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第一章 月下に結ぶ縁(えにし)

06.謎解きの手がかり

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 数分後、落ち着きを取り戻した男が、真顔でこちらをふり向き口を開く。

「先程名乗ったが、改めて自己紹介をさせてくれ。私の名はアイザック・ティンダル、この地……ピスティナ国国王の息子だ」

「え、つまり……王子様ってことですか?」

「そう、なるのだろうな。王子と呼ばれるのは、正直あまり好きではない」

 男が口にした衝撃の事実に目を見開けば、アイザックは口元に自嘲的な笑みを浮かべる。

「……?」

 王子と呼ばれることを嫌っている。なんとも不思議な彼の発言に、思わずセラフィーナは首を傾げた。

 しかし、彼女の思考はすぐ別のところへ向けられる。男が発したピスティナ国という言葉だ。

「ここは?」

「あぁ、ここは城内にある私の部屋だ」

 まだ暗い周囲を見回すように首を動かし、聞こえてきた言葉に思わず安堵する。
 どうやら自分今、なんとか試験場所内にいるらしい。
 気絶している間に、ピスティナ国外へ連れ出されている可能性はゼロではないのだ。

「お前と森で会った後、一旦城へ戻ったのだが、妙な胸騒ぎがしてな。気になって再度森へ行くと、お前が倒れていた……小さなその姿で」

 心優しき男の言葉に、セラフィーナは小さく息を呑むと、改めて彼を見上げ、続く言葉に耳を傾けた。


 アイザックの話を聞けば、小さくなったセラフィーナを見つけたのは、二人が別れてから三十分程経った頃らしい。
 呼吸が荒く、ひどく汗をかき苦しそうな姿を目にし、放っておけず自室へ連れ帰ってくれた様だ。

「……ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」

「別に迷惑だとは思っていない。気にしないでくれ」

 自分が気を失っていた間の状況を理解すれば、その場で急ぎ、深々と頭を下げる。
 人間に見つかったことは想定外だが、その相手がアイザックで本当に良かったと安堵する。

「そんな状況を目にして、相手を見捨てる程、私は悪人ではない」

 そう言って彼は苦笑いを浮かべる。

 男の言葉を聞きながら、セラフィーナは一度瞬きをした後、徐に自分の身体をあちこち触り始めた。

(私、まだ生きてるんだ)

 手のひら越しに伝わる確かなぬくもりを感じ、偽りなど無い命を実感すれば、心の底から嬉しさがこみ上げる。
 思い出すだけで気が遠くなりそうな激痛と苦しさを経験した今、自身の生を実感するという当たり前なことすら、目頭が熱くなるから困りものだ。

「……っ」

 慌てて目元ににじむ雫を袖で拭い、こんなことくらいで泣くなと自分の心に喝を入れた。





「ずっと気になっているのだが。何故森にいた時と今では、セラフィーナはこんなにも見た目が変わっているのだ?」

 頭上から聞こえてきた声に反応し顔をあげれば、「大きさからして違いすぎる」と不思議そうに呟くアイザックと目が合う。

「それは……私にもわかりません」

 男の言葉に、彼女は首を横に振った。
 小型化している体の謎については、こちらとしても疑問でしかない。
 これまで習った授業内容を必死に思い出しても、答えを見つけることが出来なかった。

「今までにこのような経験はあるか?」

「いいえ……。自分の意思で小型化する術は、修行をすれば見習いでも出来ます。でも、この姿になったのは私の意思じゃありません」

「なるほど。今の姿でいる時と普通の姿でいる時……何か差を体感することは?」

 男の言葉に、元の大きさでは感じない利点を探すため、頭を働かせる。
 腕組みをし、時折唸り声のようのものをあげながら、必死に違いを見つけようと、記憶の引き出しを次々と開けていった。

「やっぱり……小さくなるので、隠れやすく、見つかりにくくなるのが一番かな。あとは……ご飯を少しだけ食べればすぐ満腹になって。この姿で活動した後、元の姿に戻ってもあまり疲れなかったし……」 

「隠れやすく、普段より体力消費が抑えられ、回復もしやすい」

 一つ一つ思い出したことを口にすれば、そんなセラフィーナの言葉を追いかけるようにアイザックが言葉を紡いでいく。

(気を失う前、あたしは普通だった。でも、この人と離れたせいで体が痛くなって……)

 何か少しでも手がかりを見つけようと、今度は森で起こった出来事を思い返す。

「……もしかして」

 見落とさないよう、じっくりと記憶の糸を手繰り寄せていけば、不意に一つの可能性が閃いた。


 その後セラフィーナは、自分のために頭を悩ませてくれるアイザックへ、思い浮かんだ可能性の一つを説明した。

「つまり……小さくなった原因は、体の防御反応のようなものだと?」

「あくまで予測ですけど……」

 事故とは言え、セラフィーナは目の前にいる男と口づけを交わしてしまった。そのせいで二人の間にできたのは特別な結びつき。
 それは、アイザックがその場を離れたことにより、こちらへ多大なるダメージを与えるものだった。
 身体中に生じる激痛に耐えることは、動かずとも体力を根こそぎ奪っていく。
 そんな状況下で、己の意思に反し減り続ける体力を認識した身体が、本能的な危機を感じ、少しでも体力を温存しなければと行動を起こしたのかもしれない。
 その結果が、覚えのない小型化。人間サイズの時より、活動に必要なエネルギーは四分の一にも満たない姿へ変わることで、生きながらえようとしたのだろう。

 頭の中で悶々と悩んでいたものが、声に出してみれば、あっさり求めていた答えが見つかる。
 誰かに相談することの重要性を改めて認識しながら、セラフィーナは更に脳を働かせた。

 一先ず納得出来るような答えにはたどり着いたが、果たしてこれが正解なのかは、本人にすらわからない。
 しかし、現状から推測するに、この考え方が一番納得出来ると、頭の中にいる分身が頷いている。

「ふぁ、っ……」

 小型化の問題は一応解決したと見なし、次の問題へ取りかかろうするセラフィーナ。
 そんな彼女の思考とは裏腹に、小さな口元からは吐息が漏れ、目尻が薄っすら濡れていく。
 今しがたまで正常だった思考が、急に鈍り始めたと気づいたのは、不意に重くなる瞼によって視界を遮られた時だった。

(ダメだ。こんな所で寝るなんてあり得ない。もう少し、せめてもう少し色々わかってから……)

 頭の中で必死に横たわろうとする自分に喝を入れるも、襲いくる睡魔に抗うことは出来ず、セラフィーナはテーブルの上にコテリと横たわる。

「……? セラフィーナ、どうし……」

「寝ちゃ、ダメだ……ダメ、なの、にぃ……」

「……慣れない事が重なって疲れているのだ。今は何も気負わず、ゆっくり休んでくれ。其方の秘密と安全は、私が保障しよう」

 すると、身体を横たえた途端、本能が睡眠を求めているのか、次第に視界が狭まり、意識が遠退いていく。
 完全に意識を手放す直前、セラフィーナが感じたのは、優しくどこか安心する声と、わずかにカサついた指先に髪を梳かれたことくらいだった。
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