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138話 鳥の囀り(3)
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レオン殿下とクレハ様のご婚約が原因で変化してしまったジェムラート家の……いや、クレハ様周辺の人間関係をセドリックさんは語る。内容は主にフィオナ様のことだったけど、カミル様についてもしっかり言及なさったのには驚いた。セドリックさんが殿下に伝えたいと言っていたのは、カミル様の話だったのか。
カミル様がクレハ様に恋心を持っており、婚約を解消へ導こうとした事実は、殿下の眉間に深く皺を刻ませた。顔怖い……。その表情の変化を目の当たりにしたクライヴさんは、胃の辺りを抑えていた。
セドリックさんが話してくれた内容は、私にとっては既知のものばかりだったけれど、殿下や『とまり木』の方達はそうではない。話を聞いた皆の反応は様々だ。最初に口を開いたのはクラヴェルご兄弟だった。
「なんかさぁ……姫さんの知らないとこで結構ドロドロしてんだね。リズは承知してたの?」
「はい……大まかには」
「クレハ様と幼馴染ということは、フィオナ様とカミル様ともそうなりますものね。おふたりとは一緒に遊んだりしたのかな?」
「カミル様とはクレハ様に付き添う形で時々……でも、フィオナ様とそういったお付き合いは全くありません。本来それが普通なんでしょうけど」
私とクレハ様が友人関係を築けているのは、主にクレハ様の人柄と、それを許容して下さっている旦那様と奥様のおかげなのだ。積極的に社交の場に出向くフィオナ様と違い、クレハ様はおうちに引き篭もりがちだったせいもあるけど。
「クライン宰相は自分の息子可愛さに俺の妨害をしていたということになるな。あのおっさんシメた方がいいか……」
青白い光が室内を走る。感情の昂りにより雷の魔法が放たれたのだ。殿下が怒っている。彼の隣に座っていたルーイ先生が電撃と接触しそうになり、咄嗟にソファから飛び退いた。
「あっぶねー! レオン、部屋の中でやめろ」
「レオン様がそのようになるのが分かっていたから、私もクライヴも今まで口をつぐんでいたのですよ。貴方はフィオナ様の事を聞いた直後で、とても冷静といえるような状態ではなかったですからね」
「殿下……宰相はカミル様を窘めておいででした。御子息の事を思う気持ちは確かにあったでしょうが、これ以上クレハ様とのご婚約に横槍をするつもりは無いと仰っておられましたよ」
カミル様のお父様……クライン宰相がそう宣言したのは、クレハ様が殿下との婚約を嫌がっていないのが判明したからだという。経緯はどうであれ、決して殿下の一方的な感情だけを押し付けているのではない。それは宰相だけではなく、私やここにいるみんなが知っている。殿下のような分かりやすい好意ではないけれど、クレハ様は殿下のことを少なからず想っている。
「ガキの惚れた腫れたなんて一時のもんだろ。お前ら深刻になり過ぎじゃないか」
「先生、聞き捨てなりませんね。子供であれ相手を恋い慕う気持ちは本物なんですよ。年齢を理由に軽視なさるのは如何なものかと」
「わーかってるよ。大抵の場合はそうじゃねって話。クレハの姉さんに至っては、正式な婚約者までいるんだろ? いずれ諦めて大人しくなるんじゃないの」
「そう思いたいですが、拗らせると厄介なことになりかねないとも考えています。しかし、先生の仰るように皆まだ幼い。当面は動向を注視しておくに留めるというのが、私とクライヴの見解でした」
そもそもフィオナ様は、本当に殿下に対して好意を持っているのだろうか。それは予想でしかなかったはずだ。そういった未確定情報を鵜呑みにしないためにも、殿下はミシェルさんに調べるよう指示を出したのである。
「でした……過去形ですね」
「そっか、そこでニコラ・イーストンが絡んでくるのか」
レナードさんとルイスさんは納得したように頷いていた。おふたりとは違い、私は意味が分からなくて焦ってしまう。それを察してくださったのかは分からないけれど、殿下がご兄弟の話に補足をしてくれた。
「フィオナ嬢は養生のため、数日前リブレールに旅立った。長期化を見越したのか、かなり大掛かりな準備をしていったようだ。公爵婦人も同行したと聞いている」
「期間が長くなればなるほど荷物は多くなる。当然身の回りの世話をする使用人もそうだよね」
「ニコラ・イーストンはフィオナ様付きの侍女だと、クレハ様は仰っていました。おかしな態度は、主を心配するが故でないかとも……だったらどうして、その侍女はフィオナ様に随行しなかったのでしょう」
「よく考えたら変だね。姫さんから見てニコラ・イーストンは、相当フィオナお嬢様に傾倒しているらしいのに。ついて行かなかった理由ってなんだろうね」
言われてみればその通りだ。ニコラさんなら迷わずフィオナ様と共に行くのを選んだだろう。フィオナ様だって、幼い頃から仕えている彼女を信頼していたはずだ。
「フィオナ様に随行するのを断念してまで屋敷に残った理由……嫌な考えが浮かんでしまいますね。その侍女、クレハ様がお帰りになるのを待ち構えていたのかもしれない。クレハ様に対して何らかの危害を加えるつもりだったのなら、ミシェルを遠ざけたのにも納得いきます」
「クライヴが引っかかったのもそこだろう。王宮の人間が屋敷に来るのは、その侍女も想定外だったんだろうな。結果として、クレハの帰宅は取り止めになってしまったが、もし予定通り彼女が家に帰っていたならば……」
「クレハの姉さんが直接的に何かしなくても、その周りにいる取り巻きもそうとは限らない。姉さんがおかしくなった原因をクレハと捉え、逆恨みで攻撃してくる可能性はゼロではない……ってレオン達は言いたいのかな?」
「有り体に言えばそうです。考えたくはないですが」
ニコラさんの行動には首を傾げる所がある。しかし、フィオナ様の妹君であるクレハ様を傷つけようだなんて……そんな事あり得るのだろうか。殿下達は最悪の事態を想定し、可能性のひとつとして挙げているのは分かっている。私自身もまさかと思いつつ、それほどまでに強く主を思い慕う気持ちだけは理解できてしまう。だから殿下達が打ち出した仮説を、否定することも出来なかった。
「ミシェル、後日もう一度ジェムラート家に行ってくれないか。理由はクレハに頼まれた物を取りに来たとか何でもいい。ニコラ・イーストンを可能な限り調べ上げろ」
「はい」
殿下の命令にミシェルさんは頷く。彼女が再びジェムラート家のお屋敷に行くことになった。もし本当にニコラさんが、クレハ様に対して良からぬ事をしようとしているのなら、放っておくことなどできはしない。
「あの……それ、私も連れていって貰えませんか」
気付いたら、私はそう口にしていた。
カミル様がクレハ様に恋心を持っており、婚約を解消へ導こうとした事実は、殿下の眉間に深く皺を刻ませた。顔怖い……。その表情の変化を目の当たりにしたクライヴさんは、胃の辺りを抑えていた。
セドリックさんが話してくれた内容は、私にとっては既知のものばかりだったけれど、殿下や『とまり木』の方達はそうではない。話を聞いた皆の反応は様々だ。最初に口を開いたのはクラヴェルご兄弟だった。
「なんかさぁ……姫さんの知らないとこで結構ドロドロしてんだね。リズは承知してたの?」
「はい……大まかには」
「クレハ様と幼馴染ということは、フィオナ様とカミル様ともそうなりますものね。おふたりとは一緒に遊んだりしたのかな?」
「カミル様とはクレハ様に付き添う形で時々……でも、フィオナ様とそういったお付き合いは全くありません。本来それが普通なんでしょうけど」
私とクレハ様が友人関係を築けているのは、主にクレハ様の人柄と、それを許容して下さっている旦那様と奥様のおかげなのだ。積極的に社交の場に出向くフィオナ様と違い、クレハ様はおうちに引き篭もりがちだったせいもあるけど。
「クライン宰相は自分の息子可愛さに俺の妨害をしていたということになるな。あのおっさんシメた方がいいか……」
青白い光が室内を走る。感情の昂りにより雷の魔法が放たれたのだ。殿下が怒っている。彼の隣に座っていたルーイ先生が電撃と接触しそうになり、咄嗟にソファから飛び退いた。
「あっぶねー! レオン、部屋の中でやめろ」
「レオン様がそのようになるのが分かっていたから、私もクライヴも今まで口をつぐんでいたのですよ。貴方はフィオナ様の事を聞いた直後で、とても冷静といえるような状態ではなかったですからね」
「殿下……宰相はカミル様を窘めておいででした。御子息の事を思う気持ちは確かにあったでしょうが、これ以上クレハ様とのご婚約に横槍をするつもりは無いと仰っておられましたよ」
カミル様のお父様……クライン宰相がそう宣言したのは、クレハ様が殿下との婚約を嫌がっていないのが判明したからだという。経緯はどうであれ、決して殿下の一方的な感情だけを押し付けているのではない。それは宰相だけではなく、私やここにいるみんなが知っている。殿下のような分かりやすい好意ではないけれど、クレハ様は殿下のことを少なからず想っている。
「ガキの惚れた腫れたなんて一時のもんだろ。お前ら深刻になり過ぎじゃないか」
「先生、聞き捨てなりませんね。子供であれ相手を恋い慕う気持ちは本物なんですよ。年齢を理由に軽視なさるのは如何なものかと」
「わーかってるよ。大抵の場合はそうじゃねって話。クレハの姉さんに至っては、正式な婚約者までいるんだろ? いずれ諦めて大人しくなるんじゃないの」
「そう思いたいですが、拗らせると厄介なことになりかねないとも考えています。しかし、先生の仰るように皆まだ幼い。当面は動向を注視しておくに留めるというのが、私とクライヴの見解でした」
そもそもフィオナ様は、本当に殿下に対して好意を持っているのだろうか。それは予想でしかなかったはずだ。そういった未確定情報を鵜呑みにしないためにも、殿下はミシェルさんに調べるよう指示を出したのである。
「でした……過去形ですね」
「そっか、そこでニコラ・イーストンが絡んでくるのか」
レナードさんとルイスさんは納得したように頷いていた。おふたりとは違い、私は意味が分からなくて焦ってしまう。それを察してくださったのかは分からないけれど、殿下がご兄弟の話に補足をしてくれた。
「フィオナ嬢は養生のため、数日前リブレールに旅立った。長期化を見越したのか、かなり大掛かりな準備をしていったようだ。公爵婦人も同行したと聞いている」
「期間が長くなればなるほど荷物は多くなる。当然身の回りの世話をする使用人もそうだよね」
「ニコラ・イーストンはフィオナ様付きの侍女だと、クレハ様は仰っていました。おかしな態度は、主を心配するが故でないかとも……だったらどうして、その侍女はフィオナ様に随行しなかったのでしょう」
「よく考えたら変だね。姫さんから見てニコラ・イーストンは、相当フィオナお嬢様に傾倒しているらしいのに。ついて行かなかった理由ってなんだろうね」
言われてみればその通りだ。ニコラさんなら迷わずフィオナ様と共に行くのを選んだだろう。フィオナ様だって、幼い頃から仕えている彼女を信頼していたはずだ。
「フィオナ様に随行するのを断念してまで屋敷に残った理由……嫌な考えが浮かんでしまいますね。その侍女、クレハ様がお帰りになるのを待ち構えていたのかもしれない。クレハ様に対して何らかの危害を加えるつもりだったのなら、ミシェルを遠ざけたのにも納得いきます」
「クライヴが引っかかったのもそこだろう。王宮の人間が屋敷に来るのは、その侍女も想定外だったんだろうな。結果として、クレハの帰宅は取り止めになってしまったが、もし予定通り彼女が家に帰っていたならば……」
「クレハの姉さんが直接的に何かしなくても、その周りにいる取り巻きもそうとは限らない。姉さんがおかしくなった原因をクレハと捉え、逆恨みで攻撃してくる可能性はゼロではない……ってレオン達は言いたいのかな?」
「有り体に言えばそうです。考えたくはないですが」
ニコラさんの行動には首を傾げる所がある。しかし、フィオナ様の妹君であるクレハ様を傷つけようだなんて……そんな事あり得るのだろうか。殿下達は最悪の事態を想定し、可能性のひとつとして挙げているのは分かっている。私自身もまさかと思いつつ、それほどまでに強く主を思い慕う気持ちだけは理解できてしまう。だから殿下達が打ち出した仮説を、否定することも出来なかった。
「ミシェル、後日もう一度ジェムラート家に行ってくれないか。理由はクレハに頼まれた物を取りに来たとか何でもいい。ニコラ・イーストンを可能な限り調べ上げろ」
「はい」
殿下の命令にミシェルさんは頷く。彼女が再びジェムラート家のお屋敷に行くことになった。もし本当にニコラさんが、クレハ様に対して良からぬ事をしようとしているのなら、放っておくことなどできはしない。
「あの……それ、私も連れていって貰えませんか」
気付いたら、私はそう口にしていた。
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