上 下
195 / 234

194話 魔法の石(1)

しおりを挟む
 コンティレクト様からのお詫び……テーブルの上に置かれた布袋を私達は食い入るように見つめた。今まで冷静にコンティレクト様と対話をしていたレオンですら、この贈り物をどう扱って良いのか困惑している。そんな私達の反応を受け、コンティレクト様は愉快そうに笑った。

「ふふっ、そんなに警戒しないで下さい。危険な物ではありませんよ」

 布袋の口を縛っている紐が解かれた。コンティレクト様は袋から中身を取り出してテーブルに並べる。中から出てきたのは透き通った美しい石だった。大きさは手のひらにすっぽりと収まるくらいで、袋の中には同じ物があと数個入っているようだ。

「これは……水晶?」

 クライヴさんが呟いた。彼の言う通り、無色透明で水晶によく似た石だけれど……。コンティレクト様がお持ちになっている石といえば、水晶よりも先に連想するものがある。

「コスタビューテの方達にはあまり馴染みがないかもしれません。でもレオン王子……そして、そちらのお嬢さん。おふたりはご存知ですね?」

「あっ、えっと……」

 コンティレクト様の瞳が私に向けられた。まさか私の方へ話が振られるとは思っていなかったので、しどろもどろになってしまう。

「名前を伺ってもよろしいですかな? 愛らしいお嬢さん」

「は、はい! 私、クレハ・ジェムラートと申します」

「クレハ・ジェムラート。そうですか、貴女が……。メーア殿から聞いておりますよ。レオン王子の掌中の珠……貴女が彼の婚約者の姫君なのですね」

 なんと、コンティレクト様が私のことをご存知だった。メーアレクト様を通じて得た情報らしい……ということはメーアレクト様も知っているのか。

「王子はメーア殿に貴女の事を相当惚気ていらっしゃったそうですよ。メーア殿も早く姫君に会いたいと言っておられました」

 レオンは定期的にリオラド神殿に足を運び、メーアレクト様に謁見している。その際、私に関する話を何度もメーアレクト様にしたのだそうだ。それがコンティレクト様にも伝わっていたと……
 またしても第三者からレオンの思いの丈を分からせられてしまう。恥ずかしい。

「……コンティレクト神、そのような話はまた別の機会でもよろしいでしょうか。今は石についての詳細を語って頂きたいのですが」

 いつもなら他人の目なんて気にもせず、私に対して浮いた台詞を連発する癖に。レオンもこの状況では居心地が悪かったようで、コンティレクト様の話を中断させてしまう。他国の神様にまでレオンとの仲を茶化されてしまい複雑な心境だ。でも、このやり取りのお陰で緊張が少しほぐれた気がする。それは私だけでなく、レオンや彼の腹心達も同じだった。ルイスさんは笑うのを我慢しているのか、口元を手で抑えていた。

「おやおや、私とした事が……話を脱線させてしまいましたね。王子と姫君の馴れ初めはまた後日ゆっくり聞かせて頂くことにしましょう」

 この話題持ち越すんだ……。コンティレクト様ってこういう恋バナ? みたいなの好きなのかな。私とレオンの関係にとても興味を示している。神様にも色々な方がいるんだなと思ったばかりだけど、マイペースで掴み所がないのはルーイ様とそっくりだ。
 
「それでは話を戻しますね。この石ですが、王子と姫君には思い当たる物がおありではないですかな。姫君が耳に付けているアクセサリーと原材料は同じですよ」

「それではやはり……」

 レオンも当然石の正体を察していた。私のピアスと同じということは確定である。透明な石は水晶ではない。ローシュでは国宝と呼ばれるほどに貴重で、手にした者には神の力が与えられる……
 
「人間達はこの石に私の名を付けてこう呼んでおります『コンティドロップス』と」

 コンティレクト様の体内で生成された魔力を宿す石。魔力が詰まった状態のまま石を食すことで、その力を得ることができるのだ。

「石は私の皮膚の一部が変異した物。定期的に行う脱皮と共に、この石は私の体からこぼれ落ちます。ローシュに存在する魔法使いと名乗る有象無象の輩は、この石を自らの体内に取り込むことで力を得ています。正直、そのような使い方をする人間達を、私は奇異の目で見ていたのですが……」

「コンティレクト神からしたら、あまり気分の良いものではないでしょうね。抜け殻とはいえ、体の一部だった物なのですから」

「はい。ですが既に体から離れた物です。それを人間達がいかに使おうが、どうでもいいとも思っておりました。それに、極一部の例外を除いて本来ヒトの身に我々の持つ力は定着しない。泡沫のように儚く消えてしまう物のために、己の体を犠牲にするなど理解できなかった」

 強大な力を持つ神々からしたら、石によって得られる力など微々たるものなのだろう。体に負担をかけてまで手にする価値が有るのかと、コンティレクト様は疑問に思っていたのだという。

「魔力を持たない人間にとっては、自分の体を多少痛めつけても惜しくないくらい魅力的なものなのですよ。魔法はとても便利な力ですからね。武器として使用した場合などは特に……。相手側より優位に立つのにこれほど適した力はありません。魔法を使える人間を敵にすることの厄介さを、現在俺は身を持って体験しているところです」

「……ストラ湖で起きた事件は、我々の人間に対しての関心の無さを浮き彫りにしました。特に私は他ふたりよりもその傾向が強かったと思います。ルーイ様に力の管理を徹底しろとご指摘を受けるのも当然のことでした。今後また同じように我々の契りが反故にされては困りますからね。メーア殿と巻き込まれた王子達には気の毒でしたが、私にとっては考え方を変える良い機会だったのかもしれません」

 大事な寝床を荒らされるのはまっぴら御免ですと、コンティレクト様は溜め息をついた。

「このような話をしておきながら、どうしてその石を渡してくるのだと不思議に思われたでしょう? もちろん、王子やあなたの部下達に口にして欲しいわけではありません。この袋に入っているのは通常の『コンティドロップス』とは違い、私が手を加えた特別な物になります」

「特別……ですか。通常の物とは何が違うのでしょう?」

 レオンは『特別』という言葉に興味を引かれた様子。コンティレクト様は必ず役に立つはずと自信満々だ。『コンティドロップス』の食べる以外の使い道か……それはどんなものなのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

完 あの、なんのことでしょうか。

水鳥楓椛
恋愛
 私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。  よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。  それなのに………、 「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」  王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。 「あの………、なんのことでしょうか?」  あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。 「私、彼と婚約していたの?」  私の疑問に、従者は首を横に振った。 (うぅー、胃がいたい)  前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。 (だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...