愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

雪宮凛

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第二章

32:策士な男たち

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 話し合いの場に合流したカインは、入り口近くに控えていたエルバと一緒に給仕を始める。
 ソファーに座っている者たちの前には、テーブルの上にそれぞれティーセットと小皿に乗せたクッキーを。
 ソファーの後ろに控えるイゴルとヤンのそばには、今日のためにエドガーが急ごしらえで作ったミニテーブルを設置し、そこへティーセットとクッキーを置いていく。

 ダラットリ家へよく遊びに来ているミカエル以外は、執事として自分たちに給仕をするカインの姿にとても驚いているみたいだ。

「まさか、本当にカインが給仕をしているなんてな」

「以前とまったく違う職種ですが、これでも案外忙しいのですよ」

 感嘆の呟きを零すイゴルに、カインは苦笑い交じりで返答する。
 二人のやりとりを目にしたメリッサは、いつも優しくしてくれるカインが元騎士団員という事実を見せつけられた気がした。
 話こそ聞いていたが、今の仕事とは正反対すぎる過去に驚きを隠せず、わずかに目を見開く。
 彼女の中にある騎士団のイメージは、筋骨隆々な男たち、というものに近い。
 毎日接している夫のガヴェインがまさにそれで、筋肉質な体つきをしているミカエルも彼女のイメージに当てはまる。
 そんな二人に比べて、割と細身なカインが元騎士団所属という事実が、どうにもうまく飲み込めず、メリッサに首を傾げさせた。



 お茶と茶菓子の準備を終えれば、エルバはそのまま退室し、カインはメリッサたちの背後に控えた。
 それから、中断していた自己紹介が再開され、イゴルたち五人の名前や所属を聞かされる。

「自分は平民の出ですから、ジュリアさんもイザークさんも、あまり緊張しなくて平気ですよ」

「俺……孤児。気にする……必要ない」

 場の空気に飲まれて緊張が解けないジュリアたちを心配し、ラーシュとヤンが自分の出自を明かしてくれた。
 親を知らないと言うヤンに、彼の事情を知らないメリッサたちは目を見開く。
 けれど、当人は全く気にしている様子は無いため、ここは流すべきだろうとメリッサは今にも口から飛び出しそうな感情を必死に喉の奥へ押し込めた。





 各自自己紹介を終えた後は、ひとまず情報整理の時間となった。
 元々騎士団側が持っていた情報と、今回ジュリアから得られた情報を擦り合わせ、現状を整理していく。
 そして時折、確認を取るようにジュリアへ質問が投げかけられる。
 すると彼女は、少しばかり顔色を悪くしながらも、すべての問いに真摯に向き合い答えを返していく。
 そんな友人を支える役目を担うメリッサは、夫たちが話し込む隙をついて、自分の前に置かれた小皿を手に取った。

「ジュリア」

「……ん?」

「さあ、甘いものを食べてリラックスしてください」

 友人の名前を呼んだメリッサは、小皿に乗ったクッキーを一枚手に取ると、そのままジュリアの口元へ近づける。
 その行動が、俗に言う“あーん”だと知らないメリッサは、少しでもジュリアを安心させたいと、努めて笑顔を保とうと必死だ。
 一方ジュリアは、友人の純真無垢な気遣いが嬉しい反面、差し出されたクッキーを前に目を泳がせる。
 彼女は知っているのだ。ラブラブな恋人同士がイチャつく際にやる行為が、今自分に仕掛けられていると。

「い、いや。大丈夫だって。それに……それは、アンタのクッキーでしょう?」

「心配いりませんよ。まだまだたくさんありますから。それに、ロベルトはお食事だけではなく、お菓子作りの腕も一流なんです」

 尚も「美味しいですよ」と言って、クッキーを摘まむ手を引かないメリッサ。
 そんな無邪気すぎる姿に、ジュリアは戸惑いを大きくする。
 どうしたものかと、彼女が視線をさ迷わせたその時。メリッサとジュリアの間にあったクッキーが一瞬で消え去ってしまった。

「えっ!?」

「あら?」

 今までそこにあったものが消えたことに、ジュリアは目を見開き、メリッサはコテンと首を傾げる。
 そしてメリッサは、一拍置いて、かすかに湿った指先の感触にも気づいた。
 突然消えたクッキーの謎に、女性二人が首を傾げていると、不意に彼女たちの頭上からポリポリと咀嚼音が聞こえてくる。

「ジュリアさん、心配せずとも毒など入っていませんから、どんどん食べてくださいね」

 なんて言いながら満面の笑みをメリッサたちへ向けるのは、二人の背後にたたずむカイン。
 あ、犯人はこの人か、と彼女たちが同時に気づくなか、カインは終始笑みを崩さない。

「いや、そんな心配は全然してませんけど。っていうか、毒って……ものすごく物騒な」

「ああ、すみません。つい昔の癖で」

 口元を引きつらせ、犯人を見上げるジュリア。そんな彼女へ向けるカインの視線は、いつもと変わらず、焦りも動揺も無く、とても凪いでいる。
 そしてメリッサは、無言のまま自分の手元に視線を落としていた。
 さっきまでそこにあったはずのクッキーは、今はもうカインの胃の中だろう。
 つまり、先程一瞬感じた湿り気の正体は――。

「……っ!」

 いくら恋愛ごとに無知なメリッサと言っても、連日のようにカインからちょっかいを出されていれば、彼の行動が読めるようになってきたのだ。

(ぜ、絶対わざとだわ……)

 やけに熱くなる耳と頬を気にしながら、メリッサはチラッと視線を上げカインを盗み見る。
 すると、ジュリアと言い合っていたカインが不意に自分の方を向き、これまで以上に輝かしい笑顔を向けてきた。
 道行く女性が見れば、皆確実に見とれる笑みを目の当たりにし、メリッサは心の中で自分の立てた仮説を肯定した。
 先程クッキーを奪った彼の行動は、ジュリアを心配してではなく、主のメリッサをからかうためのもの。
 だからカインは、指で摘まむわけでは無く、口でクッキーを掻っ攫っていったのだ。

 頭の上から誰の目にも見えない湯気を出し、顔を真っ赤にしてプルプル震える。
 そんなメリッサの膝を、誰かがツンツンと突いてくる。
 どうしたのかと思って、まだ赤みと熱が残る顔を上げて振り向けば、ニコニコ笑顔が素敵な旦那様と瞬時に目が合ってしまった。

「メリッサ」

「はい?」

 次の瞬間、ガヴェインの口から自分を呼ぶ声が聞こえる。
 その声は、いつもベッドの中で囁かれる時のそれに似ていて、ただでさえ熱い顔がより一層火照り、ドキドキと脈打つ心音を加速させた。
 突然自分が呼ばれたことに、首を傾げる妻を見つめるガヴェインは、閉じていた唇をわずかに開く。
 そのまま、トン、と彼は自分の口元を無骨な指で突いた。
 それは、無言の意思表示。
 メリッサが意味を理解するまで数秒間があったものの、彼女はますます顔を火照らせる。
 ぎこちなく新しいクッキーを一枚手に取ると、真っ赤になった顔を俯いて隠しながら、おずおずと夫の口元へ甘い菓子を届けた。

「……ガヴェイン、嫁さんを可愛がりたいなら、せめて別室で俺たちがいない時にしてくれ」

「……んっ。問題無い」

 心底呆れた様子で上官を咎めるイゴルの声が聞こえた数秒後。
 先程の甘い声から一転し、口元についたクッキーのカスをペロリと舐めとったガヴェインの声は、部下と接する騎士団長のそれだった。
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