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159話 雑貨屋で……

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 まるで小さな町に来たみたいだと思った。少数だけどお店があって、使用人が暮らしている宿舎があって……。馬車の中からしか見たことのなかった場所に実際に訪れ、自分の足で歩いていることに私は興奮していた。

「さて、どこから行きましょうか。手前の店から順番に見て回ります?」

「はい。お願いします」

 せっかくだから全部見たい。丁度いちばん近くにあるお店が雑貨屋さんらしい。私とレナードさんはそこに向かって歩を進める。移動しながら周囲に視線を巡らすと、あるお店の看板が目に入った。そこには魚と釣り竿のイラストが描かれている。ここは釣具屋さんかな……
 島は大きな湖に囲まれている。島内で生活をしている人達にとって、釣りは人気のある娯楽のひとつなのだそうだ。釣り堀があるくらいだものね。しかし、事件のせいで釣り堀は当分の間立ち入り禁止。気が立っているであろうミレーヌを刺激しないために、湖に近づく事すら控えるようにと御触れが回っている。亡くなってしまった方もいるし、調査も終わっていないのだから当然だろう。
 釣り堀の管理人さんが命を落とした原因については、いまだにはっきりしていないが、サークスの手にかけられてしまったという見方が有力になっているとの事。泥酔状態で足を滑らせ、生け簀に落下してしまった不幸な事故ではないのか。あの黄色の少女……サークスは、私達にも突然襲いかかってきた。管理人さんも同じように襲われていた可能性は十分にある。

「クレハ様、どうされました?」

 立ち止まってしまった私に、レナードさんが声をかけてくれた。そういえば……あの時レナードさんは、管理人さんが生け簀から発見されてすぐに事故ではないと疑っていた。サークスが私達に姿を現す前の段階でそう言っていたから、理由が気になっていたのだ。ふたりきりの今、思い切って聞いてみようか……

「何でもないです。早く行きましょう」

 無理だった。私の気を紛らわすためにわざわざ外へ連れて来てくれたのだ。こちらから空気を重くする必要は無い。また機会を伺って聞いてみればよいだろう。今日はお店見学を楽しもう。先ほどよりも少しだけ早足で、私はお店へと向かった。
 








 扉を開けると花のような良い香りがした。ふんわり優しくて甘い匂い。雑貨屋さんというだけあって色々な物がある。そこまで広いお店ではないけれど、限られたスペースを上手く利用して綺麗に商品が陳列されていた。店内に漂うこの香りは、石鹸や香水でも置いてあるのかもしれない。
 壁伝いに設置されている棚の上には、お皿やグラスなどの食器類が並んでいた。隣の棚にはポーチやハンカチのような布小物。文具もある……あの便箋可愛い。欲しいかも。

「お店の方はいらっしゃらないのでしょうか……」

 奥にカウンターが確認できるけれど、店員の姿は無い。

「店員を呼びたい時は、カウンターにあるベルを鳴らすんですよ」

 レナードさんに促され、更に店の奥に進んだ。彼の言っていた通り……カウンターの上に呼び出しベルがちょこんと乗っている。ベルの横には『ご用の方は鳴らして下さい』と書かれた張り紙もあった。

「鳴らしてみても良いですか?」

「どうぞ。ここの店主には顔が利くので、遠慮しなくても大丈夫です」

 ベルの上部に付いているつまみをゆっくりと押す。すると、チーンという高い音が店内に響き渡る。思っていたよりも大きな音が出て、自分で鳴らした癖にびっくりしてしまう。

「はいはーい、今行くよ」

 ベルの音が聞こえたのだろう、カウンターの後ろにある扉から店員らしき人物の声が聞こえた。そのまましばらく待っていると、扉が開いて中から若い男性が顔を覗かせた。

「いらっしゃ……って、レナードじゃんか!!」

「やあ、相変わらず元気そうだね。ギル」

 この店の店員であろう男性はレナードさんの姿を確認すると、驚いたような表情をしたのち嬉しそうに笑った。親し気に会話を始めるふたり……顔が利くと仰っていたし、仲が良いのかな。互いに名前で呼び合っている。男性はギルというのか……店員とお客さんというより友達同士みたいな雰囲気だ。

「おー、元気元気。そっちはどうよ? なんか事故があったらしいけど。兵士連中もバタバタしてるし、色々と立て込んでるみたいだな」
 
「まあね。でもその分やりがいも感じてる。大変ではあるけど、私もルイスも元気だよ。今のポジションにも満足しているしね」

「そうか、そりゃいい事だ。つか、弟いないな。お前いつもべったりなのに」

「ルイスは王宮。べったりって……そんな常に一緒にいるわけじゃないって。それに、私は今こちらの姫のエスコートの最中なんだよ」

 ここでようやく店員さんこと、ギルさんの目線が私に向いた。良かった……このまま認識されずに放置されたらどうしようかと思っていた。私の姿を見たギルさんは、何故か眉間に深く皺を刻んだ。そして、その険しい表情のままレナードさんへ詰め寄った。

「……節操なしだとは思ってたけど、お前こんな小さな女の子にまで手出したのか」

「えっ……」

「はぁ?」

 私とレナードさんは同時に困惑の声を上げた。ギルさんはカウンターから出ると、私の目の前まで移動して腰を屈める。

「うわぁ……こりゃまたずいぶん別嬪さんだなぁ。お嬢ちゃん、いくつ?」

「えっ、えと……じゅっ、いや……8歳です」

「8歳!? おいおい、マジかよ。いくら綺麗だからって……せめて15、6になるまで待てなかったのか」

 ギルさん……とんでもない勘違いをしているような……。私とレナードさんは、そんないかがわしい関係ではありませんよ。

「妄想力たくましいねぇ……ギル。まさか一緒にいるだけでそんな疑いをかけられるとは予想もしていなかった」

「お前だからな。やりかねないと思われてもしゃーないだろ」

「どいつもこいつも……私を一体何だと思ってるんだ。この方にそんな真似をしたら、レオン殿下に首を刎ねられちゃうよ」

「えぇ? なんで殿下が……」

 レナードさんは大きな溜息を付いた。私の事が分からないギルさんに呆れてるみたいだ。まだ名乗っていないのだから仕方ないと思うけど……。私はフィオナ姉様みたいに有名じゃないのだから。

「あの……ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、クレハ・ジェムラートといいます。以後お見知りおきを……」

 軽く言い争いになっていたおふたりを止めるため、普段より声を張って挨拶をした。その甲斐あってか、ギルさんの耳にしっかりと私の言葉が届いたようだ。

「ジェムラートって……公爵家の?」

「やっと気付いた。少し考えれば分かりそうなもんなのにねぇ」

「ということは……この子、王太子殿下の婚約者か!!?」
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