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169話 タヌキ寝入り

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 ジェムラート邸に来て早くも1日が経過した。レオン様に調査状況を報告しなければならないな。
 リズさんはレオン様とクレハ様の意向もあり、初日はご家族の元で過ごして頂くことになっていた。よって、1日目は俺とルーイ先生とミシェルの3人で屋敷内を調べた。ミシェルの方は短期間とはいえ、一度訪れたことがある場所なので特に問題も無く周囲に溶け込むことが出来ているようだ。顔と名前を覚えてくれていた使用人もいるので、話もしやすいと言っていた。今日からはそれにリズさんも加わってくれる。更に踏み込んで調査することが出来るだろう。彼女らに期待しているのは主にニコラ・イーストンの情報収集だが……
 現時点で判明したのは、ニコラ・イーストンがここ数日体調が優れないとかで仕事を休んでいるということ。我々は彼女がフィオナ様のリブレール行きに同行しなかった事をを訝しんでいたのだが、単に体調不良が理由だったのだろうか。しかし、前回ミシェルが訪問した際に見せたという、ミシェルを避けるような不自然な態度など気になることはまだある。具合が悪いと一言に言っても、どのような症状なのかとか……もう少し詳しく探りたいな。

 そしてもうひとりの調査対象、ジェフェリー・バラードについて。彼とは一応面識があるということで、俺が先陣を切って初日に軽く挨拶を交わした。
 俺が軍の人間で王太子に仕えていると知って、かなり驚いていた。初めて会った時は故意に隠していたし、日頃から進んで吹聴もしないので店の常連でも知らない人が多いから仕方ない。
 レオン様に近しい立場に俺がいるのだと分かると、ジェフェリーさんは堰を切ったかのようにクレハ様のことを尋ねてきた。内容は主に体調面のことだった。その真剣で必死な表情を目の当たりにした俺は……やはりこの人が王宮へ……クレハ様がいらっしゃる場所へ悪さをしたとは到底思えなかった。けれど、ジェフェリーさんが演技をしているという可能性もあるのだ。
 半年前にジェムラート邸にいたという、ニュアージュの魔法使いとの接点はこれから調べていくところだが……果たしてジェフェリーさんはどのように答えてくれるのだろうか。

 滞在できる日数は多くない。時間は限られている。今日は昨日よりも本腰を入れて調査に当たらなくてはな。そのためには……。俺は正面にある扉を見据えた。
 ここはルーイ先生のお部屋の前だ。どうやら彼は熟睡しているらしく、内部からは物音ひとつ聞こえてこない。自前の懐中時計で時間を確認すると、現在朝の8時過ぎ。そろそろ起きて頂かなくては。軽く握りこぶしを作り、扉を数回ノックする。しばらく反応を待ってみるが、やはりうんともすんともいわない。もう一度ノックをする。今度は軽く声をかけながら。

「ルーイ先生、セドリックです。まだお休みですか?」

 反応無し。声の大きさを上げて再度呼びかけようとした時だった。部屋の中から返事が返ってくる。

「セディ……?」

 普段より低く掠れた声は、いかにも今起きましたと言わんばかりだ。ぐっすり寝むれたのならば結構だが、緊張感に欠ける先生の態度に幾許か呆れも感じてしまう。

「そうですよ。時計を見て下さい、もう8時です」

 気怠そうに俺の名前を確認した後、また返事が途絶えてしまった。おそらく二度寝したのだろう。

「先生、駄目です。起きて下さい」

 同居人……というにはまだ共に過ごした時間は短いが、その視点から言わせて貰うと先生は朝に強くて寝起きは良かったはずだが。時々俺よりも早く起床していたくらいだ。その彼がこのように眠り込んでなかなか起きてこない。疲れていらっしゃるのだろうか……ならば、もうしばらく寝かせておいてあげた方が良いか。いや、それは駄目だ。そもそも今回の調査に付いてくると言い出したのは先生本人じゃないか。俺は止めた。

「失礼致します」

 ここは心を鬼にして叩き起こすくらいの強気で行かせてもらう。時間に余裕はない。きびきびと動いて頂かなくては困る。俺は勢い勇んで先生の部屋へと足を踏み入れた。










 部屋の奥に鎮座している大きなベッド。その上には白い塊が乗っかっていた。決して小さくはない体にシーツを巻き付けて先生は眠っているようだ。僅かに出来ている隙間からは腕がはみ出しており、ベッドの端からだらりと垂れ下がっていた。無遠慮に部屋の中に入ってきた俺に対して何のリアクションも無い。マジで二度寝してやがる。
 白い塊は中にくるまっている者の呼吸に合わせて上下に揺れている。規則正しく動くそれにゆっくりと近付いていく。

「ルーイ先生! 起きて下さい」

 ミノムシ状態の彼に向かって手を伸ばす。無理矢理シーツを剥ぎ取ってやろうとしたのだ。けれど、あと少しで手が触れるというところで、バサリと音を立てながら目の前のシーツが宙に舞い上がった。突然のことに呆気に取られてしまう。更に追い討ちをかけるように、手首を締め付けるような感覚が襲った。シーツを掴もうとしていた手が逆に掴み取られ、思い切り引っ張られたのだ。

「セディみたいなのをね……飛んで火に入る夏の虫っていうんだよ」

「は?」

 俺は今どうなっているんだ。体のバランスを崩して正面に倒れ込んだ気がする。痛みは無い……頭と背中に広がる柔らかい感触はむしろ心地良いくらいで。

「簡単にハメられ過ぎ。お前、実はワザとだったりしない?」

 至極楽しそうに俺を見下ろしているのはルーイ先生だ。眠っていたのではなかったのか。彼の背後に部屋の天井が見えた。俺と先生の現在の位置関係……そして自分の体勢を理解する。またか、俺はまたやってしまったのか……!? 先生の台詞からしても確定だった。何度同じこと繰り返せば気が済むんだ。

「セディ、何か言ってよ。セディがそういうつもりなんだったら……」

 自分の間抜けぶりに呆れるのも反省するのも後回しだ。状況は極めて悪い。認めたくはないけれど、自分に対して好意を持っている相手にベッドの上で馬乗りになられている。この現状をどうやって切り抜けるか……それを考えるのが先だった。
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