愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

雪宮凛

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第二章

28:仲良く喋らないで

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 最初は唇を重ねるだけの軽いキス。
 だがそれも、時間が経つにつれ濃密なものへ変わっていく。
 寝室にやってきたガヴェインが、ベッドサイドへ置いたランプ。
 その灯かりは、メリッサたちのキスの移り変わりを、まるで影絵のように薄暗い室内の壁に映し出していく。
 とは言っても、壁に投影されるのは黒い影だけ。
 ランプが照らしだす二人の情熱的な口づけの詳細までは、当人たちにしかわからなかった。

「ん……ん、ふ。……ふ、ぁ」

「はっ……んっ、ちゅ」

 口内を蹂躙していく夫の舌に、必死に舌を絡めるメリッサの息が、次第に上がっていく。
 その変化に気づいたガヴェインが唇を離すと、離れていく唇を無意識に求め、メリッサは「あっ……」と小さな声を漏らした。
 
「ガヴェイン、さま」

 うっかりうたた寝をしたせいで、どこかぼんやりしていた意識はすっかり覚醒し、今メリッサの頭の中を独占するのは、目の前にいる夫だけ。
 メリッサが、もう一度キスを強請るようにガヴェインの名前を呼べば、妻の声に応えるように一度離れた唇が近づいてくる。

「今日は随分甘えただな。怖い夢でも見たのか?」

「いいえ……んっ」

 唇が触れ合うギリギリで動きを止め、首を傾げる夫の言葉に反応しつつ、メリッサは舌先を突き出し、チロチロと目の前の唇を舐めだす。
 同時に、夜着から覗くしなやかな素足を夫の足に絡め、スリスリと摺り寄せる。

「ん、ふ……本当にどうした?」

 まるで自ら誘うようなメリッサの行動に、ガヴェインの顔に戸惑いが滲む。
 最愛の妻が不安がらないようにと、ガヴェインはメリッサの身体を抱きしめ、すっぽりと自らの腕の中へおさめた。

「……ぁ……て」

 すると、ガヴェインの胸元から、どこかホッとした吐息を漏らす音が聞こえる。
 続けて聞こえた声を上手く聞き取れないガヴェインは、声を出さないまま首を傾げた。

「ジュリアと……たくさんお話をしていて」

「……?」

 ゴニョゴニョとぼやくメリッサ。その口から飛び出したのは、数か月ぶりに再会したばかりの友達の名前だった。

「ああ、そうだな。今日はジュリアと再会出来て、メリッサも嬉しかっただろう?」

「…………」

 髪を梳くように優しく頭を撫でられ、思わず目を細めてしまう。
 しかしメリッサは、夫の言葉に一切返事をする様子はない。
 彼女は無言のまま、未だガヴェインのふくらはぎに押しつけた自分の足を、スリスリと再度摺り寄せる。
 それだけでは終わらず、メリッサは目の前にあるガヴェインの胸板にグリグリと額を押し付けだした。
 時間が経つにつれ、押し付ける箇所を額から頬へ変えていき、押しつける場所を胸板から首筋へ変える。

(ああ……とても落ち着く)

 自分を抱き込んだまま、ゴロンとベッドに横たわる夫に身を任せながら、メリッサが感じるもの。
 それは、より一層の安堵感だった。
 お風呂上がりのため、石鹸に混じって香る大好きな彼の体臭を、無意識にクンクンと嗅ぎながら、より一層身体を密着させ彼女は更なる安堵を求める。
 今日はこのまま、ガヴェインに抱き着いて眠るのも良いかもしれない。

「……もしかして」

「……?」

 なんて考えが頭を過った瞬間、頭上からボソッとぼやくような夫の声が聞こえる。
 何事かと不思議に思って、軽く首を上へ傾ければ、間近で自分を見つめる夫と目が合った。

「俺の早合点だったら申し訳ないが。メリッサ、まさか……嫉妬しているのか?」

(嫉妬? 私が? どなたに?)

 頭の中に閃いた可能性。それをどこか不安げに口にするガヴェインの言い分が、メリッサはすぐ理解出来なかった。
 キョトンと首を傾げた彼女は、夫の胸板に添えていた片手をモゾモゾ動かし、首を傾げたままの自分を指差す。

「心配しなくても、俺が愛しているのはお前だけだぞ」

 事態を飲み込めないメリッサとは逆に、これまでの不安げな表情から一転し、パァっと綻んだ笑みを浮かべたガヴェインは、チュッチュと妻の顔中にキスを落とす。
 肌に触れる唇のくすぐったさに、つい身動ぎすれば、不思議と頭の中に、昼間湖畔で過ごした記憶がよみがえりはじめた。

「察しがついたというのは……何かを目撃した、ということか?」

「いや……アタシがまず違和感を抱いたのは……」

 ジュリアの懇願から始まった作戦会議。
 状況をすぐに把握出来るガヴェインと、当事者のジュリアの会話はとてもスムーズだった。
 ポンポンと交わされる言葉のキャッチボールを聞きながら、状況を把握出来ていないメリッサは、戸惑いのなかただ黙って耳を傾けるしかない。
 二人の間に座っているのに、まるでその場に自分が居ない。
 そんな感覚に陥っていたと、メリッサはようやく夫の腕の中で気がついた。

「それじゃあ、ジュリアは乗馬経験があるのか?」

「はい。ウチの家は、アタシ以外の子供は全員男ばかりなせいで、昔から一緒に外を走り回ってました」

 話し合いが終わってからもそうだ。
 共通の話題となった乗馬について話を弾ませる二人を見た時、胸の奥がキリリと締め詰められるような感覚がした気がする。
 馬に乗れない自分は、馬に乗れる二人の会話に割り込めず、また口を閉ざすしかない。

(わ、私……っ!)

 脳内に蘇った記憶を一つ一つ、噛み砕きながらもう一度整理してみると、あの時は気づいてすらいなかったいくつもの感情に気づかされる。
 ジュリアのことは、もちろん大切な友達だと思っているし、彼女の願いを叶えたいと思っている。
 だけどあの時、自分は無意識ながら彼女に嫉妬していた。

 ――私の大切な旦那様と、そんなに仲良く喋らないで、と。

 初めて経験し、自覚した自分の中にある醜い感情の正体を理解した途端、カッと身体中が熱くなる。
 一人で勝手にウジウジ考えて、ガヴェインを困らせたことに気づいたメリッサは、自分の行いを反省し謝ろうと口を開く。

「あ、あの……私……んんっ」

 だが、初めての嫉妬を自覚したせいで動揺したメリッサの声は弱々しく震え、美味く呂律が回らない。
 戸惑いを滲ませた瞳でガヴェインを見上げた瞬間、たどたどしい動きを見せる唇は、愛する人によって易々と塞がれていく。
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