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第二章
37:惚れた女に男は弱い
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屋敷の正面入り口の警備を担当している騎士に、エドガーがメリッサとジュリアの名前を伝える。
すると、事前に通達されていたのか、すんなり馬車は屋敷内へ入ることを許可された。
正面の門から屋敷を警備する騎士団員数名の誘導を受け、馬車が敷地内を移動していく。
案内されたのは、正面玄関から少し離れた場所。奥まった位置でストップがかかると、御者台に座るエドガーが座席前方に取り付けられた小窓を開いた。
「カイン、ここに停めろって言われたけど、大丈夫か?」
「ええ、構いませんよ。本来は屋敷の正面入り口に停めたいところですが、ダラットリ家の家紋が入った馬車を、長々目立つ場所に停められませんからね」
二人が会話をしていれば、不意に扉がコンコンとノックされた。
その音を聞いたカインが扉を開けると、馬車のそばで姿勢を正した騎士たちが数人、こちらへ敬礼のポーズをとる。
「ガヴェイン団長からお話は聞いております! ここからは我々がご案内を」
「わかりました。それではジュリアをお願いします。イザーク、貴方も一緒に行きますか?」
「も、もちろん!」
カインを筆頭に他の二人も会話に混ざっていく様子を眺めながら、メリッサの意識は時折外に居る騎士たちへ向けられた。
自分と変わらない年頃の男性たちが、夫と同じ制服を身に着け仕事をしている。
毎朝ガヴェインを送り出す際に見慣れた隊服が、とても新鮮に見える。
なんて、この場に似つかわしくない思考に陥りかけたメリッサは、小さくかぶりを振り、強引に思考を切り替えた。
付き添いの身で、屋敷内にまで共に行くのはいかがなものだろう。
そんな考えに至ったメリッサは、不安を抱いたまま屋敷へ案内されるジュリアとイザークを見送った。
カイン曰く、顔を確認するだけだから、そんなに時間はかからないらしい。
愛する主を安心させようと言葉を紡ぐ声を聞きながら、メリッサは近くにある小窓から外を覗き続けた。
大切な友人が屋敷へ向かってから、既に三十分。
ジュリアたちが馬車から離れてから今まで、ずっと二人が戻ってくる気配は一切なく、メリッサたちの不安は募るばかりだった。
心配のあまり、十分程前に馬車を降りてしまったメリッサは、付き添って一緒に降りたカインや、御者台の上で待機するエドガーと、ジュリアたちの帰りを待ちわびている。
彼女は終始落ち着きない様子で何度も背伸びをしているが、それで遠くが見渡せるかどうかと言われれば難しいだろう。
「いくら何でも、遅すぎねぇか?」
今、三人の中にある想いはきっと共通している。
それを証明するように、エドガーが落ち着かない静寂を打破し、口を開いた。
続いてカインが、胸元の内ポケットから取り出した懐中時計の蓋を開け、現在の時刻を確認する。
エドガーの言葉と、眉間に皺を寄せるカインの表情は、ただでさえ不安でいっぱいのメリッサの心を揺さぶっていく。
「顔を確認するだけなら、十分くらいと思っていましたが……確かに遅すぎますね」
「まさか、ジュリアたちに何かっ!」
「メリッサ様、落ち着いてください」
すると、執事の言葉を聞いたメリッサが、思わず動揺した声を発した。
そんな彼女の震える肩に、冷静沈着な態度を崩さないカインが両手を置く。
「仮に、ですよ。二人の身に何かがあったのなら、見張りの騎士がすぐこちらへやってきます。屋敷内や周囲に慌ただしい気配などもありませんし、一先ず落ち着いてください」
「でも……っ、でも……っ」
主を落ち着かせようと。カインは現状に関する事実を述べていく。
いつもなら、博識なカインの言葉を素直に受け入れるメリッサだが、今は上手く出来そうにない。
一度不安に陥った気持ちが、あっという間に平常心を塗りつぶしていくのだ。
半分疑心暗鬼状態なメリッサの瞳に、薄っすらと涙の膜がかかっていく。
負の感情で押しつぶされそうになる心を、必死に奮い立たせたメリッサがカインを見上げれば、涙目な主の姿に戸惑い困った様子で眉を下げる彼と目が合った。
「……少しだけ、様子を見に行きますか?」
「……っ! いいの!?」
「玄関口で少し様子を伺って、すぐ戻りますよ?」
しばらく二人は無言で見つめ合い、静寂が周囲を包むなか、ため息を吐いたカインの口から、不意にとある提案が飛び出す。
思ってもみなかった言葉にメリッサはとても驚いた。そして、同時に破顔すると、胸の前で両手を組んでキラキラ瞳を輝かせる。
子供の様に声を弾ませる彼女の耳に、執事からの忠告が届くと、メリッサは声を出さずにウンウンと何度も頷き、了解の意思を見せるのだった。
「カイン、諦めろ。惚れた女の言葉には、誰でも弱いもんだ」
「煩いですよ、エドガー。貴方はここで待機して、万が一の場合に備え、いつでも発てるようにしておいてください」
「へいへい、わかりましたよ……っと」
大切な友人の様子を見に行けると、心躍らせるメリッサの耳には、使用人たちの男同士ならではの会話は全く届いていなかった。
すると、事前に通達されていたのか、すんなり馬車は屋敷内へ入ることを許可された。
正面の門から屋敷を警備する騎士団員数名の誘導を受け、馬車が敷地内を移動していく。
案内されたのは、正面玄関から少し離れた場所。奥まった位置でストップがかかると、御者台に座るエドガーが座席前方に取り付けられた小窓を開いた。
「カイン、ここに停めろって言われたけど、大丈夫か?」
「ええ、構いませんよ。本来は屋敷の正面入り口に停めたいところですが、ダラットリ家の家紋が入った馬車を、長々目立つ場所に停められませんからね」
二人が会話をしていれば、不意に扉がコンコンとノックされた。
その音を聞いたカインが扉を開けると、馬車のそばで姿勢を正した騎士たちが数人、こちらへ敬礼のポーズをとる。
「ガヴェイン団長からお話は聞いております! ここからは我々がご案内を」
「わかりました。それではジュリアをお願いします。イザーク、貴方も一緒に行きますか?」
「も、もちろん!」
カインを筆頭に他の二人も会話に混ざっていく様子を眺めながら、メリッサの意識は時折外に居る騎士たちへ向けられた。
自分と変わらない年頃の男性たちが、夫と同じ制服を身に着け仕事をしている。
毎朝ガヴェインを送り出す際に見慣れた隊服が、とても新鮮に見える。
なんて、この場に似つかわしくない思考に陥りかけたメリッサは、小さくかぶりを振り、強引に思考を切り替えた。
付き添いの身で、屋敷内にまで共に行くのはいかがなものだろう。
そんな考えに至ったメリッサは、不安を抱いたまま屋敷へ案内されるジュリアとイザークを見送った。
カイン曰く、顔を確認するだけだから、そんなに時間はかからないらしい。
愛する主を安心させようと言葉を紡ぐ声を聞きながら、メリッサは近くにある小窓から外を覗き続けた。
大切な友人が屋敷へ向かってから、既に三十分。
ジュリアたちが馬車から離れてから今まで、ずっと二人が戻ってくる気配は一切なく、メリッサたちの不安は募るばかりだった。
心配のあまり、十分程前に馬車を降りてしまったメリッサは、付き添って一緒に降りたカインや、御者台の上で待機するエドガーと、ジュリアたちの帰りを待ちわびている。
彼女は終始落ち着きない様子で何度も背伸びをしているが、それで遠くが見渡せるかどうかと言われれば難しいだろう。
「いくら何でも、遅すぎねぇか?」
今、三人の中にある想いはきっと共通している。
それを証明するように、エドガーが落ち着かない静寂を打破し、口を開いた。
続いてカインが、胸元の内ポケットから取り出した懐中時計の蓋を開け、現在の時刻を確認する。
エドガーの言葉と、眉間に皺を寄せるカインの表情は、ただでさえ不安でいっぱいのメリッサの心を揺さぶっていく。
「顔を確認するだけなら、十分くらいと思っていましたが……確かに遅すぎますね」
「まさか、ジュリアたちに何かっ!」
「メリッサ様、落ち着いてください」
すると、執事の言葉を聞いたメリッサが、思わず動揺した声を発した。
そんな彼女の震える肩に、冷静沈着な態度を崩さないカインが両手を置く。
「仮に、ですよ。二人の身に何かがあったのなら、見張りの騎士がすぐこちらへやってきます。屋敷内や周囲に慌ただしい気配などもありませんし、一先ず落ち着いてください」
「でも……っ、でも……っ」
主を落ち着かせようと。カインは現状に関する事実を述べていく。
いつもなら、博識なカインの言葉を素直に受け入れるメリッサだが、今は上手く出来そうにない。
一度不安に陥った気持ちが、あっという間に平常心を塗りつぶしていくのだ。
半分疑心暗鬼状態なメリッサの瞳に、薄っすらと涙の膜がかかっていく。
負の感情で押しつぶされそうになる心を、必死に奮い立たせたメリッサがカインを見上げれば、涙目な主の姿に戸惑い困った様子で眉を下げる彼と目が合った。
「……少しだけ、様子を見に行きますか?」
「……っ! いいの!?」
「玄関口で少し様子を伺って、すぐ戻りますよ?」
しばらく二人は無言で見つめ合い、静寂が周囲を包むなか、ため息を吐いたカインの口から、不意にとある提案が飛び出す。
思ってもみなかった言葉にメリッサはとても驚いた。そして、同時に破顔すると、胸の前で両手を組んでキラキラ瞳を輝かせる。
子供の様に声を弾ませる彼女の耳に、執事からの忠告が届くと、メリッサは声を出さずにウンウンと何度も頷き、了解の意思を見せるのだった。
「カイン、諦めろ。惚れた女の言葉には、誰でも弱いもんだ」
「煩いですよ、エドガー。貴方はここで待機して、万が一の場合に備え、いつでも発てるようにしておいてください」
「へいへい、わかりましたよ……っと」
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