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第二章
23:公開ラブラブタイム
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※犯罪に関する表現があります。
べスター準男爵家にまつわる黒い噂。
その真相が、噂話程度にしか聞かない違法薬物にあると知り、騎士団関係者な二人以外の全員が驚きを隠せなかった。
「違法薬物って、あれだろう? 裏ルートで取引されるヤバい薬とかってやつ、だよな?」
「ああ、そうだ。薬物の元となる薬草の栽培、薬物の作成、取引、使用……どれをとっても重罪に値する」
「薬物を摂取した人には、幻覚、幻聴などいくつもの症状があらわれるらしく……精神的におかしくなる者が多らしいです」
首を傾げるイザークの言葉に、ガヴェインとカインが続けて頷き、違法薬物について説明をしてくれる。
メリッサも、ダナンに住んでいた頃に聞きかじったことがある話題だった。
人として生きる上で、決して手を出してはいけないものだと、家庭教師に強く言われたことを覚えている。
(たしか……)
「一度でもその薬物を摂取してしまうと、強い依存性のせいで、様々な事件が起こる。そう家庭教師の方から教わりました」
だから、メリッサ自身決して薬物に手を出してはいけない。そして、薬物に手を出している人間にも近づいてはいけないと言われた記憶がある。
メリッサの言葉を聞いたガヴェインは、一瞬驚いた様子で目を見開いた。
しかし、すぐにその瞳を細めながら、妻の髪を一房手に取り「よく知っていたな、偉いぞ」とメリッサを称賛しだす。
「そういう事なら、べスター様のお屋敷にいる奥様たちは、皆その薬物の影響を受けている……ということになるのでしょうか?」
「でも、それってちょっとおかしくねぇか? だってその屋敷には、べスター様と執事もいるんだぞ。何でその二人へ平気なんだ?」
ガヴェインの指が、手に取った髪の束を弄ぶ様子を眺めて嬉しがっていた時、エルバとエドガーの討論する声が聞こえてくる。
二人の声に振り向けば、そのそばで腕組みをしながら思い悩むカインの姿が目に付いた。
「噂はもう何年も前からあった。何度も取引業者や関係者を装って屋敷へ出向いた、にも関わらず今までこれと言った情報は無し。それに……仮に薬物の効果が屋敷中に充満していると仮定して、何故我々に影響が出ていない? 毎日のように屋敷にいるべスターや執事にも影響が出ていない、となると……」
すっかり自分の世界に入り込んでしまったカインは、周りの声や自分に向く視線に一切興味を示さず、ブツブツ何かをぼやきながら思考の海へ沈んでいく。
(私にはわからないことを、きっとカインは今たくさん考えているのね)
その様子を見つめるメリッサの心に芽生えたのは、多大な感心と小さな好奇心。
自身の先生でもある男の、これまで見たことの無い一面を垣間見ている。
そんな気がして、つい顎に手を当てて時々首を傾げるカインの様子を目で追ってしまうのだ。
「メリッサ……なあ、メリッサ」
そんな時、クイクイとワンピースの袖を横から引っ張る感覚に気づき、声のした方へ振り向くと幾分元気になってきたジュリアと目が合う。
「へっ? あ、はい。何でしょう?」
何か用だろうか、と不思議に思いながら首を傾げると、ジュリアはメリッサの方へ顔を寄せ、その耳元で小さく息を吸う。
「あのカインって人、メリッサの家にいる執事だろ? それなのに、どうして団長さんと対等に話してんの? しかも、今回の件に関しても妙に詳しいし」
そのまま質問を投げかけたジュリアは、顔を離し改めてメリッサを見つめてくる。
疑問満載と言いたげな彼女の瞳に気づき、メリッサはつい笑いそうになった。
「カインは、元は騎士団に所属していたそうなんです。でも、怪我をして仕事が出来なくなり、以前から親しくしていたガヴェイン様の元で働くことにした、と聞きましたよ」
「へえ……あの人、騎士団に居たんだ。だからあんななのか……」
「あんな、とは?」
カイン本人から以前聞いていた情報を話すと、ジュリアはふむふむと頷きながら納得してくれた。
だが、彼女の中で自己完結するような言葉が聞こえ、ついその詳細が気になってしまう。
「いや、さっき森の中であの人に遭った時、いきなり背後から腕を掴まれてさ。物音も気配も、なーんにも感じなかったから、思わずビビッて叫んじゃった」
そう言ってジュリアは、すごく驚いたとケラケラ笑い出す。
ついさっき、森の奥から聞こえた叫び声の真相を聞いたメリッサは、カインに対する心配は無用だったと知る。
同時に、どこかホッとしたような、驚くような、複雑な気持ちを抱いた。
「っと……そろそろ昼飯にするか。せっかくロベルトが腕を振るってくれたんだ、食べないのはもったいない」
しばらくすると、ガヴェインが唐突に思い出した口ぶりで放つ言葉に、ダラットリ家の者たちが次々と頷いていく。
難しい話は一旦保留にし、気分を変えて楽しいランチタイムを始める気なのだ。
「さあ、ジュリアもイザーク様もどうぞ」
「えっ? アタシたちまで、いいの?」
「申し訳ないです、部外者なのに……」
使用人たちがせっせとバスケットを広げていく様子を見ながら、メリッサはジュリアたちにも料理をすすめた。
しかし、その気持ちはすぐに受け入れられず、二人は明らかな戸惑いを見せる。
「料理の心配なら無用ですよ。元から量は多めに持ってきるし、二人くらい増えても余裕ですから」
「それに、まだ話し合いは途中だからな。ジュリアたちにも、もう少しこの場に留まって、話に付き合って欲しい」
一人は貧民街出身、一人は元男爵家出身。そんな二人が侯爵家と一緒に食事をするなど、普通なら考えられないことだ。
でも、この場に居る者は誰一人として、お互いの身分を気にしていないように見える。
次々聞こえるお誘いの声を聞いたジュリアとイザークは、一瞬だけ互いを見合い、ほぼ同時に「そ、それなら……」と緊張した面持ちで呟いた。
今日の昼ご飯のメインは、野菜や肉、白身魚など、様々な具材をパンで挟み、そこにソースをかけたもの。具材別に数種類分のサンドイッチが並んでいる。
他には、フォークを使い一口で食べられる料理が、何品もバスケットの中に彩良く詰められていた。
使用人たちが準備をする最中、その色鮮やかさに、メリッサを始め、ジュリアやイザークは感動のあまり目を輝かせていた。
「っと。さあメリッサ様、食事の前に手を洗いましょうか」
不意に聞こえた自分を呼ぶ声に、メリッサは思わず背後をふり返る。
すると、両手で木桶を抱えたカインが、微笑みながらその場にしゃがみ込む姿が見えた。
「手を洗うのは良いけれど……ここにはお水が」
「大丈夫だ。水ならそこに山ほどある」
ダラットリ家では、いつも衛生面を考慮して食事前に手を洗う習慣になっている。
しかし、今自分たちが居る場所を思い出しながら、屋敷のように、いつでも手を洗えるような環境が無いことに、メリッサは首を傾げた。
彼女の言葉を聞いたガヴェインは、クスリと笑いながらある方向を指差す。
夫の指先につられメリッサが目を向けた先にあったのは、大きくないが、綺麗な水面が太陽にキラキラ反射している湖だった。
「ここの湖は、近くにいる動物たちの水飲み場にもなっています。ここへ来てすぐ汲んでおいた水を、焚き火にかけて煮沸しておきましたので、手洗い用の水としては問題ないかと」
家令の説明に、もう一度振り向けば、カインはいつの間にか地面に抱えていた木桶を置き、自らの袖を捲り上げていた。
「メリッサ様、お手を……」
「……え、ええ」
促されるまま、おずおずと両手をカインの方へ差し出した瞬間、背後から身体を覆う熱に気づく。
「コラ。そのままじゃ袖が濡れるだろう」
慌てて振り向くよりも先に、彼女の行動を咎める声が耳をくすぐった。
そのまま、後ろからメリッサの手元へ筋肉質な腕と骨太な手がのびる。
どちらもすぐに夫のガヴェインだとわかったメリッサは、無意識に強張った身体から力を抜いていく。
すると次の瞬間、ひょいっとメリッサの身体が宙に浮いた。
突然のことに、また彼女は身体を強張らせたものの、ポスっと安定感抜群な場所へ下される。
(えっ?)
混乱するあまり後ろを振り向くと、先程よりガヴェインとの距離が近くなっていた。
突然の浮遊感と強くなった温もり、それを自分に与えたのは夫と気づいたのは、無骨な指からは想像も出来ない程優しい手つきで、ガヴェインはメリッサの服の袖を器用に捲りだした後だった。
ガヴェインの手によって、白くしなやかなメリッサの細腕が肘近くまで露出していく。
その様子を目の当たりにしたからなのか、ゴクリと喉が鳴る音が二つ、ほぼ同時に響いた。
しかし、メリッサがそれに気づく様子は無く、子供のように世話を焼かれる現状に対する恥ずかしさに内心悶えていた。
「沸騰させてから時間を置いたので、冷めているとは思いますが……熱かったら、言ってくださいね」
「わ、わかったわ」
屋敷でなら、いつも一人で手くらい洗えるのに、何故かカインに手を取られてしまった。
彼は片方ずつ、指を一本一本、爪の間、指の付け根や手のひらなど、丁寧にメリッサの手についた汚れを落としていく。
家から持参したのか、石鹸まで使って、二人の手が泡にまみれていく。
自分でやる時以上に丁寧に洗われる状況を目の当たりにしたメリッサは、内心すごくドキドキしていた。
カインが自分へ向けている感情を知っているからなのか、あの夜、自分の痴態を見られたせいなのか、それともここしばらく勉強と称して過度な接触をされているせいなのか。
――正直よく分からない。
桶の中に張られた水は、丁度良いぬるま湯になっていて、手をつけているだけで心地よい。
メリッサの手を洗うカインの手つきは、どこかマッサージでもしている様にも感じられ、余計に心地良さを感じてしまう。
春の陽気に、手元の心地よさ、何てことない平穏な昼時なら、気を抜いた瞬間眠りに落ちる状況だろう。
しかし、メリッサに睡魔は一切襲って来ず、ドキドキとうるさい鼓動を胸元で感じながら、自分の手を握るカインから目を離せないでいた。
「カイン、手だけじゃなく、手首やもう少し上までしっかり洗ってくれ。メリッサは出掛けにレイとジョットに触れている」
「ああ、そうでしたね。それなら、入念に洗っておかないと」
背後から妻の袖を捲ったガヴェインは、そのまま彼女の腕を支えずっと様子を見守っていた。
しかしふとした瞬間、カインの手際に注文を入れつつ、ギュッとメリッサを抱きしめる腕に力を込める。
二人の異性に挟まれた体勢で、後ろからピッタリと密着する夫の胸板から伝わる熱が、メリッサの頬をより一層紅潮させた。
「……は、ぁ……も、もう綺麗になりましたから」
「まだダメだ。今日のランチは、手づかみで食べる物だからな、念入りに洗って損はない」
「そうですよ。動物に触れた後は、目に見えない菌が付着しますから。念入りにくらいが丁度いいんです」
背後から自分を抱きしめるガヴェインと、自分の手をとり丁寧に、時折いやらしい手つきで肌を擦るカイン。
そんな男たちに挟まれたメリッサは、無意識に目を蕩けさせながら、言われるまま抵抗を止める。
彼女の口から零れる吐息が、かすかな熱を帯びていると気づくのは、当人ではなく確信犯な男たちだけ。
べスター準男爵家にまつわる黒い噂。
その真相が、噂話程度にしか聞かない違法薬物にあると知り、騎士団関係者な二人以外の全員が驚きを隠せなかった。
「違法薬物って、あれだろう? 裏ルートで取引されるヤバい薬とかってやつ、だよな?」
「ああ、そうだ。薬物の元となる薬草の栽培、薬物の作成、取引、使用……どれをとっても重罪に値する」
「薬物を摂取した人には、幻覚、幻聴などいくつもの症状があらわれるらしく……精神的におかしくなる者が多らしいです」
首を傾げるイザークの言葉に、ガヴェインとカインが続けて頷き、違法薬物について説明をしてくれる。
メリッサも、ダナンに住んでいた頃に聞きかじったことがある話題だった。
人として生きる上で、決して手を出してはいけないものだと、家庭教師に強く言われたことを覚えている。
(たしか……)
「一度でもその薬物を摂取してしまうと、強い依存性のせいで、様々な事件が起こる。そう家庭教師の方から教わりました」
だから、メリッサ自身決して薬物に手を出してはいけない。そして、薬物に手を出している人間にも近づいてはいけないと言われた記憶がある。
メリッサの言葉を聞いたガヴェインは、一瞬驚いた様子で目を見開いた。
しかし、すぐにその瞳を細めながら、妻の髪を一房手に取り「よく知っていたな、偉いぞ」とメリッサを称賛しだす。
「そういう事なら、べスター様のお屋敷にいる奥様たちは、皆その薬物の影響を受けている……ということになるのでしょうか?」
「でも、それってちょっとおかしくねぇか? だってその屋敷には、べスター様と執事もいるんだぞ。何でその二人へ平気なんだ?」
ガヴェインの指が、手に取った髪の束を弄ぶ様子を眺めて嬉しがっていた時、エルバとエドガーの討論する声が聞こえてくる。
二人の声に振り向けば、そのそばで腕組みをしながら思い悩むカインの姿が目に付いた。
「噂はもう何年も前からあった。何度も取引業者や関係者を装って屋敷へ出向いた、にも関わらず今までこれと言った情報は無し。それに……仮に薬物の効果が屋敷中に充満していると仮定して、何故我々に影響が出ていない? 毎日のように屋敷にいるべスターや執事にも影響が出ていない、となると……」
すっかり自分の世界に入り込んでしまったカインは、周りの声や自分に向く視線に一切興味を示さず、ブツブツ何かをぼやきながら思考の海へ沈んでいく。
(私にはわからないことを、きっとカインは今たくさん考えているのね)
その様子を見つめるメリッサの心に芽生えたのは、多大な感心と小さな好奇心。
自身の先生でもある男の、これまで見たことの無い一面を垣間見ている。
そんな気がして、つい顎に手を当てて時々首を傾げるカインの様子を目で追ってしまうのだ。
「メリッサ……なあ、メリッサ」
そんな時、クイクイとワンピースの袖を横から引っ張る感覚に気づき、声のした方へ振り向くと幾分元気になってきたジュリアと目が合う。
「へっ? あ、はい。何でしょう?」
何か用だろうか、と不思議に思いながら首を傾げると、ジュリアはメリッサの方へ顔を寄せ、その耳元で小さく息を吸う。
「あのカインって人、メリッサの家にいる執事だろ? それなのに、どうして団長さんと対等に話してんの? しかも、今回の件に関しても妙に詳しいし」
そのまま質問を投げかけたジュリアは、顔を離し改めてメリッサを見つめてくる。
疑問満載と言いたげな彼女の瞳に気づき、メリッサはつい笑いそうになった。
「カインは、元は騎士団に所属していたそうなんです。でも、怪我をして仕事が出来なくなり、以前から親しくしていたガヴェイン様の元で働くことにした、と聞きましたよ」
「へえ……あの人、騎士団に居たんだ。だからあんななのか……」
「あんな、とは?」
カイン本人から以前聞いていた情報を話すと、ジュリアはふむふむと頷きながら納得してくれた。
だが、彼女の中で自己完結するような言葉が聞こえ、ついその詳細が気になってしまう。
「いや、さっき森の中であの人に遭った時、いきなり背後から腕を掴まれてさ。物音も気配も、なーんにも感じなかったから、思わずビビッて叫んじゃった」
そう言ってジュリアは、すごく驚いたとケラケラ笑い出す。
ついさっき、森の奥から聞こえた叫び声の真相を聞いたメリッサは、カインに対する心配は無用だったと知る。
同時に、どこかホッとしたような、驚くような、複雑な気持ちを抱いた。
「っと……そろそろ昼飯にするか。せっかくロベルトが腕を振るってくれたんだ、食べないのはもったいない」
しばらくすると、ガヴェインが唐突に思い出した口ぶりで放つ言葉に、ダラットリ家の者たちが次々と頷いていく。
難しい話は一旦保留にし、気分を変えて楽しいランチタイムを始める気なのだ。
「さあ、ジュリアもイザーク様もどうぞ」
「えっ? アタシたちまで、いいの?」
「申し訳ないです、部外者なのに……」
使用人たちがせっせとバスケットを広げていく様子を見ながら、メリッサはジュリアたちにも料理をすすめた。
しかし、その気持ちはすぐに受け入れられず、二人は明らかな戸惑いを見せる。
「料理の心配なら無用ですよ。元から量は多めに持ってきるし、二人くらい増えても余裕ですから」
「それに、まだ話し合いは途中だからな。ジュリアたちにも、もう少しこの場に留まって、話に付き合って欲しい」
一人は貧民街出身、一人は元男爵家出身。そんな二人が侯爵家と一緒に食事をするなど、普通なら考えられないことだ。
でも、この場に居る者は誰一人として、お互いの身分を気にしていないように見える。
次々聞こえるお誘いの声を聞いたジュリアとイザークは、一瞬だけ互いを見合い、ほぼ同時に「そ、それなら……」と緊張した面持ちで呟いた。
今日の昼ご飯のメインは、野菜や肉、白身魚など、様々な具材をパンで挟み、そこにソースをかけたもの。具材別に数種類分のサンドイッチが並んでいる。
他には、フォークを使い一口で食べられる料理が、何品もバスケットの中に彩良く詰められていた。
使用人たちが準備をする最中、その色鮮やかさに、メリッサを始め、ジュリアやイザークは感動のあまり目を輝かせていた。
「っと。さあメリッサ様、食事の前に手を洗いましょうか」
不意に聞こえた自分を呼ぶ声に、メリッサは思わず背後をふり返る。
すると、両手で木桶を抱えたカインが、微笑みながらその場にしゃがみ込む姿が見えた。
「手を洗うのは良いけれど……ここにはお水が」
「大丈夫だ。水ならそこに山ほどある」
ダラットリ家では、いつも衛生面を考慮して食事前に手を洗う習慣になっている。
しかし、今自分たちが居る場所を思い出しながら、屋敷のように、いつでも手を洗えるような環境が無いことに、メリッサは首を傾げた。
彼女の言葉を聞いたガヴェインは、クスリと笑いながらある方向を指差す。
夫の指先につられメリッサが目を向けた先にあったのは、大きくないが、綺麗な水面が太陽にキラキラ反射している湖だった。
「ここの湖は、近くにいる動物たちの水飲み場にもなっています。ここへ来てすぐ汲んでおいた水を、焚き火にかけて煮沸しておきましたので、手洗い用の水としては問題ないかと」
家令の説明に、もう一度振り向けば、カインはいつの間にか地面に抱えていた木桶を置き、自らの袖を捲り上げていた。
「メリッサ様、お手を……」
「……え、ええ」
促されるまま、おずおずと両手をカインの方へ差し出した瞬間、背後から身体を覆う熱に気づく。
「コラ。そのままじゃ袖が濡れるだろう」
慌てて振り向くよりも先に、彼女の行動を咎める声が耳をくすぐった。
そのまま、後ろからメリッサの手元へ筋肉質な腕と骨太な手がのびる。
どちらもすぐに夫のガヴェインだとわかったメリッサは、無意識に強張った身体から力を抜いていく。
すると次の瞬間、ひょいっとメリッサの身体が宙に浮いた。
突然のことに、また彼女は身体を強張らせたものの、ポスっと安定感抜群な場所へ下される。
(えっ?)
混乱するあまり後ろを振り向くと、先程よりガヴェインとの距離が近くなっていた。
突然の浮遊感と強くなった温もり、それを自分に与えたのは夫と気づいたのは、無骨な指からは想像も出来ない程優しい手つきで、ガヴェインはメリッサの服の袖を器用に捲りだした後だった。
ガヴェインの手によって、白くしなやかなメリッサの細腕が肘近くまで露出していく。
その様子を目の当たりにしたからなのか、ゴクリと喉が鳴る音が二つ、ほぼ同時に響いた。
しかし、メリッサがそれに気づく様子は無く、子供のように世話を焼かれる現状に対する恥ずかしさに内心悶えていた。
「沸騰させてから時間を置いたので、冷めているとは思いますが……熱かったら、言ってくださいね」
「わ、わかったわ」
屋敷でなら、いつも一人で手くらい洗えるのに、何故かカインに手を取られてしまった。
彼は片方ずつ、指を一本一本、爪の間、指の付け根や手のひらなど、丁寧にメリッサの手についた汚れを落としていく。
家から持参したのか、石鹸まで使って、二人の手が泡にまみれていく。
自分でやる時以上に丁寧に洗われる状況を目の当たりにしたメリッサは、内心すごくドキドキしていた。
カインが自分へ向けている感情を知っているからなのか、あの夜、自分の痴態を見られたせいなのか、それともここしばらく勉強と称して過度な接触をされているせいなのか。
――正直よく分からない。
桶の中に張られた水は、丁度良いぬるま湯になっていて、手をつけているだけで心地よい。
メリッサの手を洗うカインの手つきは、どこかマッサージでもしている様にも感じられ、余計に心地良さを感じてしまう。
春の陽気に、手元の心地よさ、何てことない平穏な昼時なら、気を抜いた瞬間眠りに落ちる状況だろう。
しかし、メリッサに睡魔は一切襲って来ず、ドキドキとうるさい鼓動を胸元で感じながら、自分の手を握るカインから目を離せないでいた。
「カイン、手だけじゃなく、手首やもう少し上までしっかり洗ってくれ。メリッサは出掛けにレイとジョットに触れている」
「ああ、そうでしたね。それなら、入念に洗っておかないと」
背後から妻の袖を捲ったガヴェインは、そのまま彼女の腕を支えずっと様子を見守っていた。
しかしふとした瞬間、カインの手際に注文を入れつつ、ギュッとメリッサを抱きしめる腕に力を込める。
二人の異性に挟まれた体勢で、後ろからピッタリと密着する夫の胸板から伝わる熱が、メリッサの頬をより一層紅潮させた。
「……は、ぁ……も、もう綺麗になりましたから」
「まだダメだ。今日のランチは、手づかみで食べる物だからな、念入りに洗って損はない」
「そうですよ。動物に触れた後は、目に見えない菌が付着しますから。念入りにくらいが丁度いいんです」
背後から自分を抱きしめるガヴェインと、自分の手をとり丁寧に、時折いやらしい手つきで肌を擦るカイン。
そんな男たちに挟まれたメリッサは、無意識に目を蕩けさせながら、言われるまま抵抗を止める。
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