愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

雪宮凛

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第二章

44:ホッとする空気

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 メリッサが目覚めた日の夜、カインに連れられジュリアとイザークがダラットリ邸を訪れた。
 どうやら、主が目覚めてからすぐに、カインが貧民街へ向かい、ジュリアたちに報告してくれた様だ。
 主寝室でガヴェインとともに過ごすメリッサのもとへ、カインに案内された二人がやってくる。
 すると、すぐさまジュリアはベッドの上に起き上がっていたメリッサのもとへ駆け寄り、友人の手を両手で包むように握りしめた。

「メリッサ、目が覚めて本当によかった!」

「心配をかけてしまってごめんなさい。でも、頭の怪我も、しばらくすれば良くなるからと、お医者様がおっしゃてくれて」

 友人の目覚めを心底喜ぶジュリアの目には、薄っすら涙が浮かんでいる。
 同時に、笑顔を浮かべるメリッサを見てか、彼女はホッとした表情を浮かべ口角を上げた。

 メリッサがいるベッドを皆で囲み、二言、三言話した後、今度はミカエルのもとへ行きたいと、イザークが遠慮がちに申し出た。
 彼の言葉に頷いたのはガヴェインで、自ら案内すると言って、ベッドそばで座っていた椅子から立ち上がる。

「ガヴェイン様、私も一緒に」

 なんて願い出たメリッサは、最初渋い顔をしながら頷いてくれた夫の腕に抱えられ、廊下を進んでいく。
 その後ろにはイザークとジュリアが続き、カインは仕事があると言って、同行せず階段の方へ向かっていった。



 ミカエルが寝泊まりする部屋を尋ねると、運よく彼は起きていて、すぐに入室が許可された。
 皆でぞろぞろと入室し、ベッドの住人よろしくうつ伏せ状態のミカエルに、それぞれが労いの言葉をかけていく。
 話をしているうちに、隣の客室からガヴェインが足りない分の椅子を調達してきた。
 しかし、その数は一つ足りない。

(ガヴェイン様ったら、間違えたのかしら?)

「ほら、お前はここだ」

「ふえっ!?」

 ベッドの周辺に並ぶ椅子を何度も数え確認していた時、不意にメリッサの身体がふわりと浮き上がる。
 唐突な浮遊感に彼女が驚きの声をあげた直後、けがを負い目覚めたばかりな妻を心配する旦那様の膝上――特等席へ案内されてしまった。

「しばらくは不自由するってカインさんから聞いたけど、内臓に損傷は無いらしいし、安心しました。思ってたより、ミカエルさん元気そうで」

「あの時は本当にすみません。俺が無理やりにでも、メリッサ様を引っ張れば、二人共怪我なんてせずに済んだのに……」

 皆でミカエルを囲んで話をしていると、ジュリアの表情に安堵の色が浮かんだ。
 だが、イザークの様子は対照的で、自責の念にかられているのか、しょんぼりと肩を落とし「俺、ジュリアを守るだけで精一杯で……」とぼやいてばかりだ。

「イザークさん、そんなに自分を責めないで。貴方はジュリアさんを、僕はメリッサ様を守りたかった。その想いに突き動かされて行動を起こし、それぞれが結果を残したんですよ」

 そんなイザークへ声をかけるのは、にっこりとほほ笑むミカエル。
 彼の笑みと、優しくも確かな言葉を聞き、イザークは涙目になりながら何度も頷き返した。



 話にはなを咲かせていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
 ミカエルが「どうぞ」と声をかければ、カインたち使用人が料理を乗せたカートを押し、室内へ入ってくる。

「どうせなら、今日はここで夕食をと思いまして。手づかみで気軽に食べられるものをお持ちしました」

 そう言うと、カインとエルバが、室内にあるテーブルを主たちの前へセッティングしていく。
 他にも、ミカエルが手を伸ばしやすい位置や、ジュリアとイザークが一緒に使える位置などにテーブルを並べ、最後に使用人四人で囲むように二つ分並べたカインたちは、周りに次々と椅子もセッティングしていく。
 足りないテーブルや、使用人用の椅子は、エドガーがガヴェイン同様近隣の客室から調達したものだ。

 そして料理人のロベルトがテーブルの上へ並べていくのは、以前湖畔でピクニックをした際にメリッサが初めて目にした、手づかみで食べられる軽食たち。

「……? ここでは、手づかみで食べる料理が流行ってるの?」

 目の前に並べられる料理の数々に、ジュリアがふと疑問を漏らす。
 この前のピクニックで、メリッサが庶民的な料理にハマったのかと、不思議がる彼女に、クスクスと笑いながら進言したのは他のテーブルに料理を並べていたロベルトだ。

「今日は単純に、ミカエル様が寝転がった状態でも食べやすいものをと思って作ったんですよ。それと……カインから、事件のその後について報告も兼ねてるとも聞いたので、あんまり堅苦しくならない方がいいかと」

 説明を聞き「なるほど」と頷くジュリアと違って、一人話についていけないメリッサは、キョトンと首を傾げた。
 そのまま、訳が分からず、助けを求めるように後ろを振り向いた彼女は、ガヴェインを見上げ、無言の問いかけをする。

「メリッサが眠っている間に進展したことを、掻いつまんで報告する予定になっているんだ。この場に居る全員が、今回の関係者みたいなものだからな」

 一人、置いてけぼり状態の妻の状況を悟ったのか、ガヴェインは不安げな表情を浮かべるメリッサの髪を一掬いする。
 そして、サラリと指通りの良い髪束にチュッとキスを落とす。
 その顔に浮かんでいたのは、メリッサが大好きな、絶対な安心感を与えてくれる優しい笑顔だった。
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