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185話 安静に
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ミシェルにカレン嬢の見張りを交代して貰うと、俺はルーイ先生が休んでいる部屋へと向かった。その途中、忙しなく動き回っている使用人達と幾度もすれ違う。中庭での騒動……そして、ニコラ・イーストンが姿を消したことが彼らの耳にも入ったのだろうな。屋敷内が混乱しているのを感じ取れた。
それにしても、俺の顔色を伺うような素振りをする使用人の多いこと。王家と深い繋がりを持つ先生が怪我をしたのだ。しかもその原因が、使用人に襲われたからだなんて……。同じ使用人である彼らにとって俄かに信じ難く、大きな衝撃を与えたのだろう。その場で処罰を下しても構わないくらいのとんでもない重大事件だ。
カレン嬢と彼女を従えているエルドレッドという魔法使いの少年……。彼らの存在は島で起きた事件を解決する手掛かりになるかもしれない。釣り堀事件の犯人グレッグと『エルドレッド』は同郷の魔法使いだ。カレン嬢のしたことは許し難いが、これはチャンスでもあるのだ。
今後の事を考えながら歩いていたせいだろうか、あっという間にルーイ先生が休んでいる部屋へと到着した。怪我は大したことなかったとミシェルが言っていたので、とりあえずは安心だ。けれど、数日はあまり動き回らない方が良いだろうな。馬車の揺れも響くだろうし……。安全面を考えれば、すぐにでも王宮に帰った方がいいのだけど。
「ルーイ先生、セドリックです。診察が終わったとの事で様子を見に伺ったのですが……お加減はいかがですか?」
扉をノックしながら中へ向かって呼びかけた。すると、間をおかずに先生の弾むような声が返って来る。
「セディ!? セディ来てくれたの。うん、大丈夫」
早く早くと入室をせがんでくる彼に苦笑いが込み上げてくる。言う通りにしないと更に騒ぎそうなので、さっさと扉を開けた。
先生はベッドの上に体を横たわらせた状態で俺を出迎えた。軽く膝を曲げて背中を丸めた体勢……これが一番楽なのだろう。急遽用意された簡易ベッドなので、先生の体がはみ出しそうになっているのが少し気になった。上体を起こす素振りすらなかったのは、やはり何だかんだ言って患部が痛むのだろうな。
「セディこっち、ここ座って」
ベッドのすぐ隣に置かれている椅子を指差しながら、彼はそこに座るよう命じた。室内にはその椅子の他に簡素なテーブルがひとつ。恐らくここは使っていない空き部屋なのだろう。
「ベッドが手狭のようですね。別の物を用意して貰いましょうか?」
「寝れないわけじゃないし、このままでいいよ。重病人とかでもないしね」
先生は手をひらひらと振りながら俺の申し出を断った。気を使ったつもりだったけど要らない世話だったようだ。
「その割には診察中大騒ぎだったそうじゃないですか。ミシェルから聞きましたよ」
「もうー、ミシェルちゃん内緒にしてねって言ったのに。恥ずかしいじゃん」
「あずかり知らぬ所で名前を叫ばれた私の方が恥ずかしいのですけど」
医者にかかった事が無いんだったな。そりゃそうか。この人は神だ。病気や怪我をした経験自体が無さそうだ。あったとしても神の力でどうにかしていたのだろう。
「ともかく、大事なくて良かったです」
「……セディ、ついさっきね。クレハの親父さんが俺に謝りに来たんだよ。別にあの人のせいじゃないのにねぇ。怪我だってお尻にちょっとアザできただけなんだから」
「使用人が問題を起こしたんです。雇い主が謝罪をするのは当然ですよ。責任だってあります。まぁ……ジェムラート公に関しては、色々な事が立て続けに起きて同情してしまいますけどね」
「カレンちゃんを激昂させる原因作ったのは俺らだしねぇ。セディの方からも親父さんにあんまり気に病まないでって伝えといてよ」
「はい……」
「で、その使用人……カレンちゃんは今どうしてるの?」
「屋敷内の一室を借りて拘束しています。ミシェルが見張りに付いているので安心して下さい」
「なかなかに苛烈な女の子だったね。レオンに報告はしたのかな」
「それはこれからです。一旦王宮に戻ろうかとも考えましたが……カレン嬢の仲間がどこに潜んでいるかも分からない状況で、先生やリズさんを残してはいけません。当初の予定通りエリスに頼みます。その際に応援を寄越して頂けるよう伝えるつもりです」
屋敷内の警備も強化して貰ったし、増援が来るまでは俺とミシェルが交代で見張りを行う予定だ。
「それがいいね。カレンちゃんもそうだけど、ニコラさんの件だってセディ達だけじゃ対処しきれないもん。てか、マジでニコラさん失踪してるとは思わなかったからびっくりしたわ」
こんな事もあるのかと驚いた風を装っているが、あの時の先生の口調はかなり確信を持っていたように感じたけどな。もし彼の指摘が無ければ、我々がニコラ・イーストンの失踪を知るのはもっと後になっていた事だろう。
「先生のおかげで気付くことが出来ました。ありがとうございます」
「たまたまだけどね。ご褒美欲しさにちょっと張り切っちゃったかな」
彼は口角を上げてにんまりと笑った。『ご褒美』……ここぞとばかりに忘れるなと強調してくる。そんなに何度も言わなくても分かってるよ。
「お手柄ですよ。怪我のお見舞いも兼ねて奮発しなければなりませんね」
「わぁい、楽しみだなぁ」
「あ、そうだ。先生、そこのテーブルをお借りしても良いですか? レオン様への報告書を書かせて頂きたいのですが……」
「いいけど、ここで書くの?」
「先生のご意見も伺いながらと思いまして……」
適度に反応した後、さらりと話題を変える。だんだん彼の扱い方が分かってきた気がする。俺だってそういつまでも振り回されてばかりではないのだ。
それにしても、俺の顔色を伺うような素振りをする使用人の多いこと。王家と深い繋がりを持つ先生が怪我をしたのだ。しかもその原因が、使用人に襲われたからだなんて……。同じ使用人である彼らにとって俄かに信じ難く、大きな衝撃を与えたのだろう。その場で処罰を下しても構わないくらいのとんでもない重大事件だ。
カレン嬢と彼女を従えているエルドレッドという魔法使いの少年……。彼らの存在は島で起きた事件を解決する手掛かりになるかもしれない。釣り堀事件の犯人グレッグと『エルドレッド』は同郷の魔法使いだ。カレン嬢のしたことは許し難いが、これはチャンスでもあるのだ。
今後の事を考えながら歩いていたせいだろうか、あっという間にルーイ先生が休んでいる部屋へと到着した。怪我は大したことなかったとミシェルが言っていたので、とりあえずは安心だ。けれど、数日はあまり動き回らない方が良いだろうな。馬車の揺れも響くだろうし……。安全面を考えれば、すぐにでも王宮に帰った方がいいのだけど。
「ルーイ先生、セドリックです。診察が終わったとの事で様子を見に伺ったのですが……お加減はいかがですか?」
扉をノックしながら中へ向かって呼びかけた。すると、間をおかずに先生の弾むような声が返って来る。
「セディ!? セディ来てくれたの。うん、大丈夫」
早く早くと入室をせがんでくる彼に苦笑いが込み上げてくる。言う通りにしないと更に騒ぎそうなので、さっさと扉を開けた。
先生はベッドの上に体を横たわらせた状態で俺を出迎えた。軽く膝を曲げて背中を丸めた体勢……これが一番楽なのだろう。急遽用意された簡易ベッドなので、先生の体がはみ出しそうになっているのが少し気になった。上体を起こす素振りすらなかったのは、やはり何だかんだ言って患部が痛むのだろうな。
「セディこっち、ここ座って」
ベッドのすぐ隣に置かれている椅子を指差しながら、彼はそこに座るよう命じた。室内にはその椅子の他に簡素なテーブルがひとつ。恐らくここは使っていない空き部屋なのだろう。
「ベッドが手狭のようですね。別の物を用意して貰いましょうか?」
「寝れないわけじゃないし、このままでいいよ。重病人とかでもないしね」
先生は手をひらひらと振りながら俺の申し出を断った。気を使ったつもりだったけど要らない世話だったようだ。
「その割には診察中大騒ぎだったそうじゃないですか。ミシェルから聞きましたよ」
「もうー、ミシェルちゃん内緒にしてねって言ったのに。恥ずかしいじゃん」
「あずかり知らぬ所で名前を叫ばれた私の方が恥ずかしいのですけど」
医者にかかった事が無いんだったな。そりゃそうか。この人は神だ。病気や怪我をした経験自体が無さそうだ。あったとしても神の力でどうにかしていたのだろう。
「ともかく、大事なくて良かったです」
「……セディ、ついさっきね。クレハの親父さんが俺に謝りに来たんだよ。別にあの人のせいじゃないのにねぇ。怪我だってお尻にちょっとアザできただけなんだから」
「使用人が問題を起こしたんです。雇い主が謝罪をするのは当然ですよ。責任だってあります。まぁ……ジェムラート公に関しては、色々な事が立て続けに起きて同情してしまいますけどね」
「カレンちゃんを激昂させる原因作ったのは俺らだしねぇ。セディの方からも親父さんにあんまり気に病まないでって伝えといてよ」
「はい……」
「で、その使用人……カレンちゃんは今どうしてるの?」
「屋敷内の一室を借りて拘束しています。ミシェルが見張りに付いているので安心して下さい」
「なかなかに苛烈な女の子だったね。レオンに報告はしたのかな」
「それはこれからです。一旦王宮に戻ろうかとも考えましたが……カレン嬢の仲間がどこに潜んでいるかも分からない状況で、先生やリズさんを残してはいけません。当初の予定通りエリスに頼みます。その際に応援を寄越して頂けるよう伝えるつもりです」
屋敷内の警備も強化して貰ったし、増援が来るまでは俺とミシェルが交代で見張りを行う予定だ。
「それがいいね。カレンちゃんもそうだけど、ニコラさんの件だってセディ達だけじゃ対処しきれないもん。てか、マジでニコラさん失踪してるとは思わなかったからびっくりしたわ」
こんな事もあるのかと驚いた風を装っているが、あの時の先生の口調はかなり確信を持っていたように感じたけどな。もし彼の指摘が無ければ、我々がニコラ・イーストンの失踪を知るのはもっと後になっていた事だろう。
「先生のおかげで気付くことが出来ました。ありがとうございます」
「たまたまだけどね。ご褒美欲しさにちょっと張り切っちゃったかな」
彼は口角を上げてにんまりと笑った。『ご褒美』……ここぞとばかりに忘れるなと強調してくる。そんなに何度も言わなくても分かってるよ。
「お手柄ですよ。怪我のお見舞いも兼ねて奮発しなければなりませんね」
「わぁい、楽しみだなぁ」
「あ、そうだ。先生、そこのテーブルをお借りしても良いですか? レオン様への報告書を書かせて頂きたいのですが……」
「いいけど、ここで書くの?」
「先生のご意見も伺いながらと思いまして……」
適度に反応した後、さらりと話題を変える。だんだん彼の扱い方が分かってきた気がする。俺だってそういつまでも振り回されてばかりではないのだ。
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