愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

雪宮凛

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第二章

25:湖畔に響く指笛

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 ジュリアとしばらく話をしたメリッサは、満足げにガヴェインたちの元へ戻った。
 その後、片付けも粗方終わっただろうということで、四人は使用人たちのもとへ向かう。

「それじゃあ、ジュリアは乗馬経験があるのか?」

「はい。ウチの家は、アタシ以外の子供は全員男ばかりなせいで、昔から一緒に外を走り回ってました。木登り、乗馬、棒切れを使って騎士の真似事……幼少期の思い出を他所で話すなと、母からはキツく言われています」

 首を傾げるガヴェインの言葉に、ジュリアは肩をすくめながら答える。
 馬と接する際、臆した様子や、戸惑いが見られないことにガヴェインが首を傾げると、ジュリアは「家でよく世話をしてましたから」と笑ったことが、この話題に繋がったきっかけだ。

「だから、マナーとかダンスとかは全然で……正直、今の状況にホッとしてるんですよ」

「……? でも、お船の食堂で食事をした時、ジュリアのマナーにおかしな所はありませんでしたよ?」

 貴族の家に嫁がなくて良い現状を喜ぶジュリア。
 そんな彼女を見たメリッサは、不思議そうに首を傾げる。
 一緒に乗っていた船の中で、食事の時間になると、メリッサはよくジュリアに部屋から連れ出されていた。
 そのまま食堂へ行き、隅にあるテーブルで一緒に食事を摂っていた。
 時々お喋りをしながらの食事が、とても楽しかったことは今でも覚えている。
 同時に、ケラケラと目の前で笑う彼女の食事マナーに違和感など感じなかったことも。

「ああ、あれは母様から叩き込まれたからだよ。貴族の端くれとして、最低限のマナーをっていうやつさ。正直アタシは、メリッサのように終始お上品なマナーを守って食事を食べきる自信が無い」

 苦笑いを浮かべて首を横に振るジュリア。彼女の口から飛び出した、お上品というマナーの意味が、メリッサにはいまいちわからなかった。
 幼い頃から、食事はこのようにと散々教え込まれたため、メリッサにとって今の食事スタイルは“普通”でしかない。
 だが、それは他から見ると“お上品”に見える。それを、彼女はこの日初めて知った。





 使用人たちのもとへ戻れば、先程まであったランチバスケットやシーツ、椅子などすべてが一か所にまとめて片付けられていた。
 あとはこれらを馬車に詰め込めば、帰り支度は完璧になる。

「お帰りなさいませ、皆さま。ガヴェイン様、一応私なりに今日分かったことや、城の者たちへの要請をまとめてみましたので、確認をお願い出来ますか?」

「ああ、悪いな……」

 いつもながら迅速な使用人たちの行動に感心した時、ふとカインがガヴェインのもとへ歩み寄り、数枚の紙束を渡す姿が見えた。
 その手元を見れば、びっしりと文字が書き込まれており、その字はカインの筆跡そのものだ。
 特に不思議がる様子もなく、差し出されたそれを受け取ったガヴェインは、すぐに目を通していく。
 そんな二人のやりとりに首を傾げたメリッサは、隣に立つ夫へ向けていた視線を、カインへ向ける。

「カイン、これは一体何ですか?」

「これは、今日私たちが知り得た情報や、今後作戦を考えるにあたって、どんな部署の人間がどれほど必要かを大雑把ながら書いたものになります。あのべスターを捕縛するために、皆さんご協力願います……という、一種のお願いの文面になります」

「アタシたちがちょっと話してる間に、あんな量の手紙を書いたってことですか!?」

 とても丁寧でわかりやすい説明に、一人で頷いていれば、夫とは反対隣に立つジュリアの口から驚きの声が上がる。
 彼女の言葉につられて、再度ガヴェインの手元を見ると、軽く五枚以上はある紙束を夫が熱心に読んでいる姿が見えた。

「どうして今手紙を書くんですか? それに、こんな街から離れた場所で手紙を書いたって、城へ届けるのは街に戻ってから、ですよね?」

 今度はイザークの口から、湖のほとりで手紙を書いたことへの疑問が投げかけられる。
 その言葉に、カインはニコリとほほ笑むと、おもむろに右手の人差し指と親指の先をくっつけ、それを自分の口元へ近づけ軽く咥える。

 ――ピュ、ピューイ。

 そのまま上を見上げたカインは、空へ向かって指笛を鳴らした。

「……?」

 唐突な行動に、彼が何をしようとしているのか意味がわからず、メリッサとジュリアはお互い顔を見合わせる。
 一体何をしているの、と問いただしたい所だが、周囲に漂うわずかな緊張感のせいで上手く言葉が出て来ない。
 そんな時、上空からバサバサと羽音が聞こえた。
 音につられて空を見上げると、先程まで空しか見えなかったはずの頭上を旋回する影を発見する。

 ――ピューイ。

 すると今度は、先程と違うカインの指笛が聞こえ、瞬く間に旋回していた影がだんだんこちらへ近づいてくるのが見えた。

「きゃっ!」

 勢いよく自分たちへ迫る黒い影に驚き、思わず悲鳴をあげたメリッサは、隣にいるガヴェインに腹部に勢いよく抱きつく。
 そのまま恐怖のあまりギュッと目を閉じ、大きな身体に縋って震えだす。
 しばらくすると、背中に回った太い腕に身体を抱き寄せられ、夫のぬくもりをより強く感じたお陰か、少しずつ震えが収まっていくのがわかった。

「メリッサ、そう怖がらずとも大丈夫だ。こいつは人間を襲ったりしない」

「ふぇ?」

 そのまま、耳元で囁かれるガヴェインの言葉に、気が抜けそうになるヘンテコな返事が零れた。
 夫の言葉を信じたいが、素直に信じることが出来ない。
 そんなジレンマを抱きながら、恐る恐る夫の服に押しつけていた顔を動かす。

「……っ!」

 無意識に伏せていた瞼を押し上げて見れば、先程と同じ場所に立つカインの姿が見える。
 しかし彼は、左腕の肘を軽く曲げて真横に突き出していた。
 その左腕には眼光鋭い大型の鳥がとまり、ゆったりと羽を休めていたのだ。

「な、なんだ! その鳥っ!」

 驚きと困惑、そして突如現れた初めて見る獰猛な鳥の姿への恐怖。様々な感情が渦巻くせいで、メリッサは声を出せなかった。
 代わりと言わんばかりに、叫ぶような声で彼女と同じ疑問を投げかけてくれたのはジュリアだ。
 あちらも驚いたのか、咄嗟にそばに居るイザークへ抱き着いたらしい。
 二人はお互いを抱きしめあいながら、これでもかと頬の筋肉を引きつらせている。

「この子は、以前私が所属していた隊で飼育している鳥です。普段は城の中や街中に放しているのですが、緊急時の伝令用にと指笛で呼び寄せました」

 そう説明をしながら、他にも数羽いるんですよと、にこやかにほほ笑むカイン。
 その笑顔はいつも屋敷で見ているそれと大差無く、鋭い嘴と鉤爪を持った鳥を腕で休ませている状況での対応とはとても思えなかった。
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