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156話 馬車の中で……
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久しぶりに家族ともゆっくり過ごしてきたら良いと、レオン殿下とクレハ様のお気遣いで、滞在期間は3日となった。調査にはミシェルさんと私のふたりで行くと思っていたから、ルーイ先生とセドリックさんまで付いて来て下さると聞いて驚いた。同行の理由は、ニコラさんに加えてジェフェリーさんや魔法使いについても調べることになったからだという。
「ジェムラート家……南部のフェルドア地方に有数の宝石鉱山を所有しており、そこで採掘された原石や加工した宝飾品の販売で莫大な資産を有する大貴族です。当主はクレハ様のお父上であるダグラス・ジェムラート。先代国王の妹君が降嫁した際に陞爵し、現在は公爵の地位を得ています。家族構成は妻と子供が3人……息子がひとり、娘がふたりになります」
私たちは現在、ジェムラート家のお屋敷に向かう馬車の中だ。セドリックさんとミシェルさんが簡単にジェムラート家についての説明をしてくれている。こうやって改めて調査に行く場所について確認し合うのも大切なのだろう。私も静かに耳を傾ける。もしかしたら知らない内容もあるかもしれない。
「ジェムラート家の領地であるフェルドアには宝石加工工場があり、そこには優秀な研磨士が数多く在籍しています。宝石の価値は石その物の希少性はもちろんですが、美しさ輝きで大きく変化するのです。石の魅力を最大限引き出す為には切断、研磨がとても大切なんですよ。フェルドアの加工技術は世界一と呼ばれるほどですが、その技術は門外不出」
「ルーイ先生、リズちゃん。わが国の国宝のひとつ、星のカケラの異名を持つ宝石『アルティナ』をご存知ですよね? この宝石はフェルドアの優秀な研磨技術があってこそ、その真価を発揮すると言っても過言ではないのです」
「アルティナはクレハ様のお婆様のお名前でもありますよね。青みがかった透明で綺麗な石……」
「そうなの! 名は体を表すと言うけれど、アルティナ様の神秘的で見る者を魅了する美しさは正に宝石!! あの方ほど『アルティナ』の名に相応しい人間はいなかったでしょうね」
肖像画でしかお会いしたことのないアルティナ様……銀色の髪に青い瞳の美しい女性だ。大人になったクレハ様を想像させるそのお姿を見るたびに、私の心は落ち着かなくなる。
フィオナ様がいつも身につけていたネックレスの宝石がアルティナだったはず。ジェムラート家の子女には、1歳の誕生日にアルティナを使った宝飾品が贈呈されるならわしがある。当然クレハ様も所有していらっしゃるが、身につけている所は見たことがない。
「あの石は確かストラ湖でしか採れないんだよな。綺麗な石ではあるけど、未加工の状態ではそこまで目を惹くような輝きは無い。研磨士の腕に大きく左右されるってわけだな」
「さすがはルーイ先生、よくご存知ですね。石を管理所有しているのは王家ですが、加工は全てジェムラート家に委託する形になっています。アルティナは宝石としての価値も非常に高いですが、神事にも使用されていますので、王家にとってなくてはならない大切な物……よって、最高峰の研磨技術を持つジェムラート家の協力は必要不可欠なのです」
腕の良い研磨士は、ある意味宝石と同等の価値があると、セドリックさんは語る。
「そういう意味でも、王家とジェムラート家の結びつきは太いのです。ここだけの話……レオン様が何も言わなくても、婚約者の筆頭候補はクレハ様であった可能性が高いです」
クレハ様がお相手に選ばれたのは、レオン殿下が彼女に恋をしたからだ。しかし、元々クレハ様は候補のひとりであったので、さして苦労もなく要望を通すとことができたのだと殿下は言っていた。そこで、ふと思う――
もし、フィオナ様がルーカス様と婚約していなかったら……? 候補はクレハ様ではなく、フィオナ様になっていたのだろうかと。私はその疑問をそのままセドリックさんへぶつけてみた。セドリックさんは想像になりますがと、前置きをしてから答えてくれた。
「その場合は、おふたり共候補になっていたのではないかと。年齢も離れていませんし……候補になるだけであれば、人数制限などはありませんでしたので」
実際にジェムラート家だけではなく、他家からも候補は何人か挙げられていた。国王陛下と王妃様は、可能な限り殿下の気持ちを尊重したいとお考えだったらしく、婚約者の選定を急いではいなかったそうだけど……
「それでも候補に挙げるだけ挙げて、長期間宙ぶらりんにしておくわけにはいきません。遅くとも2、3年後にはレオン様のお相手は決められていたと考えます」
「年頃の女の子達にいつまでも『候補者』の肩書きをつけたままにしたら駄目だしな。他の縁談が進められなくなっちゃうし……」
「令嬢達と積極的に交流を増やし、さっさと相手を選べとせっつかれていたでしょうね。つまり、店での出会いが無くとも、レオン様とクレハ様はいずれ顔を合わせていたという事です」
時と場所が違ってもふたりは出会っていた。きっと、どのタイミングで会っていたとしても、殿下はクレハ様に恋をしたのではないだろうか。
フィオナ様とクレハ様……おふたりが同時に候補に挙げられていたとしたら、どうなっていただろう。そして、その状態でクレハ様が選ばれていたとしたら……。フィオナ様は今よりも荒れていたのではないだろうか。明確に妹に負けたと突き付けられてしまうのだ。あの方の高いプライドはズタズタだろう。たらればを想像して胃が痛くなる。
「でも現実は、そんなお膳立てされた場ではなく、殿下は偶然クレハ様に出会って恋に落ちたのです。それはとってもロマンチックで素敵じゃないですか? 運命って感じですし」
ミシェルさんの言葉に私も同意だ。殿下がクレハ様へ向ける強烈な感情は『落ちる』という表現がぴったりだ。最初は困惑していたクレハ様も、ゆっくりではあるが殿下へ気持ちを傾けつつある。私はそんなおふたりを、これからもお側で見守っていきたいと心から願っている。
「皆が皆そう思ってくれると良いのだがな……」
セドリックさんがため息をついた。残念なことに、おふたりの事を祝福してくれない方たちだっている。それは政治的な理由だったり、個人の感情によるものだったり……。それでも思うだけなら良い。最悪なのは、クレハ様に物理的な危害を加えられること。
まさにいま我々は、その最悪な事態が起こるかもしれないという不穏な気配を感じ取り、屋敷に調査に向かう最中なのだ。
赤の他人ならまだしも……もっとも身近な存在である家族や、幼馴染から反発されている現状をクレハ様が知ったらどう思われるのだろうか。
「リズちゃん、どうしたの? もしかして酔った」
「いいえ、大丈夫です。少し考え事をしてしまって」
ルーイ先生……それにセドリックさんとミシェルさんが、私を気遣い顔を覗き込んでいた。そうだ、クレハ様には心強い味方がいる。この場には不在だが、他の『とまり木』のみなさんだって……そして、何より1番はレオン殿下だ。私も彼らと共にクレハ様を守ると誓ったではないか。俯いてなどいられない。
「私、頑張りますから!!」
狭い馬車の中であることを忘れて、大声を上げてしまった。そんな脈絡のない行動をする私は、とても奇妙に映ったようで……3人に本格的に体の心配をされてしまうのだった。
「ジェムラート家……南部のフェルドア地方に有数の宝石鉱山を所有しており、そこで採掘された原石や加工した宝飾品の販売で莫大な資産を有する大貴族です。当主はクレハ様のお父上であるダグラス・ジェムラート。先代国王の妹君が降嫁した際に陞爵し、現在は公爵の地位を得ています。家族構成は妻と子供が3人……息子がひとり、娘がふたりになります」
私たちは現在、ジェムラート家のお屋敷に向かう馬車の中だ。セドリックさんとミシェルさんが簡単にジェムラート家についての説明をしてくれている。こうやって改めて調査に行く場所について確認し合うのも大切なのだろう。私も静かに耳を傾ける。もしかしたら知らない内容もあるかもしれない。
「ジェムラート家の領地であるフェルドアには宝石加工工場があり、そこには優秀な研磨士が数多く在籍しています。宝石の価値は石その物の希少性はもちろんですが、美しさ輝きで大きく変化するのです。石の魅力を最大限引き出す為には切断、研磨がとても大切なんですよ。フェルドアの加工技術は世界一と呼ばれるほどですが、その技術は門外不出」
「ルーイ先生、リズちゃん。わが国の国宝のひとつ、星のカケラの異名を持つ宝石『アルティナ』をご存知ですよね? この宝石はフェルドアの優秀な研磨技術があってこそ、その真価を発揮すると言っても過言ではないのです」
「アルティナはクレハ様のお婆様のお名前でもありますよね。青みがかった透明で綺麗な石……」
「そうなの! 名は体を表すと言うけれど、アルティナ様の神秘的で見る者を魅了する美しさは正に宝石!! あの方ほど『アルティナ』の名に相応しい人間はいなかったでしょうね」
肖像画でしかお会いしたことのないアルティナ様……銀色の髪に青い瞳の美しい女性だ。大人になったクレハ様を想像させるそのお姿を見るたびに、私の心は落ち着かなくなる。
フィオナ様がいつも身につけていたネックレスの宝石がアルティナだったはず。ジェムラート家の子女には、1歳の誕生日にアルティナを使った宝飾品が贈呈されるならわしがある。当然クレハ様も所有していらっしゃるが、身につけている所は見たことがない。
「あの石は確かストラ湖でしか採れないんだよな。綺麗な石ではあるけど、未加工の状態ではそこまで目を惹くような輝きは無い。研磨士の腕に大きく左右されるってわけだな」
「さすがはルーイ先生、よくご存知ですね。石を管理所有しているのは王家ですが、加工は全てジェムラート家に委託する形になっています。アルティナは宝石としての価値も非常に高いですが、神事にも使用されていますので、王家にとってなくてはならない大切な物……よって、最高峰の研磨技術を持つジェムラート家の協力は必要不可欠なのです」
腕の良い研磨士は、ある意味宝石と同等の価値があると、セドリックさんは語る。
「そういう意味でも、王家とジェムラート家の結びつきは太いのです。ここだけの話……レオン様が何も言わなくても、婚約者の筆頭候補はクレハ様であった可能性が高いです」
クレハ様がお相手に選ばれたのは、レオン殿下が彼女に恋をしたからだ。しかし、元々クレハ様は候補のひとりであったので、さして苦労もなく要望を通すとことができたのだと殿下は言っていた。そこで、ふと思う――
もし、フィオナ様がルーカス様と婚約していなかったら……? 候補はクレハ様ではなく、フィオナ様になっていたのだろうかと。私はその疑問をそのままセドリックさんへぶつけてみた。セドリックさんは想像になりますがと、前置きをしてから答えてくれた。
「その場合は、おふたり共候補になっていたのではないかと。年齢も離れていませんし……候補になるだけであれば、人数制限などはありませんでしたので」
実際にジェムラート家だけではなく、他家からも候補は何人か挙げられていた。国王陛下と王妃様は、可能な限り殿下の気持ちを尊重したいとお考えだったらしく、婚約者の選定を急いではいなかったそうだけど……
「それでも候補に挙げるだけ挙げて、長期間宙ぶらりんにしておくわけにはいきません。遅くとも2、3年後にはレオン様のお相手は決められていたと考えます」
「年頃の女の子達にいつまでも『候補者』の肩書きをつけたままにしたら駄目だしな。他の縁談が進められなくなっちゃうし……」
「令嬢達と積極的に交流を増やし、さっさと相手を選べとせっつかれていたでしょうね。つまり、店での出会いが無くとも、レオン様とクレハ様はいずれ顔を合わせていたという事です」
時と場所が違ってもふたりは出会っていた。きっと、どのタイミングで会っていたとしても、殿下はクレハ様に恋をしたのではないだろうか。
フィオナ様とクレハ様……おふたりが同時に候補に挙げられていたとしたら、どうなっていただろう。そして、その状態でクレハ様が選ばれていたとしたら……。フィオナ様は今よりも荒れていたのではないだろうか。明確に妹に負けたと突き付けられてしまうのだ。あの方の高いプライドはズタズタだろう。たらればを想像して胃が痛くなる。
「でも現実は、そんなお膳立てされた場ではなく、殿下は偶然クレハ様に出会って恋に落ちたのです。それはとってもロマンチックで素敵じゃないですか? 運命って感じですし」
ミシェルさんの言葉に私も同意だ。殿下がクレハ様へ向ける強烈な感情は『落ちる』という表現がぴったりだ。最初は困惑していたクレハ様も、ゆっくりではあるが殿下へ気持ちを傾けつつある。私はそんなおふたりを、これからもお側で見守っていきたいと心から願っている。
「皆が皆そう思ってくれると良いのだがな……」
セドリックさんがため息をついた。残念なことに、おふたりの事を祝福してくれない方たちだっている。それは政治的な理由だったり、個人の感情によるものだったり……。それでも思うだけなら良い。最悪なのは、クレハ様に物理的な危害を加えられること。
まさにいま我々は、その最悪な事態が起こるかもしれないという不穏な気配を感じ取り、屋敷に調査に向かう最中なのだ。
赤の他人ならまだしも……もっとも身近な存在である家族や、幼馴染から反発されている現状をクレハ様が知ったらどう思われるのだろうか。
「リズちゃん、どうしたの? もしかして酔った」
「いいえ、大丈夫です。少し考え事をしてしまって」
ルーイ先生……それにセドリックさんとミシェルさんが、私を気遣い顔を覗き込んでいた。そうだ、クレハ様には心強い味方がいる。この場には不在だが、他の『とまり木』のみなさんだって……そして、何より1番はレオン殿下だ。私も彼らと共にクレハ様を守ると誓ったではないか。俯いてなどいられない。
「私、頑張りますから!!」
狭い馬車の中であることを忘れて、大声を上げてしまった。そんな脈絡のない行動をする私は、とても奇妙に映ったようで……3人に本格的に体の心配をされてしまうのだった。
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