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179話 中庭(5)
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ルーイ先生はジェフェリーさんとの間にあった僅かな距離を一気に縮め、彼の正面へ移動した。柔らかな笑みを浮かべながらジェフェリーさんの顔に手を伸ばす。長くて綺麗な指が彼の顎を捉えた。そのまま耳元へ唇を寄せると、囁くように懇願する。
「ねぇ、ジェフェリーさん。君が会った魔法使いのこと……俺にも教えて」
ジェフェリーさんは口をぱくぱくと動かしているが、言葉が出てこないようだ。かなり動揺している。そんなふたりを至近距離で眺めている私の鼓動も早くなる。恥ずかしいけど目を逸らせない。
先生は軽はずみにこういう事をなさる。人との距離感が異様に近い。私と初めて会った時も物凄くフレンドリーで、同じソファの隣に座らせてくれたんだよなぁ。ご本人にしたら、この程度の触れ合いはなんでもないのかもしれない。でもされた側はそうもいかない。カッコ良過ぎるお顔に圧倒されて平常心ではいられなくなる。ジェフェリーさんに同情しちゃう。
「はっ、はいぃ……」
ジェフェリーさんがようやく私達にも理解できる言葉を捻り出した。それは先生のお願いを聞き入れるという承諾。
先生達から見てジェフェリーさんへの疑惑はまだ晴れていないはずだ。そんな相手に接近し過ぎではないかと思う。私はもうジェフェリーさんを疑ってはいないけど、先生達は違うでしょうに。セドリックさんがこれでもかってほど眉間に皺を寄せていた。あれはきっとめちゃくちゃ怒ってる。
不用心と言えなくもない先生の行動を諫めるかのように、セドリックさんは軽く咳払いをした。その後は先生の側にぴったりと寄り添い、更に警戒を強めているといった感じだった。大変だなぁ……護衛って。
ジェフェリーさんは魔法使いこと、エルドレッドさんに会った経緯をもう一度説明してくれた。先生とセドリックさんも魔法使いの正体が13歳の少年だと判明した所では、私と同じように驚きの声を上げていた。
横目でカレンの様子を伺ってみる。話の途中で先生に失礼なことを言ったりしないか心配だったが、彼女は再び口を閉ざして大人しくしていた。ひとまず安心。これが嵐の前の静けさでなければ良いのだけど……
「魔法使いは旅をしている子供。これはちょっと、どうしようかねぇ……セディ」
「ジェフェリーさん、少年がその後どこへ向かったか分かりますか?」
「いえ、詳しくは聞いてなくて……北の方に行くみたいなことは言ってましたけど」
「北か。王都から北というとルクト方面か……」
先生とセドリックさんは一通り話を聞き終えると、もう次の段取りを考えているようだ。エルドレッドさんを発見した時の詳しい状況、最後に顔を合わせた正確な日時、そして彼に紹介した仕事はどんなものだったかなど……エルドレッドさんについての質問をジェフェリーさんに投げかけている。何だか私が予想していたのと違う展開になっているような。
「あの、もしかして探すのですか? その魔法使いさんを」
エルドレッドさんは自分を助けてくれた恩人であるジェフェリーさんに会うためにお屋敷を訪れていたのだ。魔法使いではあるけれど、島の事件と関係があるとは思えない。先生とセドリックさんもそう判断するだろうと考えていたのに。彼らはエルドレッドさんを捕らえようとしているように見えた。
「ええ、直接会って確認したいことがありますから」
「あのっ……魔法使いはまだ子供で、ここにいるカレンの知り合いなんです。だから……」
だから? それがなんだというんだ。子供とか誰かの知り合いだとかは関係ないはず。私が気付けなかっただけで、話の中に事件と繋がるような事柄があったのかもしれない。現に確認したいことがあると、セドリックさんは言っている。捜査に私情を持ち込んではいけない。でも……
「カレンちゃん。魔法使いの少年とキミは親しい間柄のようだね。カレンちゃんもお話しを聞かせてくれると嬉しいんだけど……」
「お断り致します」
先生に話しかけられ、カレンが再び口を開く。もう態度が悪いとかそういう次元じゃない。彼女が先生とセドリックさんに向けているのは明確な敵意だった。先生の要望をばっさりと切り捨てる。
「ああ、そうか。ノアが言っていたあの……どうりで。だから半年も前のことを今更ほじくり返していたのか」
口調が変化している……? カレンは独りごとを言っているけど、その途中で知らない人の名前が出てきた。『ノア』とは誰だ。彼女と一緒にエルドレッドさんを探していた連れの友人のことだろうか。
「例え相手がどこの誰であろうと、主君に仇なす者を私は許さない。あの方を捕らえようだなどと業腹の極み」
「ちがっ……違うよ、カレン。先生もセドリックさんも話を聞きたいだけ。エルドレッドさんを捕まえようだなんて思っていない。そうですよね!?」
「そりゃ、いきなりしょっぴいたりはしないだろうけどね。でも知り合いであるキミがそんな堅固な態度取ってるせいで、なーんか怪しいなと思ってはきてるけど」
「ルーイ先生っ!」
先生の言うことも、もっともだった。エルドレッドさんを想うがゆえとはいえ、カレンはあからさま過ぎる。疑惑を持たれてしまうのも仕方ないだろう。
「十数日前……王宮が所在する小島に何者かが無許可で侵入した」
「えっ……?」
「侵入犯はコスタビューテの者でない上に、世にも珍しい『魔法使い』という肩書きを持っていた。島への立ち入りはその魔法の力を利用して行われ、人的被害も出ている。だからあなた達は魔法使いに関連する情報……繋がりを持つかもしれない人間の調査を手当たり次第に行なっている。そうでしょう?」
カレンが淡々と語るのは釣り堀で起きた事件の概要だった。更に私達がジェムラート家に来た目的までもが暴かれてしまう。
「既に神による裁きが下り、犯人の男はこの世から葬られた。それで満足すればよいものを……。恐れ多くも、あの方に賊の仲間だなど嫌疑をかけ、あまつさえ捕らえようとするなんて全くもって許し難い」
どこまで知っているの……この子。どうしてここまで事件のことを把握しているのだ。カレンは一体……
「ああっ……だからあれほど申し上げたのです。やはり私達がお側についていなければならなかった。でもご安心下さい。貴方様の行く手を阻むものは、このカレンが全て排除致しますから」
彼女が最後に発したのは、今この場にはいないエルドレッドさんへ向けての言葉。そしてその直後……私の視界からカレンの姿が消えた。
「ねぇ、ジェフェリーさん。君が会った魔法使いのこと……俺にも教えて」
ジェフェリーさんは口をぱくぱくと動かしているが、言葉が出てこないようだ。かなり動揺している。そんなふたりを至近距離で眺めている私の鼓動も早くなる。恥ずかしいけど目を逸らせない。
先生は軽はずみにこういう事をなさる。人との距離感が異様に近い。私と初めて会った時も物凄くフレンドリーで、同じソファの隣に座らせてくれたんだよなぁ。ご本人にしたら、この程度の触れ合いはなんでもないのかもしれない。でもされた側はそうもいかない。カッコ良過ぎるお顔に圧倒されて平常心ではいられなくなる。ジェフェリーさんに同情しちゃう。
「はっ、はいぃ……」
ジェフェリーさんがようやく私達にも理解できる言葉を捻り出した。それは先生のお願いを聞き入れるという承諾。
先生達から見てジェフェリーさんへの疑惑はまだ晴れていないはずだ。そんな相手に接近し過ぎではないかと思う。私はもうジェフェリーさんを疑ってはいないけど、先生達は違うでしょうに。セドリックさんがこれでもかってほど眉間に皺を寄せていた。あれはきっとめちゃくちゃ怒ってる。
不用心と言えなくもない先生の行動を諫めるかのように、セドリックさんは軽く咳払いをした。その後は先生の側にぴったりと寄り添い、更に警戒を強めているといった感じだった。大変だなぁ……護衛って。
ジェフェリーさんは魔法使いこと、エルドレッドさんに会った経緯をもう一度説明してくれた。先生とセドリックさんも魔法使いの正体が13歳の少年だと判明した所では、私と同じように驚きの声を上げていた。
横目でカレンの様子を伺ってみる。話の途中で先生に失礼なことを言ったりしないか心配だったが、彼女は再び口を閉ざして大人しくしていた。ひとまず安心。これが嵐の前の静けさでなければ良いのだけど……
「魔法使いは旅をしている子供。これはちょっと、どうしようかねぇ……セディ」
「ジェフェリーさん、少年がその後どこへ向かったか分かりますか?」
「いえ、詳しくは聞いてなくて……北の方に行くみたいなことは言ってましたけど」
「北か。王都から北というとルクト方面か……」
先生とセドリックさんは一通り話を聞き終えると、もう次の段取りを考えているようだ。エルドレッドさんを発見した時の詳しい状況、最後に顔を合わせた正確な日時、そして彼に紹介した仕事はどんなものだったかなど……エルドレッドさんについての質問をジェフェリーさんに投げかけている。何だか私が予想していたのと違う展開になっているような。
「あの、もしかして探すのですか? その魔法使いさんを」
エルドレッドさんは自分を助けてくれた恩人であるジェフェリーさんに会うためにお屋敷を訪れていたのだ。魔法使いではあるけれど、島の事件と関係があるとは思えない。先生とセドリックさんもそう判断するだろうと考えていたのに。彼らはエルドレッドさんを捕らえようとしているように見えた。
「ええ、直接会って確認したいことがありますから」
「あのっ……魔法使いはまだ子供で、ここにいるカレンの知り合いなんです。だから……」
だから? それがなんだというんだ。子供とか誰かの知り合いだとかは関係ないはず。私が気付けなかっただけで、話の中に事件と繋がるような事柄があったのかもしれない。現に確認したいことがあると、セドリックさんは言っている。捜査に私情を持ち込んではいけない。でも……
「カレンちゃん。魔法使いの少年とキミは親しい間柄のようだね。カレンちゃんもお話しを聞かせてくれると嬉しいんだけど……」
「お断り致します」
先生に話しかけられ、カレンが再び口を開く。もう態度が悪いとかそういう次元じゃない。彼女が先生とセドリックさんに向けているのは明確な敵意だった。先生の要望をばっさりと切り捨てる。
「ああ、そうか。ノアが言っていたあの……どうりで。だから半年も前のことを今更ほじくり返していたのか」
口調が変化している……? カレンは独りごとを言っているけど、その途中で知らない人の名前が出てきた。『ノア』とは誰だ。彼女と一緒にエルドレッドさんを探していた連れの友人のことだろうか。
「例え相手がどこの誰であろうと、主君に仇なす者を私は許さない。あの方を捕らえようだなどと業腹の極み」
「ちがっ……違うよ、カレン。先生もセドリックさんも話を聞きたいだけ。エルドレッドさんを捕まえようだなんて思っていない。そうですよね!?」
「そりゃ、いきなりしょっぴいたりはしないだろうけどね。でも知り合いであるキミがそんな堅固な態度取ってるせいで、なーんか怪しいなと思ってはきてるけど」
「ルーイ先生っ!」
先生の言うことも、もっともだった。エルドレッドさんを想うがゆえとはいえ、カレンはあからさま過ぎる。疑惑を持たれてしまうのも仕方ないだろう。
「十数日前……王宮が所在する小島に何者かが無許可で侵入した」
「えっ……?」
「侵入犯はコスタビューテの者でない上に、世にも珍しい『魔法使い』という肩書きを持っていた。島への立ち入りはその魔法の力を利用して行われ、人的被害も出ている。だからあなた達は魔法使いに関連する情報……繋がりを持つかもしれない人間の調査を手当たり次第に行なっている。そうでしょう?」
カレンが淡々と語るのは釣り堀で起きた事件の概要だった。更に私達がジェムラート家に来た目的までもが暴かれてしまう。
「既に神による裁きが下り、犯人の男はこの世から葬られた。それで満足すればよいものを……。恐れ多くも、あの方に賊の仲間だなど嫌疑をかけ、あまつさえ捕らえようとするなんて全くもって許し難い」
どこまで知っているの……この子。どうしてここまで事件のことを把握しているのだ。カレンは一体……
「ああっ……だからあれほど申し上げたのです。やはり私達がお側についていなければならなかった。でもご安心下さい。貴方様の行く手を阻むものは、このカレンが全て排除致しますから」
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