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137話 鳥の囀り(2)
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「ニコラ・イーストンという侍女と面識はありません。名前を知ったのも、一昨日ミシェルから話を聞いた時になります」
殿下に諭されてもなかなか言葉を発することが出来なかったクライヴさんだが、ようやくその重い口を開いた。クライヴさんはニコラさんと知り合いというわけではなかったみたい。ミシェルさんに続いて、今度はルイスさんが彼を追及しだした。
「だったら、なんでそんなきょどってたんだよ」
「それは……そのニコラ・イーストンが、フィオナ様付きの侍女だと知ったから……そうだよね?」
確認を取るように、クライヴさんは目線を私に向ける。私は頭を上下に動かして肯定した。
「それ姫さんも言ってたね。フィオナお嬢様の侍女ってことが、そんなに重要なのか?」
「ニコラ・イーストンがフィオナ嬢の……」
「あらら、ボスは初耳だった? うん、そうらしいよ。だから姫さんも関わりが薄いらしくてさ。それで、同じ使用人仲間のリズに話を聞いてみようって流れになったんだよ」
殿下の表情が険しくなっていく。それに呼応するように、周囲の空気も張り詰めたものになる。ルーイ先生だけが変わらぬ様子で、紅茶の入ったカップを口に運んでいた。
「レオン様。フィオナ様の件……クライヴ以外の者にも、周知させなければならない段階になっているのではないでしょうか?」
「俺はクライヴにも言った覚えないんだが。セドリック……お前、こいつに話したのか? 一応向こうでは箝口令が敷かれている事柄なんだぞ」
「のっぴきならない事情がありまして……申し訳ありません」
「しかし、そうか……ならばクライヴの行動にも合点がいく。だが、もう少し何でもない風を装うことはできなかったのかねぇ……」
「自分、そういったことはとんと不得手で……」
殿下は大仰にため息をついた。そんな殿下を見て、クライヴさんも慌てて謝罪を口にする。
「殿下とセドリックさんは、クライヴの奇妙な素振りの理由がお分かりになったようですね。そして、おふたりにも何やら秘め事がお有りのようだ。此度の会合は隊員間で情報共有し、連携を強化する為に設けられたのだと認識しております。でしたら皆、腹を割って話し合うべきなのでは?」
「レナード、お前の言う通りだ。俺とて決してお前達が信用できなくて隠し事をしていたわけではない」
「そんなに言いづらい事なの? ボスの命令なら言いふらしたりしないよ。
心配していた通りの展開になってしまった。ニコラさんについて突き詰めていけば、おのずとフィオナ様にも焦点が当たってしまう。クレハ様がこの場にいなくて本当に良かった。
殿下は一瞬だけ私の顔を見ると、すぐに視線を外した。フィオナ様の件……それを今この場で話してしまうことは、私との約束を破ってしまうことになる。殿下が悩んでいるのが察せられた。
彼らの会話を聞いていると、どうやら既にセドリックさんがクライヴさんに喋ってしまったようだし、今更だよなぁ。しかし、彼が軽い気持ちでそのような事をしたとは考えられない。本人もやむを得ない事情があったと言っている。きっと、殿下やクレハ様の為を思ってのことだろう。
私だってお仕えしている家の内部事情を漏らすという、不義理を働いている。使用人としては失格だ。けれど、私にとって何を置いても優先するのはクレハ様個人なのだ。あの方を守る為ならば何でもする。セドリックさんも主に向ける気持ちは私と同じだ。
「レオン殿下……『とまり木』の方達は、クレハ様にとっても心強い味方であると私は思っております。この先、あってはならないことですが、もし……クレハ様が苦境に立たされてしまっても、必ず助けになって下さると信じています」
踏ん切りがつかない殿下のために、後押しのようなものをしてみた。ここにいる人達を信用していると……だから彼らには、私が殿下に提供した情報を共有しても良いのだと伝わっただろうか。
「リズちゃん嬉しいこと言ってくれるね。その通り! 私達は殿下とクレハ様をお守りするためにここにいるからね」
ミシェルさんは誇らしげにそう宣言した。彼女の言葉にルイスさん達も頷いている。殿下はそんな『とまり木』の面々をゆっくりと見渡すと、最後に私へ視線を固定する。今度は逸らされることはなかった。
「ありがとう、リズ。皆を信じてくれて」
「い、いいえっ! そんな……滅相もない」
お礼なんて畏れ多いという気持ちと、優しく微笑む美しい顔に見つめられ、恥ずかしいという気持ちがごちゃ混ぜだ。しかし、殿下に私の意図が汲み取って頂けたようでほっと胸を撫で下ろす。
「それでは、これまでの経緯も併せて私が説明させて頂きましょう。私からもレオン様にお伝えすることがありますので……」
「何だ? セドリック。お前と先生のやらかしについての弁明だったら後にしてくれよ」
「違います!! もうっ、レオン様まで……さっきのことは忘れて下さい! 後生ですから」
「アレを忘れろだなんて……セドリックさんは難しい事を仰る。扉を開けてしまったこちらにも非があるとはいえ、まさかおふたりがあんな事してるとは思わないじゃないですか。セドリックさん、先生との関係を頑なに否定してたくせにね」
「セディったら素直じゃないんだから……」
「ねぇ、先生。やっぱりふたりはそうなの? いつから?」
「ちょっと、ちょっと!! さっきから所々楽しそうな話してるよね!? 私にも教えてよ」
ミシェルさんがレナードさんとルイスさんに詰め寄っている。さっきクライヴさんを問い質していた方と同一人物とは思えない。とても生き生きとしているというか……目は爛々と輝いている。
「だからっ……!! 今はそんな事をしている時ではないでしょう!! いい加減にして下さい」
セドリックさんの叫びが室内に響き渡る。会合が始まってからも、彼はイジられ続けている……お気の毒に。セドリックさんはぷんすか怒っているが、皆さんあまり本気と捉えていなそうだ。
「分かってるよ、悪かったって。皆も茶化すのはやめて、大人しくするように」
殿下に宥められて、セドリックさんは冷静を取り戻した。軽く咳払いをひとつすると、中断してしまった話を再開した。
殿下に諭されてもなかなか言葉を発することが出来なかったクライヴさんだが、ようやくその重い口を開いた。クライヴさんはニコラさんと知り合いというわけではなかったみたい。ミシェルさんに続いて、今度はルイスさんが彼を追及しだした。
「だったら、なんでそんなきょどってたんだよ」
「それは……そのニコラ・イーストンが、フィオナ様付きの侍女だと知ったから……そうだよね?」
確認を取るように、クライヴさんは目線を私に向ける。私は頭を上下に動かして肯定した。
「それ姫さんも言ってたね。フィオナお嬢様の侍女ってことが、そんなに重要なのか?」
「ニコラ・イーストンがフィオナ嬢の……」
「あらら、ボスは初耳だった? うん、そうらしいよ。だから姫さんも関わりが薄いらしくてさ。それで、同じ使用人仲間のリズに話を聞いてみようって流れになったんだよ」
殿下の表情が険しくなっていく。それに呼応するように、周囲の空気も張り詰めたものになる。ルーイ先生だけが変わらぬ様子で、紅茶の入ったカップを口に運んでいた。
「レオン様。フィオナ様の件……クライヴ以外の者にも、周知させなければならない段階になっているのではないでしょうか?」
「俺はクライヴにも言った覚えないんだが。セドリック……お前、こいつに話したのか? 一応向こうでは箝口令が敷かれている事柄なんだぞ」
「のっぴきならない事情がありまして……申し訳ありません」
「しかし、そうか……ならばクライヴの行動にも合点がいく。だが、もう少し何でもない風を装うことはできなかったのかねぇ……」
「自分、そういったことはとんと不得手で……」
殿下は大仰にため息をついた。そんな殿下を見て、クライヴさんも慌てて謝罪を口にする。
「殿下とセドリックさんは、クライヴの奇妙な素振りの理由がお分かりになったようですね。そして、おふたりにも何やら秘め事がお有りのようだ。此度の会合は隊員間で情報共有し、連携を強化する為に設けられたのだと認識しております。でしたら皆、腹を割って話し合うべきなのでは?」
「レナード、お前の言う通りだ。俺とて決してお前達が信用できなくて隠し事をしていたわけではない」
「そんなに言いづらい事なの? ボスの命令なら言いふらしたりしないよ。
心配していた通りの展開になってしまった。ニコラさんについて突き詰めていけば、おのずとフィオナ様にも焦点が当たってしまう。クレハ様がこの場にいなくて本当に良かった。
殿下は一瞬だけ私の顔を見ると、すぐに視線を外した。フィオナ様の件……それを今この場で話してしまうことは、私との約束を破ってしまうことになる。殿下が悩んでいるのが察せられた。
彼らの会話を聞いていると、どうやら既にセドリックさんがクライヴさんに喋ってしまったようだし、今更だよなぁ。しかし、彼が軽い気持ちでそのような事をしたとは考えられない。本人もやむを得ない事情があったと言っている。きっと、殿下やクレハ様の為を思ってのことだろう。
私だってお仕えしている家の内部事情を漏らすという、不義理を働いている。使用人としては失格だ。けれど、私にとって何を置いても優先するのはクレハ様個人なのだ。あの方を守る為ならば何でもする。セドリックさんも主に向ける気持ちは私と同じだ。
「レオン殿下……『とまり木』の方達は、クレハ様にとっても心強い味方であると私は思っております。この先、あってはならないことですが、もし……クレハ様が苦境に立たされてしまっても、必ず助けになって下さると信じています」
踏ん切りがつかない殿下のために、後押しのようなものをしてみた。ここにいる人達を信用していると……だから彼らには、私が殿下に提供した情報を共有しても良いのだと伝わっただろうか。
「リズちゃん嬉しいこと言ってくれるね。その通り! 私達は殿下とクレハ様をお守りするためにここにいるからね」
ミシェルさんは誇らしげにそう宣言した。彼女の言葉にルイスさん達も頷いている。殿下はそんな『とまり木』の面々をゆっくりと見渡すと、最後に私へ視線を固定する。今度は逸らされることはなかった。
「ありがとう、リズ。皆を信じてくれて」
「い、いいえっ! そんな……滅相もない」
お礼なんて畏れ多いという気持ちと、優しく微笑む美しい顔に見つめられ、恥ずかしいという気持ちがごちゃ混ぜだ。しかし、殿下に私の意図が汲み取って頂けたようでほっと胸を撫で下ろす。
「それでは、これまでの経緯も併せて私が説明させて頂きましょう。私からもレオン様にお伝えすることがありますので……」
「何だ? セドリック。お前と先生のやらかしについての弁明だったら後にしてくれよ」
「違います!! もうっ、レオン様まで……さっきのことは忘れて下さい! 後生ですから」
「アレを忘れろだなんて……セドリックさんは難しい事を仰る。扉を開けてしまったこちらにも非があるとはいえ、まさかおふたりがあんな事してるとは思わないじゃないですか。セドリックさん、先生との関係を頑なに否定してたくせにね」
「セディったら素直じゃないんだから……」
「ねぇ、先生。やっぱりふたりはそうなの? いつから?」
「ちょっと、ちょっと!! さっきから所々楽しそうな話してるよね!? 私にも教えてよ」
ミシェルさんがレナードさんとルイスさんに詰め寄っている。さっきクライヴさんを問い質していた方と同一人物とは思えない。とても生き生きとしているというか……目は爛々と輝いている。
「だからっ……!! 今はそんな事をしている時ではないでしょう!! いい加減にして下さい」
セドリックさんの叫びが室内に響き渡る。会合が始まってからも、彼はイジられ続けている……お気の毒に。セドリックさんはぷんすか怒っているが、皆さんあまり本気と捉えていなそうだ。
「分かってるよ、悪かったって。皆も茶化すのはやめて、大人しくするように」
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