愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

雪宮凛

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第二章

14:メリッサ、初めての女子会

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「週末の遠出について、少しカインたちと確認しなきゃいけないことが見つかったんだ。悪いがメリッサ、今夜はエルバと一緒に休んでくれ」

 申し訳なさそうな表情で頼みごとをされたのは、いつもと変わらない夕食の席だった。
 夫からの唐突な提案に、最初こそメリッサは驚いた。
 しかし、みんなで郊外の湖へ行くための相談だと聞けば、嫌だと駄々をこねる理由は浮かばない。
 同じ部屋にエルバが居てくれることもあり、メリッサの心は、愛する夫と眠れない寂しさよりも、人生初のお泊り会に対する期待でいっぱいだった。





「それでは、灯りを消しますね」

「ええ、お願い」

 夜が深まってきた頃、ガヴェインと別れてから寝支度をしっかり整えたメリッサは、ベッドに横たわり、すぐそばに立つエルバの声に頷いた。
 主の返事を聞いたエルバは、ランプの灯かりを消すと、小さく「失礼します」と断りを入れ、メリッサと同じベッドに横たわる。
 二人が今夜眠る部屋は、客室の中でも割と大きめなベッドがある部屋だ。
 いくら、メリッサたちの許しが出ていると言っても、自分は主寝室のベッドでは寝られないと言うエルバ。
 女性同士、夜の語らいをするのなら、いつ眠ってしまってもいいように、一緒のベッドで眠りたいと言うメリッサ。
 双方の主張の中間点を探った結果が現在である。
 メリッサは、以前エルバから聞いた“女の子同士の内緒話”をしたくてたまらないらしい。



「……暗いけれど、エルバの顔がちゃんと見えるわ」

「目が慣れてきたのかもしれません。それに、すぐ近くにおりますから」

 お互いに身体を横向きにして、すぐそばにいる相手を見つめ、クスクスと小さく笑い合う。
 この体勢は、ガヴェインを相手に毎晩しているものの、相手が変わると少し気恥ずかしくて、メリッサの頬がわずかながら熱くなる。

「エルバは……今度行く湖には、行ったことがあるの?」

「ええ。夫たちの手伝いで何度か。近くには森もありますし、この時季だと……春の花がたくさん咲いている場所もありますから、メリッサ様も楽しめると思いますよ」

 メリッサの問いに、エルバは目を細めながら、過去に湖やその周辺を訪れた時の話をしてくれた。
 だが、すべてが庭師と料理人の夫の手伝いとしての同行だったため、ほとんどが野草などの採取で終わったらしい。
 景色を眺めてゆったり穏やかなひと時を過ごす、なんてこととは無縁だったと、彼女は半分呆れながら話してくれた。

(夫たち、か……)

 思い出話に耳を傾けながら、“夫たち”という言葉を自然に使うエルバを見つめ、メリッサは胸の奥にむず痒い感情を抱く。

 カインとミカエルが自分へ抱いている想いを知ったものの、すんなり受け入れることは難しい。
 どうすれば良いのか、日々思い悩むメリッサに対する二人のアピールは、数日経った今でも止むことなく続いていた。

 日課の勉強会をする際、メリッサの席は、あの日からずっとカインの膝上に固定されっぱなしだ。
 メリッサがいくら恥ずかしがっても、口が達者なカインには敵わず、結局勉強会が終わるまで逃げられないまま。
 お手洗いに行かせてもらえるし、喉が渇いたと言えばお茶を用意してくれる。
 それらの際、カインはしっかり離れ、メリッサを椅子に座らせてくれるので、終始拘束されるわけではない。
 乱暴されるわけでも無いし、強引に迫ってくるわけでもない。
 ただ、戯れのようなキスの嵐は、問答無用で続いている。

 ミカエルの方は、仕事が忙しいらしく、あの日以来直接会ってはいない。
 しかし、その代わりと言わんばかりに、彼は連日メリッサ宛てにプレゼントを送ってくるのだ。
 ある時は両手で抱えなければいけない程大きな花束、ある時は街で人気の菓子店で売っている焼き菓子など、種類は実に様々。
 そのプレゼントには、毎回ミカエル直筆の手紙が添えられている。
 メリッサの体調を気遣う言葉から始まり、控えめながらメリッサへの愛を囁く言葉が続く。
 城の敷地内によく迷い込む猫が居て、城にいる者たちが可愛がっているから、メリッサにも是非見てもらいたい。
 なんて他愛もない日常の報告もあり、メリッサは手紙を読みながら頬を緩ませている。
 そして最後には必ず、また屋敷へ行きたい、メリッサに会いたいと懇願にも似た言葉と共に、愛しているという言葉で締めくくられる。
 連日届く熱烈なラブレターは、恋などと縁遠い人生を送り、階段を数段飛ばしで結婚に至ったメリッサにとって、未知の戸惑いを感じさせるものだった。



「ねえ、エルバ」

「……? はい、何でしょう」

 しばらく湖について話し、期待を膨らませていたメリッサだったが、どうしても自分へ向けられた男たちの気持ちが気になり、少々強引に話題転換をはかる。
 話を遮るような主の声にも、エルバは嫌な顔を一切見せず、横たわったままパチリと瞬きをした。

「エルバは、その……エドガーたちとの結婚を、どうやって決めたの?」

 なんと話を切り出して良いか散々迷って、結局ストレートに疑問を投げかけることにした。
 その問いかけに、小さく息を吐いたエルバは、ゴソゴソとベッドの中で身動ぎし、横向きだった身体を仰向けにして天井を見上げる。
 メリッサもそれに倣って仰向けの体勢をとり、首を動かして隣に横たわるエルバを見つめる。

「私が、南にある国の出身だということは、以前お話しましたよね?」

「ええ、だから貴女の肌は私と違うのでしょう?」

 エルバも目線だけをメリッサに向け、何かを思い出すように話しかける。
 灯かりを消した部屋ではわかりにくいが、彼女の肌は南国出身者と言うだけあって、色白なメリッサとは正反対の綺麗な色黒だ。
 連日日差しの強い故郷に居た時より、少し黒さは薄くなったかも、と以前エルバは笑って話していたのを覚えている。

「私の故郷は田舎で、ヤーラのように大きくて活気のある街に対する憧れをずっと抱いていました。それに、四季が無く、年がら年中暑すぎる気候もあまり好きではなくて」

 故郷を懐かしむようなエルバの話し声に、メリッサは黙って耳を傾ける。

「大きくなったら、絶対他国の大きな街に行くんだ、という思いで必死にお金を貯めて、半分家出同然で、故郷を飛び出しました」

「……っ!」

 続く言葉の中にあった“家出”という言葉が衝撃的で、無意識にヒュっと息を呑む音が喉元で鳴った。

「そしてたどり着いたのが、ヤーラの街です。飲食店でお客様に給仕をする仕事に就いて、そこにお客様として来たのが、エドガーとロベルトです」

 その後もエルバは、夫二人との馴れ初めを、どこか恥ずかしそうに話してくれた。
 最初はただの店員と客として接していたけれど、徐々に二人の態度が変わってきたらしい。
 先に行動を起こしたのはエドガーで、彼がエルバに告白したという噂を聞いたロベルトが、慌てて自分も好きだと気持ちを伝えてきたそうだ。

「す、すぐにお返事はしたの?」

 誰かの恋バナを聞くことも、メリッサにとっては初体験だ。
 自分のことではないのに、不思議とドキドキして心臓が煩い。
 ほんのり熱を持った頬を隠すように、口元を掛け布団で覆いながら、その瞳は興味津々とばかりにエルバを見つめる。

「ふふっ、すぐになんて無理ですよ。私の祖国も、一夫一妻の国でしたから、重婚が推奨されていると聞いた時は、自分の耳を疑って、しばらく頭の中が混乱しました」

 すると、返ってきた言葉に、戸惑っているのは自分じゃないと、不思議な安堵感がメリッサを包み込む。

「それで、結局……私が二人と結婚しようと決めたのは、初めて告白された日から一年半くらい経ってからですね。そもそもが、結婚を前提として付き合ってくれ、と言われていたので、恋人の期間が、あったような……なかったような」

「い、一年半……」

 赤裸々に思い出を語るエルバの頬も、いつの間にか赤みがかっていた。
 恥ずかしそうにポリポリと頬を掻く彼女の口から伝えられる言葉の数々に、メリッサは終始驚かされる。

「だから……メリッサ様も焦らなくていいんですよ」

「……へっ?」

 ドキドキと胸の奥で鼓動する心音に、一瞬意識がとらわれる。
 ベッドに入ってから一番と思える程の優しい声が聞こえたことに驚き、つい気の抜けそうな返事をしてしまった。
 そのまま視線を向けると、天井を見つめていたメリッサの瞳は、真っ直ぐ自分を見つめていた。

「カインもミカエル様も、メリッサ様をお慕いする気持ちに嘘は無いはずです。ですから……少しずつでも、お二人と向き合ってみてください。不安があるようなら、私がいつでも話を聞きます。旦那様にも、ご自分の素直な気持ちを話してみるのも良いかもしれません」

 そのままエルバは、一つ一つ、諭すように言葉を紡ぐ。
 メリッサより三歳年上の彼女にとって、こちらの悩みなど、すべてお見通しなのだろう。

「何も話を聞かず、最初から二人を拒絶するのだけは……止めてあげてください。お二人も、きっと必死でしょうから。返事は急がずとも大丈夫です。私も夫たちを一年以上待たせましたし、もっと長い間待たせて結局断った、なんて女性の話も聞きますから」

 そう言って、エルバは口角を上げ、少しばかり悪い笑みを浮かべる。
 その表情に、メリッサは、ここ数日抱えていたモヤモヤがほんの少し消え、心のつかえがとれたような気がした。

(エルバも先生みたいね)

 カインが知識の先生なら、エルバは恋愛の先生、という所だろうか。
 メリッサは目の前にいる先生につられるように、口元に笑みを浮かべ小さく笑う。

 その後、二人は他愛もない話を続け、気づいた頃には、仲の良い姉妹のように一つのベッドの中で寄り添いながら夢の中へ旅立った。



「結局……結婚の決め手は何だったの?」

「それは……秘密です」

 眠りに落ちる少し前、思い出したように首を傾げるメリッサの問いに、エルバは小さく笑って自分の口元に人差し指を寄せた。
 その仕草は暗がりのなかでも妖艶に見えた。同時に、子供っぽくもみえる、なんとも魅惑的な表情。
 そんな彼女の表情も、二人の心を射止めた一因なのかもしれないと思いながら、メリッサはゆっくりと瞼を閉じた。
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