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106話 お見舞い(1)
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私の部屋には侍女が毎日花を生けてくれる。連日のように王宮の庭園や中庭を散歩している私が、室内でも花を楽しめるようにとの気遣いだった。
テーブルの上に飾られているのは白いバラ。私の一番好きな花だ。みずみずしく艶々で、一点の汚れも無い花びらが美しい。このバラは温室で栽培されていて、女神にも献上されている特別なもの。昨日、レオンが私のために自ら摘んで来てくれたのだ。
部屋に花を飾るよう指示を出したのもレオンだった。彼は時々こうして、温室から白バラを持ってきてくれる。彼の厚意はとても嬉しいけれど、女神様の貴重なバラを私なんかにと、気後れしてしまう。それとなく彼に伝えるが、温室の花は王妃様の部屋にも飾られているから気にするなとの回答を頂いた。いや、気にするでしょ……私と王妃様を一緒にしちゃダメだろう。
納得出来ない私を見て、レオンは『好きな子に贈り物を迷惑そうにされると傷つく』と悲しげに顔を歪めながら言った。狡い……そんな風にされたら何も言えなくなってしまうじゃないか。更に『クレハは俺の婚約者なのだから、もっと堂々として良いんだよ』と続けた。
それが難しいのに……。私の周囲の環境は劇的に変化した。ついていくのは大変なのだ。レオンはゆっくり慣れていけばいいと言ってくれたので、お言葉に甘えさせて貰っているけれど……
この白いバラを見ていると、彼とのやり取りを思い出す。お見舞いならやっぱり花がいいかなと、何となく眺めていただけなのに思考が脱線してしまった。
そう、お見舞い。私は今、疲労で倒れたというレオンのお見舞いに、何を持って行こうかと考えている最中だったのだ。花は定番だけれど、レオンの家である王宮で育てられた物を、そのまま彼に渡すのはなんだか変な感じがする。別の物にしよう。
レオンが倒れたと、セドリックさんから報告を受けたのは早朝のことだ。信じられなかった。なんで? どうしてと……頭の中がパニックになってしまい、詳しい話も聞かず、制止するセドリックさんを無視して自室を飛び出す。しかし、部屋の外で待機していたミシェルさんに捕まってしまった。再び部屋に連れ戻される。この時の自分は全く冷静ではなかった。とにかくレオンの側に行きたいという気持ちだけで動いていた。
セドリックさんとミシェルさんになだめられ、話の続きを聞かされる。レオンが倒れた原因は、怪我でも病気でもなく疲れのためと教えられた。一緒にいたルーイ様が介抱してくれたそうで、数日安静にしていれば目を覚ます、命に別状はないと……。瞳から涙が溢れ出した。安心して気が緩んだからだろう。号泣する私を見て、セドリックさんがおろおろと狼狽えていた。そんな彼に対してミシェルさんは『隊長、しっかりして下さい!』と一喝した。彼女は取り出したハンカチで私の目元を拭ってくれる。ミシェルさんに諌められたセドリックさんは、『すまん』とひと言呟いて項垂れてしまった。そんなふたりのやり取りが何だかおかしくて、噴き出してしまう。原因は私なのに笑うなんて酷いよね。でも、ふたりのお陰で気持ちはだいぶ落ち着いた。
レオンは、その強さや言動のせいで忘れがちになるけれど、私より2歳上なだけの子供なのだ。昨日の事件で大変だっただろうし、心配もたくさんさせてしまった。倒れた理由が怪我や病気じゃなかったのは良かったけれど、疲れで昏倒してしまうなんて……そこまで無理をしていたのだと分かり、胸が痛んだ。だから、彼が目を覚ましたら、お見舞いに行こうと決めたのだった。
「……クレハ様」
「えっ? はっ、はい!!!!」
「申し訳ありません。部屋の扉を何度もノックしたのですが……」
「いえ、こちらこそボーっとしてて気付かなくて……ごめんなさい」
私の目の前にいたのはミシェルさんだった。驚いた。呼んでも返事が無い私が心配になったのだと……悪いことをしてしまったな。
彼女も『とまり木』の従業員で、レオン直属の部隊兵。レナードさんとルイスさんと同じく、私の護衛を担当してくれている。昨日は別のお仕事で王宮を離れていたけれど、戻って来てからは私に付き添っている。その代わりに今日は、レナードさんとルイスさんが町へ出かけていた。酒場にいる犯人に動きがあったとかで……あまり詳しくは教えて貰えなかった。
「ご気分が優れないなら、ベッドで横になられますか?」
「いいえ。ぼんやりしてたのは、レオンの事を考えていたからで……」
「レオン殿下の……? クレハ様、殿下は大丈夫ですよ。すぐに元気になって、大好きなクレハ様の所に来てくれますって」
『大好き』の部分を殊更強調して喋るミシェルさん。朝のこともあってか、より一層気まずくなってしまう。彼女だってレオンが心配なはずなのに……楽観的な口調は、私がまた暴れないように気を使ってくれているのかな。
「あの……私、レオンが起きたらお見舞いに行こうと思ってるんです。それで、彼の喜ぶような物を持っていけたらなって」
レオンのお見舞いに行きたいと伝えると、ミシェルさんは瞳を爛々と輝かせる。
「お見舞い!! それはとっても素敵ですね」
「でも、何を用意したらいいか迷っちゃって」
手ぶらじゃなんだし……ミシェルさんに相談すると、彼女は何だそんな事かとばかりに微笑んだ。
「クレハ様、必ず品物を持っていかなくてはいけないという事はないのですよ。大切なのは相手を思う、その気持ちなのです。それに……レオン殿下が貰って一番喜ぶお見舞いは、クレハ様ご本人ですからね」
堂々と手ぶらで行って問題無しです、ミシェルさんは得意げに言い切った。当たり前だけど、ミシェルさんもレオンが私を好きだって知ってるんだよな。私自身も散々彼に言い聞かせられているしね。しかし……第三者からそれを実感させられるのは、レオン本人に好意を告げられるのとはまた違った恥ずかしさがあって、私は顔を赤く染めてしまうのだった。
テーブルの上に飾られているのは白いバラ。私の一番好きな花だ。みずみずしく艶々で、一点の汚れも無い花びらが美しい。このバラは温室で栽培されていて、女神にも献上されている特別なもの。昨日、レオンが私のために自ら摘んで来てくれたのだ。
部屋に花を飾るよう指示を出したのもレオンだった。彼は時々こうして、温室から白バラを持ってきてくれる。彼の厚意はとても嬉しいけれど、女神様の貴重なバラを私なんかにと、気後れしてしまう。それとなく彼に伝えるが、温室の花は王妃様の部屋にも飾られているから気にするなとの回答を頂いた。いや、気にするでしょ……私と王妃様を一緒にしちゃダメだろう。
納得出来ない私を見て、レオンは『好きな子に贈り物を迷惑そうにされると傷つく』と悲しげに顔を歪めながら言った。狡い……そんな風にされたら何も言えなくなってしまうじゃないか。更に『クレハは俺の婚約者なのだから、もっと堂々として良いんだよ』と続けた。
それが難しいのに……。私の周囲の環境は劇的に変化した。ついていくのは大変なのだ。レオンはゆっくり慣れていけばいいと言ってくれたので、お言葉に甘えさせて貰っているけれど……
この白いバラを見ていると、彼とのやり取りを思い出す。お見舞いならやっぱり花がいいかなと、何となく眺めていただけなのに思考が脱線してしまった。
そう、お見舞い。私は今、疲労で倒れたというレオンのお見舞いに、何を持って行こうかと考えている最中だったのだ。花は定番だけれど、レオンの家である王宮で育てられた物を、そのまま彼に渡すのはなんだか変な感じがする。別の物にしよう。
レオンが倒れたと、セドリックさんから報告を受けたのは早朝のことだ。信じられなかった。なんで? どうしてと……頭の中がパニックになってしまい、詳しい話も聞かず、制止するセドリックさんを無視して自室を飛び出す。しかし、部屋の外で待機していたミシェルさんに捕まってしまった。再び部屋に連れ戻される。この時の自分は全く冷静ではなかった。とにかくレオンの側に行きたいという気持ちだけで動いていた。
セドリックさんとミシェルさんになだめられ、話の続きを聞かされる。レオンが倒れた原因は、怪我でも病気でもなく疲れのためと教えられた。一緒にいたルーイ様が介抱してくれたそうで、数日安静にしていれば目を覚ます、命に別状はないと……。瞳から涙が溢れ出した。安心して気が緩んだからだろう。号泣する私を見て、セドリックさんがおろおろと狼狽えていた。そんな彼に対してミシェルさんは『隊長、しっかりして下さい!』と一喝した。彼女は取り出したハンカチで私の目元を拭ってくれる。ミシェルさんに諌められたセドリックさんは、『すまん』とひと言呟いて項垂れてしまった。そんなふたりのやり取りが何だかおかしくて、噴き出してしまう。原因は私なのに笑うなんて酷いよね。でも、ふたりのお陰で気持ちはだいぶ落ち着いた。
レオンは、その強さや言動のせいで忘れがちになるけれど、私より2歳上なだけの子供なのだ。昨日の事件で大変だっただろうし、心配もたくさんさせてしまった。倒れた理由が怪我や病気じゃなかったのは良かったけれど、疲れで昏倒してしまうなんて……そこまで無理をしていたのだと分かり、胸が痛んだ。だから、彼が目を覚ましたら、お見舞いに行こうと決めたのだった。
「……クレハ様」
「えっ? はっ、はい!!!!」
「申し訳ありません。部屋の扉を何度もノックしたのですが……」
「いえ、こちらこそボーっとしてて気付かなくて……ごめんなさい」
私の目の前にいたのはミシェルさんだった。驚いた。呼んでも返事が無い私が心配になったのだと……悪いことをしてしまったな。
彼女も『とまり木』の従業員で、レオン直属の部隊兵。レナードさんとルイスさんと同じく、私の護衛を担当してくれている。昨日は別のお仕事で王宮を離れていたけれど、戻って来てからは私に付き添っている。その代わりに今日は、レナードさんとルイスさんが町へ出かけていた。酒場にいる犯人に動きがあったとかで……あまり詳しくは教えて貰えなかった。
「ご気分が優れないなら、ベッドで横になられますか?」
「いいえ。ぼんやりしてたのは、レオンの事を考えていたからで……」
「レオン殿下の……? クレハ様、殿下は大丈夫ですよ。すぐに元気になって、大好きなクレハ様の所に来てくれますって」
『大好き』の部分を殊更強調して喋るミシェルさん。朝のこともあってか、より一層気まずくなってしまう。彼女だってレオンが心配なはずなのに……楽観的な口調は、私がまた暴れないように気を使ってくれているのかな。
「あの……私、レオンが起きたらお見舞いに行こうと思ってるんです。それで、彼の喜ぶような物を持っていけたらなって」
レオンのお見舞いに行きたいと伝えると、ミシェルさんは瞳を爛々と輝かせる。
「お見舞い!! それはとっても素敵ですね」
「でも、何を用意したらいいか迷っちゃって」
手ぶらじゃなんだし……ミシェルさんに相談すると、彼女は何だそんな事かとばかりに微笑んだ。
「クレハ様、必ず品物を持っていかなくてはいけないという事はないのですよ。大切なのは相手を思う、その気持ちなのです。それに……レオン殿下が貰って一番喜ぶお見舞いは、クレハ様ご本人ですからね」
堂々と手ぶらで行って問題無しです、ミシェルさんは得意げに言い切った。当たり前だけど、ミシェルさんもレオンが私を好きだって知ってるんだよな。私自身も散々彼に言い聞かせられているしね。しかし……第三者からそれを実感させられるのは、レオン本人に好意を告げられるのとはまた違った恥ずかしさがあって、私は顔を赤く染めてしまうのだった。
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