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232話 調査(5)
しおりを挟む スコット・ブロウが手の中に握りしめていた物の正体。それは、主の婚約者であるクレハ・ジェムラート様により制作されたメッセージカードの切れ端だった。
切れ端に記された文字と付着していたバラの花弁で判明した。現物をご覧になったレオン様が、クレハ様が作ったもので間違いないと断定したのだ。
「クレハが作ったカードって俺が貰ったのと同じかな。押し花で飾られたやつ……レオンやセディも持ってるよね。クレハったら身近にいる人間に手当たり次第に配ってたもんね。釣り堀の管理人もクレハから貰ったってこと?」
「いいえ。クレハはスコットと面識がありませんでしたので、彼が持っていたカードはクレハが贈ったものではありません」
「クレハが作ったカードなのに贈り主はクレハじゃない? どういうことよ。レオン、もっと詳しく説明して」
クレハ様は自室に生けられた花を枯れる前に押し花にしていた。出来上がった押し花を使ってメッセージカードや栞などを作って楽しんでいたのだ。
レオン様は当然のこと、ルーイ先生やリズさん……身の回りのお世話を担当していた侍女に、俺たち『とまり木』の人間にも周知されていたことだ。押し花が綺麗にできるたびに嬉しくて配り回ってしまうと、恥ずかしそうにクレハ様が語っていたのが微笑ましかった。
手当たり次第というのは言い過ぎだけど、それなりの人数が彼女から押し花付きのカードを貰っている。それでもさすがに会ったこともない釣り堀の管理人にまでカードが行き届いているとは考え難いな。
「スコットが持っていたカードですが、それはもともと俺がクレハから貰ったものなんです」
レオン様は懐からまた別の封筒を取り出した。封筒の中に入っていたのは数枚のカード。押し花で装飾されていて美しい。使われている花はバラではないけれど、これもクレハ様が作ったメッセージカードだ。
カードには『Dear』と『From』しか書かれていない。宛名と差し出し人を記入するスペースが設けてあるだけで、それ以外は空白になっている。
「貰ったカードにはこのように内容欄に何も書いていない物がいくつかありました。クレハは自分だけではカードを使いきれなくなり、余ったものを俺に分けてくれたのです。つまりこのカードは未使用品です」
作り過ぎてしまったカードをレオン様に譲った……。クレハ様がここでレオン様に渡した余剰分のカードが、スコットの死の真相に迫る重要な役割を果たしたのだという。
「俺はクレハから貰った未使用のカードを『ある人物』にプレゼントしたんです。この行動に深い意味はなく、俺の手元で持て余しておくよりは、誰かに使ってもらった方がクレハも喜ぶと思ったからです。後は……あの子が作ったカードをより多くの者に見て欲しくて……自慢したいという感情もあったかもしれません」
この時『ある人物』に贈ったカードが、後に死んだスコットの手の中から破られた状態で発見されたのだとレオン様は主張している。
カードがスコットのもとに渡るきっかけを作ったのはレオン様ということだ。カードの制作者はクレハ様だが、彼女が贈ったものではないというのはそういう意味だったのか。では『ある人物』というのは一体……
「ちょっと質問いい? どうして生簀で見つかったカードがお前が持ってたやつだって分かったのよ。バラの押し花のカードだって複数存在してるでしょ。切れ端に残された文字だけで特定できたとは到底思えない」
切れ端は生簀の内側にも貼り付いていたそうだ。流されなかったのは運が良かったが、水に濡れたせいで状態はあまり良くなかったという。大きさも1センチ程度。判別できた文字はひとつふたつだったらしい。
「ギリギリ読めたのは『m』だか『e』だけなんだろ? お手上げでしょ。こんなの」
『m』と『e』……よりにもよってふたつとも『From』と『Dear』に含まれている。全てのカードに共通して書かれている単語だから何のヒントにもならない。
先生からの質問を受けたレオン様は、まるで聞かれるのが分かっていたかのように冷静に返答を行った。
「書かれていた内容はカードを特定するのにそこまで重要ではありませんでした。大事なのはスコットが手にしていた物が、クレハが作った『バラの押し花のカード』であるという事実なんです」
先生と俺は顔を見合わせて首を傾げた。大変珍しいことに先生もレオン様の話が理解できていない様子だ。
「先生はバラのカードをクレハが何枚作ったと思いますか?」
「えっ……知らんけど。余りが出るくらいだから30くらい?」
「10枚です」
「意外と少なかった」
「俺も知らなかったんですが、バラのように花びらが折り重なっている花は押し花にするのが難しいのだそうです。クレハもかなり苦戦したと聞きました。スコットの遺体が発見された時点で完成していた物は10枚ほどです」
バラのカードの枚数が少ないのは難易度が高いから。加えて本来であれば持ち出し厳禁である女神のバラを使う事に遠慮が生じてしまったのだろうと、レオン様は推察している。クレハ様らしいな。
「クレハはバラのカードを誰に何枚渡したのか、もしくは渡す予定なのかをしっかりと記録して俺に報告してくれていたのです。そこまでする必要はないと言っていたのですが、今回はその慎重さに救われました。俺がカードを特定できた理由ですよね。なんてことはありません……ただの消去法です」
10枚程度なら調べるのも容易だな。クレハ様の記録をもとに、カードの所在を明確にすればいいのだから。
「バラのカードの殆どはジェフェリー・バラードを始めとした、ジェムラート家の使用人たちに贈る予定で準備されていました。王宮の人間ではクレハ付きの侍女の名前が数名ほど……そして最後に俺です」
10枚のカードのうち9枚はすぐに現物を確認できたそうだ。レオン様が『ある人物』とやらに渡したもの意外は……
「なるほど、消去法ね。他の9枚のカードが破れてもいない完全な状態で存在しているのなら、生簀で見つかったカードの切れ端はおのずとお前が持っていたものということになる」
「どうしてあのカードをスコットが手にしていたのかは分かりませんが、彼の死と無関係とは思えない。必ず意味があるはずです」
「レオン様。あなたがカードを渡したその『ある人物』とは誰なんですか。我々の隊の者なんですよね?」
ここまでお話しされたのだ。先生と俺にはその人物の正体を教えて下さるはずだ。
「それは……」
たっぷりと間を置いてようやく踏ん切りがついたようだ。レオン様はその重い口を開いた。
切れ端に記された文字と付着していたバラの花弁で判明した。現物をご覧になったレオン様が、クレハ様が作ったもので間違いないと断定したのだ。
「クレハが作ったカードって俺が貰ったのと同じかな。押し花で飾られたやつ……レオンやセディも持ってるよね。クレハったら身近にいる人間に手当たり次第に配ってたもんね。釣り堀の管理人もクレハから貰ったってこと?」
「いいえ。クレハはスコットと面識がありませんでしたので、彼が持っていたカードはクレハが贈ったものではありません」
「クレハが作ったカードなのに贈り主はクレハじゃない? どういうことよ。レオン、もっと詳しく説明して」
クレハ様は自室に生けられた花を枯れる前に押し花にしていた。出来上がった押し花を使ってメッセージカードや栞などを作って楽しんでいたのだ。
レオン様は当然のこと、ルーイ先生やリズさん……身の回りのお世話を担当していた侍女に、俺たち『とまり木』の人間にも周知されていたことだ。押し花が綺麗にできるたびに嬉しくて配り回ってしまうと、恥ずかしそうにクレハ様が語っていたのが微笑ましかった。
手当たり次第というのは言い過ぎだけど、それなりの人数が彼女から押し花付きのカードを貰っている。それでもさすがに会ったこともない釣り堀の管理人にまでカードが行き届いているとは考え難いな。
「スコットが持っていたカードですが、それはもともと俺がクレハから貰ったものなんです」
レオン様は懐からまた別の封筒を取り出した。封筒の中に入っていたのは数枚のカード。押し花で装飾されていて美しい。使われている花はバラではないけれど、これもクレハ様が作ったメッセージカードだ。
カードには『Dear』と『From』しか書かれていない。宛名と差し出し人を記入するスペースが設けてあるだけで、それ以外は空白になっている。
「貰ったカードにはこのように内容欄に何も書いていない物がいくつかありました。クレハは自分だけではカードを使いきれなくなり、余ったものを俺に分けてくれたのです。つまりこのカードは未使用品です」
作り過ぎてしまったカードをレオン様に譲った……。クレハ様がここでレオン様に渡した余剰分のカードが、スコットの死の真相に迫る重要な役割を果たしたのだという。
「俺はクレハから貰った未使用のカードを『ある人物』にプレゼントしたんです。この行動に深い意味はなく、俺の手元で持て余しておくよりは、誰かに使ってもらった方がクレハも喜ぶと思ったからです。後は……あの子が作ったカードをより多くの者に見て欲しくて……自慢したいという感情もあったかもしれません」
この時『ある人物』に贈ったカードが、後に死んだスコットの手の中から破られた状態で発見されたのだとレオン様は主張している。
カードがスコットのもとに渡るきっかけを作ったのはレオン様ということだ。カードの制作者はクレハ様だが、彼女が贈ったものではないというのはそういう意味だったのか。では『ある人物』というのは一体……
「ちょっと質問いい? どうして生簀で見つかったカードがお前が持ってたやつだって分かったのよ。バラの押し花のカードだって複数存在してるでしょ。切れ端に残された文字だけで特定できたとは到底思えない」
切れ端は生簀の内側にも貼り付いていたそうだ。流されなかったのは運が良かったが、水に濡れたせいで状態はあまり良くなかったという。大きさも1センチ程度。判別できた文字はひとつふたつだったらしい。
「ギリギリ読めたのは『m』だか『e』だけなんだろ? お手上げでしょ。こんなの」
『m』と『e』……よりにもよってふたつとも『From』と『Dear』に含まれている。全てのカードに共通して書かれている単語だから何のヒントにもならない。
先生からの質問を受けたレオン様は、まるで聞かれるのが分かっていたかのように冷静に返答を行った。
「書かれていた内容はカードを特定するのにそこまで重要ではありませんでした。大事なのはスコットが手にしていた物が、クレハが作った『バラの押し花のカード』であるという事実なんです」
先生と俺は顔を見合わせて首を傾げた。大変珍しいことに先生もレオン様の話が理解できていない様子だ。
「先生はバラのカードをクレハが何枚作ったと思いますか?」
「えっ……知らんけど。余りが出るくらいだから30くらい?」
「10枚です」
「意外と少なかった」
「俺も知らなかったんですが、バラのように花びらが折り重なっている花は押し花にするのが難しいのだそうです。クレハもかなり苦戦したと聞きました。スコットの遺体が発見された時点で完成していた物は10枚ほどです」
バラのカードの枚数が少ないのは難易度が高いから。加えて本来であれば持ち出し厳禁である女神のバラを使う事に遠慮が生じてしまったのだろうと、レオン様は推察している。クレハ様らしいな。
「クレハはバラのカードを誰に何枚渡したのか、もしくは渡す予定なのかをしっかりと記録して俺に報告してくれていたのです。そこまでする必要はないと言っていたのですが、今回はその慎重さに救われました。俺がカードを特定できた理由ですよね。なんてことはありません……ただの消去法です」
10枚程度なら調べるのも容易だな。クレハ様の記録をもとに、カードの所在を明確にすればいいのだから。
「バラのカードの殆どはジェフェリー・バラードを始めとした、ジェムラート家の使用人たちに贈る予定で準備されていました。王宮の人間ではクレハ付きの侍女の名前が数名ほど……そして最後に俺です」
10枚のカードのうち9枚はすぐに現物を確認できたそうだ。レオン様が『ある人物』とやらに渡したもの意外は……
「なるほど、消去法ね。他の9枚のカードが破れてもいない完全な状態で存在しているのなら、生簀で見つかったカードの切れ端はおのずとお前が持っていたものということになる」
「どうしてあのカードをスコットが手にしていたのかは分かりませんが、彼の死と無関係とは思えない。必ず意味があるはずです」
「レオン様。あなたがカードを渡したその『ある人物』とは誰なんですか。我々の隊の者なんですよね?」
ここまでお話しされたのだ。先生と俺にはその人物の正体を教えて下さるはずだ。
「それは……」
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