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第一章 噂の新妻は純粋無垢天使
10:唐突な求愛は熱く
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使用人たちとお昼を食べ終わったメリッサは、部屋に戻らず庭が見渡せるテラス席で食後の紅茶を楽しむことにした。
しかし、心ここに有らずなせいか、せっかくエルバが淹れてくれたお茶の味がよくわからない。
今彼女の心を占めているのは、数時間前の書庫で起きた出来事。
「メリッサ様、ここは昨日お教えしましたよ?」
「えっと、そのぉ……」
一脚しか無い椅子にカインは座り、メリッサはその膝の上に強制的に座らされ、今日の授業を受けた。
何度も逃げ出そうと身体を捩ったが、一見細身に見えるカインの拘束から逃れるなど、これまで籠の鳥だった女性には難しい。
自分をすっぽり包み込む夫とは違うぬくもり、耳元で囁かれる声、そして腹部に回った骨太な腕。
いつも以上に敏感になった五感は、カインの些細な動きまで、すべてをメリッサに伝えより一層彼女を緊張させた。
昨日まで、椅子はちゃんと二脚あり、テーブルを挟んで向き合いながら勉強していたはず。
あからさまに一転した状況に、メリッサの理解は全然追いつかなかった。
正直授業どころではないし、この状況は何だと疑問をぶつけたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、メリッサが疑問を投げかけようとするたび、カインは言葉巧みに話をはぐらかしてばかりで、まったく会話にならなかった。
「ほらほら、勉強の時間が無くなってしまいますよ」
なんてことを言われてしまえば、もう何も言えなくなり、大人しくするしかない。
大人しくカインの話を聞ければ良かったのに、緊張がピークに達したメリッサの現状では、それはほぼ不可能に近かった。
――チュッ。
「ひゃあっ!」
質問の答えを懸命に考えていた時、頬に触れる温もりに驚き、つい悲鳴のような声が出た。
ビクッと全身を震わせ、背後にいるカインの方を勢いよく振り向けば、眩しいほどの笑みを浮かべる彼と目が合う。
「困った方ですね。昨日までは割とスラスラ答えられていたのに……」
そう言って肩をすくめる家令を無意識に睨みつければ、まるでお仕置きとばかりにカプッと鼻先に彼の歯が軽く当たる。
恋人同士のじゃれ合いにも見えかねないカインの悪戯は、その後も勉強が終わるまで止むことは無く、メリッサはいつもの勉強時間以上に精神をすり減らしていた。
「答えが合っていても、間違っていても、結局同じじゃない」
カインの悪戯を思い出しながら、無意識に口先をとがらせるメリッサ。
その可愛らしい顔は、彼女が両手で持つティーカップの中で揺らぐ水面に映し出された。
頬へキスをするカインの行動を最初に咎めた時、彼は確かに言っていた。
「これはメリッサ様が間違った時のお仕置きです。キスがお嫌なら、頑張って正解してください」
確かにそう聞いたはずなのに、問題の正解不正解に関わらず、それこそなかなか答えがまとまらずメリッサが口ごもっている時にまで、キスの雨が顔中へ降り注いだ。
頬だけでは足りないとばかりに、カインはメリッサの頭のてっぺん、こめかみ、眉間、額、鼻先、目元、様々な場所へ口付けた。
彼の唇が触れなかった場所と言えば、たった一か所、唇くらいかもしれない。
気持ちを出来るだけ落ち着け、余計なことは考えずに今は紅茶を楽しもう。
メリッサは、半分ほど中身の減ったカップを持ちながら、ふと視線を庭の方へ移す。
春の木漏れ日を浴びながら、毎日エドガーがせっせと手入れしてくれる庭を眺めると、ザワついていた気持ちがほんの少し落ち着いた気がした。
しかし、軽く目を伏せれば、瞼の裏に満面の笑みを浮かべたカインの顔がチラつく。
「メリッサ様。昨夜の言葉……一時の戯れで口にしたわけではありませんからね」
勉強を終えて書庫を出る直前、それまでずっと笑顔を絶やさなかったカインが、真顔で自分を見つめていた。
太陽の下に立てば、キラキラと輝きながらなびく襟足が少し長めのブロンド。
そんな黄金を引き立たせるようなエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、意識が吸い込まれそうになったのを覚えている。
そして最後に、カインはもう一度主の額にキスを落とし、彼女に書庫から出るよう促していた。
しかし、心ここに有らずなせいか、せっかくエルバが淹れてくれたお茶の味がよくわからない。
今彼女の心を占めているのは、数時間前の書庫で起きた出来事。
「メリッサ様、ここは昨日お教えしましたよ?」
「えっと、そのぉ……」
一脚しか無い椅子にカインは座り、メリッサはその膝の上に強制的に座らされ、今日の授業を受けた。
何度も逃げ出そうと身体を捩ったが、一見細身に見えるカインの拘束から逃れるなど、これまで籠の鳥だった女性には難しい。
自分をすっぽり包み込む夫とは違うぬくもり、耳元で囁かれる声、そして腹部に回った骨太な腕。
いつも以上に敏感になった五感は、カインの些細な動きまで、すべてをメリッサに伝えより一層彼女を緊張させた。
昨日まで、椅子はちゃんと二脚あり、テーブルを挟んで向き合いながら勉強していたはず。
あからさまに一転した状況に、メリッサの理解は全然追いつかなかった。
正直授業どころではないし、この状況は何だと疑問をぶつけたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、メリッサが疑問を投げかけようとするたび、カインは言葉巧みに話をはぐらかしてばかりで、まったく会話にならなかった。
「ほらほら、勉強の時間が無くなってしまいますよ」
なんてことを言われてしまえば、もう何も言えなくなり、大人しくするしかない。
大人しくカインの話を聞ければ良かったのに、緊張がピークに達したメリッサの現状では、それはほぼ不可能に近かった。
――チュッ。
「ひゃあっ!」
質問の答えを懸命に考えていた時、頬に触れる温もりに驚き、つい悲鳴のような声が出た。
ビクッと全身を震わせ、背後にいるカインの方を勢いよく振り向けば、眩しいほどの笑みを浮かべる彼と目が合う。
「困った方ですね。昨日までは割とスラスラ答えられていたのに……」
そう言って肩をすくめる家令を無意識に睨みつければ、まるでお仕置きとばかりにカプッと鼻先に彼の歯が軽く当たる。
恋人同士のじゃれ合いにも見えかねないカインの悪戯は、その後も勉強が終わるまで止むことは無く、メリッサはいつもの勉強時間以上に精神をすり減らしていた。
「答えが合っていても、間違っていても、結局同じじゃない」
カインの悪戯を思い出しながら、無意識に口先をとがらせるメリッサ。
その可愛らしい顔は、彼女が両手で持つティーカップの中で揺らぐ水面に映し出された。
頬へキスをするカインの行動を最初に咎めた時、彼は確かに言っていた。
「これはメリッサ様が間違った時のお仕置きです。キスがお嫌なら、頑張って正解してください」
確かにそう聞いたはずなのに、問題の正解不正解に関わらず、それこそなかなか答えがまとまらずメリッサが口ごもっている時にまで、キスの雨が顔中へ降り注いだ。
頬だけでは足りないとばかりに、カインはメリッサの頭のてっぺん、こめかみ、眉間、額、鼻先、目元、様々な場所へ口付けた。
彼の唇が触れなかった場所と言えば、たった一か所、唇くらいかもしれない。
気持ちを出来るだけ落ち着け、余計なことは考えずに今は紅茶を楽しもう。
メリッサは、半分ほど中身の減ったカップを持ちながら、ふと視線を庭の方へ移す。
春の木漏れ日を浴びながら、毎日エドガーがせっせと手入れしてくれる庭を眺めると、ザワついていた気持ちがほんの少し落ち着いた気がした。
しかし、軽く目を伏せれば、瞼の裏に満面の笑みを浮かべたカインの顔がチラつく。
「メリッサ様。昨夜の言葉……一時の戯れで口にしたわけではありませんからね」
勉強を終えて書庫を出る直前、それまでずっと笑顔を絶やさなかったカインが、真顔で自分を見つめていた。
太陽の下に立てば、キラキラと輝きながらなびく襟足が少し長めのブロンド。
そんな黄金を引き立たせるようなエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、意識が吸い込まれそうになったのを覚えている。
そして最後に、カインはもう一度主の額にキスを落とし、彼女に書庫から出るよう促していた。
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