれー? おっかしーなー」と、怪訝な男の声が聞こえてきたらしい。
普段アイザックの部屋の周辺は、驚くほど静まり返っており、それが普通であったため、本人も首を傾げたそうだ。
その原因を探ろうと、彼は仕事を中断し、部屋から顔を出し様子をうかがう。そんな時、困り果てた表情を浮かべる男と出会ったと、話してくれた。
「お城の中に、騎士さんがいるの?」
見習いとは言え、騎士として働いている男が城内をうろつくことに、セラフィーナは疑問を抱いた。
ここ数日、アイザックの許可を得て一部とは言え城内の散策をした彼女は、一度も騎士の姿を見たことが無いのだ。
王家が暮らす城なのだから、警備の面からして当然騎士が居る事自体不思議では無い。
しかし、その存在を目にしていないからか、彼女の中で、騎士の言葉自体がふわふわと浮遊状態にある。
「城内に居るのは、父とあの方の護衛をする近衛騎士団くらいだな。他の者は、城の敷地内にある詰所や宿舎にいる。大半の者は、朝から街の巡回に出ているから、セラが彼らを見かけないのも無理はない」
説明を受け、納得する反面、不意に一つの疑問が脳裏を過った。
国民を守るのが騎士の役目、取り分け王族の人間を護衛する任につけば、エリートと言われるだろう騎士達。
そんな人達を、これまで一度も目にしなかった理由は、まだ他にもあるのではと、食後に飲んだ紅茶の後味とは違う嫌な渋みが、口内に広がっていく。
「ザックに……護衛はつかないの?」
「……私は、自衛できるくらいの術はもっているから、護衛など必要ないのだ」
この不安が杞憂であれと願い口を開くと、返ってきたのは穏やかな笑みと普段と変わらぬ優しい言葉だった。
彼と出会った頃のセラフィーナなら、その言葉をすぐに受け入れ納得していたに違いない。
しかし、「そっか」と微笑み頷いた今の彼女は、その表情の奥底にやり切れない想いをひた隠しにする。
義理の母である王妃アマンダから冷遇されている現状を知ってしまった。そんな状況で、彼の言葉に素直な反応を示せるわけがない。
実際、彼は自衛できる術を持っているのかもしれないが、だからと言って王太子に護衛が一人もつかないのはおかし過ぎる。
城内だから安全と考えているのだろうか、と様々なことが頭を過るが、考えすぎて自分の思考を悟られてはいけないと、セラフィーナはすぐに考えを遮断した。
話題を少しでも変えたくて、しばし悩んだセラフィーナは、話が逸れてしまったディオンと知り合った経緯について問いかける。
するとアイザックは、嫌な顔一つ見せず、話の続きを聞かせてくれた。
『何をしているのだ』
『うぉ!? 吃驚したぁ……って、ここに人居たんすね。いやぁ、実は俺、少し前から騎士見習いとして、お城に勤めさせてもらってるんですけど。しばらくは使用人の手伝いしてろって言われて……絶賛、迷子なんすよ』
あっけらかんと話す彼の様子に、アイザックはしばし言葉を失ったそうだ。当時も今と同じような見た目だったが、それを目にしても普通に言葉を交わしたディオンの態度に、驚きを隠せなかったらしい。
見習い中の騎士は、城内の事、そしてそこで働く者の事、最終的には主である王族の事を知るため、騎士としての業務の他に、城内で働く様々な仕事を経験させられると、教えてもらった。
そのお陰で、有事の際にどう動くべきか、自分が城内の者を守るために何をすべきかを、明確に認識しやすくなるそうだ。
そしてもう一つの理由は、広大な城の敷地、及び城内を見取り図無しで走り回れるよう、頭に叩き込むためだと言う。
「……ここは、地味に入り組んでいたりするからな。城へ来た頃、私も頻繁に迷った」
なんて苦笑交じりの情報が耳をくすぐる。今はもう見ることが出来ない幼少期のアイザック。幼い頃の彼は、子供特有の可愛らしさも相まって、今とはまた違う魅力を放っていたのだろう。
どうせなら、小さい頃の彼もこの目で見たかった。そんな無茶な願いを心に仕舞いこみ、セラフィーナはアイザックに話の続きを促す。
その後聞いた話によると、どうやらアイザックの存在は、城内でも一部の者しか知らないらしく、当時新人同然だったディオンも目の前にいる人物が王太子だとは気づかなかったみたいだ。
それを説明するのも面倒だと思ったアイザックは、その時はただ謎の優しい男の立ち位置で、ディオンが目指す場所までの道のりを事細かに教えてあげたらしい。
すると彼は破顔し、感謝の言葉を何度も述べながら去っていった。
たった一度、行き先を案内しただけ。そんな間柄では無いと感じ小首を傾げれば、話はまだ続くと苦笑いをされた。
偶然の出会いから数日後、なんとディオンが自らアイザックの元を訪ねてきたそうだ。
『いやー。この前は有難うございました。そんで、俺、あの時アイザック様が国王様のご子息だって知らなくて。本当に申し訳ありませんでした!』
そう言って、ディオンは深々と頭を下げた。
本当なら、アイザックの正体を知っても口調を改めない彼の態度は問題になる。しかしアイザックにとって、男の砕けた口調は妙に新鮮さがあり、彼を咎めなかったらしい。
すると不思議なことに、ディオンの方もこちらに興味を持ったようで、その後も時折部屋を訪ねてくるようになり、今ではそこそこ言葉を交わす仲になったそうだ。
(ザ、ザックに……ザックにお友達がいるんだね!)
眉間に皺をよせ「あいつは何かと毎回煩いのだ」と、ぼやき始める。だがその声色は、本気で嫌がっているようにはどうしても思えない。強いて言うなら、少々面倒に思っている、程度なもの。
普段アイザックと接する時に感じる胸のぬくもりとは違う、ほっこりとしたものを胸の奥に感じたためか、つい頬が緩む。
ただでさえ城内で孤立状態にあるアイザックに、チャド以外にも頼れる存在が居たことが、純粋に嬉しくて、しばらく頬に力が入りそうにない。
「……っ! セラ、一旦私から離れろ!」
もっと二人の話が聞きたくなって、すぐそばにある彼の瞳を見上げようとするセラフィーナ。
しかし、それよりも早く、アイザックの緊迫した声が耳に届き、訳がわからないまま緊急事態であることだけを理解し、すぐさま彼から距離をとった。
とりあえず窓際に移動したものの、次に自分が何をすれば良いのかわからない。アイザックからの指示があるかもと期待し、セラフィーナは移動のため背を向けていた身体の向きを元に戻す。
「アーイザック、様ー!」
すると次の瞬間、目の前にたたずみ、怪訝な表情のまま周囲を見回していた男の姿が一瞬にして消えた。やけに威勢のいい呼び声と共に。
(ザック―!?)
その様子に、叫びそうになった口元を両手で制し、必死に声を押し殺す。そのかわりに大きく目を見開き、心の中で彼の名を叫びまくった。
そんな彼女の視界に飛び込んできたのは、折り重なるように床に倒れ込んだ二人の男。
「お前は、どうしてこうも、毎回毎回、私に突撃してくるのだ! 普通に挨拶も出来ない腑抜けになったか、ディオン!」
「えぇー、寂しいこと言わないでくださいよー。俺とアイザック様の仲じゃないっすかー」
心底嫌そうに自分の上に乗っかる男の頭を押し、その身体を退かそうとするアイザック。そんな彼の上で、不満げに口を尖らせる見慣れない服装の男。
(……って、今ディオンって言った? え、この人が、セリアさんの想い人なの!?)
まさか居場所を捜索中の人物にこんなにも早く遭遇できるなど、一体誰が思っただろう。
セラフィーナは自身の口元をおさえたまま、ただでさえ大きくなった瞳を更に見開く。
その眼下には、いまだじゃれ合いとも見える攻防を続ける男が二人。
(あ、いいこと思いついちゃった)
はたから見ればどこか楽しそうに言い争う男達。その姿を前に、彼女はふとある妙案を閃いた。
結局襲ってきた睡魔に抗えず眠ってしまったため、彼女が起きて最初に気にしたことは己の体調より、そばに居る男の機嫌である。
「……? おはよう、セラ。私の顔に、何かついているか?」
「う、ううん。何でもないの! あ、えっと……おはよう、ザック」
長い時間彼の顔を凝視していたせいか、しばしぼんやりと天井を見上げた男の視線が、不意にこちらを向く。
投げかけられた言葉には、慌てて首を横に振り否定するの意を示した。
普段と変わらぬ穏やかな声で紡がれる挨拶に反応すれば、彼の口角が上がる。
どうやら、昨夜の言い合いについて追及されることは無いようだ。
一晩経ち、冷静になってみれば、昨夜のあれは口喧嘩にも満たぬ言い合いだった。
彼の言い分の方が圧倒的に正しいため、こちらが屁理屈を言った形になるかもしれない。
それをわかりながら、再び自分から話を振る気にはなれず、万が一彼の方から触れてきた場合は、素直に謝れば良いと結論付けた。
「……そうだ、聞き忘れたことがあったんだ。昨日話していた女性……彼女の想い人の名はわかるのか?」
一人安堵していれば、こちらの様子を目を細め眺めていた彼の口から、新たな問いが投げかけられる。
それは、昨夜話題に上がった内容であったものの、懸念していたものでは無い。
今日は情報収集の散歩ではなく、セリアの想い人の情報を探ろうと、昨晩二人で話していたのを思い出した。
「それはもちろん。えっと……ちょっと待って。確か、メモしてたはずだから……」
小首を傾げるアイザックを見上げ、大きく頷いたセラフィーナは、ベッドから飛び降りるように浮遊し、ベッド脇にある棚の陰に隠しておいた鞄のそばに降り立つ。
しばし鞄の中を捜索し、目的のものを手にした彼女は、再び宙へ舞い上がり、ベッドの上へ戻った。
「えーっとねぇ……セリアが好きな騎士さんの名前は、ディオンっていうみたいなの」
しっかり名前を書き留めていた事を、偉いだろうと言わんばかりにセラフィーナは胸を張る。
少々子供っぽい反応をする彼女は、頭の片隅で今の自分を見たアイザックの反応を予測する。
まず一つ。子供じみた反応を見て呆れる。
もう一つは、呆れながらも、不思議と心があたたかくなる笑みを浮かべてくれる。
どちらにしろ、呆れられる未来しかないことを若干悲観しながらも、出来れば後者であれと彼の反応を待った。
(……あれ?)
しかし、いつまで経ってもアイザックは行動一つ起こさない。
不思議に思い視線をあげれば、時折自身の顎をさすり考え込むような仕草を見せる彼の姿が目についた。
「セリアの想い人があいつとは……なんと狭い世だ。いや、まだ決まったわけでは……しかし、ディオンという名を持つ騎士など、あやつ以外考えられない」
視線を忙しなく動かし、時折唸り声をあげる王子を前に、状況を理解しきれず今度はこちらが首を傾げたくなる。
セラフィーナがすべてを知るのは、朝食後。これまでより覇気に欠けた男を伴い、想い人探しの旅へ出発した先でのことだ。
いつも通り朝食を終え、しばしの休憩をとった後、セラフィーナは定位置となった男の肩に乗り、部屋の外へ出る。
朝食後に届いた書類は一枚も無く、完全な休息日となった今日という日は、絶好の想い人探し日和になるかもしれない。
なんて思いがこみ上げれば、昨夜に引き続きセラフィーナから落ち着きが消えていく。
アイザックの肩に座り、放り出した足を揺らす彼女は、様々な質問を王子に投げかけた。
ディオンという名の騎士を探すにあたり、現状彼女が知っている事と言えば名前と職業くらいだ。
少しでも新たな情報が欲しくなり、そばに居る男へ「ザックは彼を知っているの?」と問いかける。
ベッドの上でブツブツ独り言を言っていた様子から察するに、二人は何かしら見知った間柄なのだろうと、彼女は察していた。
そんな問いに返ってきたのは、眉尻を下げた頷き。
周囲に人気が無い事を念入りに確認した後、アイザックは移動速度を落としながら自分とディオンの関係性について語ってくれた。
二人が出会ったのは今から数年前。丁度、ディオンが城内で騎士見習いを始めた頃らしい。
どうやら、この国で騎士として活躍するためには、二種類の方法があるようだ。
一つは、専門的な訓練をするための養成所へ入り、基礎的なことをすべて身につけること。
そしてもう一つは、見習いとして数年下積みをし、先輩騎士から直に教えを乞うこと。
どこか自分達見習いと似た状況に関心しながら、話の続きを聞く。
今話題に上がっているディオンは、直接城へ赴き、騎士を目指したいと志願したため、後者の方法がとられたそうだ。
見習いとなった者は、騎士達の下につき、養成所以上に実践的な指導を受ける。
しかし、その分とても厳しく、根をあげるものが後を絶たないらしい。
そんな日々の中で、二人は偶然出会った。
その日、いつもと変わらず自室で仕事をこなしていたアイザックは、部屋の前をうろつく気配に気づいた。
最初は、ただ単に使用人が移動しているものとばかり思っていた。
しかし、いつまで経ってもその気配は消えず、同じ気配が部屋の前を忙しなく行き来していると知り、終いには「あっれー? おっかしーなー」と、怪訝な男の声が聞こえてきたらしい。
普段アイザックの部屋の周辺は、驚くほど静まり返っており、それが普通であったため、本人も首を傾げたそうだ。
その原因を探ろうと、彼は仕事を中断し、部屋から顔を出し様子をうかがう。そんな時、困り果てた表情を浮かべる男と出会ったと、話してくれた。
「お城の中に、騎士さんがいるの?」
見習いとは言え、騎士として働いている男が城内をうろつくことに、セラフィーナは疑問を抱いた。
ここ数日、アイザックの許可を得て一部とは言え城内の散策をした彼女は、一度も騎士の姿を見たことが無いのだ。
王家が暮らす城なのだから、警備の面からして当然騎士が居る事自体不思議では無い。
しかし、その存在を目にしていないからか、彼女の中で、騎士の言葉自体がふわふわと浮遊状態にある。
「城内に居るのは、父とあの方の護衛をする近衛騎士団くらいだな。他の者は、城の敷地内にある詰所や宿舎にいる。大半の者は、朝から街の巡回に出ているから、セラが彼らを見かけないのも無理はない」
説明を受け、納得する反面、不意に一つの疑問が脳裏を過った。
国民を守るのが騎士の役目、取り分け王族の人間を護衛する任につけば、エリートと言われるだろう騎士達。
そんな人達を、これまで一度も目にしなかった理由は、まだ他にもあるのではと、食後に飲んだ紅茶の後味とは違う嫌な渋みが、口内に広がっていく。
「ザックに……護衛はつかないの?」
「……私は、自衛できるくらいの術はもっているから、護衛など必要ないのだ」
この不安が杞憂であれと願い口を開くと、返ってきたのは穏やかな笑みと普段と変わらぬ優しい言葉だった。
彼と出会った頃のセラフィーナなら、その言葉をすぐに受け入れ納得していたに違いない。
しかし、「そっか」と微笑み頷いた今の彼女は、その表情の奥底にやり切れない想いをひた隠しにする。
義理の母である王妃アマンダから冷遇されている現状を知ってしまった。そんな状況で、彼の言葉に素直な反応を示せるわけがない。
実際、彼は自衛できる術を持っているのかもしれないが、だからと言って王太子に護衛が一人もつかないのはおかし過ぎる。
城内だから安全と考えているのだろうか、と様々なことが頭を過るが、考えすぎて自分の思考を悟られてはいけないと、セラフィーナはすぐに考えを遮断した。
話題を少しでも変えたくて、しばし悩んだセラフィーナは、話が逸れてしまったディオンと知り合った経緯について問いかける。
するとアイザックは、嫌な顔一つ見せず、話の続きを聞かせてくれた。
『何をしているのだ』
『うぉ!? 吃驚したぁ……って、ここに人居たんすね。いやぁ、実は俺、少し前から騎士見習いとして、お城に勤めさせてもらってるんですけど。しばらくは使用人の手伝いしてろって言われて……絶賛、迷子なんすよ』
あっけらかんと話す彼の様子に、アイザックはしばし言葉を失ったそうだ。当時も今と同じような見た目だったが、それを目にしても普通に言葉を交わしたディオンの態度に、驚きを隠せなかったらしい。
見習い中の騎士は、城内の事、そしてそこで働く者の事、最終的には主である王族の事を知るため、騎士としての業務の他に、城内で働く様々な仕事を経験させられると、教えてもらった。
そのお陰で、有事の際にどう動くべきか、自分が城内の者を守るために何をすべきかを、明確に認識しやすくなるそうだ。
そしてもう一つの理由は、広大な城の敷地、及び城内を見取り図無しで走り回れるよう、頭に叩き込むためだと言う。
「……ここは、地味に入り組んでいたりするからな。城へ来た頃、私も頻繁に迷った」
なんて苦笑交じりの情報が耳をくすぐる。今はもう見ることが出来ない幼少期のアイザック。幼い頃の彼は、子供特有の可愛らしさも相まって、今とはまた違う魅力を放っていたのだろう。
どうせなら、小さい頃の彼もこの目で見たかった。そんな無茶な願いを心に仕舞いこみ、セラフィーナはアイザックに話の続きを促す。
その後聞いた話によると、どうやらアイザックの存在は、城内でも一部の者しか知らないらしく、当時新人同然だったディオンも目の前にいる人物が王太子だとは気づかなかったみたいだ。
それを説明するのも面倒だと思ったアイザックは、その時はただ謎の優しい男の立ち位置で、ディオンが目指す場所までの道のりを事細かに教えてあげたらしい。
すると彼は破顔し、感謝の言葉を何度も述べながら去っていった。
たった一度、行き先を案内しただけ。そんな間柄では無いと感じ小首を傾げれば、話はまだ続くと苦笑いをされた。
偶然の出会いから数日後、なんとディオンが自らアイザックの元を訪ねてきたそうだ。
『いやー。この前は有難うございました。そんで、俺、あの時アイザック様が国王様のご子息だって知らなくて。本当に申し訳ありませんでした!』
そう言って、ディオンは深々と頭を下げた。
本当なら、アイザックの正体を知っても口調を改めない彼の態度は問題になる。しかしアイザックにとって、男の砕けた口調は妙に新鮮さがあり、彼を咎めなかったらしい。
すると不思議なことに、ディオンの方もこちらに興味を持ったようで、その後も時折部屋を訪ねてくるようになり、今ではそこそこ言葉を交わす仲になったそうだ。
(ザ、ザックに……ザックにお友達がいるんだね!)
眉間に皺をよせ「あいつは何かと毎回煩いのだ」と、ぼやき始める。だがその声色は、本気で嫌がっているようにはどうしても思えない。強いて言うなら、少々面倒に思っている、程度なもの。
普段アイザックと接する時に感じる胸のぬくもりとは違う、ほっこりとしたものを胸の奥に感じたためか、つい頬が緩む。
ただでさえ城内で孤立状態にあるアイザックに、チャド以外にも頼れる存在が居たことが、純粋に嬉しくて、しばらく頬に力が入りそうにない。
「……っ! セラ、一旦私から離れろ!」
もっと二人の話が聞きたくなって、すぐそばにある彼の瞳を見上げようとするセラフィーナ。
しかし、それよりも早く、アイザックの緊迫した声が耳に届き、訳がわからないまま緊急事態であることだけを理解し、すぐさま彼から距離をとった。
とりあえず窓際に移動したものの、次に自分が何をすれば良いのかわからない。アイザックからの指示があるかもと期待し、セラフィーナは移動のため背を向けていた身体の向きを元に戻す。
「アーイザック、様ー!」
すると次の瞬間、目の前にたたずみ、怪訝な表情のまま周囲を見回していた男の姿が一瞬にして消えた。やけに威勢のいい呼び声と共に。
(ザック―!?)
その様子に、叫びそうになった口元を両手で制し、必死に声を押し殺す。そのかわりに大きく目を見開き、心の中で彼の名を叫びまくった。
そんな彼女の視界に飛び込んできたのは、折り重なるように床に倒れ込んだ二人の男。
「お前は、どうしてこうも、毎回毎回、私に突撃してくるのだ! 普通に挨拶も出来ない腑抜けになったか、ディオン!」
「えぇー、寂しいこと言わないでくださいよー。俺とアイザック様の仲じゃないっすかー」
心底嫌そうに自分の上に乗っかる男の頭を押し、その身体を退かそうとするアイザック。そんな彼の上で、不満げに口を尖らせる見慣れない服装の男。
(……って、今ディオンって言った? え、この人が、セリアさんの想い人なの!?)
まさか居場所を捜索中の人物にこんなにも早く遭遇できるなど、一体誰が思っただろう。
セラフィーナは自身の口元をおさえたまま、ただでさえ大きくなった瞳を更に見開く。
その眼下には、いまだじゃれ合いとも見える攻防を続ける男が二人。
(あ、いいこと思いついちゃった)
はたから見ればどこか楽しそうに言い争う男達。その姿を前に、彼女はふとある妙案を閃いた。
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