167 / 234
166話 調査開始?
しおりを挟む
私がレオン殿下の要請を受け、王宮に赴いたのはおよそひと月前。そこまで長期間というわけではなかったのだけれど、ジェムラートのお屋敷の雰囲気がずいぶんと変わっているように思う。
フィオナ様のリブレール行きに奥様が付き添う事になったので、エミール様もご一緒にという流れになったらしい。まだ2歳になったばかりの幼い子供を、母親の側から離すべきではないとされたのだとか。
フィオナ様に奥様、エミール様……そして彼らの身の回りのお世話をする使用人達。リブレール行きの一団は想定していたよりも大所帯になり、かなりの人数がお屋敷を離れることになってしまった。
それでもジェムラート家は元々の使用人の数がかなり多い。急な来客にだって問題無く対応できる程度の人員は確保されている。屋敷の中も掃除が行き届いてピカピカだ。傍目には何も問題がないように見えるのだろうな。しかし、私には今のお屋敷は、どこか物悲しくて冷たい空気が流れているように感じたのだ……それはきっと、人が少ないだけが理由ではない。
家主以外の家族が長期不在という、あまり無いであろう状況に陥っているジェムラート家。私達はこのお屋敷の人間を調べるためにやって来た。現在はその2日目になる。
皆のご厚意で1日目は実家の方に帰宅させて頂いた。何だかんだ我が家というのは落ち着く。1日ではあったけれど家族と共に過ごさせて貰い、良い気分転換になった。クレハ様のことが心配で堪らなかった父が、王宮で彼女がどのように過ごされているかを根掘り葉掘り質問してきた。これにはちょっとだけうんざりしたけどね。
遅れてのスタートになったけれど、私も今日から調査に加わることになる。とにかく足を引っ張らないように気を付けないと……
時刻は朝の6時。ルーイ先生はきっとまだお休みだろう。セドリックさんとミシェルさんなら起きてるかな。おふたりの姿を探しながら屋敷の廊下を進んで行く。
私はクレハ様にお使いを頼まれたという理由で一時的に帰ってきたことになっている。怪しまれないように、クレハ様には本当に用事を作って頂いたのだ。ひとつは旦那様と奥様への手紙を渡すこと。これは初日に完了した。もうひとつは……
「あっ、リズじゃない。おはよう」
「マリエルさん! おはようございます」
廊下の反対側から歩いて来た女性に声をかけられた。彼女はマリエルさん。侍女見習いの私を指導してくださっている先輩だ。
「丁度良かった。あなたに聞きたいことがあったのよ。今から一緒に来て貰ってもいい?」
「えっ、ちょっとマリエルさん!?」
彼女は私の返事を待たずに腕を掴み取る。大した抵抗も出来ないまま、私はずるずると引きずられるようにどこかに連れていかれてしまったのだった。
マリエルさんに連れてこられたのは、厨房の近くにある休憩室だ。彼女は『ここで待っていて』と私を残してさっさと退室してしまう。
「そう言われてもなぁ……」
具体的な時間を提示されなかったので困ってしまう。待つってどのくらい? できるだけ早くミシェルさん達と合流したかったのだけど。ただでさえ、私は1日お休みを頂いたようなものなのだ。早くお手伝いがしたい。
そわそわと落ち着かず室内を歩き回っていると、ガチャリとドアノブを回す音がした。扉がゆっくりと開かれて、そこからひとりの女の子が顔を覗かせた。
「あっ、えっと……」
誰だろう……この子。初めて見る。全く面識の無い少女の登場に、言葉が詰まってしまった。新しく入った使用人だろうか。私と同じお仕着せを身に付けている。
「…………」
何か喋ってくれないかな……。扉は半分ほど開かれているが、彼女が部屋の中に入ってくる気配はない。多分年上なんだろうけど……12、3歳くらいに見える。肩上の長さに切り揃えられた青みがかった黒髪。瞳も同じく黒色。チラチラとこちらに視線を投げかけ、物言いたそうな素振りをしている。
もしかしてマリエルさんは、この子を私に紹介しようとしていたんじゃないだろうか。見たところかなり奥手そうな女の子だ。歳が近いだろう私となら、打ち解けるのも早いのではと考えたのかな。そういうことであれば……
「私はリズ・ラサーニュ。こちらのお屋敷で侍女見習いをしているの。あなたは?」
「……わ、わたしは……カレン」
こちらから声をかけると、彼女は驚いたように肩を振るわせる。返事も小さくてか細いものだったけれど、それでもしっかりと言葉を返してくれた。話しかければきちんと答えてくれることに安心する。
「カレンって呼んでもいい? 私のこともリズでいいよ」
「うん」
「カレンもマリエルさんに呼ばれてここに来たの?」
彼女は静かに頷く。やはりそうだった。そうなると理由の方も当たりだろうな。面倒見が良いマリエルさんらしい。
「朝のお仕事はいいから、この部屋で待っていてと言われて……」
「私と同じだね。カレン、良かったらこっちに来て座ってお話ししない?」
彼女は相変わらず扉の隙間からこちらを伺うように話をしていた。マリエルさんはいつ戻ってくるか分からない。ひとりで悶々としているよりは、彼女とおしゃべりでもしていた方が有意義だ。きっとマリエルさんはそれが狙いだろうしね。
「えっと……じゃあ、少しだけなら」
私の誘いに一瞬迷ったような表情をしたけれど、カレンはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。
フィオナ様のリブレール行きに奥様が付き添う事になったので、エミール様もご一緒にという流れになったらしい。まだ2歳になったばかりの幼い子供を、母親の側から離すべきではないとされたのだとか。
フィオナ様に奥様、エミール様……そして彼らの身の回りのお世話をする使用人達。リブレール行きの一団は想定していたよりも大所帯になり、かなりの人数がお屋敷を離れることになってしまった。
それでもジェムラート家は元々の使用人の数がかなり多い。急な来客にだって問題無く対応できる程度の人員は確保されている。屋敷の中も掃除が行き届いてピカピカだ。傍目には何も問題がないように見えるのだろうな。しかし、私には今のお屋敷は、どこか物悲しくて冷たい空気が流れているように感じたのだ……それはきっと、人が少ないだけが理由ではない。
家主以外の家族が長期不在という、あまり無いであろう状況に陥っているジェムラート家。私達はこのお屋敷の人間を調べるためにやって来た。現在はその2日目になる。
皆のご厚意で1日目は実家の方に帰宅させて頂いた。何だかんだ我が家というのは落ち着く。1日ではあったけれど家族と共に過ごさせて貰い、良い気分転換になった。クレハ様のことが心配で堪らなかった父が、王宮で彼女がどのように過ごされているかを根掘り葉掘り質問してきた。これにはちょっとだけうんざりしたけどね。
遅れてのスタートになったけれど、私も今日から調査に加わることになる。とにかく足を引っ張らないように気を付けないと……
時刻は朝の6時。ルーイ先生はきっとまだお休みだろう。セドリックさんとミシェルさんなら起きてるかな。おふたりの姿を探しながら屋敷の廊下を進んで行く。
私はクレハ様にお使いを頼まれたという理由で一時的に帰ってきたことになっている。怪しまれないように、クレハ様には本当に用事を作って頂いたのだ。ひとつは旦那様と奥様への手紙を渡すこと。これは初日に完了した。もうひとつは……
「あっ、リズじゃない。おはよう」
「マリエルさん! おはようございます」
廊下の反対側から歩いて来た女性に声をかけられた。彼女はマリエルさん。侍女見習いの私を指導してくださっている先輩だ。
「丁度良かった。あなたに聞きたいことがあったのよ。今から一緒に来て貰ってもいい?」
「えっ、ちょっとマリエルさん!?」
彼女は私の返事を待たずに腕を掴み取る。大した抵抗も出来ないまま、私はずるずると引きずられるようにどこかに連れていかれてしまったのだった。
マリエルさんに連れてこられたのは、厨房の近くにある休憩室だ。彼女は『ここで待っていて』と私を残してさっさと退室してしまう。
「そう言われてもなぁ……」
具体的な時間を提示されなかったので困ってしまう。待つってどのくらい? できるだけ早くミシェルさん達と合流したかったのだけど。ただでさえ、私は1日お休みを頂いたようなものなのだ。早くお手伝いがしたい。
そわそわと落ち着かず室内を歩き回っていると、ガチャリとドアノブを回す音がした。扉がゆっくりと開かれて、そこからひとりの女の子が顔を覗かせた。
「あっ、えっと……」
誰だろう……この子。初めて見る。全く面識の無い少女の登場に、言葉が詰まってしまった。新しく入った使用人だろうか。私と同じお仕着せを身に付けている。
「…………」
何か喋ってくれないかな……。扉は半分ほど開かれているが、彼女が部屋の中に入ってくる気配はない。多分年上なんだろうけど……12、3歳くらいに見える。肩上の長さに切り揃えられた青みがかった黒髪。瞳も同じく黒色。チラチラとこちらに視線を投げかけ、物言いたそうな素振りをしている。
もしかしてマリエルさんは、この子を私に紹介しようとしていたんじゃないだろうか。見たところかなり奥手そうな女の子だ。歳が近いだろう私となら、打ち解けるのも早いのではと考えたのかな。そういうことであれば……
「私はリズ・ラサーニュ。こちらのお屋敷で侍女見習いをしているの。あなたは?」
「……わ、わたしは……カレン」
こちらから声をかけると、彼女は驚いたように肩を振るわせる。返事も小さくてか細いものだったけれど、それでもしっかりと言葉を返してくれた。話しかければきちんと答えてくれることに安心する。
「カレンって呼んでもいい? 私のこともリズでいいよ」
「うん」
「カレンもマリエルさんに呼ばれてここに来たの?」
彼女は静かに頷く。やはりそうだった。そうなると理由の方も当たりだろうな。面倒見が良いマリエルさんらしい。
「朝のお仕事はいいから、この部屋で待っていてと言われて……」
「私と同じだね。カレン、良かったらこっちに来て座ってお話ししない?」
彼女は相変わらず扉の隙間からこちらを伺うように話をしていた。マリエルさんはいつ戻ってくるか分からない。ひとりで悶々としているよりは、彼女とおしゃべりでもしていた方が有意義だ。きっとマリエルさんはそれが狙いだろうしね。
「えっと……じゃあ、少しだけなら」
私の誘いに一瞬迷ったような表情をしたけれど、カレンはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
二度とお姉様と呼ばないで〜婚約破棄される前にそちらの浮気現場を公開させていただきます〜
雑煮
恋愛
白魔法の侯爵家に生まれながら、火属性として生まれてしまったリビア。不義の子と疑われ不遇な人生を歩んだ末に、婚約者から婚約破棄をされ更には反乱を疑われて処刑されてしまう。だが、その死の直後、五年前の世界に戻っていた。
リビアは死を一度経験し、家族を信じることを止め妹と対立する道を選ぶ。
だが、何故か前の人生と違う出来事が起こり、不可解なことが続いていく。そして、王族をも巻き込みリビアは自身の回帰の謎を解いていく。
完 あの、なんのことでしょうか。
水鳥楓椛
恋愛
私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。
よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。
それなのに………、
「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」
王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。
「あの………、なんのことでしょうか?」
あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。
「私、彼と婚約していたの?」
私の疑問に、従者は首を横に振った。
(うぅー、胃がいたい)
前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。
(だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?
ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。
当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める……
と思っていたのに…!??
狼獣人×ウサギ獣人。
※安心のR15仕様。
-----
主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる