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192話 報告書(4)
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バルト隊長が登場してからというもの、部屋には気まずい空気が漂っていた。私も居た堪れなくてそわそわしてしまう。
そんな何とも言い難い雰囲気のなか、レオンは淡々と皆に指示を出している。きっと彼もジェラール陛下の出した条件に対して思うところがあるはずだ。しかし、レオンが主導になって事件のことを調査するには、この条件を受け入れるのが必須。下手に反抗などすれば、指揮権を与えるという話自体が無かったことになるかもしれない。だから大っぴらに態度に出すことはせずに大人しく受け入れたのだろう。
「それでは明日、ジェムラート邸へ増援を派遣する。報告書の内容だけでは把握できないこともあるだろう。本格的に捜査を始める前に、実際に現場を見ておく必要があるしな」
話し合いはとりあえず終了した。バルト隊長は明日の準備のため早々に部屋を後にする。『とまり木』の方達はまだ状況が受け入れられないのか、なかなかその場から動くことが出来ずにいた。黙り込んで俯くその姿からも、陛下の提示した条件がよほど衝撃だったことが伺えた。
「そう、悲観するんじゃない。俺は良い機会だと思っているぞ。ジェイクもお前たちも我が強いゆえに、意固地になっているだけじゃないか? 命令だと割り切って交流しているうちにあっさり打ち解けられるかもしれないぞ」
レオンも当然彼らの仲が芳しくないのは分かっていた。だから今回のことをきっかけに、それを改善しようとしているようだ。隊が違うとはいえ、同じ軍に所属している仲間同士。いがみ合っているよりは友好的な関係を築いていく方が良いに決まっている。レオンにとってはどちらも大事な臣下であるのだから。
「殿下の仰ることは十分に理解できるのですが、今よりも拗れる可能性も無きにしも非ずでして……」
「突っかかってくるのも向こうからだしな。前途多難……険しい道のりだよ。ボスの命令でもあるし、努力はするけどさ。ご期待には沿えられないと思うよ」
ご兄弟はレオンの考えに賛同は出来るものの、関係を修復するのがいかに困難であるかを主張している。努力するとは言っているけど、既に匙を投げているようにも見える……出来るわけがないと。ここまで頑なだと、彼らの関係が険悪になってしまったのは、性格が合わないだけが理由ではないような気がしてきた。他に原因があったりして。
「お取り込み中のところ申し訳ないですが……」
その声は室内の空気を一瞬にして張り詰めたものへと変化させた。言葉の内容はそれほど重要ではない。問題はその声が、私を含めて今この場にいる誰のものでもなかったからだ。
「……レナード、よせ」
次に言葉を発したのはレオンだ。目の前に広がる光景を頭が理解するのには幾らかの時間を要した。
レオンの隣に見知らぬ人物が座っている。白髪混じりの髪を後ろに流した年配の男性……謎の声はこの老人のものだったようだ。老人が突然現れたことも衝撃だったが、その老人の首元に刃が突き付けられている現状に唖然とさせられてしまう。
老人に刃を向けて牽制しているのはレナードさんだ。彼はあの一瞬で抜刀し、正体不明の人物からレオンを守る行動をとったのだ。
「聞こえなかったのか? レナード、剣を下ろせ」
レオンの2度目の制止を受け、レナードさんはゆっくりと剣を引いた。しかし、視線は老人から逸らされることはなく、彼の警戒が解かれる様子はない。ルイスさんとクライヴさんも、レナードさんと同様に老人の一挙手一投足に気を張っているようだった。
ピリピリと肌を刺すような殺伐とした雰囲気に、私は身動きが取れないというのに、老人は何食わぬ顔をしている。たった今まで刃物を突き付けられていた人物とは到底思えない。
「いやはや私の目をもってしても彼の太刀筋を捉えきれませんでした。本来の姿でなかったとはいえ、これは凄いことです。良い兵をお持ちですね……レオン王子」
「部下の無礼をお許し下さい。俺の身を守ろうと咄嗟に体が動いたのでしょう」
「いえ、おもしろい体験をさせて頂きました。前触れもなく突然訪問した私にも非があります。今後は気を付けなければなりませんね」
「そうして頂けると助かります。平静を装っておりますが、あなたが今この場にいらっしゃることに心臓が飛び出るのではないかというくらいの衝撃を受けているのですよ」
レオンは老人と知り合いなのか。何だか普通に会話してるんだけど。私達はレオンの態度に呆気に取られてしまった。この老人は何者なんだろうか……
「レオン、こちらの方は……」
とうとう我慢できずに尋ねてしまった。ふたりの意識が私に向いた。視線が絡む。老人は穏やな笑みを浮かべながら私の問いに答えてくれた。
「これは失敬。私としたことが……王子以外とは初対面であるのに自己紹介をしておりませんでしたな。私、ローシュから参りました。名をコンティレクトと申す者です」
「は? えっ……」
「信じられないかもしれないが事実だ。この方はメーアレクト様と名を連ねる三神がひとり、コンティレクト神だ」
報告書の内容に始まり、レオンの部屋を訪れてから驚くことばかりではあったけれど……
この場にいる誰もが予想していなかった展開だ。これにはさすがに私だけでなく、皆動揺を隠せてはいなかった。ローシュの神様の来訪……神が人前に姿を現すなんて、どう考えてもただ事ではないのだ。コンティレクト様といえば、レオンが昏睡する原因を作った方だ。今回は一体どんな目的でレオンの元を訪れたのだろうか。
そんな何とも言い難い雰囲気のなか、レオンは淡々と皆に指示を出している。きっと彼もジェラール陛下の出した条件に対して思うところがあるはずだ。しかし、レオンが主導になって事件のことを調査するには、この条件を受け入れるのが必須。下手に反抗などすれば、指揮権を与えるという話自体が無かったことになるかもしれない。だから大っぴらに態度に出すことはせずに大人しく受け入れたのだろう。
「それでは明日、ジェムラート邸へ増援を派遣する。報告書の内容だけでは把握できないこともあるだろう。本格的に捜査を始める前に、実際に現場を見ておく必要があるしな」
話し合いはとりあえず終了した。バルト隊長は明日の準備のため早々に部屋を後にする。『とまり木』の方達はまだ状況が受け入れられないのか、なかなかその場から動くことが出来ずにいた。黙り込んで俯くその姿からも、陛下の提示した条件がよほど衝撃だったことが伺えた。
「そう、悲観するんじゃない。俺は良い機会だと思っているぞ。ジェイクもお前たちも我が強いゆえに、意固地になっているだけじゃないか? 命令だと割り切って交流しているうちにあっさり打ち解けられるかもしれないぞ」
レオンも当然彼らの仲が芳しくないのは分かっていた。だから今回のことをきっかけに、それを改善しようとしているようだ。隊が違うとはいえ、同じ軍に所属している仲間同士。いがみ合っているよりは友好的な関係を築いていく方が良いに決まっている。レオンにとってはどちらも大事な臣下であるのだから。
「殿下の仰ることは十分に理解できるのですが、今よりも拗れる可能性も無きにしも非ずでして……」
「突っかかってくるのも向こうからだしな。前途多難……険しい道のりだよ。ボスの命令でもあるし、努力はするけどさ。ご期待には沿えられないと思うよ」
ご兄弟はレオンの考えに賛同は出来るものの、関係を修復するのがいかに困難であるかを主張している。努力するとは言っているけど、既に匙を投げているようにも見える……出来るわけがないと。ここまで頑なだと、彼らの関係が険悪になってしまったのは、性格が合わないだけが理由ではないような気がしてきた。他に原因があったりして。
「お取り込み中のところ申し訳ないですが……」
その声は室内の空気を一瞬にして張り詰めたものへと変化させた。言葉の内容はそれほど重要ではない。問題はその声が、私を含めて今この場にいる誰のものでもなかったからだ。
「……レナード、よせ」
次に言葉を発したのはレオンだ。目の前に広がる光景を頭が理解するのには幾らかの時間を要した。
レオンの隣に見知らぬ人物が座っている。白髪混じりの髪を後ろに流した年配の男性……謎の声はこの老人のものだったようだ。老人が突然現れたことも衝撃だったが、その老人の首元に刃が突き付けられている現状に唖然とさせられてしまう。
老人に刃を向けて牽制しているのはレナードさんだ。彼はあの一瞬で抜刀し、正体不明の人物からレオンを守る行動をとったのだ。
「聞こえなかったのか? レナード、剣を下ろせ」
レオンの2度目の制止を受け、レナードさんはゆっくりと剣を引いた。しかし、視線は老人から逸らされることはなく、彼の警戒が解かれる様子はない。ルイスさんとクライヴさんも、レナードさんと同様に老人の一挙手一投足に気を張っているようだった。
ピリピリと肌を刺すような殺伐とした雰囲気に、私は身動きが取れないというのに、老人は何食わぬ顔をしている。たった今まで刃物を突き付けられていた人物とは到底思えない。
「いやはや私の目をもってしても彼の太刀筋を捉えきれませんでした。本来の姿でなかったとはいえ、これは凄いことです。良い兵をお持ちですね……レオン王子」
「部下の無礼をお許し下さい。俺の身を守ろうと咄嗟に体が動いたのでしょう」
「いえ、おもしろい体験をさせて頂きました。前触れもなく突然訪問した私にも非があります。今後は気を付けなければなりませんね」
「そうして頂けると助かります。平静を装っておりますが、あなたが今この場にいらっしゃることに心臓が飛び出るのではないかというくらいの衝撃を受けているのですよ」
レオンは老人と知り合いなのか。何だか普通に会話してるんだけど。私達はレオンの態度に呆気に取られてしまった。この老人は何者なんだろうか……
「レオン、こちらの方は……」
とうとう我慢できずに尋ねてしまった。ふたりの意識が私に向いた。視線が絡む。老人は穏やな笑みを浮かべながら私の問いに答えてくれた。
「これは失敬。私としたことが……王子以外とは初対面であるのに自己紹介をしておりませんでしたな。私、ローシュから参りました。名をコンティレクトと申す者です」
「は? えっ……」
「信じられないかもしれないが事実だ。この方はメーアレクト様と名を連ねる三神がひとり、コンティレクト神だ」
報告書の内容に始まり、レオンの部屋を訪れてから驚くことばかりではあったけれど……
この場にいる誰もが予想していなかった展開だ。これにはさすがに私だけでなく、皆動揺を隠せてはいなかった。ローシュの神様の来訪……神が人前に姿を現すなんて、どう考えてもただ事ではないのだ。コンティレクト様といえば、レオンが昏睡する原因を作った方だ。今回は一体どんな目的でレオンの元を訪れたのだろうか。
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