上 下
215 / 238

214話 7人目(1)

しおりを挟む
「気を悪くしないでくれよ、クライヴ。お前はしっかりやっている。事件に本格的に公爵家が絡んできたから、父上も口出しせずにはいられなくなったんだ」

「分かっております。それに、バルト隊長に指摘されたことに心当たりが無いわけではありません」

 セドリックさんから送られた報告書の内容を皆で確認し、今後の方針が決まった。バルトが殿下の補佐につくことには驚いたが、ニコラ・イーストンが謎の失踪を遂げたことで、俺たちが恐れていたことが現実味を帯びてきたのだ。これからはより慎重に調査を進めなければならない。
 公爵家の使用人……それもフィオナ様の側仕えが事件に関わっている可能性があるだなんて……。殿下に陣頭指揮を任せたとはいえ、ジェラール陛下も心配なのだろう。だから状況をいち早く把握し、捜査に介入できるように自身の腹心を殿下の側に配置したのだ。

「いっそこの事件が解決したら完全に俺の所に籍を移すか? お前だったら他の鳥たちも歓迎してくれるぞ」

 持ち場に向かって歩いていたところを殿下に呼び止められた。バルトの言葉を俺が気にしているのではないかと心配して下さったようだ。
 バルトの言うことは正しい。実際偏りがあるのは事実である。でもだからといって、これまで陛下への報告を怠ったことはない。俺が多少殿下側に便宜を図るのは陛下も納得しておられた。なんだかんだ御子息には甘い方だから……でも今回ばかりは傍観することができなかっただけのこと。

「殿下……心にもないことを仰るのはどうかと。私が完全にそちら側についたら、新たに別の者が後任になるだけですよ。そうなると困るのは殿下でしょう? 私のように適度に緩く仕事をこなしてくれる人間の方が都合が良い癖に……」

「まあな。だからお前はよくやっているというんだ。ジェイクの言うことはあまり気にせず、これまで通りに頼む」

「……はい。私とて自分の判断が間違っていたとは思っていませんから」

 満足げに殿下はニヤリと笑った。10歳とは思えない大人びた表情。周囲の心配を他所に、殿下はとても冷静に見える。報告書の内容を聞いた限りではもっと感情を露わにし、怒りの言葉なり吐き出していてもおかしくないのに。
 きっとクレハ様のことで頭がいっぱいなんだろうな。冷静に見えるのは怒りよりも彼女を心配する気持ちが前に出ているから。クレハ様が懇意にしている庭師の疑惑が晴れたのは良かったが、問題はニコラ・イーストンだ。いかにクレハ様を傷つけないよう事を運ぶか、殿下は必死に考えておられるはずだ。
 大きなため息がこぼれる。ニコラ・イーストンのことがなくとも、いずれクレハ様は全てを知ることになるのだ。フィオナ様の現状を……姉君がなぜリブレールに旅立つことになったのか。
 俺だって殿下と同じ不安を抱えている。できればもう少し猶予が欲しい。ニコラ・イーストンの事が杞憂で終わればどんなにいいか……

「それはそうと、クライヴ。例の件だがその後どうなっている?」

「は、はい。該当者は全員確認できました。今のところ他人に譲渡した者もおらず、皆大事に保管していたようですね。殿下がお持ちになっている物を含めると数は10ほどになります」

「……そうか。分かった、ご苦労だったな」

「いえ、とんでもない。でもどうして急にそのようなものをお調べになろうとなさったのですか?」

 数日前……俺は殿下にある調査を命じられていた。事件とはあまり関係なさそうな内容だったので訝しんだのだが、クレハ様絡みであるのは察せられたので、その時は深く追求しなかった。でもやはりどうしても気になってしまう。殿下は俺の問い掛けに対して、長めの間を置いてからゆっくりと口を開いた。

「それは……」

「レオンさま!!」

 数メートルほど離れた場所からこちらに向かって呼びかける声。意識をそちらに引き寄せられてしまった殿下は言葉を途中で飲み込んでしまう。あのように殿下を呼びつけるなんて……無礼な。
 こんな態度が見過ごされる人間は限られている。殿下はご自身が認めて側に置いている部下に対してはかなり寛容だ。クラヴェル兄弟の自由奔放な振る舞いが許されているのが良い例。そして今、我々の前に現れた人物に対してもそれが適用されている。

「シルヴィア、今日も来ていたのか」

 歳の頃は10代前半……確か殿下より2つ3つ上だったな。シルヴィアと呼ばれた少女は頬を薄っすらと赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。殿下の元に小走りで駆け寄ってくる。

「借りていた本を返しに来たんです。図書館に面白い本が増えてるから楽しくって……」

「そういえばお前も最近読書にはまっていると言っていたな」

 まるで親しい友人同士であるかのような会話だ。殿下本人が気にしていないので俺が口出しすべきでないのだが、周囲の目もあるのでもう少しどうにかならないのだろうか……。ルイスは諦めたが、この子はまだ矯正可能だと信じている。

「俺の周りに読書好きが増えてくれて嬉しいよ」

「でもレオンさまが読むような難しい本は全然……読み出すと頭がぐるぐるしちゃって」

「はははっ……興味がないのに無理して読む必要はないよ。それに俺だって堅苦しい本ばっかり読んでるわけじゃない。この間なんて『ローズ物語』を読んだんだ。知ってるか? 恋愛小説だぞ」

「知ってます!! ヴィーも読みました。わぁい、レオンさまと同じ」

 俺完全に空気だな。いつものことだけど、殿下とその他で態度の差がエグい。殿下にしか話しかけないし、目線すらも寄越さない。問題児扱いされてるクラヴェル兄弟だってここまで露骨ではない。俺たちが事件のせいで胃の痛い思いをしているというのにこの子ときたら……こんな呑気な会話を平然と……。今回彼女には出動命令は出ていないらしいから、これも俺がとやかく言うことではない。でも何だかなぁ。

「ヴィーのおすすめも今度レオンさまに教えますね! 一緒に読みましょう」

 彼女の名前は『シルヴィア・コールズ』……見た目は普通の少女だが、俺が軽くあしらわれてしまうほどに強い。殿下直轄の特殊部隊『とまり木』に所属するれっきとした軍人だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼女公爵令嬢、魔王城に連行される

けろ
恋愛
とある王国の公爵家の長女メルヴィナ・フォン=リルシュタインとして生まれた私。 「アルテミシア」という魔力異常状態で産まれてきた私は、何とか一命を取り留める。 しかし、その影響で成長が止まってしまい「幼女」の姿で一生を過ごすことに。 これは、そんな小さな私が「魔王の花嫁」として魔王城で暮らす物語である。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...