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207話 使い
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俺の心境の変化をルーイ先生に勘づかれそうになったけれど、事件の話をしているうちにそちらの方へ意識が向けられ有耶無耶になった。先生は俺の気持ちなんて最初からお見通しだったな。だからこそあれほど強気な態度が取れていたのだろう。
「俺がもうちっと他国情勢に明るかったらその辺も分かったかもしれないんだけど……そっち系はあんまり得意じゃないんだよなぁ。ただでさえ300年ブランクがあるからさ。俺が拘束解かれた後に真っ先にやったことって何だと思う? 世界のスイーツ巡りなんだよ。これクレハには内緒な」
好意を隠しきれずにヘタな抵抗をしてみせる自分の姿はさぞ滑稽だったに違いない。よせばいいのに今までの先生とのやり取りを思い出して顔に熱が集まる。ああ、本当に滑稽だ。
「ねぇ、セディ。ねぇってば!!」
「は、はい……」
「お前はまたぼーっとして……大丈夫なのかねぇ」
「すみません、平気ですから!! 何でしょうか」
「部屋の外……お客さんみたいだよ。俺はこんな状態だからセディ対応してくれる?」
寝転んだ体勢のまま先生は部屋の扉を指差した。彼の指の動きを辿り目線を移すと、控え目なノック音が聞こえたのだった。
座っていた椅子から慌てて立ち上がる。色事にかまけてる場合じゃないだろう。やはり俺は先生にとことん弱い。油断しているとあっという間に思考を彼に支配されてしまう。しっかりしろ。
「誰だ?」
「お休みのところ申し訳ありません。執事のライナスでございます」
ジェムラート家の執事……どうしたのだろうか。慎重に扉を開けると、そこには初日に俺たちを公爵の所へ案内してくれた男性が立っていた。彼は先生と俺の姿を交互に見つめた後、軽く会釈をしてから要件を話し始めた。
「王太子殿下の使いと名乗る方が屋敷にいらしています。オードラン隊長に急ぎ取り次いで欲しいとの事でしたので……」
「レオンの使い……誰だろうね」
「隊長と同じ服をお召しになっていました。白茶色の髪をした長身の……華やかで大変美しい男性です」
「レナード君かな?」
「レナード……ですね、恐らく」
「そうです。お名前をレナード・クラヴェルと仰っておられました」
「当たりですね。ライナスさん、その者は私の部下で間違いありません。こちらに通して頂けますか。ルーイ先生、よろしいでしょうか?」
「もちろん。俺も話聞きたいからね」
執事にレナードを連れてくるようお願いすると、彼は了承して部屋を後にした。エリスが報告書を届けてからまだそう時間が経っていないのに。さすがレオン様だな。行動が早い。
「負傷されたと聞いた時は驚きましたよ、ルーイ先生。大事に至らなくて本当に良かったです」
王太子殿下の使いとして訪れた兵士はやはりレナードだった。高身長で存在感がある上に、この派手な容貌は一度見たら忘れられない。先生も同じタイプだがとにかく目立つ。容姿だけで身分が証明できてしまうので、使いとして寄越すのにはうってつけだ。しかし、他者に一瞬で自分の存在を印象付けられる利点はあれど、潜入捜査のような周囲に溶け込んで真価が発揮される業務にはとことん不向きであった。
「お尻にアザできただけだから。でも心配してくれてありがとう。レナード君」
ベッドから起き上がることができない先生を見て、レナードは表情を曇らせていた。それでも平時と変わらない明るい調子で先生が会話をするものだから、多少は安心したようだ。
「先生のケガは私の責任です。申し訳ありませんでした」
「セディ、それはもう言わない約束。やむを得ない状況だったんだから仕方ないでしょ」
先生は中庭での顛末をレナードに語った。カレン嬢がなぜ暴走したのか、そして自分がどうして尻にアザなど作るハメになったのかを……
「セディとってもカッコよかったんだよ。俺惚れ直しちゃったよね。さすが隊長だ」
「なるほど。話を聞く限りその少女……そこそこの戦闘技術は持っているようですね。今はお屋敷で拘束中なんでしたっけ。見張りは誰が?」
「俺とミシェルが交代で担当しているから大丈夫だ。でも、カレン嬢の仲間が近くに潜伏している可能性がある。先生の側からも離れることはできないし……出来るだけ早く人員を寄越して欲しいというのが本音だな」
「分かりました。殿下にその旨しっかりとお伝えします。それにしても13歳の女の子がこのような凶行に及ぶなんてねぇ……」
ジェムラート家の護衛もいるが、正直あまり期待できないのだ。体の自由を封じられているカレン嬢をただ見張るだけなら問題ないのかもしれない。けれどもし、カレン嬢の仲間が彼女を救出するために侵入でもしてきたら? そいつが彼女と同等以上の実力を持っていたとしたら……ここの護衛達では心許ない。
「あ、そうだ。私王宮からセドリックさんの剣をお持ちしたんですよ。後でお渡し致しますね」
「それは助かる。使い慣れた武器が無くて落ち着かなかったんだ」
まさか本当に武器が必要な状況になるとは……。威圧感を与えたくなくて目を引く軍刀は持参していなかったのだが、もうそんなことは言っていられないな。
「大まかな状況はセドリックさんからの報告書で分かってはいたのですが、おふたり共大変でしたね。私はこれから公爵と話をした後、一度王宮に戻ります。他に入り用の物などありましたら遠慮なく申し付けて下さい」
「分かった。そちらの方は何事も無かったか? クレハ様は……」
クレハ様の様子はどうだろうか。ジェフェリーさんやニコラ・イーストン……そして先生の負傷を聞いてどのような反応をなされたのか。
「クレハ様は報告書の内容に驚きながらも毅然とした態度を崩さぬよう努力なさっておられましたが、今後の展開次第ではどうなってしまうのか非常に心配です。此度の案件はクレハ様の身近な者達が多く関わっていますので……」
「そうか……。お前達も今まで以上に注意深くクレハ様に気を配るよう心掛けてくれ」
「承知致しました。それと……実は、王宮でもあっと驚くような出来事がありまして」
何故かレナードは気まずそうに視線を泳がせた。王宮で何があったというのだろうか。
「俺がもうちっと他国情勢に明るかったらその辺も分かったかもしれないんだけど……そっち系はあんまり得意じゃないんだよなぁ。ただでさえ300年ブランクがあるからさ。俺が拘束解かれた後に真っ先にやったことって何だと思う? 世界のスイーツ巡りなんだよ。これクレハには内緒な」
好意を隠しきれずにヘタな抵抗をしてみせる自分の姿はさぞ滑稽だったに違いない。よせばいいのに今までの先生とのやり取りを思い出して顔に熱が集まる。ああ、本当に滑稽だ。
「ねぇ、セディ。ねぇってば!!」
「は、はい……」
「お前はまたぼーっとして……大丈夫なのかねぇ」
「すみません、平気ですから!! 何でしょうか」
「部屋の外……お客さんみたいだよ。俺はこんな状態だからセディ対応してくれる?」
寝転んだ体勢のまま先生は部屋の扉を指差した。彼の指の動きを辿り目線を移すと、控え目なノック音が聞こえたのだった。
座っていた椅子から慌てて立ち上がる。色事にかまけてる場合じゃないだろう。やはり俺は先生にとことん弱い。油断しているとあっという間に思考を彼に支配されてしまう。しっかりしろ。
「誰だ?」
「お休みのところ申し訳ありません。執事のライナスでございます」
ジェムラート家の執事……どうしたのだろうか。慎重に扉を開けると、そこには初日に俺たちを公爵の所へ案内してくれた男性が立っていた。彼は先生と俺の姿を交互に見つめた後、軽く会釈をしてから要件を話し始めた。
「王太子殿下の使いと名乗る方が屋敷にいらしています。オードラン隊長に急ぎ取り次いで欲しいとの事でしたので……」
「レオンの使い……誰だろうね」
「隊長と同じ服をお召しになっていました。白茶色の髪をした長身の……華やかで大変美しい男性です」
「レナード君かな?」
「レナード……ですね、恐らく」
「そうです。お名前をレナード・クラヴェルと仰っておられました」
「当たりですね。ライナスさん、その者は私の部下で間違いありません。こちらに通して頂けますか。ルーイ先生、よろしいでしょうか?」
「もちろん。俺も話聞きたいからね」
執事にレナードを連れてくるようお願いすると、彼は了承して部屋を後にした。エリスが報告書を届けてからまだそう時間が経っていないのに。さすがレオン様だな。行動が早い。
「負傷されたと聞いた時は驚きましたよ、ルーイ先生。大事に至らなくて本当に良かったです」
王太子殿下の使いとして訪れた兵士はやはりレナードだった。高身長で存在感がある上に、この派手な容貌は一度見たら忘れられない。先生も同じタイプだがとにかく目立つ。容姿だけで身分が証明できてしまうので、使いとして寄越すのにはうってつけだ。しかし、他者に一瞬で自分の存在を印象付けられる利点はあれど、潜入捜査のような周囲に溶け込んで真価が発揮される業務にはとことん不向きであった。
「お尻にアザできただけだから。でも心配してくれてありがとう。レナード君」
ベッドから起き上がることができない先生を見て、レナードは表情を曇らせていた。それでも平時と変わらない明るい調子で先生が会話をするものだから、多少は安心したようだ。
「先生のケガは私の責任です。申し訳ありませんでした」
「セディ、それはもう言わない約束。やむを得ない状況だったんだから仕方ないでしょ」
先生は中庭での顛末をレナードに語った。カレン嬢がなぜ暴走したのか、そして自分がどうして尻にアザなど作るハメになったのかを……
「セディとってもカッコよかったんだよ。俺惚れ直しちゃったよね。さすが隊長だ」
「なるほど。話を聞く限りその少女……そこそこの戦闘技術は持っているようですね。今はお屋敷で拘束中なんでしたっけ。見張りは誰が?」
「俺とミシェルが交代で担当しているから大丈夫だ。でも、カレン嬢の仲間が近くに潜伏している可能性がある。先生の側からも離れることはできないし……出来るだけ早く人員を寄越して欲しいというのが本音だな」
「分かりました。殿下にその旨しっかりとお伝えします。それにしても13歳の女の子がこのような凶行に及ぶなんてねぇ……」
ジェムラート家の護衛もいるが、正直あまり期待できないのだ。体の自由を封じられているカレン嬢をただ見張るだけなら問題ないのかもしれない。けれどもし、カレン嬢の仲間が彼女を救出するために侵入でもしてきたら? そいつが彼女と同等以上の実力を持っていたとしたら……ここの護衛達では心許ない。
「あ、そうだ。私王宮からセドリックさんの剣をお持ちしたんですよ。後でお渡し致しますね」
「それは助かる。使い慣れた武器が無くて落ち着かなかったんだ」
まさか本当に武器が必要な状況になるとは……。威圧感を与えたくなくて目を引く軍刀は持参していなかったのだが、もうそんなことは言っていられないな。
「大まかな状況はセドリックさんからの報告書で分かってはいたのですが、おふたり共大変でしたね。私はこれから公爵と話をした後、一度王宮に戻ります。他に入り用の物などありましたら遠慮なく申し付けて下さい」
「分かった。そちらの方は何事も無かったか? クレハ様は……」
クレハ様の様子はどうだろうか。ジェフェリーさんやニコラ・イーストン……そして先生の負傷を聞いてどのような反応をなされたのか。
「クレハ様は報告書の内容に驚きながらも毅然とした態度を崩さぬよう努力なさっておられましたが、今後の展開次第ではどうなってしまうのか非常に心配です。此度の案件はクレハ様の身近な者達が多く関わっていますので……」
「そうか……。お前達も今まで以上に注意深くクレハ様に気を配るよう心掛けてくれ」
「承知致しました。それと……実は、王宮でもあっと驚くような出来事がありまして」
何故かレナードは気まずそうに視線を泳がせた。王宮で何があったというのだろうか。
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