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101話 カミサマ会議(3)

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 シエルレクト神は鼻を片手で覆いながら表情を強張らせている。悪臭に堪えているかのような仕草だ。彼が姿を現す直前に聞こえた声。あれはシエルレクト神が発した物だったようだが……今一度、その内容を思い返してみる。彼は確か……  

「ルーイ様、その子供……メーアレクトの、いや、コスタビューテの王太子ですね」

 鋭く細められた瞳が、忌々しげに俺を睨め付ける。天空神にお会いするのは今日が初めてのはず。しかし、この態度……お世辞にも良くは思われていない。彼はしきりに匂いを気にしている。人間と魚の匂いが不快だと言っていたな。人間の匂いは俺だろうが、魚の匂いなんてするか? シエルレクト神はスンスンと鼻を鳴らし、舌打ちをした。

「間違いなく人間であるのに、食い物と認識出来ない。我々に近過ぎる。気持ちが悪い。そして魚臭い」

「シエル。あんたねぇ、いい加減に……」

「ストップ! 喧嘩はダーメ。シエル、お前どうしてここに呼ばれたか分かってるか? 話し合いをするためでしょ。始める前から揉めてどうするの」

「何故この場に人の子がいるのです? 話し合いというのなら、自分の気が散るモノを側に置かないで頂きたい」

「レオンをここへ来るよう仕向けたのは俺だ。メーアから聞いてるだろ。メーアの縄張りを荒らした人間は、こいつの身内も攻撃してる。自分で手を下したいという気持ちを抑え、お前達に判断を委ねたんだ。結末を知る資格くらいはあると思うが……」

 シエルレクト神は人を食う。俺がいる事で集中力を乱されてしまうようだ。契約をした人間しか食わないと言われてはいても、油断は一切できないな。俺の方もただ黙って食われてやる気は更々無いが。

「レオン王子の持つ力はメーア殿のそれとよく似ている。そして風貌もリオネル殿と共通する所がある。血縁なのだから不思議ではないのですが、私と違ってシエル殿は、彼女の子孫達とまともに会うのは今日が初めてなのではないですか? 色々と複雑なんでしょうなぁ」

 コンティレクト神の言葉を受け、先生は大きく瞳を見開いた。驚いたような……もしくは何かに気付かされたような、そんな顔をしている。

「まさか、アイツまだ……?」

「いくら時が経とうとも、簡単に割り切れるものではないのでしょう。こうやってカタチが残っているのだから……」

「そうか……」

 先生とコンティレクト神は揃って俺の顔を見た。憐れむような眼差しだ。意味が分からない。ふたりだけで納得して、完全に置いてけぼりにされている。先生が突然つかつかと俺に詰め寄って来た。身長を合わせるように姿勢を低くし、小声で話しかける。

「レオン、お前の存在を意識し過ぎてシエルが苛立ってる。不本意かもしれんが、力の放出を抑えてやってくれ。出来るだろ?」

「えっ? まぁ……」

「よし、今からお前は空気になれ。俺の側に隠れて、いい子にしてような」

 魔力の気配を消した所で、俺の人間の匂いはそのままだと思うのだが……。シエルレクト神がイライラしているのは、好物の匂いに当てられているからじゃないのか。先生とコンティレクト神の意味深なやり取りといい、どういう状況なんだ。出しゃ張るつもりは始めから無かったので、言う通りにはするけども。

「ルーイ様、さっきから3人だけでお話しして……私を抜け者にしないで下さい!」

「何やら非常に不愉快な気遣いをされているような気がするのですが……思い過ごしですかね」

「あ? ああ……気にするな。そんな事より、全員揃ったわけだし、話し合いを再開しようじゃないか」

 俺だけでなく、メーアレクト様も先生達の妙な態度の理由が分からないみたいだ。シエルレクト神の方は勘付いてそうだけど……
 ここまでに交わされた会話の内容を、先生はシエルレクト神へ事細かに説明する。すっかりこの場を仕切っていらっしゃる。俺の付き添いで深入りはしないと言っていたのは何だったのだろう。









「メーアとコンティはお前に対しては罰則を与えるほどではないと言っている。幽閉は無しだ。良かったな、シエル」

「感謝しなさいよね。でも、後日それなりの詫びは入れさせるからそのつもりでいなさい」

「恩着せがましい……」

「まあまあ、それで事を起こした人間への対処はシエル殿に一任したいと思っておりますが……」

 俺にとっての本題だ。最低でも魔力の剥奪、そして二度とコスタビューテにあの男が立ち入ることのないよう、シエルレクト神の元で監禁でもして頂けると良いのだが……許されるなら、何故島へ侵入したのか尋問させて貰いたい。

「それならもう済ませた。ここに来る途中でそいつ食って来たからな」

「はぁ? おまっ……食ったって、ええっ!?」

「コスタビューテの王太子」

 口をパクパクとさせ唖然としている先生を無視して、シエルレクト神は俺に向かって呼びかけると、何かを放り投げた。反射的にそれを受け取る。それは2センチほどの大きさで、瑠璃色の丸い石だった。

「コンティドロップス……」

「あの人間の衣服から出てきた。石からお前の匂いがぷんぷんする。マーキングのつもりだったのだろうが、もう無意味だぞ。対象は自分の腹の中だからな」

 この石は、俺がリザベット橋で男を見つけた際に、奴のコートのフードの中に忍ばせたものだ。兵が男を見失った場合の保険として……。それを今、シエルレクト神が持っていたということはつまり――――

「シエル、お前なぁ……」

「人間の後始末は任せると仰ったじゃないですか。それを見越して迅速に対応したのですが……お気に召しませんか?」

「やるまえに一言くらいあっても良かっただろ! お前だけの問題じゃないんだから。それに、そいつが島の奴らを攻撃した理由とか……聞きたいこともあったってのに、もうっ!!」

「ああ、そこまでは思い至りませんでした。申し訳ありません。でも、その男はもうこの世にいない。ストラ湖に近付くことは永久にないんだ。理由なんてどうでもいいでしょう。今後、人間達に与えているサークスには、お前達の巣に手を出さないよう徹底させる……それで良いだろう? メーアレクト」

「それは、そうだけど……」

「ならば、この件についてはこれで終わりでいいな」

 男が死んだ……シエルレクト神に食われて? そいつがどんな死に方をしようが知ったことではない。俺自身も奴を手に掛けようとしたのだから。しかし、何故だか胸の内がひどくモヤモヤする。あまりにも呆気なく男が死んだと告げられたせいなのか。対象がいなくなったことで、行き場を無くしてしまった憤怒の感情を、俺は上手く処理することができなかった。
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