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145話 23時(1)
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コンコン……
時刻は夜の11時過ぎ。十分真夜中といえる時間帯だ。部屋の扉をノックする音が妙に響いて聞こえるのはそのせいだろうか。自分もそろそろ床に就こうと思っていた矢先の訪問者……こんな時間に誰だ。
眠気を振り払い、椅子から立ち上がる。緊急の呼び出しか? コートハンガーにかけていた軍服の上着を羽織ると、訪問者の対応をするため扉へ向かった。
「誰だ?」
「あっ! 良かった、セディ起きてた」
「ルーイ先生……?」
「うん、遅くにごめんね。さすがに夜中は鍵かけてて安心したよ」
「…………」
訪問者の正体はルーイ先生だった。彼はリオラド神殿で寝泊まりをしている。こんな時間にわざわざ俺の部屋を訪ねてくる理由は何だ……
昼間の事があるので警戒してしまう。そんな風に身の危険を感じてしまう自分が嫌だった。返事をしてしまったからには、無視することはできない。それに、急を要する用件かもしれないからな。冷静に……平常心を保て。
「どうしたんですか? こんな夜更けに……」
「夜這いしに」
「帰れ。今すぐ」
扉を開ける前で良かった。真剣に取り合おうとした自分が馬鹿みたいじゃないか。くそっ、ふざけやがって。
「嘘だよ、冗談だって! 開けてよ、セディ」
「お引き取り願います」
冗談に聞こえないんだよ。俺にしたこと忘れてんじゃないだろうな。先生はガチャガチャとドアノブを回しながら、開けろと叫んでいる。
「騒がないで下さい!! 見張りが来ちゃうじゃないですか」
「だったら入れてよ。セディに話があるんだってば!」
「申し訳ありませんが……今の俺は、あなたの言葉を素直に受け入れることができません」
自分でも情けないと思うが怖いのだ。なぜか俺は、この方に強く抵抗することができない。口ではいくらでも威勢のいいことを言えるが、それに行動が伴わない。先生の神としての力は失われているはずなのに……。まるで、魔法にかけられたかのようだった。
「あれ? 先生」
気がつくと、扉の向こう側がしんと静まり返っていた。さっきまであんなに喚き散らしていたのに……もしかして、帰ってしまわれたのだろうか。突っぱねたのは自分なのに、罪悪感を抱いているのか少しだけ胸が痛んだ。言い過ぎたかもしれない。
「ルーイ先生……」
もう一度、部屋の外へ呼びかけてみた。すると、消沈したような先生の声が返ってくる。
「セディ、ごめん。話があるってのは本当だよ。クレハとリズちゃんから頼まれたんだ」
「クレハ様とリズさんに……?」
「うん、大事な話。だから部屋にいれて。お願い」
疑念は完全に晴れないが、俺は部屋の鍵を開けた。クレハ様とリズさんの頼みとあれば、聞かないわけにはいかないな。慎重に扉を開くと、部屋の前に先生が立っていた。彼はバツが悪そうに笑いながら、俺に向かって礼を述べる。
「ありがとう、セディ」
「……いいえ、私も感情的になり過ぎました。どうぞ、お入り下さい」
先生を部屋に招き入れる。いつまでも外にいたら風邪を引いてしまうかもしれないし、仕方ないよな。
「セディ、そんなチョロくて大丈夫なの? 付け入ってる俺が言うのもあれだけど心配になるよ」
「どういう意味ですか?」
「ううん……何でもない。そのままのキミでいて」
思いっきり顔を顰めてしまった。何となく小馬鹿にされているように感じたからだ。先生は詳しく説明する気はないようで、俺のもやもやした感情は放置されることになった。
「あの……できたら正面に座って欲しいのですが」
「何で?」
俺の部屋には大きめの2人掛けソファがひとつに、1人用の椅子が2脚ある。テーブルを囲うようにそれらが設置されていた。深く考えず2人掛けソファの方に座ったのが、判断ミスだった。当然のように先生は、俺の隣に腰を下ろしてしまった。
「話をするには向かい合わせの方が良いでしょう」
努めて冷静に告げる。変に意識しているのを悟られてしまえば、また先生のペースに飲まれるのは目に見えているのだ。
「身構えちゃってまぁ……。そんなに期待されると応えたくなっちゃうな」
「期待なんてしてるわけっ……おいっ! 服脱ぐな!!」
「する? ここで。ベッドの方が負担が軽いと思うけど……」
上着のボタンを外しながら、先生が俺の体に乗り上げてくる。これでは昼間の二の舞になってしまうじゃないか。悪い予感が当たってしまったと焦ったが、意外にも彼はあっさり俺から離れた。
「なーんてね。そういう目的じゃないって言ったろ」
「……ご自分の行動を振り返ってみて下さい。俺があなたを警戒するのは当然の成り行きでしょう」
さっきのしおらしい先生はどこに行ったんだ。一瞬で元通りじゃないか。まさか話があるっていうのは嘘じゃないだろうな。
「でも、セディさえ良ければ俺はいつでもウェルカムだよ」
「ノーサンキューです」
両手を広げて『おいで、おいで』と呼びかけてくる先生。用が無いのならさっさと帰って欲しい。
「さて……セディとイチャつくのはこのくらいにして、用事を済ませてしまおうか。お前はジェフェリー・バラードという人間を知ってるか?」
イチャついてるつもりは全く無いが。指摘するのも面倒臭くなってきた。先生は脱ぎかけた衣服を整えながら、話を始める。用があるというのは本当だったのか……良かった。
ジェフェリー……どっかで聞いたことあるな。
「あっ! ジェムラート家の」
「そう。クレハの家の庭師さん。クレハとリズちゃんの話っていうのは、このジェフェリーさんについてなんだよね」
クレハ様がエリスを連れて店に来られた日……リズさんと共に付き添いをしていた男性だ。クレハ様と非常に親しげだったのを思い出す。
「お前達にとっても興味深い話だと思うよ」
クレハ様とリズさんは、我々に伝える前に先生に相談をしたらしい。ジェムラート家の庭師の話……どのような内容なのか検討もつかない。先生の言うように俺たちが興味を惹かれるようなものなのだろうか。
時刻は夜の11時過ぎ。十分真夜中といえる時間帯だ。部屋の扉をノックする音が妙に響いて聞こえるのはそのせいだろうか。自分もそろそろ床に就こうと思っていた矢先の訪問者……こんな時間に誰だ。
眠気を振り払い、椅子から立ち上がる。緊急の呼び出しか? コートハンガーにかけていた軍服の上着を羽織ると、訪問者の対応をするため扉へ向かった。
「誰だ?」
「あっ! 良かった、セディ起きてた」
「ルーイ先生……?」
「うん、遅くにごめんね。さすがに夜中は鍵かけてて安心したよ」
「…………」
訪問者の正体はルーイ先生だった。彼はリオラド神殿で寝泊まりをしている。こんな時間にわざわざ俺の部屋を訪ねてくる理由は何だ……
昼間の事があるので警戒してしまう。そんな風に身の危険を感じてしまう自分が嫌だった。返事をしてしまったからには、無視することはできない。それに、急を要する用件かもしれないからな。冷静に……平常心を保て。
「どうしたんですか? こんな夜更けに……」
「夜這いしに」
「帰れ。今すぐ」
扉を開ける前で良かった。真剣に取り合おうとした自分が馬鹿みたいじゃないか。くそっ、ふざけやがって。
「嘘だよ、冗談だって! 開けてよ、セディ」
「お引き取り願います」
冗談に聞こえないんだよ。俺にしたこと忘れてんじゃないだろうな。先生はガチャガチャとドアノブを回しながら、開けろと叫んでいる。
「騒がないで下さい!! 見張りが来ちゃうじゃないですか」
「だったら入れてよ。セディに話があるんだってば!」
「申し訳ありませんが……今の俺は、あなたの言葉を素直に受け入れることができません」
自分でも情けないと思うが怖いのだ。なぜか俺は、この方に強く抵抗することができない。口ではいくらでも威勢のいいことを言えるが、それに行動が伴わない。先生の神としての力は失われているはずなのに……。まるで、魔法にかけられたかのようだった。
「あれ? 先生」
気がつくと、扉の向こう側がしんと静まり返っていた。さっきまであんなに喚き散らしていたのに……もしかして、帰ってしまわれたのだろうか。突っぱねたのは自分なのに、罪悪感を抱いているのか少しだけ胸が痛んだ。言い過ぎたかもしれない。
「ルーイ先生……」
もう一度、部屋の外へ呼びかけてみた。すると、消沈したような先生の声が返ってくる。
「セディ、ごめん。話があるってのは本当だよ。クレハとリズちゃんから頼まれたんだ」
「クレハ様とリズさんに……?」
「うん、大事な話。だから部屋にいれて。お願い」
疑念は完全に晴れないが、俺は部屋の鍵を開けた。クレハ様とリズさんの頼みとあれば、聞かないわけにはいかないな。慎重に扉を開くと、部屋の前に先生が立っていた。彼はバツが悪そうに笑いながら、俺に向かって礼を述べる。
「ありがとう、セディ」
「……いいえ、私も感情的になり過ぎました。どうぞ、お入り下さい」
先生を部屋に招き入れる。いつまでも外にいたら風邪を引いてしまうかもしれないし、仕方ないよな。
「セディ、そんなチョロくて大丈夫なの? 付け入ってる俺が言うのもあれだけど心配になるよ」
「どういう意味ですか?」
「ううん……何でもない。そのままのキミでいて」
思いっきり顔を顰めてしまった。何となく小馬鹿にされているように感じたからだ。先生は詳しく説明する気はないようで、俺のもやもやした感情は放置されることになった。
「あの……できたら正面に座って欲しいのですが」
「何で?」
俺の部屋には大きめの2人掛けソファがひとつに、1人用の椅子が2脚ある。テーブルを囲うようにそれらが設置されていた。深く考えず2人掛けソファの方に座ったのが、判断ミスだった。当然のように先生は、俺の隣に腰を下ろしてしまった。
「話をするには向かい合わせの方が良いでしょう」
努めて冷静に告げる。変に意識しているのを悟られてしまえば、また先生のペースに飲まれるのは目に見えているのだ。
「身構えちゃってまぁ……。そんなに期待されると応えたくなっちゃうな」
「期待なんてしてるわけっ……おいっ! 服脱ぐな!!」
「する? ここで。ベッドの方が負担が軽いと思うけど……」
上着のボタンを外しながら、先生が俺の体に乗り上げてくる。これでは昼間の二の舞になってしまうじゃないか。悪い予感が当たってしまったと焦ったが、意外にも彼はあっさり俺から離れた。
「なーんてね。そういう目的じゃないって言ったろ」
「……ご自分の行動を振り返ってみて下さい。俺があなたを警戒するのは当然の成り行きでしょう」
さっきのしおらしい先生はどこに行ったんだ。一瞬で元通りじゃないか。まさか話があるっていうのは嘘じゃないだろうな。
「でも、セディさえ良ければ俺はいつでもウェルカムだよ」
「ノーサンキューです」
両手を広げて『おいで、おいで』と呼びかけてくる先生。用が無いのならさっさと帰って欲しい。
「さて……セディとイチャつくのはこのくらいにして、用事を済ませてしまおうか。お前はジェフェリー・バラードという人間を知ってるか?」
イチャついてるつもりは全く無いが。指摘するのも面倒臭くなってきた。先生は脱ぎかけた衣服を整えながら、話を始める。用があるというのは本当だったのか……良かった。
ジェフェリー……どっかで聞いたことあるな。
「あっ! ジェムラート家の」
「そう。クレハの家の庭師さん。クレハとリズちゃんの話っていうのは、このジェフェリーさんについてなんだよね」
クレハ様がエリスを連れて店に来られた日……リズさんと共に付き添いをしていた男性だ。クレハ様と非常に親しげだったのを思い出す。
「お前達にとっても興味深い話だと思うよ」
クレハ様とリズさんは、我々に伝える前に先生に相談をしたらしい。ジェムラート家の庭師の話……どのような内容なのか検討もつかない。先生の言うように俺たちが興味を惹かれるようなものなのだろうか。
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