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149話 引かない、引けない
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「おっはよー! セディ」
「おはよう……ございます」
中庭から戻ると部屋の前にルーイ先生がいた。時刻はまだ6時半。予定していた時間は8時……早過ぎだろ。
「約束の時間は8時でしたよね。こんなに早く来て頂いても、レオン様はお休みですよ」
これは先生に対するちょっとした嫌味だ。ついさっき中庭で主に会ったばかりなので、とっくに起床しておられるのは分かっている。爽やかに声をかけてくる彼にイラついた。俺は先生のせいで全く寝付けなかったというのに……
「セディ……なんか怒ってる」
「怒らせるような事をした自覚がおありで?」
「……それなりに」
先生は俺から目を逸らした。まだだ……まだ足りない。昨晩を含め、彼の行動でどれだけ俺の情緒が掻き乱されているのか、もっと理解して頂く必要がある。
「俺のこと嫌いになった?」
「なってませんよ」
こういう所で強硬な態度が取れないからダメなんだろうなぁ……。結構散々な目に合わせられているが、俺はこの方が嫌いにはなれないのだ。返答を聞いた先生は顔を綻ばせる。それがあまりにも幸せそうに見えて、胸の辺りがむずむずした。
「レオン様の所へ行く前に、少し話をしましょうか。お茶の用意をして参りますので、部屋の中で待っていて下さい」
俺と先生の距離感を適正なものにしなければならない。仲が良いと言われるくらいならいい。しかし、部下達には完全に俺は先生の情人だと認識されてしまっている。由々しき事態だ。
しっかりと物申さねば。まず過度な身体接触は控えてもらう。そして周囲に誤解されるような発言をしないようにして頂いて……と。最低でもこのふたつは確約させよう。
「セディのお誘い嬉しいなぁ。実は俺もね、お前に言っておきたいことがあるんだ。だから約束の時間よりも早く来たんだよ」
昨晩の続きだろうか……また魔法使い関連で重要な話を聞かされるのかもしれない。そう思うと緊張が高まっていく。そんな俺に対して先生は言葉を付け足した。
「俺の個人的な用件だよ。ジェフェリーさんとは関係ないけど、聞いてくれる?」
個人的か……それはそれで不安になるな。『力まないで』と先生は言うけれど、いままでの傾向的に厳しい。それでも話の内容は気になってしまうので……俺は先生に了承の旨を伝えた。
「飲み物のリクエストはありますか?」
「セディのおすすめで」
「では紅茶で……」
「いいね。甘いお菓子なんかも添えてあると更に」
朝食前なのでお菓子はダメですとお断りする。先生は残念そうに肩を落としていたけれど、無視してやった。
「セディなら小言を言いながらでも用意してくれると思ってたのに……」
紅茶だけを準備して部屋に戻ってきた俺に対して、先生は不満たらたらである。付け合わせのお菓子を諦めていなかったようだ。俺だって別に意地悪をしているわけではない。
「先生はレオン様のように規格外の胃袋をお持ちではないでしょう? 食べ過ぎは体によくないです」
「はーい……」
渋々ではあるが納得して頂けた。このやり取り……なんか親子みたいじゃないか。気づいた途端に恥ずかしくなり、居心地が悪くなる。俺は咳払いをひとつすると、さっさと本題に入った。
「それで、先生の個人的な用とは何でしょうか?」
「あー……それね。俺は後でいいよ。セディからどうぞ」
「えっ……」
紅茶が入ったカップを優雅に口もとへ運ぶ先生。瞳は真っ直ぐに俺を捉えている。完全に聞く側の体制だ。
お先にどうぞと譲られたはいいが、どう切り出そうか。あれだけ脳内で先生に態度を改めさせると豪語していたというのに……。いざその時になって本人を前にすると、なかなか言葉が出てこなかった。
「セディ、どうしたの?」
「いえ……どう話すべきかと迷ってしまいまして」
「焦らなくていいよ」
さっき中庭でも気合いを入れ直しただろ。ゆっくりと慎重に……言葉を選びながら俺は話を始めた。
「先生、お願いです。どうか、私との関わり方を考え直して頂けませんか。私はあなたと良好な関係を築いていきたいと思っていますが、それはあくまで仕事仲間としてなのです」
その枠を飛び越えてしまうことを俺は望んでいないし、荷が重過ぎるのだ。分かって欲しい。
「つまり、俺が下心を持って接するのを良しとしないと……?」
「まっ、まぁ……そういうことですね。ひと晩たって冷静になられたのではないですか? 昨日のことはお互い忘れましょう。これからは普通の同僚として、よろしくお願い致しま……」
「嫌だよ」
「はぁ?」
まだ俺が喋っている最中なのに、先生は言葉を被せてきた。嫌だって……はっきりとした拒絶だ。
「忘れるなんて嫌だ。無かったことになんてしてやらねーよ」
先生の口調が荒く険を帯びたものになる。その変化に臆しそうになってしまうが、引くことはできない。負けるものかと、俺も表情を引き締めた。数秒間の睨み合い……重苦しい空気が漂う。しかし、その空気はすぐに壊されてしまった。わざとらしいくらいに大きな先生の溜息によって……
「はぁ……、セディがここまで鈍感だと思わなかったよ」
心底呆れたように彼は呟く。だから、何で俺の方に非があるみたいになるんだよ。俺の感情を無視して好き勝手しているのはそっちだろうに。
「次は俺が話す番。セディのお願いは聞かない。NOだ。俺はセディに触りたいし、キスしたいし、隙あらば既成事実を作ろうと思ってる」
「おい!」
朝っぱらからなんて事言い出すんだ。つか、昨日からヤることしか考えてないな、この人。
「でもセディはそれが嫌なんだろ?」
「当たり前です!!」
「でもさ、お互い嫌だ嫌だって言ってても何も解決しないよね。時には相手側の意見を尊重し、自分が引く。譲り合いの精神も大事じゃない?」
「う、う~ん? それは……そうかもしれませんけど」
「だろ。こちらもいきなり距離を詰め過ぎたことは否めない。そのせいでセディが混乱してるのも分かってる。そこでだ、俺からの提案。双方譲歩して妥協案を出すことにしないか?」
「妥協案ですか……」
「そう、どうする? セディ」
何だか話が変な方向に向かってやしないか。問題を綺麗にすり替えられたような気がする。だが、今のままでは先生が行動を改めてくれることはないだろう。
「……分かりました」
1番困るのは事態が何も進展しないことだ。こちらの主張を僅かでも通すため、俺は先生の出した提案に乗ることにした。
「おはよう……ございます」
中庭から戻ると部屋の前にルーイ先生がいた。時刻はまだ6時半。予定していた時間は8時……早過ぎだろ。
「約束の時間は8時でしたよね。こんなに早く来て頂いても、レオン様はお休みですよ」
これは先生に対するちょっとした嫌味だ。ついさっき中庭で主に会ったばかりなので、とっくに起床しておられるのは分かっている。爽やかに声をかけてくる彼にイラついた。俺は先生のせいで全く寝付けなかったというのに……
「セディ……なんか怒ってる」
「怒らせるような事をした自覚がおありで?」
「……それなりに」
先生は俺から目を逸らした。まだだ……まだ足りない。昨晩を含め、彼の行動でどれだけ俺の情緒が掻き乱されているのか、もっと理解して頂く必要がある。
「俺のこと嫌いになった?」
「なってませんよ」
こういう所で強硬な態度が取れないからダメなんだろうなぁ……。結構散々な目に合わせられているが、俺はこの方が嫌いにはなれないのだ。返答を聞いた先生は顔を綻ばせる。それがあまりにも幸せそうに見えて、胸の辺りがむずむずした。
「レオン様の所へ行く前に、少し話をしましょうか。お茶の用意をして参りますので、部屋の中で待っていて下さい」
俺と先生の距離感を適正なものにしなければならない。仲が良いと言われるくらいならいい。しかし、部下達には完全に俺は先生の情人だと認識されてしまっている。由々しき事態だ。
しっかりと物申さねば。まず過度な身体接触は控えてもらう。そして周囲に誤解されるような発言をしないようにして頂いて……と。最低でもこのふたつは確約させよう。
「セディのお誘い嬉しいなぁ。実は俺もね、お前に言っておきたいことがあるんだ。だから約束の時間よりも早く来たんだよ」
昨晩の続きだろうか……また魔法使い関連で重要な話を聞かされるのかもしれない。そう思うと緊張が高まっていく。そんな俺に対して先生は言葉を付け足した。
「俺の個人的な用件だよ。ジェフェリーさんとは関係ないけど、聞いてくれる?」
個人的か……それはそれで不安になるな。『力まないで』と先生は言うけれど、いままでの傾向的に厳しい。それでも話の内容は気になってしまうので……俺は先生に了承の旨を伝えた。
「飲み物のリクエストはありますか?」
「セディのおすすめで」
「では紅茶で……」
「いいね。甘いお菓子なんかも添えてあると更に」
朝食前なのでお菓子はダメですとお断りする。先生は残念そうに肩を落としていたけれど、無視してやった。
「セディなら小言を言いながらでも用意してくれると思ってたのに……」
紅茶だけを準備して部屋に戻ってきた俺に対して、先生は不満たらたらである。付け合わせのお菓子を諦めていなかったようだ。俺だって別に意地悪をしているわけではない。
「先生はレオン様のように規格外の胃袋をお持ちではないでしょう? 食べ過ぎは体によくないです」
「はーい……」
渋々ではあるが納得して頂けた。このやり取り……なんか親子みたいじゃないか。気づいた途端に恥ずかしくなり、居心地が悪くなる。俺は咳払いをひとつすると、さっさと本題に入った。
「それで、先生の個人的な用とは何でしょうか?」
「あー……それね。俺は後でいいよ。セディからどうぞ」
「えっ……」
紅茶が入ったカップを優雅に口もとへ運ぶ先生。瞳は真っ直ぐに俺を捉えている。完全に聞く側の体制だ。
お先にどうぞと譲られたはいいが、どう切り出そうか。あれだけ脳内で先生に態度を改めさせると豪語していたというのに……。いざその時になって本人を前にすると、なかなか言葉が出てこなかった。
「セディ、どうしたの?」
「いえ……どう話すべきかと迷ってしまいまして」
「焦らなくていいよ」
さっき中庭でも気合いを入れ直しただろ。ゆっくりと慎重に……言葉を選びながら俺は話を始めた。
「先生、お願いです。どうか、私との関わり方を考え直して頂けませんか。私はあなたと良好な関係を築いていきたいと思っていますが、それはあくまで仕事仲間としてなのです」
その枠を飛び越えてしまうことを俺は望んでいないし、荷が重過ぎるのだ。分かって欲しい。
「つまり、俺が下心を持って接するのを良しとしないと……?」
「まっ、まぁ……そういうことですね。ひと晩たって冷静になられたのではないですか? 昨日のことはお互い忘れましょう。これからは普通の同僚として、よろしくお願い致しま……」
「嫌だよ」
「はぁ?」
まだ俺が喋っている最中なのに、先生は言葉を被せてきた。嫌だって……はっきりとした拒絶だ。
「忘れるなんて嫌だ。無かったことになんてしてやらねーよ」
先生の口調が荒く険を帯びたものになる。その変化に臆しそうになってしまうが、引くことはできない。負けるものかと、俺も表情を引き締めた。数秒間の睨み合い……重苦しい空気が漂う。しかし、その空気はすぐに壊されてしまった。わざとらしいくらいに大きな先生の溜息によって……
「はぁ……、セディがここまで鈍感だと思わなかったよ」
心底呆れたように彼は呟く。だから、何で俺の方に非があるみたいになるんだよ。俺の感情を無視して好き勝手しているのはそっちだろうに。
「次は俺が話す番。セディのお願いは聞かない。NOだ。俺はセディに触りたいし、キスしたいし、隙あらば既成事実を作ろうと思ってる」
「おい!」
朝っぱらからなんて事言い出すんだ。つか、昨日からヤることしか考えてないな、この人。
「でもセディはそれが嫌なんだろ?」
「当たり前です!!」
「でもさ、お互い嫌だ嫌だって言ってても何も解決しないよね。時には相手側の意見を尊重し、自分が引く。譲り合いの精神も大事じゃない?」
「う、う~ん? それは……そうかもしれませんけど」
「だろ。こちらもいきなり距離を詰め過ぎたことは否めない。そのせいでセディが混乱してるのも分かってる。そこでだ、俺からの提案。双方譲歩して妥協案を出すことにしないか?」
「妥協案ですか……」
「そう、どうする? セディ」
何だか話が変な方向に向かってやしないか。問題を綺麗にすり替えられたような気がする。だが、今のままでは先生が行動を改めてくれることはないだろう。
「……分かりました」
1番困るのは事態が何も進展しないことだ。こちらの主張を僅かでも通すため、俺は先生の出した提案に乗ることにした。
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