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213話 不審者について(2)

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 不審者の名前は『ノア』というらしい。それは中庭でカレン嬢が口にした名と同じだった。今一度、我々が彼女との会話の中で得ることができた情報を整理してみよう。
 カレン嬢とその友人であるノアは、ある人物の行方を追って旅をしていた。その人物こそが半年前にジェフェリーさんが遭遇した魔法使い……『エルドレッド』だ。エルドレッド少年は王都で日銭を稼ぎながらしばらく滞在していたそうだが、現在は別の土地に移動済みとのこと。それからしばらくして、エルドレッドの足取りを辿りカレン嬢らも王都に到着した。残念ながらエルドレッドは既に王都から離れた後だったため、彼らが再会することは叶わなかった。
 エルドレッドの情報を集めながらカレン嬢はジェムラート家で働き始める。旅費を稼ぐための臨時雇いではあったが、周囲の者たちから見た彼女の評判は良好だったそうだ。引っ込み思案なところはあれど、真面目で細かい所にもよく気が付くし、与えられた仕事は丁寧にこなしてくれる。これがカレン嬢の評価。公爵も概ねこのような印象を持っており、中庭での騒動は大変ショックだったらしい。
 俺たちが会った時とは随分違うな。特に引っ込み思案というとこが……。俺が対峙した時の彼女は全くの正反対で、獰猛な獣のようだった。本当に同じ人間の話をしているのか。

「あの子が……気弱で内気!?」

 ルーイ先生も俺と同じ感想を口にしている。俺と先生は激昂した彼女としか対面していないから、公爵やリズさんが言う通常時のカレン嬢の姿がいまいち想像できないのだ。しかし、俺たちがいくら首を傾げようとも皆が抱いていたカレン嬢のイメージは、あまり目立つことを好まない大人しい女の子だった。
 そうなると、そんな彼女をあのように変貌させてしまうエルドレッドの正体がますます気になってしまう。カレン嬢の口振りからそれなりに身分の高い人物であることは示唆されていたが……ここでも先生の予想が当たってしまうのだろうか。
 そして、カレン嬢と共に旅をしているノアについて。はっきり言って我々にとって脅威なのはカレン嬢よりもこちらの方かもしれない。

「公爵。侵入者を私の部下が捕えたと聞きましたが、今はどのような状況になっているのでしょうか?」

「カレンと同様に手足を拘束したうえで個室にて監禁しております。見張りにはクラヴェル殿が付いて下さっています」

 レナードが自分自身で報告に来ないことから予想はしていたが、やはり侵入者……ノアの側にいるようだ。目を離すのは危険だと判断したんだな。つまりノアもカレン嬢と同じ。公爵家の者たちでは手に余る人物だということか。

「カレンのお仲間の男性は、カレン以外に行動を共にしている人間はいないと言っていました。カレンからも同じ内容の話を聞いたことがあります。でも、今となってはそれが事実だったのか……レナードさんも男性の言葉を信用せず、警戒を強めておられます。私もあの方の妙に余裕を感じさせる態度が気にかかります。捕まったら普通はもっと焦るものではないでしょうか」

 リズさんが引き続きノアについて語ってくれた。自己申告だが年齢は17歳。口数が多く、軽薄そうな印象を受けたとのこと。衣服の中に棒状の武器を隠し持っており、短時間だがレナードと交戦する。その結果は……レナードの方が何枚も上手だったため、ノアはあっさりと武器を手放して降伏したのだそうだ。

「この時の反応もおかしかったです。負けたのに楽しそうで……レナードさんのこと凄いってはしゃいでました」

 リズさんはノアの危機感の無さがどうしても気になるようだ。話を聞く限りカレン嬢と全く雰囲気が違うのは分かる。やはりまだ仲間が? それとも何か他に……屋敷から逃げ出せるような手段を隠し持っているのだろうか。俺も直接会って尋問したいが、先生の側を離れることはできない。かと言って、ノアをこの部屋に連れてくるわけにもいかない。

「ねぇ、セディ。前にレナード君たちが言ってたよね。警備隊の中に間者が紛れてるかもしれないって。それってさぁ……」

「はい。その疑惑が持ち上がった隊は二番隊。そしてノアが詐称した隊も二番隊だそうです。時期的に考えても、その間者がノアでほぼ間違いないかと」

「やっぱそうか……カレンちゃんが島で起きた事件のことをやたら詳しく知っていたのは、そのノアって子のおかげだったんだね。そりゃ、警備隊の中に混ざってたら色んな情報手に入れられるわな」

 グレッグとエルドレッドの共通点は、どちらもニュアージュの人間で魔法を扱えること。彼らとの間に繋がりがあるのかどうかは分からない。
 コスタビューテに対して敵意は無く、目的はあくまでエルドレッドを見つけ出すことだとノアは主張している。レナードはそんな彼の言葉を一刀両断し、聞く耳持たずを貫いているそうだ。当然だな。
 ノアの言葉の真偽はどうであれ、我々にとっては他国の人間にこうもやすやすと入り込まれていたこと自体が大問題なのだから。全く、この短時間で続けざまに……早くレオン様にお越し頂かなくてはならないな。

「ジェムラート公爵。うちの部下が既にお伝えしているでしょうが、今日屋敷で発生した様々な出来事は、以前王宮の敷地内で起きた襲撃事件と何らかの関連がある可能性が高いです。よって、捜査は我々王宮警備隊の者たちで行います。心痛をお察し致しますが、どうかご理解と協力をお願いします」

 今後の展開次第では、現在消息不明になっているニコラ・イーストンを重要参考人として聴取させて貰うことになると事前に伝えておいた。

「ニコラを? 島に侵入した犯人は死んだと聞いています。彼女とどんな関係が……」

「あの事件には不明な点が数多くあり、解決したとは言えないのです。ニコラさんについては申し訳ありませんが、今はまだ詳しくお話しすることは出来ません。彼女が事件について何か知っているかもしれないとだけ……」

 あくまで可能性のひとつとして考えている段階なのでこれ以上は口を噤む。更に公爵を追い詰めるようなことをするのは気が滅入る。でも最悪な展開に備えて心の準備をして頂いた方が良いと思ったのだ。それと、牽制の意味も込めて……

「陣頭指揮を執られるのは王太子殿下です。殿下はこれらの事件でご自身の大切なものに危害を加えられ、大層御立腹です。どんな手を使ってでも必ずや真相を突き止めて下さるでしょう」

 その最悪な展開が現実となった時、公爵はニコラ・イーストンを素直に引き渡してくれるだろうか。もし、フィオナ様の側使えである彼女を庇い立てでもしたら……そんな考えが頭をよぎってしまった。いくら親バカな公爵でもそんな愚行はしないだろう。大体、被害にあったのは彼のもうひとりの娘であるクレハ様なんだぞ。侍女の行いに失望こそすれ、味方をするなんてあり得ない。分かっているのに……それでも俺は釘を指さずにはいられなかった。
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