愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

雪宮凛

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第一章 噂の新妻は純粋無垢天使

04:客人と夕食を

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「紹介ついでに、夕食を食べて行ったらどうだ? どうせ家に帰っても暇だろう?」

 なんてガヴェインの提案で、この日の夕食は三人で食卓を囲むことになった。
 突然の来客にも関わらず、カインをはじめ使用人たちは柔軟に対応していく。
 全員が、この家に仕えはじめて十年未満という話を以前聞いた気がしたが、長年仕え続けたと見紛うばかりの働きっぷりに感心するしかない。
 その様子を、唖然としながら見つめるのは、初めて身内以外の人間と接触したメリッサだけだった。





 エルバに促され、ガヴェインたちに着替えをしてくると言い、一旦私室へ戻ったメリッサは、張りつめていた糸が切れたように小さく息を吐き出した。

「エルバ。その……ミカエル様は、以前からよくいらっしゃるの?」

 あまり夫たちを待たせるわけにはいかない。
 そう思ったメリッサは、一息吐くと、エルバに着替えを手伝ってもらい、続けて軽く化粧も直してもらう。
 その最中、ふと気になったことを鏡越しに問いかけてみた。

「ええ、以前から時々いらっしゃっていますよ。旦那様は騎士団所属で、ミカエル様は基本的に城内勤務。一見接点が無いように思っていたのですが、何でもミカエル様は一時期騎士団に所属していたそうで……その時から懇意にされているとうかがっております」

「そうなの」

 化粧を直し終え、今度は髪形を変えると言って背後で奮闘するメイドの言葉を聞き、メリッサの視線と意識は、自分の右手甲へ向く。
 そこはついさっき、一瞬だけミカエルの唇が触れた場所。
 ガヴェイン以外の唇が肌に触れる経験は、今日まで屋敷から一歩も外へ出なかったメリッサにとって初めてだった。
 あまりにもさり気ない仕草で、不意を突かれてしまい、手にキスされたと脳が認識したのは、ミカエルが彼女の右手を解放した後。
 そのせいで、何の反応も返せないまま、ただただ固まることしか出来なかった。

(声をあげなくて正解だったわ。いくらなんでも失礼だもの)

 左手の指先が、無意識のうちに右手の甲へ触れる。
 触れ合った箇所がじんわり熱を帯びている気がして、きっと気のせいだろうとメリッサは無理矢理意識をそらした。





 身支度を終えて食堂へ向かうと、ガヴェインたちは既にテーブルに着き、食前酒片手に話を弾ませていた。
 メリッサは、テーブルに近づくと二人に軽く一礼し、すでにカトラリーが並べられた自分の席へつく。
 夫たちと向かい合うような位置取りと気づいて椅子に座れば、左右にわかれた視界に丁度良く二人の姿が映り込んだ。

 メリッサが席に着くと、お酒が飲めない彼女専用と化した果実水が運ばれ、三人は改めて乾杯をした後、和やかな食事が始まる。
 きっとミカエルは、この家に嫁いでから初めて出会う“外の人”になる。
 そう思うと、ただでさえ口数が少ないメリッサの口は閉ざされる。
 ここはもう完全に聞き役に徹して、二人の話に割り込まない方がいいかもと、彼女は尚のこと大人しくなっていった。

 ミカエルは夫の仕事仲間で友人、そして大切なお客様。
 夫や使用人たちに接する時と同じ態度はとらない方がいい。

 そう考えたメリッサは、どこか緊張した面持ちのまま、食事を続ける。

「……そうだ。メリッサ、どうだった? 初めてのヤーラ散策は?」

 しばらくすると、男同士の話に花を咲かせていたガヴェインが、思い出したように隣へ向けていた視線を妻へ向けた。

「っ、あ……えっと……そう、ですね」

 突然聞こえた自分を呼ぶ声と二人の視線、それに続く問いかけに反応が遅れる。
 今日はこのまま、ずっと男同士で盛り上がり、自分は完全に聞き役になる。
 そう思っていたせいもあって、メリッサの意識は半分ほど、手元の料理に集中していたせいもあるだろう。
 コクンと無意識に唾を飲み込み、わずかに跳ねた心臓から意識をそらす。
 心の中で落ち着くよう何度も自分に言い聞かせながら、メリッサは少したどたどしい口調で、今日街であった出来事を二人に報告し始めた。

 いつもと変わらない食卓に、今日初めて会った人がいる。
 一見小さいようで大きな違いは、メリッサを大いに緊張させた。
 カインの案内で出歩いた街で、見たことや聞いたことを報告するだけなのに、彼女は時々言葉を詰まらせた。

 しかし時間が経つにつれ、メリッサの口調は少しずつスムーズになっていき、彼女の中からも緊張が消えていく。
 その理由はきっと、ガヴェインとミカエルが、途中で相槌を打ったり、より詳しく話を聞きたいと質問を投げかけてくれるお陰に違いなかった。



「カインが言うには、大丈夫らしいのですが……」

 そして話は、街中で何度も遭遇した不思議な男たちの話になり、メリッサはカインに教えてもらった謎の答えを二人に伝える。

「……?」

 話をしながら、数秒ほど手に持ったカトラリーに落としていた視線を上げた瞬間、目に留まった二人の姿がおかしく思え、つい首を傾げる。
 今まで目を細め、見守るように話を聞いてくれていた男たちの口元が、あからさまに引きつっていることに気づいたからだ。
 ガヴェインたちは、そのままお互いを見つめ、何かを確認し合うように小さく頷きあった。

「お前の仕業だろう、カイン」

「えっ?」

 夫が自分の方を向き目が合ったと思った。だけど彼の目は、メリッサの背後へ向けられる。
 彼の口から飛び出す声に慌てて振り向くと、給仕中のカインがすぐ背後に立っていた。

(いつの間に……)

 音も無く立っていた執事の姿を目にし、メリッサは小さく息を呑む。
 普段からカインは、エルバと共に夕食の給仕をしてくれている。
 それ自体はとても助かっているのだが、どうも我が家の執事は変な癖があるらしい。
 彼は毎回のように音も無く背後に立つので、不意打ちを喰らうと正直心臓に悪いのだ。
 ようやく慣れてきたと思っていたのに、今日は完全に不意を突かれた。
 ドクドクと強く脈打つ鼓動に、メリッサの背中にじんわりと冷や汗がにじむ。
 今日はミカエルの来訪というイレギュラーな出来事が発生したからか、彼女の頭からはすっかり給仕のことなど抜け落ちていた。

「はい? 何のことでしょうか?」

「うわあ……白々しいにも程がある」

 笑みを浮かべ小首を傾げるカインを見てなのか、呆れを含んだミカエルの声がテーブル越しに聞こえてくる。
 カインは、その声には一切反応せず、皆が食べ終えた食器を手早く下げると「デザートを準備してまいりますね」と一言言って、静かにその場から去っていった。
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