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131話 13時40分
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強引に唇同士を押し付けただけの情緒の無いそれ。今なら事故だったと主張して無かったことにできないだろうか……そんな考えが頭を過ぎる。しかしルーイ先生は、俺の淡い期待を容易く打ち砕いていくのだった。
「参ったな、全然イケる。むしろ……」
『足りない』
触れていた唇を一旦離すと、彼は恐ろしいことを呟いた。いつまで呆けているんだ、早く動け。先生から距離を取れ。必死に命令しているのに、体が全然言う事を聞いてくれない。よもや先生が魔法の類いを使っているのではないかと、疑ってしまうくらいに。
「セディは眼鏡してないと結構雰囲気が変わるよね。いつもより幼く見える」
そうだ、眼鏡だ。さっき先生に思い切り腕を引かれた際に落としてしまったのだ。この状況で視界が覚束ないのは不安過ぎる。とりあえず眼鏡をかけよう。自分の座っている周辺をまさぐってみる。くそっ……! 見つからない。
「抵抗しないんだ。殴られるくらいは覚悟してたんだけど……」
先生は俺の頬に手を添えた。やはり裸眼のままでは表情が分からない。しかし、触れる指先……顔にかかる吐息が熱い。呼びかける声も変化しており、砂糖を振り撒いたかのように甘さを過分に含み、ねっとりと絡みつくようだった。さすがに俺でも分かる。これまでのからかい混じりの態度とは異なり、今の先生は明らかに情欲を抱いているのだ……俺に対して。
嘘でしょ、やめて!! そうだ、これは悪い夢だ。俺はまだ眠りから覚めていないのだ。そうに違いない。
頭の中でガンガンと警鐘が鳴っている。身体中から冷や汗が溢れ出す。現実逃避してる場合ではなかった。このままだと本当にシャレにならないぞ……いや、もう既になっていないのかもしれないが。一体何が先生の琴線に触れたのだろう。責任取れって意味分かんねーよ。ちょっと手握っただけだろ。
「セディ……」
甘いテノールが鼓膜を震わす。柔らかいものがまた唇に押し付けられる。今度は頭を固定された状態で……掠っただけなんて言い逃れもできないほど、がっつりと唇を重ねられた。
「ふっ……ん」
くぐもった声が鼻を抜けた。角度を変えながら口付けは更に深くなる。先生は俺の体に覆い被さるようにソファに乗り上げてきた。ソファは俺が寝転んでも平気なくらい大きくてしっかりした物だけれど、ガタイの良い男ふたりの体重を同時に受けとめるのはキツいようで、ぎしぎしと悲鳴を上げていた。
「先っ……せ、やめっ……!?」
口内にぬるりとした物が差し込まれる。このやろ、舌まで入れやがった……!! 先生の舌が口の中を我が物顔で動き回り、奥の方で縮こまっていた俺の舌をひっぱり出す。舌同士が絡み合うくちゅくちゅという水音が耳を犯す。どうして俺はここまでされて抵抗できないんだよ。体格差はあるけど、力は俺の方が上だろっ……!!
その時、自分の指先に固い物が当たった。細い棒状で、丸くてつるつるとした平べったい物が2枚くっ付いている。それは探していた自分の眼鏡だった。俺は渾身の力で先生を引き剥がす。
「……なに?」
「はぁ、はぁ……ちょっ、ちょっと冷静になりましょうか。ルーイ先生」
手元に戻ってきた眼鏡を装着し、乱れた呼吸を整える。ようやく見えた先生の顔は、不機嫌そうに歪んでいた。
「早まらずに落ち着いて、よくよくご覧下さい。俺ですよ、セドリックです」
「そうだね、だから?」
当たり前の事を聞くなと、先生はまともに取り合うのすら馬鹿馬鹿しいといった風に吐き捨てる。幻覚を見てるとか別人と間違えているという線は無い……か。俺の名前しっかり呼んでたしな。
「先ほど俺になさった事を理解しておられますか?」
「キスでしょ、ディープキス。それともベロチュー? 他は接吻とか口付けとか、あとは……」
「……もう結構です。名称を聞きたかったわけじゃないんですよ」
「あっそ。さっきまでイイ子だったのに急に反抗しちゃってさ……嫌だったの?」
「嫌とかそういうことではなく……どうしてこんなことをなさったのですか」
「そりゃ、シたかったからでしょ」
「何です、その理由は……」
先生は開いた俺との距離をもう一度詰める。紫色の瞳には薄っすらと水の膜が張っていた。頬も紅潮している。せっかく視界が戻ったのに、いまだ興奮が冷め切らない彼の顔を直視し続けるのは酷だった。
「お前に手を握られた時にね、全身がぞくぞくと震えたんだ。胸は苦しくなるし、顔も熱くなるわで……俺だってびっくりよ? 理由を他に言い直すなら……」
「あっ、やっぱりいいです。言わなくて」
「セディに欲情したからかな」
「……言わんでいいっていったのに」
目を逸らし続けていたかった。聞きたくなかった……それなのに本人の口から決定打を頂いてしまう。同居人……それも神に性的対象として見られるだなんて。俺はこれからどんな気持ちで生活してけばいいんだよ。
「ふざけるのはやめろってセディが言ったじゃん? お前達の反応が楽しくてさ。つい、からかって遊んでた。それは悪かったよ……ごめん。でもね、さっきの……キスした時は、そんな風に遊んでやろうだなんて、考えもしなかった」
余裕はどこかに吹き飛んでしまったのだと、先生は照れ臭そうに笑う。あの、もう……謝らなくて良いので、全体的に無かったことにしませんか? お互いのためにも。
「それでも実際にやったら萎えるかもって、心のどこかでは思ってたんだよ。でもそんなことは全然なくて、萎えるどころかどんどん欲しくなって……」
「すみません……ほんと、勘弁してもらえますか。分不相応に仕返しなんてやろうとした事は俺も謝りますから」
「なんだろうね、この気持ちは。セディ、お前のせいだよ……お前が俺をこんなにした」
「そんなこと……ってか、俺の話も聞いて下さい!!」
「抱けるか抱けないかで考えても、多分俺はお前を抱ける」
「だっ……!!? 最低なんですけど、貴方神様でしょ。欲にまみれ過ぎじゃないんですか!?」
「セディには俺がそんな清廉潔白に見えてたんだ。神だって性欲はあるよ。溜まるもんも溜まる。見た目の通り、俺の身体構造は基本的なとこは人間とあんま変わらん。男とヤるのは初めてだけど……試してみる?」
意外と癖になるかもよと、先生は俺の首筋に顔を埋めた。危機感を感じて体がこわばったが、彼はそのまま俺に抱き着いた状態で大人しくなる。
「ま、その辺は追々ね……」
好き勝手に言いたいことを言って、先生は満足したようだ。クソ野郎……
「……追々も何もそんな日は永久に来ませんから。絶対に抱かれてなんかやらねーからな」
先生が声をひそめて笑っていた。首周りに息がかかり、くすぐったい。心中ぐちゃぐちゃな俺を気遣ってくれる者は誰もおらず、無情にも時間だけがどんどん過ぎていく。
会合の時間……14時まで残り10分を切っていた。
「参ったな、全然イケる。むしろ……」
『足りない』
触れていた唇を一旦離すと、彼は恐ろしいことを呟いた。いつまで呆けているんだ、早く動け。先生から距離を取れ。必死に命令しているのに、体が全然言う事を聞いてくれない。よもや先生が魔法の類いを使っているのではないかと、疑ってしまうくらいに。
「セディは眼鏡してないと結構雰囲気が変わるよね。いつもより幼く見える」
そうだ、眼鏡だ。さっき先生に思い切り腕を引かれた際に落としてしまったのだ。この状況で視界が覚束ないのは不安過ぎる。とりあえず眼鏡をかけよう。自分の座っている周辺をまさぐってみる。くそっ……! 見つからない。
「抵抗しないんだ。殴られるくらいは覚悟してたんだけど……」
先生は俺の頬に手を添えた。やはり裸眼のままでは表情が分からない。しかし、触れる指先……顔にかかる吐息が熱い。呼びかける声も変化しており、砂糖を振り撒いたかのように甘さを過分に含み、ねっとりと絡みつくようだった。さすがに俺でも分かる。これまでのからかい混じりの態度とは異なり、今の先生は明らかに情欲を抱いているのだ……俺に対して。
嘘でしょ、やめて!! そうだ、これは悪い夢だ。俺はまだ眠りから覚めていないのだ。そうに違いない。
頭の中でガンガンと警鐘が鳴っている。身体中から冷や汗が溢れ出す。現実逃避してる場合ではなかった。このままだと本当にシャレにならないぞ……いや、もう既になっていないのかもしれないが。一体何が先生の琴線に触れたのだろう。責任取れって意味分かんねーよ。ちょっと手握っただけだろ。
「セディ……」
甘いテノールが鼓膜を震わす。柔らかいものがまた唇に押し付けられる。今度は頭を固定された状態で……掠っただけなんて言い逃れもできないほど、がっつりと唇を重ねられた。
「ふっ……ん」
くぐもった声が鼻を抜けた。角度を変えながら口付けは更に深くなる。先生は俺の体に覆い被さるようにソファに乗り上げてきた。ソファは俺が寝転んでも平気なくらい大きくてしっかりした物だけれど、ガタイの良い男ふたりの体重を同時に受けとめるのはキツいようで、ぎしぎしと悲鳴を上げていた。
「先っ……せ、やめっ……!?」
口内にぬるりとした物が差し込まれる。このやろ、舌まで入れやがった……!! 先生の舌が口の中を我が物顔で動き回り、奥の方で縮こまっていた俺の舌をひっぱり出す。舌同士が絡み合うくちゅくちゅという水音が耳を犯す。どうして俺はここまでされて抵抗できないんだよ。体格差はあるけど、力は俺の方が上だろっ……!!
その時、自分の指先に固い物が当たった。細い棒状で、丸くてつるつるとした平べったい物が2枚くっ付いている。それは探していた自分の眼鏡だった。俺は渾身の力で先生を引き剥がす。
「……なに?」
「はぁ、はぁ……ちょっ、ちょっと冷静になりましょうか。ルーイ先生」
手元に戻ってきた眼鏡を装着し、乱れた呼吸を整える。ようやく見えた先生の顔は、不機嫌そうに歪んでいた。
「早まらずに落ち着いて、よくよくご覧下さい。俺ですよ、セドリックです」
「そうだね、だから?」
当たり前の事を聞くなと、先生はまともに取り合うのすら馬鹿馬鹿しいといった風に吐き捨てる。幻覚を見てるとか別人と間違えているという線は無い……か。俺の名前しっかり呼んでたしな。
「先ほど俺になさった事を理解しておられますか?」
「キスでしょ、ディープキス。それともベロチュー? 他は接吻とか口付けとか、あとは……」
「……もう結構です。名称を聞きたかったわけじゃないんですよ」
「あっそ。さっきまでイイ子だったのに急に反抗しちゃってさ……嫌だったの?」
「嫌とかそういうことではなく……どうしてこんなことをなさったのですか」
「そりゃ、シたかったからでしょ」
「何です、その理由は……」
先生は開いた俺との距離をもう一度詰める。紫色の瞳には薄っすらと水の膜が張っていた。頬も紅潮している。せっかく視界が戻ったのに、いまだ興奮が冷め切らない彼の顔を直視し続けるのは酷だった。
「お前に手を握られた時にね、全身がぞくぞくと震えたんだ。胸は苦しくなるし、顔も熱くなるわで……俺だってびっくりよ? 理由を他に言い直すなら……」
「あっ、やっぱりいいです。言わなくて」
「セディに欲情したからかな」
「……言わんでいいっていったのに」
目を逸らし続けていたかった。聞きたくなかった……それなのに本人の口から決定打を頂いてしまう。同居人……それも神に性的対象として見られるだなんて。俺はこれからどんな気持ちで生活してけばいいんだよ。
「ふざけるのはやめろってセディが言ったじゃん? お前達の反応が楽しくてさ。つい、からかって遊んでた。それは悪かったよ……ごめん。でもね、さっきの……キスした時は、そんな風に遊んでやろうだなんて、考えもしなかった」
余裕はどこかに吹き飛んでしまったのだと、先生は照れ臭そうに笑う。あの、もう……謝らなくて良いので、全体的に無かったことにしませんか? お互いのためにも。
「それでも実際にやったら萎えるかもって、心のどこかでは思ってたんだよ。でもそんなことは全然なくて、萎えるどころかどんどん欲しくなって……」
「すみません……ほんと、勘弁してもらえますか。分不相応に仕返しなんてやろうとした事は俺も謝りますから」
「なんだろうね、この気持ちは。セディ、お前のせいだよ……お前が俺をこんなにした」
「そんなこと……ってか、俺の話も聞いて下さい!!」
「抱けるか抱けないかで考えても、多分俺はお前を抱ける」
「だっ……!!? 最低なんですけど、貴方神様でしょ。欲にまみれ過ぎじゃないんですか!?」
「セディには俺がそんな清廉潔白に見えてたんだ。神だって性欲はあるよ。溜まるもんも溜まる。見た目の通り、俺の身体構造は基本的なとこは人間とあんま変わらん。男とヤるのは初めてだけど……試してみる?」
意外と癖になるかもよと、先生は俺の首筋に顔を埋めた。危機感を感じて体がこわばったが、彼はそのまま俺に抱き着いた状態で大人しくなる。
「ま、その辺は追々ね……」
好き勝手に言いたいことを言って、先生は満足したようだ。クソ野郎……
「……追々も何もそんな日は永久に来ませんから。絶対に抱かれてなんかやらねーからな」
先生が声をひそめて笑っていた。首周りに息がかかり、くすぐったい。心中ぐちゃぐちゃな俺を気遣ってくれる者は誰もおらず、無情にも時間だけがどんどん過ぎていく。
会合の時間……14時まで残り10分を切っていた。
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