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177話 中庭(3)
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カレンは人を探していた。ほんの僅かな手掛かりを頼りにコスタビューテへやって来たのだ。その人物は彼女にとってとても大切な人。ジェフェリーさんが半年前に会った魔法使い……名前が一致したことにより、彼女がずっと探し求めていたその人だと確信したのだろう。
「カレン、大丈夫?」
「うん、ごめんね。嬉しくて……」
「俺は何がなんだか……」
ジェフェリーさんはカレンの事情を全く知らないため、突然泣きだしてしまった彼女を見て大慌てだ。このまま置いてけぼりにするのは気の毒なので、彼にも軽く経緯を説明してあげることにした。
「カレンはずっと人を探していたんです。コスタビューテに来たのもそれが理由で。私も非常に驚いていますが、ジェフェリーさんがお会いした魔法使いが、その彼女の探し人のようなのです」
『そうなんだよね?』とカレンに確認すると、彼女は静かに頷いた。いくらか落ち着いてきたようだ。
「あの方がコスタビューテにいたというのは曖昧な情報だったんです。それでも他にあてはなく、私達は藁にもすがる思いでした」
「それじゃあ、あの時の……エルドレッドはカレンちゃんの知り合いだったって事?」
涙で濡れた目元をカレンは手の甲で拭った。先ほどまで泣いていたのが嘘のように彼女は表情を引き締めると、ジェフェリーさんの正面に立った。
「あの方は……エルドレッド様は、私にとって己の命よりも大切な方なのです。あなたがいなければ危うく失ってしまうところだった。ジェフェリーさん、心より御礼を申し上げます。エルドレッド様を救って頂き、ありがとうございました」
「いや、俺なんて大したことしてないからさ……」
カレンは深く頭を下げる。重々しい雰囲気にジェフェリーさんは更におろおろとしてしまう。私も圧倒されて背筋が伸びた。
ジェムラート家にいた魔法使いの正体が明らかになったけど……ジェフェリーさんも含め、島で起きた事件とは関係無さそうだよなぁ。魔法使いは13歳の子供。お屋敷にいた理由はジェフェリーさんに会うためだったようだし……
それにしてもカレンとその魔法使い……エルドレッドさんはどういう関係なのだろうか。普通の友達とは違うと思っていたけど。なんかそっちの方が気になってしまう。
「でも、せっかく来たのに会えなかったのは残念だよな。王都にいたのはかなり前の事だし……せめて俺が次の目的地をもっとしっかり聞いていれば良かったのに。ごめんな」
「コスタビューテにいらっしゃったのが間違いではなかったと判明しただけでも良いのです。それに北に向かわれたというのは貴重な情報です。あの方との再会にまた一歩近付くことが出来ました。本当にありがとうございます」
カレンは再び頭を下げた。彼女はこれからどうするのだろう。ジェムラート家と結んだ雇用契約期間はひと月だ。これは旅の資金を稼ぐためだと聞いた。すぐにでもエルドレッドさんを追いかけたいのだろうけど、それなりにまとまったお金が無ければ捜索も行き詰まってしまう。お連れの人に相談して決めるのかな。カレンに今後の予定を確認しようとしたその時――
私達がいる花壇に向かって歩いてくる人影に気付いた。そこそこ距離があるこの段階でも感じ取れる容姿の美しさ。その方が誰であるかなんて考えるまでもなかった。
「おーい、リズちゃん」
「ルーイ先生……」
向こうも私がいるのに気付いたようで、手を振りながら名前を呼ばれる。相変わらずの美貌に惚れ惚れしてしまう。
先生の少し後ろにセドリックさんの姿も確認できた。満面の笑顔である先生とは反対に彼の表情は険しい。対照的な空気を纏っているおふたりに首を傾げつつも、今この場に足を運んでくださったという偶然に感謝した。
「おはよう、リズちゃん」
「おはようございます、ルーイ先生。セドリックさんも……おはようございます」
「おはようございます」
セドリックさんも先生ほどではないが、小さく微笑みながら挨拶を返してくれた。さっきのは見間違いだったのかな。でもよく考えてみたら、彼は先生の護衛をしている最中なのだった。神経を研ぎ澄まし、周囲を警戒しているはず。真剣な顔をしているのは当然だ。
「部屋の窓からリズちゃん達がいるのが見えたからさ……挨拶がてらちょっとお話をしたいと思ってね」
先生はジェフェリーさんに笑顔を向ける。ジェフェリーさんがひゅっと息を呑んだのが分かった。頬も薄っすらと赤く染まっている。ジェフェリーさんの反応は、少し前の自分を見ているようだった。先生の笑顔の破壊力を改めて実感する。
「リズちゃん……この方が例の先生だよね?」
「はい、ルーイ先生です」
「凄いね……有名な劇団の役者さんみたいだ。俺男なのにちょっとドキッとしちゃったよ」
お屋敷の女性陣が騒ぐわけだと、胸の辺りに手を添えながらジェフェリーさんは呟いた。彼の言葉に私も強く頷く。きっとカレンも先生に見惚れているに違いない。私は彼女もジェフェリーさんや侍女達と同じようなリアクションをしているだろうと思っていた。先生達を見てみたいとカレン自身も言っていたから……。しかし、この時のカレンの様子は私が予想していたものとは全く違っていた。
先生とセドリックさんを見つめているが、そこに浮ついた感情は一切感じられなかった。口を真っ直ぐに引き結び、睨みつけるかのようなキツい眼差し。彼女が時折り見せる、あの怖い目をしていたのだった。
「カレン、大丈夫?」
「うん、ごめんね。嬉しくて……」
「俺は何がなんだか……」
ジェフェリーさんはカレンの事情を全く知らないため、突然泣きだしてしまった彼女を見て大慌てだ。このまま置いてけぼりにするのは気の毒なので、彼にも軽く経緯を説明してあげることにした。
「カレンはずっと人を探していたんです。コスタビューテに来たのもそれが理由で。私も非常に驚いていますが、ジェフェリーさんがお会いした魔法使いが、その彼女の探し人のようなのです」
『そうなんだよね?』とカレンに確認すると、彼女は静かに頷いた。いくらか落ち着いてきたようだ。
「あの方がコスタビューテにいたというのは曖昧な情報だったんです。それでも他にあてはなく、私達は藁にもすがる思いでした」
「それじゃあ、あの時の……エルドレッドはカレンちゃんの知り合いだったって事?」
涙で濡れた目元をカレンは手の甲で拭った。先ほどまで泣いていたのが嘘のように彼女は表情を引き締めると、ジェフェリーさんの正面に立った。
「あの方は……エルドレッド様は、私にとって己の命よりも大切な方なのです。あなたがいなければ危うく失ってしまうところだった。ジェフェリーさん、心より御礼を申し上げます。エルドレッド様を救って頂き、ありがとうございました」
「いや、俺なんて大したことしてないからさ……」
カレンは深く頭を下げる。重々しい雰囲気にジェフェリーさんは更におろおろとしてしまう。私も圧倒されて背筋が伸びた。
ジェムラート家にいた魔法使いの正体が明らかになったけど……ジェフェリーさんも含め、島で起きた事件とは関係無さそうだよなぁ。魔法使いは13歳の子供。お屋敷にいた理由はジェフェリーさんに会うためだったようだし……
それにしてもカレンとその魔法使い……エルドレッドさんはどういう関係なのだろうか。普通の友達とは違うと思っていたけど。なんかそっちの方が気になってしまう。
「でも、せっかく来たのに会えなかったのは残念だよな。王都にいたのはかなり前の事だし……せめて俺が次の目的地をもっとしっかり聞いていれば良かったのに。ごめんな」
「コスタビューテにいらっしゃったのが間違いではなかったと判明しただけでも良いのです。それに北に向かわれたというのは貴重な情報です。あの方との再会にまた一歩近付くことが出来ました。本当にありがとうございます」
カレンは再び頭を下げた。彼女はこれからどうするのだろう。ジェムラート家と結んだ雇用契約期間はひと月だ。これは旅の資金を稼ぐためだと聞いた。すぐにでもエルドレッドさんを追いかけたいのだろうけど、それなりにまとまったお金が無ければ捜索も行き詰まってしまう。お連れの人に相談して決めるのかな。カレンに今後の予定を確認しようとしたその時――
私達がいる花壇に向かって歩いてくる人影に気付いた。そこそこ距離があるこの段階でも感じ取れる容姿の美しさ。その方が誰であるかなんて考えるまでもなかった。
「おーい、リズちゃん」
「ルーイ先生……」
向こうも私がいるのに気付いたようで、手を振りながら名前を呼ばれる。相変わらずの美貌に惚れ惚れしてしまう。
先生の少し後ろにセドリックさんの姿も確認できた。満面の笑顔である先生とは反対に彼の表情は険しい。対照的な空気を纏っているおふたりに首を傾げつつも、今この場に足を運んでくださったという偶然に感謝した。
「おはよう、リズちゃん」
「おはようございます、ルーイ先生。セドリックさんも……おはようございます」
「おはようございます」
セドリックさんも先生ほどではないが、小さく微笑みながら挨拶を返してくれた。さっきのは見間違いだったのかな。でもよく考えてみたら、彼は先生の護衛をしている最中なのだった。神経を研ぎ澄まし、周囲を警戒しているはず。真剣な顔をしているのは当然だ。
「部屋の窓からリズちゃん達がいるのが見えたからさ……挨拶がてらちょっとお話をしたいと思ってね」
先生はジェフェリーさんに笑顔を向ける。ジェフェリーさんがひゅっと息を呑んだのが分かった。頬も薄っすらと赤く染まっている。ジェフェリーさんの反応は、少し前の自分を見ているようだった。先生の笑顔の破壊力を改めて実感する。
「リズちゃん……この方が例の先生だよね?」
「はい、ルーイ先生です」
「凄いね……有名な劇団の役者さんみたいだ。俺男なのにちょっとドキッとしちゃったよ」
お屋敷の女性陣が騒ぐわけだと、胸の辺りに手を添えながらジェフェリーさんは呟いた。彼の言葉に私も強く頷く。きっとカレンも先生に見惚れているに違いない。私は彼女もジェフェリーさんや侍女達と同じようなリアクションをしているだろうと思っていた。先生達を見てみたいとカレン自身も言っていたから……。しかし、この時のカレンの様子は私が予想していたものとは全く違っていた。
先生とセドリックさんを見つめているが、そこに浮ついた感情は一切感じられなかった。口を真っ直ぐに引き結び、睨みつけるかのようなキツい眼差し。彼女が時折り見せる、あの怖い目をしていたのだった。
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