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182話 捕縛

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 カレンの身柄は一旦お屋敷で預かって貰うことになった。今後の対応はレオン殿下を通した上で決めるのだという。現在彼女を雇っているのはジェムラート家であるし、旦那様にも報告しなくてはならない。
 カレンは今も捉えられた両腕を振り解こうともがいている。そんな彼女を取り押さえているセドリックさんは、カレンの抵抗など物ともせずにぴくりとも動かない。暴言を吐いていた口にはハンカチが噛ませられ、荒い息づかいだけが漏れ出ていた。

「粘るねー……カレンちゃん。凄い執念だ」

「先生、刺激しないで下さい。せっかく大人しくなってきたところなんですから。それに、念のためもう少し我々から離れていて下さい」

「さっきは側にいてって言ったのに……」

 セドリックさんに注意され、ルーイ先生は渋々と彼らから距離をおいた。先生はジェフェリーさんに肩を貸して貰いながら歩いている。さっきは平気そうに見えたのだけど、ひとりで立って歩くのは難しかったようだ。やっぱりお医者様に診てもらった方がいいな。

「それで、何があったのですか? 確か臨時で雇われてる使用人ですよね。その子」

 ミシェルさんは怪訝そうにカレンを見つめた。彼女が中庭に来た時には、カレンは既にセドリックさんに捕えられた状態だったので、あれだけで状況を把握するのは困難だろう。ミシェルさんの問いにセドリックさんが答える。

「屋敷に戻ってから説明する。お前の方こそ例の件……どうだった?」

「私も詳しくはお屋敷で報告させて頂きます。今は、先生の『もしも』が当たっていたかもしれないとだけ……」

「……そうか」

 セドリックさんとミシェルさん……そしてルーイ先生。3人の表情が曇った。私が知らない所で他にも心配ごとがあったのだろうか。ミシェルさんは今までそれを調べていたのかな。みんなの反応的にあまり良い結果ではなさそうだった。カレンの暴走といい、これからどうなってしまうのだろう。とにかく、続きはお屋敷に帰ってからだと、私達は中庭を後にしたのだった。













 お屋敷に戻ると執事のライナスさんに出迎えられた。ただならぬ雰囲気の私達を見て大層驚いていた。セドリックさんは、そんな彼に端折りながらではあるが経緯を説明する。簡単に受け入れられるような内容でもないのだが、そこはさすが公爵家の執事さんだ。ライナスさんは直ぐに冷静さを取り戻した。セドリックさんとの会話を終えると、一礼して私達の前から立ち去った。

「リズさん。あなたは暫くの間、ルーイ先生のお部屋で待機していて下さい。2階の客室です」

「はい……」

「先生は打ち付けた箇所を念のため診察して貰いましょう。執事に医者を呼んでもらえるよう頼みましたので」

「はーい……」

「申し訳ありません。痛みますか?」

「ちょっとだけね。でも謝らなくて良い。俺を助けるためだったんだから」

 先生はセドリックさんを慰めるかのように、彼の頭を撫でた。普段のセドリックさんなら『子供のような扱いはやめて下さい』とか抗議しそうなものなのに……彼は大人しく先生の行為を受け入れていた。やむおえない状況だったとはいえ、先生に怪我をさせてしまった負い目があるのだろう。
 セドリックさんの反応がいつもと違うせいかな。先生のスキンシップ過多なんて今更だし、別におかしな事をしているわけでもないのに、ふたりの醸し出す空気がふわふわしているように感じる。何というかむず痒い。

「ジェフェリーさん、あなたもリズさんと一緒に部屋で待っていて貰えますか? 公爵には私の方から連絡しておきますので……」

「は、はい」

「ありがとうございます。ミシェル、ジェフェリーさんと交代しろ」

「了解」

 ジェフェリーさんに代わってミシェルさんが先生に付き添うようだ。ふたりの身長差を考えると、先生の介抱はジェフェリーさんに引き続きお願いした方が良かったんじゃないのかなぁ。
 セドリックさんはテキパキと指示を出していく。この頃になると、カレンもむやみやたら暴れるのはやめて大人しくなっていた。力ずくで拘束を解くのは無理だと悟ったらしい。それでも瞳は相変わらずギラギラと血走っていて、逃走を諦める気は微塵も無さそうである。

 そうこうしている間に、ライナスさんが使用人を数名引き連れて私達の元へ戻って来た。とりあえずではあるが、準備が整ったとの事。この知らせを受けて私達も行動を開始する。
 
「では、こちらにどうぞ。すぐにお医者様がいらっしゃいますからね」

 まずは先生とミシェルさんだ。ライナスさんが連れて来た侍女がふたりを誘導していく。お医者様が来るまで安静に横になっていた方が良いので、すぐ近くの部屋にベッドを用意してくれたのだ。

「ミシェルちゃん。俺、医者にかかった事無いから怖いんだけど……どんなことされるの?」

「ちょっと見られたり、触られたりするだけですよ。心配しなくてもすぐに終わりますって」

「知らない人にお尻晒すの抵抗あるなぁ」

「見なきゃ診察は出来ませんからね。見るのはお医者様だけですから我慢して下さい」

 ミシェルさんと先生はかなり体格差がある。加えて先生は怪我をしている。彼女はそんな先生を支えながら平然と歩いているのだ。しかも雑談をしながら……心配する必要全くなかったな。
 次は私とジェフェリーさん。私達は先生のお部屋で待機するだけなので、特に何かをするわけではない。邪魔にならないうちに早く行こう。

「あっ、そうだ……お花!!」

 自分がずっと腕に抱えていた花束のことを思い出した。早く水に浸けてあげないと……ただでさえ私が力いっぱい握りしめていたのだから。
 
「花は私が預かるから安心して」

 侍女のひとりが声をかけてくれる。その申し出を有り難く受け取り、お花は彼女にお願いすることにした。

「それじゃあ、行きましょうか。ジェフェリーさん」

「なんかとんでもないことになっちゃったなぁ……」

「申し訳ありません。私もできるだけ早くそちらに行きますので、少しの間辛抱して下さい」

 セドリックさんに見送られ、私とジェフェリーさんは2階の客室を目指して歩き出す。その時、一瞬だけカレンと目が合った。私はすぐさま俯いて視線を逸らしてしまう。罪悪感……とは違うけれど、どうしたってやるせない感情が込み上げてくる。でも、だからといって私にはどうすることも出来ないのだ。こうなったのはカレンの自業自得。こちらの話に耳を傾けず、問答無用で攻撃を仕掛けたのだから。
 仮にもし、セドリックさんの拘束が外れて自由になれば……彼女は何の躊躇いもなく私達を再び襲うのだろう。同情なんてすることない。そう思うのに……胸のざわつきは収まるどころか、どんどん激しくなるのだった。
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