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第二章
34:あなたは素晴らしい女性
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※違法薬物についての描写があります
会議が始まった当初、不安が消えず震えていたジュリアの背中を、隣に座るメリッサが撫でて宥めていた。
それがいつの間にか逆転し、羞恥で震えるメリッサの背中をジュリアが苦笑交じりに撫でている。
すっかり入れ替わった二人の立場を誰も咎めたりせず、緊張感が漂っていた会議にしばし安息の時間が流れた。
その後、メリッサが落ち着くのを待ち、会議は無事再開された。
メリッサは一応平静を取り戻し、皆の前で謝罪したものの、醜態を晒し、会議を中断させたことへの罪悪感が募るせいで、未だにジュリアに縋りついたまま落ち込んでいる。
「どうぞ皆さま、私のことはお気になさらずに……」
「……ということだ。とりあえず話し合いを再開しよう」
恥ずかしさのせいで真っ赤に火照った顔を友人の肩に押し付けて隠すメリッサの様子に、ガヴェインは緩みそうになる頬をどうにか引き上げ、周囲に話し合いの続行を提案した。
この場を統括する男の言葉に、城から来た面々は苦笑いを浮かべつつ視線を見取り図へ戻す。
遅れてイザークも見取り図に目を向けながら「んー……」と唸り声をあげる。
「どうしたんですか、イザーク。何か、気になることでも?」
「えっ? いや、別に大したことじゃ……」
その声に反応して彼に話しかけたのは、メリッサの背後に立つカインだ。
背後から聞こえた声に驚いてふり返ったイザークは、何でもないと軽く首を横に振る。
「気になることがあれば、どんどん話してみてくれないか? 俺たちでは気づかないこともあるかもしれない」
場の雰囲気に臆する彼に、ガヴェインは続きを話すよう促す。
そんな騎士団長の言葉を聞いた他の面々も、次々に同意して頷いていく。
しばし彼らの様子を無言で見つめたイザークは、意を決した様子で「気づいてる事かもしれないっすけど……」と前置きし、一呼吸置いて言葉を続けた。
「これまで、何回も潜入ってのをして、色々探してたんすよね?」
「そうなりますね」
「だったら……どうして、屋敷に来たばかりのジュリアがすぐに気づいた匂いに、誰も気づかないのかなって」
(た、確かにそうだわ!)
ジュリアの肩に顔を埋め、メリッサは耳だけを機能させ皆の声を拾う。
その過程で聞こえてきたイザークの疑問は、騎士団側の調査情報とジュリアの体験を照らし合わせた上で気づくこと。
その事実を理解したメリッサは、これ以上恥ずかしがってばかりはいられないと、火照りが残る顔を上げ、パタパタと両手で自分の顔を扇ぎながら、改めて居住まいを正す。
「ん? メリッサ、もういいの?」
「はい。いつまでも、ウジウジしてるわけにはいきませんから」
離れていくメリッサに気づいたジュリアが、こっそり声をかけてくる。
その様子に小さく頷いたメリッサは、自分も頑張ると言いたげに、離していた友人の手をギュッと握り、微笑みかけた。
「俺たちもここ数日考えてるんだが、上手い具合の答えが見つからないんだ。これまで特殊部隊から上がってきた報告じゃ、屋敷の中で異臭がした、なんて話聞いたことが無い」
勇気を振り絞ったイザークの問いへ、副団長のイゴルが真っ先に返答する。
その言葉を皮切りに「謎が増えた」と落胆する声がいくつも上がっていく。
「あの匂いに気づかないなんて……屋敷に行く隊員さん、風邪っぴきばっかりだったんですか?」
「そんなはず、ない」
二人のやりとりを聞いたジュリアが首を傾げると、今度は実務部隊としてこれまで潜入をしてきたヤンが首を横に振り可能性を否定する。
湖でジュリアたちと再会した時も、彼女はべスターの屋敷で嗅いだ異臭は強烈だったと話してくれた。
騎士団員ではないジュリアが気づいた匂いに、本職の隊員が気づかないのは可笑しすぎる。
きっと何か理由があるはずだ。
(ええっと、他には……)
自分も何か役に立ちたいと思ったメリッサは、ジュリアと再会した日に、彼女から聞いた話を順序立てて思い出していく。
ジュリアがまず異変を察知したのは強烈な異臭。
なのに、執事の男性に聞いても、そんな匂いはしないと一蹴されるだけ。
そのまま時が過ぎ、ジュリアの中でべスターに対する不信感を決定づけたのは、彼の妻だという女性たちの虚ろな表情だった。
(まるでお人形のように感情が無かった奥様たちが、夫の男性が声を上げると次々に甘えだす)
「……あら?」
脳内で色々情報整理をしていたメリッサが、小首を傾げ不思議そうに声をあげる。
すると、妻の可愛らしい声を耳ざとく聞いていたガヴェインが「どうした? メリッサ」と甘々に表情筋を緩めて振り向いた。
「私の気のせいかもしれませんが……ガヴェイン様たちが取り締まろうとしているお薬には、限定的なモノなどあるのですか?」
「……? どういうことだ?」
「例えば……男性と女性で、お薬の影響が違う、などです」
ジュリアはべスターの屋敷で異臭を感じ、べスター家の奥方たちの瞳には生気が宿らない。
事実を改めて整理すると、女性陣には何らかの異変が顕著に現れたり、自身で感じ取ったりしている。
それに比べて、これまで潜入してきた騎士団員たち、べスター家当主に、彼に仕えている執事など、男性たちにはそれらしい症状などはあらわれていない。
それらは単なる偶然でしかなく、自分の思い過ごしの可能性だってある。
そうメリッサが言葉を続ける最中、突然「そうだったのか!」と一際大きな声が木霊する。
唐突すぎる大声につられ、これまでほぼ無言だったミカエルへ全員が視線を向いた。
すると彼は、唐突にソファーから立ち上がり、テーブルを挟んだ向かい側のソファーへ足早に近づいていく。
そして、戸惑いの表情を浮かべるメリッサの両手を、いきなりガシっと掴んだ。
「メリッサ、やはり貴女は聡明で素晴らしい女性です! 今このひと時で、何度貴女に惚れ直したことか! それにイザークさん。貴方の着眼点も大変優秀です!」
ミカエルは興奮しきった様子で、周囲の目や状況を気にせず、昂った気持ちのまま言葉を紡ぐ。
普段は大人しい性格のミカエルが、いきなり大胆にも人妻の手を握りしめ、告白まがいな賞賛をする。
その様子に、城の関係者たちは皆驚き、開いた口が塞がらない者まであらわれる。
そんな中、ミカエルの恋心を知っているガヴェインとカインだけが、揃って苦笑いを浮かべていた。
しばらくして、先程のメリッサ同様、ミカエルは自身が取り乱したことを赤ら顔で恥ずかしげに謝罪した。
慌てて元の席へ戻った彼は、場の空気を改めるようにコホンとワザとらしく咳ばらいをし、会議中ずっと考えていた自分なりの結論を口にする。
「おそらく、べスター準男爵が裏で取引きをし、自身も愛用している薬は……幻覚、幻聴、催淫など複数の効能を持ち合わせたものです。その薬は、女性にだけ効力を発揮する……特殊な媚薬なんです」
会議が始まった当初、不安が消えず震えていたジュリアの背中を、隣に座るメリッサが撫でて宥めていた。
それがいつの間にか逆転し、羞恥で震えるメリッサの背中をジュリアが苦笑交じりに撫でている。
すっかり入れ替わった二人の立場を誰も咎めたりせず、緊張感が漂っていた会議にしばし安息の時間が流れた。
その後、メリッサが落ち着くのを待ち、会議は無事再開された。
メリッサは一応平静を取り戻し、皆の前で謝罪したものの、醜態を晒し、会議を中断させたことへの罪悪感が募るせいで、未だにジュリアに縋りついたまま落ち込んでいる。
「どうぞ皆さま、私のことはお気になさらずに……」
「……ということだ。とりあえず話し合いを再開しよう」
恥ずかしさのせいで真っ赤に火照った顔を友人の肩に押し付けて隠すメリッサの様子に、ガヴェインは緩みそうになる頬をどうにか引き上げ、周囲に話し合いの続行を提案した。
この場を統括する男の言葉に、城から来た面々は苦笑いを浮かべつつ視線を見取り図へ戻す。
遅れてイザークも見取り図に目を向けながら「んー……」と唸り声をあげる。
「どうしたんですか、イザーク。何か、気になることでも?」
「えっ? いや、別に大したことじゃ……」
その声に反応して彼に話しかけたのは、メリッサの背後に立つカインだ。
背後から聞こえた声に驚いてふり返ったイザークは、何でもないと軽く首を横に振る。
「気になることがあれば、どんどん話してみてくれないか? 俺たちでは気づかないこともあるかもしれない」
場の雰囲気に臆する彼に、ガヴェインは続きを話すよう促す。
そんな騎士団長の言葉を聞いた他の面々も、次々に同意して頷いていく。
しばし彼らの様子を無言で見つめたイザークは、意を決した様子で「気づいてる事かもしれないっすけど……」と前置きし、一呼吸置いて言葉を続けた。
「これまで、何回も潜入ってのをして、色々探してたんすよね?」
「そうなりますね」
「だったら……どうして、屋敷に来たばかりのジュリアがすぐに気づいた匂いに、誰も気づかないのかなって」
(た、確かにそうだわ!)
ジュリアの肩に顔を埋め、メリッサは耳だけを機能させ皆の声を拾う。
その過程で聞こえてきたイザークの疑問は、騎士団側の調査情報とジュリアの体験を照らし合わせた上で気づくこと。
その事実を理解したメリッサは、これ以上恥ずかしがってばかりはいられないと、火照りが残る顔を上げ、パタパタと両手で自分の顔を扇ぎながら、改めて居住まいを正す。
「ん? メリッサ、もういいの?」
「はい。いつまでも、ウジウジしてるわけにはいきませんから」
離れていくメリッサに気づいたジュリアが、こっそり声をかけてくる。
その様子に小さく頷いたメリッサは、自分も頑張ると言いたげに、離していた友人の手をギュッと握り、微笑みかけた。
「俺たちもここ数日考えてるんだが、上手い具合の答えが見つからないんだ。これまで特殊部隊から上がってきた報告じゃ、屋敷の中で異臭がした、なんて話聞いたことが無い」
勇気を振り絞ったイザークの問いへ、副団長のイゴルが真っ先に返答する。
その言葉を皮切りに「謎が増えた」と落胆する声がいくつも上がっていく。
「あの匂いに気づかないなんて……屋敷に行く隊員さん、風邪っぴきばっかりだったんですか?」
「そんなはず、ない」
二人のやりとりを聞いたジュリアが首を傾げると、今度は実務部隊としてこれまで潜入をしてきたヤンが首を横に振り可能性を否定する。
湖でジュリアたちと再会した時も、彼女はべスターの屋敷で嗅いだ異臭は強烈だったと話してくれた。
騎士団員ではないジュリアが気づいた匂いに、本職の隊員が気づかないのは可笑しすぎる。
きっと何か理由があるはずだ。
(ええっと、他には……)
自分も何か役に立ちたいと思ったメリッサは、ジュリアと再会した日に、彼女から聞いた話を順序立てて思い出していく。
ジュリアがまず異変を察知したのは強烈な異臭。
なのに、執事の男性に聞いても、そんな匂いはしないと一蹴されるだけ。
そのまま時が過ぎ、ジュリアの中でべスターに対する不信感を決定づけたのは、彼の妻だという女性たちの虚ろな表情だった。
(まるでお人形のように感情が無かった奥様たちが、夫の男性が声を上げると次々に甘えだす)
「……あら?」
脳内で色々情報整理をしていたメリッサが、小首を傾げ不思議そうに声をあげる。
すると、妻の可愛らしい声を耳ざとく聞いていたガヴェインが「どうした? メリッサ」と甘々に表情筋を緩めて振り向いた。
「私の気のせいかもしれませんが……ガヴェイン様たちが取り締まろうとしているお薬には、限定的なモノなどあるのですか?」
「……? どういうことだ?」
「例えば……男性と女性で、お薬の影響が違う、などです」
ジュリアはべスターの屋敷で異臭を感じ、べスター家の奥方たちの瞳には生気が宿らない。
事実を改めて整理すると、女性陣には何らかの異変が顕著に現れたり、自身で感じ取ったりしている。
それに比べて、これまで潜入してきた騎士団員たち、べスター家当主に、彼に仕えている執事など、男性たちにはそれらしい症状などはあらわれていない。
それらは単なる偶然でしかなく、自分の思い過ごしの可能性だってある。
そうメリッサが言葉を続ける最中、突然「そうだったのか!」と一際大きな声が木霊する。
唐突すぎる大声につられ、これまでほぼ無言だったミカエルへ全員が視線を向いた。
すると彼は、唐突にソファーから立ち上がり、テーブルを挟んだ向かい側のソファーへ足早に近づいていく。
そして、戸惑いの表情を浮かべるメリッサの両手を、いきなりガシっと掴んだ。
「メリッサ、やはり貴女は聡明で素晴らしい女性です! 今このひと時で、何度貴女に惚れ直したことか! それにイザークさん。貴方の着眼点も大変優秀です!」
ミカエルは興奮しきった様子で、周囲の目や状況を気にせず、昂った気持ちのまま言葉を紡ぐ。
普段は大人しい性格のミカエルが、いきなり大胆にも人妻の手を握りしめ、告白まがいな賞賛をする。
その様子に、城の関係者たちは皆驚き、開いた口が塞がらない者まであらわれる。
そんな中、ミカエルの恋心を知っているガヴェインとカインだけが、揃って苦笑いを浮かべていた。
しばらくして、先程のメリッサ同様、ミカエルは自身が取り乱したことを赤ら顔で恥ずかしげに謝罪した。
慌てて元の席へ戻った彼は、場の空気を改めるようにコホンとワザとらしく咳ばらいをし、会議中ずっと考えていた自分なりの結論を口にする。
「おそらく、べスター準男爵が裏で取引きをし、自身も愛用している薬は……幻覚、幻聴、催淫など複数の効能を持ち合わせたものです。その薬は、女性にだけ効力を発揮する……特殊な媚薬なんです」
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