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117話 大聖堂(2)

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 兄弟と共に詰所から西に向かって10分程度歩いていくと、目的地である『リアン大聖堂』に到着した。外観はリオラド神殿と同じ、青みがある白い石造り。神殿に比べかなり大きな建築物であり、空を切り裂くように立っている2つの尖塔が目を惹きつける。

「近くで見るとほんとデカいよね。中に入るのなんて何年振りだろ」

「お前達、聖堂内では騒がず静かにしてろよ」

「分かってるって」

 ルイスは軽く返事を返すと、さくさくと中へ入っていく。俺とレナードもその後に続いた。しかし、俺たちの姿を見て、扉口の側にいた衛兵が慌ただしく駆け寄って来る。事件でもあったのかと誤解したようだ。この格好のままで来たの失敗だな。







 思わぬ所で衛兵に足止めを食らってしまったが、俺たちは無事に聖堂の中に入ることができた。
 30メートルはある高い天井を、美しく整列した柱が支えている。壁や床に施された装飾も見事だ。窓を彩るステンドグラス……そこを通り抜け堂内に降り注ぐ光は、神秘的な色彩で中央通路を照らしていた。この独特な雰囲気に飲まれ、心が洗われるような気分になる。
 内部はひっそりと静かで、人の数もまばらであった。そんな中で俺達の姿は、非常に目立つし浮いていた。周囲からどよめく声も聞こえてくる。酒場がシエルレクト神に襲われた事件のせいで、近隣住民は不安になっているのだ。さっき声をかけてきた衛兵と同じで、いきなり軍の人間が大聖堂に現れたら身構えてしまうだろう。
 すまないな。ブレスレットを買いに来ただけだから、そんなに注目しないでくれ。無駄に怯えさせてしまっていることに、申し訳無さを感じている自分とは違い、兄弟はしれっとした顔で堂内を歩いている。俺は居心地の悪さを振り払うように内部を見回し、ブレスレットが売っている場所を探した。早く買って退散しよう。すると、中央通路の両脇……柱で区切られた右側廊下に設置されている懺悔室が目に入った。
 懺悔室とは、司祭を通して自分の罪を告白し、神に許しを請う場所だ。小部屋がふたつ繋がっていて、片方に司祭、もう片方には懺悔をする信者が入る。部屋の間には窓が付いた衝立があり、お互いの声は聞こえるが、顔は見えないように配慮されている。そして、告白の内容を司祭が第三者に明かすことはない。

「セドリックさんったら、何か後ろめたいことでもあるんですか。イケナイ事しちゃった?」

「どういう意味だよ……」

「だって懺悔室とか熱心に眺めてるんですもん」

 レナードは茶化すように笑った。俺に懺悔したいことなんて無い……無いはずだ。

「何となく見てただけだよ。そんなことより、ブレスレットは見つかったのか?」

「今ルイスが探しに行ってくれてますよ。あまり連なってぞろぞろと歩き回らない方が良さそうなので、私はここでセドリックさんと待機しています」

 こいつらも一応、周りを気にはしていたのか……。ルイスを待つ間、俺とレナードは中央通路から聖堂の奥にある祭壇を眺めた。そこにはリオラド神殿にもある、女神の彫像が置かれている。コスタビューテの守り神、メーアレクト様……像は想像で造られたはずなのに、どことなくご本人に似ていた。

「そういえば……殿下とクレハ様が婚儀を上げられるのも、この場所なんですよね?」

「ああ。正式な儀式はリオラド神殿で執り行なわれるが、リアン大聖堂でも簡易的にだが行う手筈となっている。こっちは大衆に向けたお披露目の意味合いが強いけどな」

「花嫁衣装を身にまとったクレハ様は、さぞお綺麗でしょうね。今から楽しみですよ」

「そうだな……」

「レナード、セドリックさん! こっち、あったよ。ブレスレット」

 ルイスが手招きをしながら小声で呼びかけてきた。探し物が見つかったようだ。早く早くと急かす彼に従い、俺達はそこから移動した。









 ルイスに先導され一旦聖堂から外に出ると、同じ敷地内に、聖堂に隣接して柱と屋根だけの簡素な建物が建っていた。そこには僅かだが人集りができている。

「あそこで商人が出店を出してるんだって。ブレスレットが売られてるのもそこだってさ。フェリスも教えるならもっと詳しく言っておいてくれないと……俺、探し回っちゃったじゃん」

 ぶつくさと文句を垂れるルイスの機嫌を取りながら、俺達は建物の方へ向かって歩いて行った。
 ルイスが言っていた通り、建物の中にはいくつか出店のようなものが確認できた。人集りの理由はこれだったんだな。設置された台の上に、商人達が持ち込んだ様々な品物が、所狭しと並べられている。陶器類やガラス製品、古本などなど……。香ばしい匂いがすると思ったら、クッキーなんてものまで販売していた。存外興味をそそられ、心が弾む。しかし、本来の目的を忘れるべからずだ。出店の数は5つほど。俺達は陳列されている商品を注意深く眺めていく。そして、建物の一番端のスペースで、店を開いている女性の前で足を止めた。

「あらあら……兵隊さんが来られるなんて珍しい」

「贈り物にしたいんだけど、ちょっと見せて貰ってもいい?」

「ええ、どうぞ。あなた達、運が良いわ。今日新しい商品を入荷したばっかりなの。ゆっくり見ていって下さいね」

 その女性商人の前には、色とりどりの美しいアクセサリーが並べられていた。品数の多さに単純に驚いてしまう。何でも、ここ数日は特に売れ行きが良く、多めに補充したのだという。フェリスの言っていたことは本当だったな。入荷予定を知っている彼女は、相当頻繁にここを訪れているとみた。

「ほら、4日前……化け物が出たって町中大騒ぎだったでしょう。兵隊さん達が頑張ってくれてるのは知ってるけど……どうしても不安になってしまうのよ。こんな小さなお守りでも、身に付けていると心を落ちつかせてくれるから。商品が売れるのは有難いことだけれど……複雑だわ」

 化け物の正体が神だなどと、言えるわけもなく。俺は女性の話をやりきれない気持ちで聞いていた。シエルレクト神がコスタビューテの民に危害を与えることは無いと信じたい。けれど、人を好んで食すという恐ろしい特性がある以上、楽観的に考えることは出来そうになかった。

「ネックレスにブローチ……あっ、髪飾りもある。ブレスレットもたくさん種類があるね。石の色も青だけじゃないんだ」

「あっ、私これがいいな。アンクレット」

 レナードが手にしたのは、2連チェーンの細身なアンクレットだった。ピンク色の石が銀色のチェーンに可憐に飾られている。

「贈るのはブレスレットじゃなかったのか?」

「こっちの方がちょっと変わり種で良いじゃないですか。クレハ様は短い丈のドレスをお召しになってることが多いですし、足元のアクセント付けにぴったりです。とりあえず、候補ってことで……」

 レナードはぶつぶつと呟きながら商品を物色している。これは似たようなデザインの持ってたとか、あれはクレハ様の好みとは違うとか……こいつ、よく見てるな。

「ボスの分も買っていこうぜ。姫さんのだけだと拗ねるぞ」

「いいね、おふたりでお揃い。それならアンクレットよりバングルの方がいいかな……いっそ両方でも。石の色はどうしよっか。クレハ様青系のアクセサリーはいっぱい持ってそうだし、赤とか緑にしてみる?」

「ボスと揃いで贈るなら、白とかが無難じゃないか。ボスはあんまり派手なの嫌がりそう。白なら姫さんも好きな色だし」

「飾りの色が白ならチェーン部分はゴールドでも可愛いと思う……これとかどう?」

「悪くないけど、俺はシルバーの方が好きかな」

「熱心ねぇ……贈り相手はご家族の方かしら? それとも恋人?」

「当たらずとも遠からずってとこですよ。とても大切な方達なんです」

「そう……。チェーンの長さは調節出来るから、必要なら言ってね」

 レナードの言葉に女性は優しく微笑んだ。若い娘さんのようにアクセサリーを選んでいる兄弟には混ざらず、俺は先程の懺悔室のことを思い出していた。何故だろう……あの懺悔室が妙に気にかかるのだ。自分では意識していないが、後ろめたい事や後悔している何かがあったりするのだろうか。

「ちょっと、セドリックさん! セドリックさんも一緒に選んでよ!!」

 アクセサリー選びに非協力的だった俺は、ルイスにせっつかれる。考え込んでも答えが出ないものはしょうがないな。懺悔室のことは忘れて、気持ちを切り替えることにした。
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