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198話 共犯(1)
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「クレハのバーカ!!」
遠くの山に向かって大声で叫んだ。声はこだまして周囲に響き渡る。通行人が殆どいないとはいえ、領主の息子がやるような行いではない。そんな当たり前の事にさえ考えが及ばないほど、頭に血が上っていたのだと思う。
「いいぞ、いいぞー! カミル。全部ブチまけろー」
制止しようとする素振りなどは微塵も無く、むしろ『もっとやれ』と煽り散らす茶髪の少年。彼は牧場を囲う柵の上に腰掛けていた。呑気そうに僕の姿を眺めている様子からして、今日の仕事は既に終了したのだろう。
茶髪の少年ことエルドレッドは、現在叔母の紹介でとある牧場で働いている。そこの従業員の1人が作業中に誤って骨折してしまい、仕事を休業しているのだ。彼はその人が回復するまでの穴埋め要員というわけだ。旅の資金が底をついていたエルドレッドは大層喜んでいた。
クレハの婚約について本人と会話をしてからひと月以上が経過していた。王宮から帰った僕は家には寄らず、そのまま再びルクトの地に足を踏み入れた。別にこいつ……エルドレッドに言われたからではないけれど、今は王都に……クレハの近くにいたくなかったのだ。
「失恋を経験して……カミル君はひとつ大人になりましたとさ」
「うるさいよ!! さっきからっ……!」
「でもさー、お前も薄々分かってはいたんだろ。抗議したところでどうにもならないって」
「クレハが嫌だと言ってくれさえすれば、父さんだってもう少し真剣に取り合ってくれたんだ。婚約を保留にすることくらいはできたのに……」
「でも、言わなかったんだろ? クレハお嬢様」
クレハだって曲がりなりにも公爵家のお嬢様だ。遅かれ早かれ結婚相手は決められていただろう。9歳でうちの兄と婚約している姉を側で見ているのだから、いつか自分にもと覚悟はしていたのではないだろうか。心の中では嫌だと思っていても、それを王太子相手に言うことなんてガサツなクレハでも出来るわけがない。だから直接会ってクレハの本心を聞き出そうと思っていたのに……
「お前が王都に帰った後な、こっちの方でも王子様の婚約の話がちらほら入って来たんだよ。レオン王子はクレハお嬢様に相当入れ込んでるらしいな。周りの意見もなんにも聞かずに、超スピードで彼女との婚約を決定したらしいよ」
予想されていた通り、クレハは殿下の相手候補として名を連ねていた。しかし、当人はそれを認識しておらず、殿下と会った事も無かったので自分が何故選ばれたのかと困惑していた。理由はなんて事はない。殿下の一目惚れだって。彼女の知らない所で一方的に目に留めて……なんか凄いムカつく。
「いや、でもさ……王子の気持ち分かるよね。クレハお嬢様可愛いもん。フィオナお嬢様も良いけど、お姉さんと違ってあちこち隙があって抜けてそうなとことかさ。庇護欲を掻き立てるっていうのかねぇ」
「お前、クレハには会った事ないって言ってなかった? 何でそんなの分かるんだよ」
絶妙に不快な発言をしながらエルドレッドは白い紙をハサミで切り刻んでいる。彼の膝の上には蝶の形に切り抜かれた紙がいくつか置かれていた。
「あー、やっぱりダメだ。何回やっても失敗する! 何でだろ」
「この前もその手遊びしてたよな。なんだよ、それ」
最初はただの暇潰しだと思っていたが、それにしては彼の表情が深刻そうに見えた。切り抜かれた蝶の完成度だって、失敗だと繰り返し言うほど悪くはない。
「カミルならいいかな……誰にも言っちゃダメだよ。これはね、魔法の蝶です」
「魔法? どこが」
白い紙を蝶の形にくり抜いただけにしか見えない。どうしたらこれが魔法になるんだ。当然の疑問をエルドレッドに投げかけると、彼は紙の蝶についての説明を始めた。
「オレが使える魔法のひとつ。千里眼って分かるかな?」
「何となくだけど……遠く離れた距離のモノを見る力だっけ?」
「そうそれ。この白い蝶はオレの目の代わりになるんだ。見たい場所にあらかじめこの蝶を置いておけば、後からその蝶を通じて周辺の景色を見る事ができる」
魔法はそんなことも出来るのか。雨を降らせた時も驚いたけれど、さすが神の技とも呼ばれる力だ。
「……凄いな。普通にびっくりした」
「でしょ。でも結構制限も多くてさ。見る事はできるけど音は聞こえない。蝶は動かせるけど長時間は無理。便利で強い力なぶん、持っていかれる見返りもでかいから乱用も出来ない。使える回数は3日に1度くらいかな」
見返り……って。魔法を使うのにそんな物が必要なのか。僕はその辺りの知識が全くないから知らなかった。聞けば聞くほど興味深いな。しかし……
「あのさ、尋ねたのはこっちだけど……それ、結構大事な話なんじゃないのか? 僕なんかにペラペラと喋っていいの?」
「いいの、いいの。カミルはオレの親友だし。内緒にしてって言ったら守ってくれるだろ」
「まぁ……別に言いふらしたりはしないけどさ。つか、親友ってなんだよ。勝手に決めんな」
いつの間にか僕はエルドレッドの親友になっていたらしい。行き倒れになりそうだったコイツを介抱したのがきっかけで知り合った。なんやかんやで今もこうしてつるんでいる。反射的に否定はしたが悪い気分ではなかった。親友は言い過ぎだが、友人のひとりとしてなら認めてやってもいい。
「お前はオレの親友……そして共犯だよ。だから言いふらそうと思ったとしてもできやしないさ」
「共犯って……は? なに言ってんだよ」
エルドレッドは声には出さず、薄ら笑いをしている。その笑顔から含みのようなものを感じ、背筋が一気に寒くなった。『共犯』とはどういう意味だ。
遠くの山に向かって大声で叫んだ。声はこだまして周囲に響き渡る。通行人が殆どいないとはいえ、領主の息子がやるような行いではない。そんな当たり前の事にさえ考えが及ばないほど、頭に血が上っていたのだと思う。
「いいぞ、いいぞー! カミル。全部ブチまけろー」
制止しようとする素振りなどは微塵も無く、むしろ『もっとやれ』と煽り散らす茶髪の少年。彼は牧場を囲う柵の上に腰掛けていた。呑気そうに僕の姿を眺めている様子からして、今日の仕事は既に終了したのだろう。
茶髪の少年ことエルドレッドは、現在叔母の紹介でとある牧場で働いている。そこの従業員の1人が作業中に誤って骨折してしまい、仕事を休業しているのだ。彼はその人が回復するまでの穴埋め要員というわけだ。旅の資金が底をついていたエルドレッドは大層喜んでいた。
クレハの婚約について本人と会話をしてからひと月以上が経過していた。王宮から帰った僕は家には寄らず、そのまま再びルクトの地に足を踏み入れた。別にこいつ……エルドレッドに言われたからではないけれど、今は王都に……クレハの近くにいたくなかったのだ。
「失恋を経験して……カミル君はひとつ大人になりましたとさ」
「うるさいよ!! さっきからっ……!」
「でもさー、お前も薄々分かってはいたんだろ。抗議したところでどうにもならないって」
「クレハが嫌だと言ってくれさえすれば、父さんだってもう少し真剣に取り合ってくれたんだ。婚約を保留にすることくらいはできたのに……」
「でも、言わなかったんだろ? クレハお嬢様」
クレハだって曲がりなりにも公爵家のお嬢様だ。遅かれ早かれ結婚相手は決められていただろう。9歳でうちの兄と婚約している姉を側で見ているのだから、いつか自分にもと覚悟はしていたのではないだろうか。心の中では嫌だと思っていても、それを王太子相手に言うことなんてガサツなクレハでも出来るわけがない。だから直接会ってクレハの本心を聞き出そうと思っていたのに……
「お前が王都に帰った後な、こっちの方でも王子様の婚約の話がちらほら入って来たんだよ。レオン王子はクレハお嬢様に相当入れ込んでるらしいな。周りの意見もなんにも聞かずに、超スピードで彼女との婚約を決定したらしいよ」
予想されていた通り、クレハは殿下の相手候補として名を連ねていた。しかし、当人はそれを認識しておらず、殿下と会った事も無かったので自分が何故選ばれたのかと困惑していた。理由はなんて事はない。殿下の一目惚れだって。彼女の知らない所で一方的に目に留めて……なんか凄いムカつく。
「いや、でもさ……王子の気持ち分かるよね。クレハお嬢様可愛いもん。フィオナお嬢様も良いけど、お姉さんと違ってあちこち隙があって抜けてそうなとことかさ。庇護欲を掻き立てるっていうのかねぇ」
「お前、クレハには会った事ないって言ってなかった? 何でそんなの分かるんだよ」
絶妙に不快な発言をしながらエルドレッドは白い紙をハサミで切り刻んでいる。彼の膝の上には蝶の形に切り抜かれた紙がいくつか置かれていた。
「あー、やっぱりダメだ。何回やっても失敗する! 何でだろ」
「この前もその手遊びしてたよな。なんだよ、それ」
最初はただの暇潰しだと思っていたが、それにしては彼の表情が深刻そうに見えた。切り抜かれた蝶の完成度だって、失敗だと繰り返し言うほど悪くはない。
「カミルならいいかな……誰にも言っちゃダメだよ。これはね、魔法の蝶です」
「魔法? どこが」
白い紙を蝶の形にくり抜いただけにしか見えない。どうしたらこれが魔法になるんだ。当然の疑問をエルドレッドに投げかけると、彼は紙の蝶についての説明を始めた。
「オレが使える魔法のひとつ。千里眼って分かるかな?」
「何となくだけど……遠く離れた距離のモノを見る力だっけ?」
「そうそれ。この白い蝶はオレの目の代わりになるんだ。見たい場所にあらかじめこの蝶を置いておけば、後からその蝶を通じて周辺の景色を見る事ができる」
魔法はそんなことも出来るのか。雨を降らせた時も驚いたけれど、さすが神の技とも呼ばれる力だ。
「……凄いな。普通にびっくりした」
「でしょ。でも結構制限も多くてさ。見る事はできるけど音は聞こえない。蝶は動かせるけど長時間は無理。便利で強い力なぶん、持っていかれる見返りもでかいから乱用も出来ない。使える回数は3日に1度くらいかな」
見返り……って。魔法を使うのにそんな物が必要なのか。僕はその辺りの知識が全くないから知らなかった。聞けば聞くほど興味深いな。しかし……
「あのさ、尋ねたのはこっちだけど……それ、結構大事な話なんじゃないのか? 僕なんかにペラペラと喋っていいの?」
「いいの、いいの。カミルはオレの親友だし。内緒にしてって言ったら守ってくれるだろ」
「まぁ……別に言いふらしたりはしないけどさ。つか、親友ってなんだよ。勝手に決めんな」
いつの間にか僕はエルドレッドの親友になっていたらしい。行き倒れになりそうだったコイツを介抱したのがきっかけで知り合った。なんやかんやで今もこうしてつるんでいる。反射的に否定はしたが悪い気分ではなかった。親友は言い過ぎだが、友人のひとりとしてなら認めてやってもいい。
「お前はオレの親友……そして共犯だよ。だから言いふらそうと思ったとしてもできやしないさ」
「共犯って……は? なに言ってんだよ」
エルドレッドは声には出さず、薄ら笑いをしている。その笑顔から含みのようなものを感じ、背筋が一気に寒くなった。『共犯』とはどういう意味だ。
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