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第二章
17:森に響く叫び声
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メリッサとガヴェインが湖へ戻る頃には、すっかり使用人たちの手で休息場所が確保されていた。
汚れても良い古いシーツを何枚も重ねて地面に敷き、その上に皆で座りながら各々が寛ぎだす。
シーツの上に直接座った男性陣とは違い、メリッサとエルバはエドガーが自作した簡易的な椅子に腰かけるよう促された。
「ガヴェイン様の椅子も、ちゃーんと作って来たんですぜ? 俺らのことは、気にせず座ってくださいよ」
皆楽しげに笑うなかで、一人だけ若干不満そうな様子を見せるのは、椅子製作者のエドガーだ。
彼は女性二人の椅子の他に、主であるガヴェイン専用の椅子も製作したらしい。
シーツの外には、メリッサたちが使っているものより二回りくらい大きく、頑丈な造りをした椅子が寂しげに置かれている。
「男のお前たちが地面に座っていると言うのに、俺だけ椅子に座るのはナシだろう? 気にしなくてもいいぞ。それこそ、地面に直接座ることなんて、騎士団の訓練で慣れている」
ガヴェインは、ちらりと蚊帳の外状態の椅子に視線を向けるも、すぐに目線をエドガーに戻し、わずかに肩をすくめた。
それからは皆で談笑しつつ、湖で過ごす間にしたいことなどを話し合った。
ガヴェインとカインは、普段窮屈な思いばかりさせている愛馬たちを労い、湖周辺を走らせてストレスを発散させてやりたいそうだ。
エドガーは、屋敷の菜園で育てるために、いくつか野草を根っこから掘り起こして持ち帰りたいらしい。
ロベルトはロベルトで、この時季に採れる野草を、新作料理研究のために持ち帰りたいと話してくれた。
「毎回毎回、ここへ来るたびに同じことばっかりじゃない! 二人して、野草以外にももっと目を向けなさいよ!」
「他に目を向けろって言われても」
「メリッサ様の前で、下着一丁で湖に飛び込んで泳げとでも言うのか?」
「誰もそんなこと言ってないでしょう!」
湖を訪れる目的は、基本的に野草の採取。なんて等式しかない夫二人を前に、エルバは腰に手を当てながら、半分呆れかえった声でエドガーたちを叱りつける。
そんな妻を前に、旦那たちはお互いに顔を見合わせ、どうしたものかと困惑顔だ。
使用人夫妻のやりとりを聞きながら、メリッサは隣に座るガヴェインの腕をツンツンと突いた。
「ここの湖は、人が泳いでも良いのですか?」
「まあ、特に禁止されているわけじゃないが……いくら暖かくなってきたとは言え、この時季に泳ぐのは止めておいた方がいい。体力のある男ならまだしも、メリッサが湖に入れば一発で風邪を引くぞ」
そのままメリッサは、妻の方へ顔を寄せる夫の耳元に口を近づけ、コソコソと小声で問いかけてみる。すると、なんとも興味深い答えが返ってきた。
とは言うものの、大前提としてメリッサ自身泳げないため、あまり意味の無い質問だったりするのだが。
(湖で、泳ぐなんて……)
苦笑しながら自分を見つめる夫に、感謝の気持ちを込めて微笑み返したメリッサは、そのまま顔をあげ、近くにある湖へ目を向ける。
ここへ来る道中、湖の近くには森もあり、そこを根城にしている野生動物たちがよく水を飲みにやってくると聞かされた。
万が一遭遇した場合も考え、決して一人にはなるなと念押しされたのだ。
どのような動物が居るかまでは聞いていない。
けれど、屋敷を出る前にレイナウトやジョットと触れ合ったメリッサの中で、動物に対する好奇心がついつい疼いてしまう。
湖で泳ぐことが出来れば、森で暮らす動物たちと仲良くなれるだろうか。
なんて妄想を脳内で繰り広げるメリッサ。そんな彼女の耳に、突如普段より低い夫の声が聞こえた。
「カイン、どうした? さっきからやけに静かだな」
訝しげな表情を浮かべたガヴェインは、斜め向かいに座っているカインを見つめ首を傾げていた。
その声が聞こえ、メリッサや他の使用人たちも皆、一斉にカインを見つめる。
「ああ、すみません。少々、気になることがありまして……」
カインはそう言うと、少し遠くに見える森の方を向いた。
「何かいるのか?」
「ええ、森の方に気配があります。ここら辺に生息している生き物なら、別に平気なのですが……なんだか、気配が人間っぽくて」
首を傾げるガヴェインの問いに、カインは視線を森の方角に固定したまま答える。
その視線はどこか鋭さを帯びていて、その眼差しを直視してしまったメリッサは、ブルっと無意識に身震いをしてしまう。
「俺たちみたいに、遊びに来てる……とかじゃないのか?」
「いや……遊びに来ているにしては、動きが妙に不規則だ。ちょっと、様子を見て参ります」
ロベルトの言葉に、小さく首を横に振ったカインは、シーツに片手をついて立ち上がった。
「……カイン」
これまでの和やかな雰囲気が一転した状況に、胸の辺りが嫌でもザワつく。
様子を見に行くと言うカインが心配になり、メリッサは小さく彼の名を呼んだ。
すると、ずっと森を見続けていた男の視線が、スッと彼女の方を向く。
そして、全身に纏っていた刺々しいオーラを和らげたカインは、目を細めると優しくメリッサへ微笑んだ。
「大丈夫ですよ、メリッサ様。すぐに戻りますから」
そう言うと、カインはガヴェインに目配せをし、スタスタと一団から離れ、一人森の中へ入っていった。
「俺ら、今まで何度かここに来てるけど、他の誰かと会ったことなんか、無えよな?」
「ああ……ここはヤーラから離れているし、近くに人が住んでるなんて話は、聞いたことが無いぞ」
カインが森の中へ消えてから数分。
記憶の中にある情報を共有し合う使用人たちの言葉に、嫌でもメリッサの不安が募る。
「ガヴェイン様……カインは、大丈夫でしょうか」
「心配するな。元、ではあるが、あいつも騎士団の一員、しかも部隊長まで務めた男だぞ」
不安に押しつぶされそうな心に戸惑いながら、メリッサは縋るように隣にいるガヴェインの服を掴んだ。
すると、椅子に座るメリッサの身体を抱き寄せるように、ガヴェインは華奢すぎる妻の肩に腕を回す。
そのままギュッと抱き寄せられたことで、メリッサはガヴェインの胸の中に抱き込まれた。
夫の逞しい腕の力強さと、落ち着く体温を全身で感じられたお陰か、少しずつザワついた心が凪ぎ始める。
「うわああああっ!」
しかし次の瞬間、森の方から聞こえる叫び声を耳にした全員の顔があっという間に強張る。
誰のものかわからない声に、一度は落ち着きを取り戻しつつあったメリッサの心臓は、再び激しく脈打ちだした。
汚れても良い古いシーツを何枚も重ねて地面に敷き、その上に皆で座りながら各々が寛ぎだす。
シーツの上に直接座った男性陣とは違い、メリッサとエルバはエドガーが自作した簡易的な椅子に腰かけるよう促された。
「ガヴェイン様の椅子も、ちゃーんと作って来たんですぜ? 俺らのことは、気にせず座ってくださいよ」
皆楽しげに笑うなかで、一人だけ若干不満そうな様子を見せるのは、椅子製作者のエドガーだ。
彼は女性二人の椅子の他に、主であるガヴェイン専用の椅子も製作したらしい。
シーツの外には、メリッサたちが使っているものより二回りくらい大きく、頑丈な造りをした椅子が寂しげに置かれている。
「男のお前たちが地面に座っていると言うのに、俺だけ椅子に座るのはナシだろう? 気にしなくてもいいぞ。それこそ、地面に直接座ることなんて、騎士団の訓練で慣れている」
ガヴェインは、ちらりと蚊帳の外状態の椅子に視線を向けるも、すぐに目線をエドガーに戻し、わずかに肩をすくめた。
それからは皆で談笑しつつ、湖で過ごす間にしたいことなどを話し合った。
ガヴェインとカインは、普段窮屈な思いばかりさせている愛馬たちを労い、湖周辺を走らせてストレスを発散させてやりたいそうだ。
エドガーは、屋敷の菜園で育てるために、いくつか野草を根っこから掘り起こして持ち帰りたいらしい。
ロベルトはロベルトで、この時季に採れる野草を、新作料理研究のために持ち帰りたいと話してくれた。
「毎回毎回、ここへ来るたびに同じことばっかりじゃない! 二人して、野草以外にももっと目を向けなさいよ!」
「他に目を向けろって言われても」
「メリッサ様の前で、下着一丁で湖に飛び込んで泳げとでも言うのか?」
「誰もそんなこと言ってないでしょう!」
湖を訪れる目的は、基本的に野草の採取。なんて等式しかない夫二人を前に、エルバは腰に手を当てながら、半分呆れかえった声でエドガーたちを叱りつける。
そんな妻を前に、旦那たちはお互いに顔を見合わせ、どうしたものかと困惑顔だ。
使用人夫妻のやりとりを聞きながら、メリッサは隣に座るガヴェインの腕をツンツンと突いた。
「ここの湖は、人が泳いでも良いのですか?」
「まあ、特に禁止されているわけじゃないが……いくら暖かくなってきたとは言え、この時季に泳ぐのは止めておいた方がいい。体力のある男ならまだしも、メリッサが湖に入れば一発で風邪を引くぞ」
そのままメリッサは、妻の方へ顔を寄せる夫の耳元に口を近づけ、コソコソと小声で問いかけてみる。すると、なんとも興味深い答えが返ってきた。
とは言うものの、大前提としてメリッサ自身泳げないため、あまり意味の無い質問だったりするのだが。
(湖で、泳ぐなんて……)
苦笑しながら自分を見つめる夫に、感謝の気持ちを込めて微笑み返したメリッサは、そのまま顔をあげ、近くにある湖へ目を向ける。
ここへ来る道中、湖の近くには森もあり、そこを根城にしている野生動物たちがよく水を飲みにやってくると聞かされた。
万が一遭遇した場合も考え、決して一人にはなるなと念押しされたのだ。
どのような動物が居るかまでは聞いていない。
けれど、屋敷を出る前にレイナウトやジョットと触れ合ったメリッサの中で、動物に対する好奇心がついつい疼いてしまう。
湖で泳ぐことが出来れば、森で暮らす動物たちと仲良くなれるだろうか。
なんて妄想を脳内で繰り広げるメリッサ。そんな彼女の耳に、突如普段より低い夫の声が聞こえた。
「カイン、どうした? さっきからやけに静かだな」
訝しげな表情を浮かべたガヴェインは、斜め向かいに座っているカインを見つめ首を傾げていた。
その声が聞こえ、メリッサや他の使用人たちも皆、一斉にカインを見つめる。
「ああ、すみません。少々、気になることがありまして……」
カインはそう言うと、少し遠くに見える森の方を向いた。
「何かいるのか?」
「ええ、森の方に気配があります。ここら辺に生息している生き物なら、別に平気なのですが……なんだか、気配が人間っぽくて」
首を傾げるガヴェインの問いに、カインは視線を森の方角に固定したまま答える。
その視線はどこか鋭さを帯びていて、その眼差しを直視してしまったメリッサは、ブルっと無意識に身震いをしてしまう。
「俺たちみたいに、遊びに来てる……とかじゃないのか?」
「いや……遊びに来ているにしては、動きが妙に不規則だ。ちょっと、様子を見て参ります」
ロベルトの言葉に、小さく首を横に振ったカインは、シーツに片手をついて立ち上がった。
「……カイン」
これまでの和やかな雰囲気が一転した状況に、胸の辺りが嫌でもザワつく。
様子を見に行くと言うカインが心配になり、メリッサは小さく彼の名を呼んだ。
すると、ずっと森を見続けていた男の視線が、スッと彼女の方を向く。
そして、全身に纏っていた刺々しいオーラを和らげたカインは、目を細めると優しくメリッサへ微笑んだ。
「大丈夫ですよ、メリッサ様。すぐに戻りますから」
そう言うと、カインはガヴェインに目配せをし、スタスタと一団から離れ、一人森の中へ入っていった。
「俺ら、今まで何度かここに来てるけど、他の誰かと会ったことなんか、無えよな?」
「ああ……ここはヤーラから離れているし、近くに人が住んでるなんて話は、聞いたことが無いぞ」
カインが森の中へ消えてから数分。
記憶の中にある情報を共有し合う使用人たちの言葉に、嫌でもメリッサの不安が募る。
「ガヴェイン様……カインは、大丈夫でしょうか」
「心配するな。元、ではあるが、あいつも騎士団の一員、しかも部隊長まで務めた男だぞ」
不安に押しつぶされそうな心に戸惑いながら、メリッサは縋るように隣にいるガヴェインの服を掴んだ。
すると、椅子に座るメリッサの身体を抱き寄せるように、ガヴェインは華奢すぎる妻の肩に腕を回す。
そのままギュッと抱き寄せられたことで、メリッサはガヴェインの胸の中に抱き込まれた。
夫の逞しい腕の力強さと、落ち着く体温を全身で感じられたお陰か、少しずつザワついた心が凪ぎ始める。
「うわああああっ!」
しかし次の瞬間、森の方から聞こえる叫び声を耳にした全員の顔があっという間に強張る。
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