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214話 7人目(1)
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「気を悪くしないでくれよ、クライヴ。お前はしっかりやっている。事件に本格的に公爵家が絡んできたから、父上も口出しせずにはいられなくなったんだ」
「分かっております。それに、バルト隊長に指摘されたことに心当たりが無いわけではありません」
セドリックさんから送られた報告書の内容を皆で確認し、今後の方針が決まった。バルトが殿下の補佐につくことには驚いたが、ニコラ・イーストンが謎の失踪を遂げたことで、俺たちが恐れていたことが現実味を帯びてきたのだ。これからはより慎重に調査を進めなければならない。
公爵家の使用人……それもフィオナ様の側仕えが事件に関わっている可能性があるだなんて……。殿下に陣頭指揮を任せたとはいえ、ジェラール陛下も心配なのだろう。だから状況をいち早く把握し、捜査に介入できるように自身の腹心を殿下の側に配置したのだ。
「いっそこの事件が解決したら完全に俺の所に籍を移すか? お前だったら他の鳥たちも歓迎してくれるぞ」
持ち場に向かって歩いていたところを殿下に呼び止められた。バルトの言葉を俺が気にしているのではないかと心配して下さったようだ。
バルトの言うことは正しい。実際偏りがあるのは事実である。でもだからといって、これまで陛下への報告を怠ったことはない。俺が多少殿下側に便宜を図るのは陛下も納得しておられた。なんだかんだ御子息には甘い方だから……でも今回ばかりは傍観することができなかっただけのこと。
「殿下……心にもないことを仰るのはどうかと。私が完全にそちら側についたら、新たに別の者が後任になるだけですよ。そうなると困るのは殿下でしょう? 私のように適度に緩く仕事をこなしてくれる人間の方が都合が良い癖に……」
「まあな。だからお前はよくやっているというんだ。ジェイクの言うことはあまり気にせず、これまで通りに頼む」
「……はい。私とて自分の判断が間違っていたとは思っていませんから」
満足げに殿下はニヤリと笑った。10歳とは思えない大人びた表情。周囲の心配を他所に、殿下はとても冷静に見える。報告書の内容を聞いた限りではもっと感情を露わにし、怒りの言葉なり吐き出していてもおかしくないのに。
きっとクレハ様のことで頭がいっぱいなんだろうな。冷静に見えるのは怒りよりも彼女を心配する気持ちが前に出ているから。クレハ様が懇意にしている庭師の疑惑が晴れたのは良かったが、問題はニコラ・イーストンだ。いかにクレハ様を傷つけないよう事を運ぶか、殿下は必死に考えておられるはずだ。
大きなため息がこぼれる。ニコラ・イーストンのことがなくとも、いずれクレハ様は全てを知ることになるのだ。フィオナ様の現状を……姉君がなぜリブレールに旅立つことになったのか。
俺だって殿下と同じ不安を抱えている。できればもう少し猶予が欲しい。ニコラ・イーストンの事が杞憂で終わればどんなにいいか……
「それはそうと、クライヴ。例の件だがその後どうなっている?」
「は、はい。該当者は全員確認できました。今のところ他人に譲渡した者もおらず、皆大事に保管していたようですね。殿下がお持ちになっている物を含めると数は10ほどになります」
「……そうか。分かった、ご苦労だったな」
「いえ、とんでもない。でもどうして急にそのようなものをお調べになろうとなさったのですか?」
数日前……俺は殿下にある調査を命じられていた。事件とはあまり関係なさそうな内容だったので訝しんだのだが、クレハ様絡みであるのは察せられたので、その時は深く追求しなかった。でもやはりどうしても気になってしまう。殿下は俺の問い掛けに対して、長めの間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「それは……」
「レオンさま!!」
数メートルほど離れた場所からこちらに向かって呼びかける声。意識をそちらに引き寄せられてしまった殿下は言葉を途中で飲み込んでしまう。あのように殿下を呼びつけるなんて……無礼な。
こんな態度が見過ごされる人間は限られている。殿下はご自身が認めて側に置いている部下に対してはかなり寛容だ。クラヴェル兄弟の自由奔放な振る舞いが許されているのが良い例。そして今、我々の前に現れた人物に対してもそれが適用されている。
「シルヴィア、今日も来ていたのか」
歳の頃は10代前半……確か殿下より2つ3つ上だったな。シルヴィアと呼ばれた少女は頬を薄っすらと赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。殿下の元に小走りで駆け寄ってくる。
「借りていた本を返しに来たんです。図書館に面白い本が増えてるから楽しくって……」
「そういえばお前も最近読書にはまっていると言っていたな」
まるで親しい友人同士であるかのような会話だ。殿下本人が気にしていないので俺が口出しすべきでないのだが、周囲の目もあるのでもう少しどうにかならないのだろうか……。ルイスは諦めたが、この子はまだ矯正可能だと信じている。
「俺の周りに読書好きが増えてくれて嬉しいよ」
「でもレオンさまが読むような難しい本は全然……読み出すと頭がぐるぐるしちゃって」
「はははっ……興味がないのに無理して読む必要はないよ。それに俺だって堅苦しい本ばっかり読んでるわけじゃない。この間なんて『ローズ物語』を読んだんだ。知ってるか? 恋愛小説だぞ」
「知ってます!! ヴィーも読みました。わぁい、レオンさまと同じ」
俺完全に空気だな。いつものことだけど、殿下とその他で態度の差がエグい。殿下にしか話しかけないし、目線すらも寄越さない。問題児扱いされてるクラヴェル兄弟だってここまで露骨ではない。俺たちが事件のせいで胃の痛い思いをしているというのにこの子ときたら……こんな呑気な会話を平然と……。今回彼女には出動命令は出ていないらしいから、これも俺がとやかく言うことではない。でも何だかなぁ。
「ヴィーのおすすめも今度レオンさまに教えますね! 一緒に読みましょう」
彼女の名前は『シルヴィア・コールズ』……見た目は普通の少女だが、俺が軽くあしらわれてしまうほどに強い。殿下直轄の特殊部隊『とまり木』に所属するれっきとした軍人だ。
「分かっております。それに、バルト隊長に指摘されたことに心当たりが無いわけではありません」
セドリックさんから送られた報告書の内容を皆で確認し、今後の方針が決まった。バルトが殿下の補佐につくことには驚いたが、ニコラ・イーストンが謎の失踪を遂げたことで、俺たちが恐れていたことが現実味を帯びてきたのだ。これからはより慎重に調査を進めなければならない。
公爵家の使用人……それもフィオナ様の側仕えが事件に関わっている可能性があるだなんて……。殿下に陣頭指揮を任せたとはいえ、ジェラール陛下も心配なのだろう。だから状況をいち早く把握し、捜査に介入できるように自身の腹心を殿下の側に配置したのだ。
「いっそこの事件が解決したら完全に俺の所に籍を移すか? お前だったら他の鳥たちも歓迎してくれるぞ」
持ち場に向かって歩いていたところを殿下に呼び止められた。バルトの言葉を俺が気にしているのではないかと心配して下さったようだ。
バルトの言うことは正しい。実際偏りがあるのは事実である。でもだからといって、これまで陛下への報告を怠ったことはない。俺が多少殿下側に便宜を図るのは陛下も納得しておられた。なんだかんだ御子息には甘い方だから……でも今回ばかりは傍観することができなかっただけのこと。
「殿下……心にもないことを仰るのはどうかと。私が完全にそちら側についたら、新たに別の者が後任になるだけですよ。そうなると困るのは殿下でしょう? 私のように適度に緩く仕事をこなしてくれる人間の方が都合が良い癖に……」
「まあな。だからお前はよくやっているというんだ。ジェイクの言うことはあまり気にせず、これまで通りに頼む」
「……はい。私とて自分の判断が間違っていたとは思っていませんから」
満足げに殿下はニヤリと笑った。10歳とは思えない大人びた表情。周囲の心配を他所に、殿下はとても冷静に見える。報告書の内容を聞いた限りではもっと感情を露わにし、怒りの言葉なり吐き出していてもおかしくないのに。
きっとクレハ様のことで頭がいっぱいなんだろうな。冷静に見えるのは怒りよりも彼女を心配する気持ちが前に出ているから。クレハ様が懇意にしている庭師の疑惑が晴れたのは良かったが、問題はニコラ・イーストンだ。いかにクレハ様を傷つけないよう事を運ぶか、殿下は必死に考えておられるはずだ。
大きなため息がこぼれる。ニコラ・イーストンのことがなくとも、いずれクレハ様は全てを知ることになるのだ。フィオナ様の現状を……姉君がなぜリブレールに旅立つことになったのか。
俺だって殿下と同じ不安を抱えている。できればもう少し猶予が欲しい。ニコラ・イーストンの事が杞憂で終わればどんなにいいか……
「それはそうと、クライヴ。例の件だがその後どうなっている?」
「は、はい。該当者は全員確認できました。今のところ他人に譲渡した者もおらず、皆大事に保管していたようですね。殿下がお持ちになっている物を含めると数は10ほどになります」
「……そうか。分かった、ご苦労だったな」
「いえ、とんでもない。でもどうして急にそのようなものをお調べになろうとなさったのですか?」
数日前……俺は殿下にある調査を命じられていた。事件とはあまり関係なさそうな内容だったので訝しんだのだが、クレハ様絡みであるのは察せられたので、その時は深く追求しなかった。でもやはりどうしても気になってしまう。殿下は俺の問い掛けに対して、長めの間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「それは……」
「レオンさま!!」
数メートルほど離れた場所からこちらに向かって呼びかける声。意識をそちらに引き寄せられてしまった殿下は言葉を途中で飲み込んでしまう。あのように殿下を呼びつけるなんて……無礼な。
こんな態度が見過ごされる人間は限られている。殿下はご自身が認めて側に置いている部下に対してはかなり寛容だ。クラヴェル兄弟の自由奔放な振る舞いが許されているのが良い例。そして今、我々の前に現れた人物に対してもそれが適用されている。
「シルヴィア、今日も来ていたのか」
歳の頃は10代前半……確か殿下より2つ3つ上だったな。シルヴィアと呼ばれた少女は頬を薄っすらと赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。殿下の元に小走りで駆け寄ってくる。
「借りていた本を返しに来たんです。図書館に面白い本が増えてるから楽しくって……」
「そういえばお前も最近読書にはまっていると言っていたな」
まるで親しい友人同士であるかのような会話だ。殿下本人が気にしていないので俺が口出しすべきでないのだが、周囲の目もあるのでもう少しどうにかならないのだろうか……。ルイスは諦めたが、この子はまだ矯正可能だと信じている。
「俺の周りに読書好きが増えてくれて嬉しいよ」
「でもレオンさまが読むような難しい本は全然……読み出すと頭がぐるぐるしちゃって」
「はははっ……興味がないのに無理して読む必要はないよ。それに俺だって堅苦しい本ばっかり読んでるわけじゃない。この間なんて『ローズ物語』を読んだんだ。知ってるか? 恋愛小説だぞ」
「知ってます!! ヴィーも読みました。わぁい、レオンさまと同じ」
俺完全に空気だな。いつものことだけど、殿下とその他で態度の差がエグい。殿下にしか話しかけないし、目線すらも寄越さない。問題児扱いされてるクラヴェル兄弟だってここまで露骨ではない。俺たちが事件のせいで胃の痛い思いをしているというのにこの子ときたら……こんな呑気な会話を平然と……。今回彼女には出動命令は出ていないらしいから、これも俺がとやかく言うことではない。でも何だかなぁ。
「ヴィーのおすすめも今度レオンさまに教えますね! 一緒に読みましょう」
彼女の名前は『シルヴィア・コールズ』……見た目は普通の少女だが、俺が軽くあしらわれてしまうほどに強い。殿下直轄の特殊部隊『とまり木』に所属するれっきとした軍人だ。
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