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第二章
21:ジュリアの嫁ぎ先と黒い噂
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「ジュリア……あの日、馬車を下りてから、一体何があったと言うの? イザーク様が、旦那様ではないの?」
何を言われているのかわからず混乱するメリッサの視線は、イザークに支えられ身体を起こすジュリアへ向けられる。
その声は、戸惑いとかすかな恐怖に震えていた。
「準男爵家に嫁いだ女が、こんなボロい男物の服着て、森の中で食い物採ってる訳ないだろう?」
首を傾げるメリッサを見たジュリアは、濡れた目元を乱暴に拭いながら、自嘲するように肩をすくめる。
「悪いジュリア、俺がせめて平民街で暮らせる稼ぎがあれば、こんな……」
「気にしてないよ。イザークは、行き倒れてるアタシを助けてくれたんだ。感謝することはあっても、恨んだりなんてあり得ない」
その時、ジュリアを背後から支えていたイザークの手に力が入った。
そのままコツンとジュリアの肩に額を押し付けるイザークの声は震え、ジュリアはその様子に一切驚かず、ポンポンと震える頭を撫でる。
(イザーク様は、ジュリアの旦那様じゃない? 行き倒れ? 平民街?)
ジュリアとイザーク、二人にしかわからない雰囲気が醸し出される中、理解が追いつかないメリッサの脳内にはたくさんの疑問符が飛び交う。
先程聞いた、誰かが死ぬかもという物騒な言葉もあり、ただ事ではない状況なのはわかったが、詳細がつかめない今、彼女は戸惑うしかなかった。
「イザーク、と言ったか。その服装と、二人の話から察するに……お前は貧民街の者なんだな?」
「……っ、はい」
その時、メリッサを抱きしめたままのガヴェインがおもむろに口を開く。
背後から聞こえる新しい単語にメリッサが目を見開くのと同時に、ガヴェインの言葉に反応したイザークは重々しく頷いた。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。俺……いや、自分は貧民街で生まれ育ったイザークと言います。騎士団長様たちご家族の時間にお邪魔して、申し訳ないです」
改めて自ら名乗ったイザークは、この場に自分が居ることを謝罪するように、シーツに両手をつき頭を下げる。
「さっきは、取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。アタシは、ジュリア・ヘイズと言います。ある人の所へ嫁入りするため、メリッサも乗っていた船で、ダナンからアザットへやってきました」
イザークに続き、ジュリアも改めて自己紹介をしつつ深々と頭を下げた。
二人のただならぬ様子を察したメリッサは、なんと声をかけて良いかわからず、自分を抱きしめるガヴェインの方を思わず振り返る。
すると、ガヴェインは妻の様子にすぐ気づき、不安がるメリッサを安心させるように、チュッと彼女の額に口付けた。
その後、詳しく事情を聞くため、その場にいる全員の視線がジュリアたちへ向けられた。
そんなジュリアの手には、果実水入りのコップが握られている。
気持ちが少しでも落ち着くようにと、エルバが用意してくれたものだ。
同じものがメリッサの手にもあり、様子をうかがうようなジュリアの視線に気づいたメリッサはニコリとほほ笑みながらコップへ口をつける。
メリッサの様子を見てホッとしたのか、ジュリアも恐る恐るコップに口をつけ、果実水を一口飲めば、少し力の抜けた吐息が口から洩れた。
「それでは……ジュリア、詳しい話を聞かせてくれるか? とはいっても、無理にすべてを話せという訳じゃない。言いたくないことがあった時は、無理に聞き出したりはしないから、安心してくれ」
「わかりました」
真剣な眼差しで小首を傾げるガヴェインの言葉に、ジュリアは姿勢を正して大きく頷く。
「まずは……君が嫁ぐはずだった家の家名を教えてくれ」
「はい。アタシが嫁ぐはずだったのは、デニス・べスター準男爵様の家で……」
「ああ……あの家か」
首を傾げ最初の質問を投げかけたガヴェインの言葉に、ジュリアは小さく頷く。
すると、ジュリアの言葉を遮るように、遠くを見つめたガヴェインがぼそりと独り言のように何かをつぶやいた。
「ジュリアさん。先程逃げ出したと言っていましたが、貴女の判断は間違っていませんよ。良い選択をしましたね」
続けて、話を聞いていたカインがニコリとほほ笑みながら、ジュリアの決断を褒めたたえる。
まったく違うようで、どこか似た反応をする二人。彼らしか知らない共通認識があるのか、当事者のジュリアをはじめ、言葉の真意を知らないメリッサたちも揃って首を傾げてしまう。
「旦那様、今話に出たお屋敷について何かご存じなんですか? それにカインも……」
一見穏やかながら、どこか空気が張りつめる雰囲気を醸し出す二人に、ロベルトが勇気を出して話しかける。
彼の問いかけを聞いたガヴェインたちは、お互いに顔を見合うと、一際大きなため息を吐きながらやれやれと頭を抱えた。
「昔っからきな臭い男なんですよ、そのデニスって奴は。裏ルートで、ヤバい商売に手をだしてるんじゃないかって噂が絶えない男です」
「表向きは、主に他国との取引をメインにした商人で、一代で財を成したやり手だ。今じゃ、妻を何人も娶っていて、女性を第一に考えるアザットの理念にも貢献している」
カイン、そしてガヴェインは、交互に肩をすくめながら自分が持つ情報を皆の前で話した。
一度聞いただけでは問題なく聞こえる話のように思える。しかし、頭のキレるカインが口にした言葉に、メリッサとダラットリ家使用人たちの口元が引きつる。
「ほら、だから言っただろう! すぐに騎士団に相談しに行こうって」
「だけど、騎士団に相談なんかしたら、アタシが逃げ出したことが大っぴらになっちまう! アタシが罰せられるならまだ良いけど、実家にまで影響が出たらヤバいと思って……」
静かになったダラットリ家一同とは正反対に、イザークは興奮した様子でジュリアの肩を掴み、ユサユサと彼女の身体を揺らした。
ジュリアは、力強い彼の言葉から逃れるように視線をそらし、ボソボソと言い訳じみたことをぼやいている。
騎士団関係者のガヴェインたち、そして今回当事者のジュリアたち。
それぞれの話が白熱する中、どちらの事情もよくわかっていないメリッサは、アタフタと狼狽えるしかない。
無意識にさ迷う視線は、ふと使用人たち三人の方を向く。
エルバたちと目が合った瞬間、彼女たちが三者三様に困惑していると言いたげな動作をしたのを見て、この状況に困惑しているのは一人じゃないと不思議な安心感に包まれた。
何を言われているのかわからず混乱するメリッサの視線は、イザークに支えられ身体を起こすジュリアへ向けられる。
その声は、戸惑いとかすかな恐怖に震えていた。
「準男爵家に嫁いだ女が、こんなボロい男物の服着て、森の中で食い物採ってる訳ないだろう?」
首を傾げるメリッサを見たジュリアは、濡れた目元を乱暴に拭いながら、自嘲するように肩をすくめる。
「悪いジュリア、俺がせめて平民街で暮らせる稼ぎがあれば、こんな……」
「気にしてないよ。イザークは、行き倒れてるアタシを助けてくれたんだ。感謝することはあっても、恨んだりなんてあり得ない」
その時、ジュリアを背後から支えていたイザークの手に力が入った。
そのままコツンとジュリアの肩に額を押し付けるイザークの声は震え、ジュリアはその様子に一切驚かず、ポンポンと震える頭を撫でる。
(イザーク様は、ジュリアの旦那様じゃない? 行き倒れ? 平民街?)
ジュリアとイザーク、二人にしかわからない雰囲気が醸し出される中、理解が追いつかないメリッサの脳内にはたくさんの疑問符が飛び交う。
先程聞いた、誰かが死ぬかもという物騒な言葉もあり、ただ事ではない状況なのはわかったが、詳細がつかめない今、彼女は戸惑うしかなかった。
「イザーク、と言ったか。その服装と、二人の話から察するに……お前は貧民街の者なんだな?」
「……っ、はい」
その時、メリッサを抱きしめたままのガヴェインがおもむろに口を開く。
背後から聞こえる新しい単語にメリッサが目を見開くのと同時に、ガヴェインの言葉に反応したイザークは重々しく頷いた。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。俺……いや、自分は貧民街で生まれ育ったイザークと言います。騎士団長様たちご家族の時間にお邪魔して、申し訳ないです」
改めて自ら名乗ったイザークは、この場に自分が居ることを謝罪するように、シーツに両手をつき頭を下げる。
「さっきは、取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。アタシは、ジュリア・ヘイズと言います。ある人の所へ嫁入りするため、メリッサも乗っていた船で、ダナンからアザットへやってきました」
イザークに続き、ジュリアも改めて自己紹介をしつつ深々と頭を下げた。
二人のただならぬ様子を察したメリッサは、なんと声をかけて良いかわからず、自分を抱きしめるガヴェインの方を思わず振り返る。
すると、ガヴェインは妻の様子にすぐ気づき、不安がるメリッサを安心させるように、チュッと彼女の額に口付けた。
その後、詳しく事情を聞くため、その場にいる全員の視線がジュリアたちへ向けられた。
そんなジュリアの手には、果実水入りのコップが握られている。
気持ちが少しでも落ち着くようにと、エルバが用意してくれたものだ。
同じものがメリッサの手にもあり、様子をうかがうようなジュリアの視線に気づいたメリッサはニコリとほほ笑みながらコップへ口をつける。
メリッサの様子を見てホッとしたのか、ジュリアも恐る恐るコップに口をつけ、果実水を一口飲めば、少し力の抜けた吐息が口から洩れた。
「それでは……ジュリア、詳しい話を聞かせてくれるか? とはいっても、無理にすべてを話せという訳じゃない。言いたくないことがあった時は、無理に聞き出したりはしないから、安心してくれ」
「わかりました」
真剣な眼差しで小首を傾げるガヴェインの言葉に、ジュリアは姿勢を正して大きく頷く。
「まずは……君が嫁ぐはずだった家の家名を教えてくれ」
「はい。アタシが嫁ぐはずだったのは、デニス・べスター準男爵様の家で……」
「ああ……あの家か」
首を傾げ最初の質問を投げかけたガヴェインの言葉に、ジュリアは小さく頷く。
すると、ジュリアの言葉を遮るように、遠くを見つめたガヴェインがぼそりと独り言のように何かをつぶやいた。
「ジュリアさん。先程逃げ出したと言っていましたが、貴女の判断は間違っていませんよ。良い選択をしましたね」
続けて、話を聞いていたカインがニコリとほほ笑みながら、ジュリアの決断を褒めたたえる。
まったく違うようで、どこか似た反応をする二人。彼らしか知らない共通認識があるのか、当事者のジュリアをはじめ、言葉の真意を知らないメリッサたちも揃って首を傾げてしまう。
「旦那様、今話に出たお屋敷について何かご存じなんですか? それにカインも……」
一見穏やかながら、どこか空気が張りつめる雰囲気を醸し出す二人に、ロベルトが勇気を出して話しかける。
彼の問いかけを聞いたガヴェインたちは、お互いに顔を見合うと、一際大きなため息を吐きながらやれやれと頭を抱えた。
「昔っからきな臭い男なんですよ、そのデニスって奴は。裏ルートで、ヤバい商売に手をだしてるんじゃないかって噂が絶えない男です」
「表向きは、主に他国との取引をメインにした商人で、一代で財を成したやり手だ。今じゃ、妻を何人も娶っていて、女性を第一に考えるアザットの理念にも貢献している」
カイン、そしてガヴェインは、交互に肩をすくめながら自分が持つ情報を皆の前で話した。
一度聞いただけでは問題なく聞こえる話のように思える。しかし、頭のキレるカインが口にした言葉に、メリッサとダラットリ家使用人たちの口元が引きつる。
「ほら、だから言っただろう! すぐに騎士団に相談しに行こうって」
「だけど、騎士団に相談なんかしたら、アタシが逃げ出したことが大っぴらになっちまう! アタシが罰せられるならまだ良いけど、実家にまで影響が出たらヤバいと思って……」
静かになったダラットリ家一同とは正反対に、イザークは興奮した様子でジュリアの肩を掴み、ユサユサと彼女の身体を揺らした。
ジュリアは、力強い彼の言葉から逃れるように視線をそらし、ボソボソと言い訳じみたことをぼやいている。
騎士団関係者のガヴェインたち、そして今回当事者のジュリアたち。
それぞれの話が白熱する中、どちらの事情もよくわかっていないメリッサは、アタフタと狼狽えるしかない。
無意識にさ迷う視線は、ふと使用人たち三人の方を向く。
エルバたちと目が合った瞬間、彼女たちが三者三様に困惑していると言いたげな動作をしたのを見て、この状況に困惑しているのは一人じゃないと不思議な安心感に包まれた。
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