233 / 250
232話 調査(5)
しおりを挟む
スコット・ブロウが手の中に握りしめていた物の正体。それは、主の婚約者であるクレハ・ジェムラート様により制作されたメッセージカードの切れ端だった。
切れ端に記された文字と付着していたバラの花弁で判明した。現物をご覧になったレオン様が、クレハ様が作ったもので間違いないと断定したのだ。
「クレハが作ったカードって俺が貰ったのと同じかな。押し花で飾られたやつ……レオンやセディも持ってるよね。クレハったら身近にいる人間に手当たり次第に配ってたもんね。釣り堀の管理人もクレハから貰ったってこと?」
「いいえ。クレハはスコットと面識がありませんでしたので、彼が持っていたカードはクレハが贈ったものではありません」
「クレハが作ったカードなのに贈り主はクレハじゃない? どういうことよ。レオン、もっと詳しく説明して」
クレハ様は自室に生けられた花を枯れる前に押し花にしていた。出来上がった押し花を使ってメッセージカードや栞などを作って楽しんでいたのだ。
レオン様は当然のこと、ルーイ先生やリズさん……身の回りのお世話を担当していた侍女に、俺たち『とまり木』の人間にも周知されていたことだ。押し花が綺麗にできるたびに嬉しくて配り回ってしまうと、恥ずかしそうにクレハ様が語っていたのが微笑ましかった。
手当たり次第というのは言い過ぎだけど、それなりの人数が彼女から押し花付きのカードを貰っている。それでもさすがに会ったこともない釣り堀の管理人にまでカードが行き届いているとは考え難いな。
「スコットが持っていたカードですが、それはもともと俺がクレハから貰ったものなんです」
レオン様は懐からまた別の封筒を取り出した。封筒の中に入っていたのは数枚のカード。押し花で装飾されていて美しい。使われている花はバラではないけれど、これもクレハ様が作ったメッセージカードだ。
カードには『Dear』と『From』しか書かれていない。宛名と差し出し人を記入するスペースが設けてあるだけで、それ以外は空白になっている。
「貰ったカードにはこのように内容欄に何も書いていない物がいくつかありました。クレハは自分だけではカードを使いきれなくなり、余ったものを俺に分けてくれたのです。つまりこのカードは未使用品です」
作り過ぎてしまったカードをレオン様に譲った……。クレハ様がここでレオン様に渡した余剰分のカードが、スコットの死の真相に迫る重要な役割を果たしたのだという。
「俺はクレハから貰った未使用のカードを『ある人物』にプレゼントしたんです。この行動に深い意味はなく、俺の手元で持て余しておくよりは、誰かに使ってもらった方がクレハも喜ぶと思ったからです。後は……あの子が作ったカードをより多くの者に見て欲しくて……自慢したいという感情もあったかもしれません」
この時『ある人物』に贈ったカードが、後に死んだスコットの手の中から破られた状態で発見されたのだとレオン様は主張している。
カードがスコットのもとに渡るきっかけを作ったのはレオン様ということだ。カードの制作者はクレハ様だが、彼女が贈ったものではないというのはそういう意味だったのか。では『ある人物』というのは一体……
「ちょっと質問いい? どうして生簀で見つかったカードがお前が持ってたやつだって分かったのよ。バラの押し花のカードだって複数存在してるでしょ。切れ端に残された文字だけで特定できたとは到底思えない」
切れ端は生簀の内側にも貼り付いていたそうだ。流されなかったのは運が良かったが、水に濡れたせいで状態はあまり良くなかったという。大きさも1センチ程度。判別できた文字はひとつふたつだったらしい。
「ギリギリ読めたのは『m』だか『e』だけなんだろ? お手上げでしょ。こんなの」
『m』と『e』……よりにもよってふたつとも『From』と『Dear』に含まれている。全てのカードに共通して書かれている単語だから何のヒントにもならない。
先生からの質問を受けたレオン様は、まるで聞かれるのが分かっていたかのように冷静に返答を行った。
「書かれていた内容はカードを特定するのにそこまで重要ではありませんでした。大事なのはスコットが手にしていた物が、クレハが作った『バラの押し花のカード』であるという事実なんです」
先生と俺は顔を見合わせて首を傾げた。大変珍しいことに先生もレオン様の話が理解できていない様子だ。
「先生はバラのカードをクレハが何枚作ったと思いますか?」
「えっ……知らんけど。余りが出るくらいだから30くらい?」
「10枚です」
「意外と少なかった」
「俺も知らなかったんですが、バラのように花びらが折り重なっている花は押し花にするのが難しいのだそうです。クレハもかなり苦戦したと聞きました。スコットの遺体が発見された時点で完成していた物は10枚ほどです」
バラのカードの枚数が少ないのは難易度が高いから。加えて本来であれば持ち出し厳禁である女神のバラを使う事に遠慮が生じてしまったのだろうと、レオン様は推察している。クレハ様らしいな。
「クレハはバラのカードを誰に何枚渡したのか、もしくは渡す予定なのかをしっかりと記録して俺に報告してくれていたのです。そこまでする必要はないと言っていたのですが、今回はその慎重さに救われました。俺がカードを特定できた理由ですよね。なんてことはありません……ただの消去法です」
10枚程度なら調べるのも容易だな。クレハ様の記録をもとに、カードの所在を明確にすればいいのだから。
「バラのカードの殆どはジェフェリー・バラードを始めとした、ジェムラート家の使用人たちに贈る予定で準備されていました。王宮の人間ではクレハ付きの侍女の名前が数名ほど……そして最後に俺です」
10枚のカードのうち9枚はすぐに現物を確認できたそうだ。レオン様が『ある人物』とやらに渡したもの意外は……
「なるほど、消去法ね。他の9枚のカードが破れてもいない完全な状態で存在しているのなら、生簀で見つかったカードの切れ端はおのずとお前が持っていたものということになる」
「どうしてあのカードをスコットが手にしていたのかは分かりませんが、彼の死と無関係とは思えない。必ず意味があるはずです」
「レオン様。あなたがカードを渡したその『ある人物』とは誰なんですか。我々の隊の者なんですよね?」
ここまでお話しされたのだ。先生と俺にはその人物の正体を教えて下さるはずだ。
「それは……」
たっぷりと間を置いてようやく踏ん切りがついたようだ。レオン様はその重い口を開いた。
切れ端に記された文字と付着していたバラの花弁で判明した。現物をご覧になったレオン様が、クレハ様が作ったもので間違いないと断定したのだ。
「クレハが作ったカードって俺が貰ったのと同じかな。押し花で飾られたやつ……レオンやセディも持ってるよね。クレハったら身近にいる人間に手当たり次第に配ってたもんね。釣り堀の管理人もクレハから貰ったってこと?」
「いいえ。クレハはスコットと面識がありませんでしたので、彼が持っていたカードはクレハが贈ったものではありません」
「クレハが作ったカードなのに贈り主はクレハじゃない? どういうことよ。レオン、もっと詳しく説明して」
クレハ様は自室に生けられた花を枯れる前に押し花にしていた。出来上がった押し花を使ってメッセージカードや栞などを作って楽しんでいたのだ。
レオン様は当然のこと、ルーイ先生やリズさん……身の回りのお世話を担当していた侍女に、俺たち『とまり木』の人間にも周知されていたことだ。押し花が綺麗にできるたびに嬉しくて配り回ってしまうと、恥ずかしそうにクレハ様が語っていたのが微笑ましかった。
手当たり次第というのは言い過ぎだけど、それなりの人数が彼女から押し花付きのカードを貰っている。それでもさすがに会ったこともない釣り堀の管理人にまでカードが行き届いているとは考え難いな。
「スコットが持っていたカードですが、それはもともと俺がクレハから貰ったものなんです」
レオン様は懐からまた別の封筒を取り出した。封筒の中に入っていたのは数枚のカード。押し花で装飾されていて美しい。使われている花はバラではないけれど、これもクレハ様が作ったメッセージカードだ。
カードには『Dear』と『From』しか書かれていない。宛名と差し出し人を記入するスペースが設けてあるだけで、それ以外は空白になっている。
「貰ったカードにはこのように内容欄に何も書いていない物がいくつかありました。クレハは自分だけではカードを使いきれなくなり、余ったものを俺に分けてくれたのです。つまりこのカードは未使用品です」
作り過ぎてしまったカードをレオン様に譲った……。クレハ様がここでレオン様に渡した余剰分のカードが、スコットの死の真相に迫る重要な役割を果たしたのだという。
「俺はクレハから貰った未使用のカードを『ある人物』にプレゼントしたんです。この行動に深い意味はなく、俺の手元で持て余しておくよりは、誰かに使ってもらった方がクレハも喜ぶと思ったからです。後は……あの子が作ったカードをより多くの者に見て欲しくて……自慢したいという感情もあったかもしれません」
この時『ある人物』に贈ったカードが、後に死んだスコットの手の中から破られた状態で発見されたのだとレオン様は主張している。
カードがスコットのもとに渡るきっかけを作ったのはレオン様ということだ。カードの制作者はクレハ様だが、彼女が贈ったものではないというのはそういう意味だったのか。では『ある人物』というのは一体……
「ちょっと質問いい? どうして生簀で見つかったカードがお前が持ってたやつだって分かったのよ。バラの押し花のカードだって複数存在してるでしょ。切れ端に残された文字だけで特定できたとは到底思えない」
切れ端は生簀の内側にも貼り付いていたそうだ。流されなかったのは運が良かったが、水に濡れたせいで状態はあまり良くなかったという。大きさも1センチ程度。判別できた文字はひとつふたつだったらしい。
「ギリギリ読めたのは『m』だか『e』だけなんだろ? お手上げでしょ。こんなの」
『m』と『e』……よりにもよってふたつとも『From』と『Dear』に含まれている。全てのカードに共通して書かれている単語だから何のヒントにもならない。
先生からの質問を受けたレオン様は、まるで聞かれるのが分かっていたかのように冷静に返答を行った。
「書かれていた内容はカードを特定するのにそこまで重要ではありませんでした。大事なのはスコットが手にしていた物が、クレハが作った『バラの押し花のカード』であるという事実なんです」
先生と俺は顔を見合わせて首を傾げた。大変珍しいことに先生もレオン様の話が理解できていない様子だ。
「先生はバラのカードをクレハが何枚作ったと思いますか?」
「えっ……知らんけど。余りが出るくらいだから30くらい?」
「10枚です」
「意外と少なかった」
「俺も知らなかったんですが、バラのように花びらが折り重なっている花は押し花にするのが難しいのだそうです。クレハもかなり苦戦したと聞きました。スコットの遺体が発見された時点で完成していた物は10枚ほどです」
バラのカードの枚数が少ないのは難易度が高いから。加えて本来であれば持ち出し厳禁である女神のバラを使う事に遠慮が生じてしまったのだろうと、レオン様は推察している。クレハ様らしいな。
「クレハはバラのカードを誰に何枚渡したのか、もしくは渡す予定なのかをしっかりと記録して俺に報告してくれていたのです。そこまでする必要はないと言っていたのですが、今回はその慎重さに救われました。俺がカードを特定できた理由ですよね。なんてことはありません……ただの消去法です」
10枚程度なら調べるのも容易だな。クレハ様の記録をもとに、カードの所在を明確にすればいいのだから。
「バラのカードの殆どはジェフェリー・バラードを始めとした、ジェムラート家の使用人たちに贈る予定で準備されていました。王宮の人間ではクレハ付きの侍女の名前が数名ほど……そして最後に俺です」
10枚のカードのうち9枚はすぐに現物を確認できたそうだ。レオン様が『ある人物』とやらに渡したもの意外は……
「なるほど、消去法ね。他の9枚のカードが破れてもいない完全な状態で存在しているのなら、生簀で見つかったカードの切れ端はおのずとお前が持っていたものということになる」
「どうしてあのカードをスコットが手にしていたのかは分かりませんが、彼の死と無関係とは思えない。必ず意味があるはずです」
「レオン様。あなたがカードを渡したその『ある人物』とは誰なんですか。我々の隊の者なんですよね?」
ここまでお話しされたのだ。先生と俺にはその人物の正体を教えて下さるはずだ。
「それは……」
たっぷりと間を置いてようやく踏ん切りがついたようだ。レオン様はその重い口を開いた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる