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162話 帰り道
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お香と便箋を購入して、私とレナードさんはギルさんのお店を後にした。お香はたくさん種類があってどれにするかとても迷ったけれど、ギルさんのアドバイスを参考にしながら気に入った香りの物をいくつか選んだ。
その際にギルさんは、サービスだと言って小さな香炉をおまけしてくれた。香炉は王宮にもあるだろうけれど、自分専用という響きは特別感があって嬉しくなってしまう。使用時の注意などもしっかり教えて頂いたので、自室に戻ったら早速焚いてみよう。
「クレハ様の気に入る物があって良かったですね。あっ! でも、お香を焚かれる時は侍女を呼んで下さいね。ひとりで火を使うのは危ないですから」
「はーい」
レナードさんはあの後……ユリウスさんと一言二言会話を交わすと、ギルさんと一緒に私のお香選びに混ざった。ユリウスさんはというと、私がお香に集中している間にお店から姿を消していた。あんなにお昼寝したがっていたのに……
6日前から島に来ているとユリウスさんは言っていたが、彼も『とまり木』の隊員ならば王宮に私室が与えられているはずだ。けれど、ユリウスさんがそこを利用している気配は全く無かった。彼の姿を王宮内で見かけたことは一度たりともないのだ。
王宮はとても広い。ひょっとして私が気付かなかっただけだったりするのかな。でも、レナードさんもユリウスさんがいることに驚いていたのでそれは無さそう。
王宮でなくとも使用人用の宿舎に空いている部屋もありそうだし、そもそも島で寝泊まり自体をしていないのかもしれない。彼らは島に出入リ自由という特別待遇なのだから。
レオンの私兵である『とまり木』……6人目はユリウス・アーネットさんという男性で、なんとお医者様だった。こうなるとより一層気になってしまうのは最後のひとり。どんな方なのだろうか……
「もう殿下のお勉強の時間は終わっていますね。クレハ様が王宮にいらっしゃらないので、きっとイライラしてお待ちですよ。勉強を終えたら真っ先に貴女のお顔を見たかったでしょうからね」
「そうでしょうか? 離れていたのはほんの少しの間なのに……」
「それでもですよ。その新しいドレスも……着替える前に殿下に見せてあげて下さいね」
外出する直前に、レナードさんは侍女に言伝を頼んだと仰っていたし……王妃様も私達がお店へ出かけた事をご存知だ。所在がはっきりしているのだから、レオンにそこまで心配をさせる事はないと思うのだけど。
それはそうと、レナードさん……わざとらしいくらいユリウスさんの話題を出さないな。やっぱり私の前であまり事件のことを掘り返したくないのだろう。
「レナードさん……私、あなたに聞きたいことがあるのです。歩きながらでも良いので聞いて貰えますか?」
「……ええ、もちろん。何でしょうか」
歩きながらでも良いと言ったのに、レナードさんは足を止めた。目尻を下げた優しい顔で私を見つめている。彼の朱色の瞳を縁取る長い睫毛は、瞬きするたびに音が鳴りそうだった。綺麗な人だよな……改めてそれを意識してしまうと鼓動が早くなってしまう。しかし、今は彼に見惚れている時ではない。
「釣り堀の……管理人さんが亡くなった事件についてなんです」
事件の話を切り出した途端、レナードさんの表情が変化する。眉を僅かにひそめながら、彼は小さく息を吐いた。
「ユリウスのせいで思い出させてしまったのですね……」
「いいえ。ユリウスさんにお会いしたのとは関係ありません。私はずっと気になっていたのです。むしろ、ユリウスさんの話をもっと詳しく聞きたいくらいで……」
「クレハ様……お気持ちは分かりますが、管理人の死については現在も捜査をしている最中なのです。新たに判明した事実もあれば、推測の域を出ていない不確かな事柄もたくさんあります。よって、まだ貴女にお話しできるような段階ではないと……私は考えております」
真偽不明の情報で私を心配させたり、怖がらせたくはないのだとレナードさんは語った。
教えないと言われたわけではない……ただ、今はまだ無理だと。事件について質問されても答えるのは難しいと断られてしまった。
「どうしても駄目ですか? 教えて頂かないと、それはそれで想像を膨らませて不安な気持ちになってしまうのですが」
事実だと判明していることだけで良いので教えては貰えないかと、私は食い下がった。ユリウスさんは関係ないと言ったが、彼に会ったことで心の隅に追いやっていた知りたいという欲が抑えられなくなってしまったのだ。
「どちらにせよ、不安にさせるのは同じ……か。やれやれ……困りましたね。私はクレハ様にお願いをされたら何でも叶えて差し上げたくなる」
「それじゃ……」
「分かりました。事件について、現時点で判明していることをお話し致しましょう」
割とあっさりレナードさんが折れた。粘ってみるものだな。やはり彼は私に対して甘々だった。
「最終的にはクレハ様にも報告することになりますので……殿下の許可を頂いてからになりますが、よろしいですか?」
「はい! ありがとうございます、レナードさん」
王宮に帰ったら早速レオンに相談し、彼にも立ち会って貰うとのこと。ワガママを言ってごめんなさい。私を楽しませようと外に連れてきて下さったのだろうに……。レナードさん達の意に沿わぬ行動をしているであろうことに、心の中でひっそりと謝罪をした。
その際にギルさんは、サービスだと言って小さな香炉をおまけしてくれた。香炉は王宮にもあるだろうけれど、自分専用という響きは特別感があって嬉しくなってしまう。使用時の注意などもしっかり教えて頂いたので、自室に戻ったら早速焚いてみよう。
「クレハ様の気に入る物があって良かったですね。あっ! でも、お香を焚かれる時は侍女を呼んで下さいね。ひとりで火を使うのは危ないですから」
「はーい」
レナードさんはあの後……ユリウスさんと一言二言会話を交わすと、ギルさんと一緒に私のお香選びに混ざった。ユリウスさんはというと、私がお香に集中している間にお店から姿を消していた。あんなにお昼寝したがっていたのに……
6日前から島に来ているとユリウスさんは言っていたが、彼も『とまり木』の隊員ならば王宮に私室が与えられているはずだ。けれど、ユリウスさんがそこを利用している気配は全く無かった。彼の姿を王宮内で見かけたことは一度たりともないのだ。
王宮はとても広い。ひょっとして私が気付かなかっただけだったりするのかな。でも、レナードさんもユリウスさんがいることに驚いていたのでそれは無さそう。
王宮でなくとも使用人用の宿舎に空いている部屋もありそうだし、そもそも島で寝泊まり自体をしていないのかもしれない。彼らは島に出入リ自由という特別待遇なのだから。
レオンの私兵である『とまり木』……6人目はユリウス・アーネットさんという男性で、なんとお医者様だった。こうなるとより一層気になってしまうのは最後のひとり。どんな方なのだろうか……
「もう殿下のお勉強の時間は終わっていますね。クレハ様が王宮にいらっしゃらないので、きっとイライラしてお待ちですよ。勉強を終えたら真っ先に貴女のお顔を見たかったでしょうからね」
「そうでしょうか? 離れていたのはほんの少しの間なのに……」
「それでもですよ。その新しいドレスも……着替える前に殿下に見せてあげて下さいね」
外出する直前に、レナードさんは侍女に言伝を頼んだと仰っていたし……王妃様も私達がお店へ出かけた事をご存知だ。所在がはっきりしているのだから、レオンにそこまで心配をさせる事はないと思うのだけど。
それはそうと、レナードさん……わざとらしいくらいユリウスさんの話題を出さないな。やっぱり私の前であまり事件のことを掘り返したくないのだろう。
「レナードさん……私、あなたに聞きたいことがあるのです。歩きながらでも良いので聞いて貰えますか?」
「……ええ、もちろん。何でしょうか」
歩きながらでも良いと言ったのに、レナードさんは足を止めた。目尻を下げた優しい顔で私を見つめている。彼の朱色の瞳を縁取る長い睫毛は、瞬きするたびに音が鳴りそうだった。綺麗な人だよな……改めてそれを意識してしまうと鼓動が早くなってしまう。しかし、今は彼に見惚れている時ではない。
「釣り堀の……管理人さんが亡くなった事件についてなんです」
事件の話を切り出した途端、レナードさんの表情が変化する。眉を僅かにひそめながら、彼は小さく息を吐いた。
「ユリウスのせいで思い出させてしまったのですね……」
「いいえ。ユリウスさんにお会いしたのとは関係ありません。私はずっと気になっていたのです。むしろ、ユリウスさんの話をもっと詳しく聞きたいくらいで……」
「クレハ様……お気持ちは分かりますが、管理人の死については現在も捜査をしている最中なのです。新たに判明した事実もあれば、推測の域を出ていない不確かな事柄もたくさんあります。よって、まだ貴女にお話しできるような段階ではないと……私は考えております」
真偽不明の情報で私を心配させたり、怖がらせたくはないのだとレナードさんは語った。
教えないと言われたわけではない……ただ、今はまだ無理だと。事件について質問されても答えるのは難しいと断られてしまった。
「どうしても駄目ですか? 教えて頂かないと、それはそれで想像を膨らませて不安な気持ちになってしまうのですが」
事実だと判明していることだけで良いので教えては貰えないかと、私は食い下がった。ユリウスさんは関係ないと言ったが、彼に会ったことで心の隅に追いやっていた知りたいという欲が抑えられなくなってしまったのだ。
「どちらにせよ、不安にさせるのは同じ……か。やれやれ……困りましたね。私はクレハ様にお願いをされたら何でも叶えて差し上げたくなる」
「それじゃ……」
「分かりました。事件について、現時点で判明していることをお話し致しましょう」
割とあっさりレナードさんが折れた。粘ってみるものだな。やはり彼は私に対して甘々だった。
「最終的にはクレハ様にも報告することになりますので……殿下の許可を頂いてからになりますが、よろしいですか?」
「はい! ありがとうございます、レナードさん」
王宮に帰ったら早速レオンに相談し、彼にも立ち会って貰うとのこと。ワガママを言ってごめんなさい。私を楽しませようと外に連れてきて下さったのだろうに……。レナードさん達の意に沿わぬ行動をしているであろうことに、心の中でひっそりと謝罪をした。
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