リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき

文字の大きさ
上 下
99 / 250

98話 神殿

しおりを挟む
 水の神殿こと『リオラド』……俺は月に数度、女神に祈りを捧げるという名目でこの神殿を訪れている。そう言うと聞こえは良いが、お茶を飲みながら世間ばな……いや、近況報告をしているのが実態だ。
 メーアレクト様はなかなかにお喋り好きで、俺が訪問すると楽しそうに話を聞いてくれる。土産に持ってきたバラの花を花瓶に生けて、それをテーブルに飾って……。好きな子ができたと打ち明けた時は、興奮した様子で詳細を聞きたがったっけ。
 
「そういえば、バラを持ってくるの忘れちゃったな」

 こんな事は今まで初めてだった。自分がいかに余裕が無く切羽詰まった状態だったのかが分かる。
 
 人気の無い廊下をひたすらに進んでいく。ここを抜けると、神殿のある小島へ繋がる橋に出る。神殿周辺に見張りはいない。その理由は、メーアレクト様が人の気配が近過ぎるのを嫌悪なさるからだ。強引に近付こうとしても、女神の力によって追い出されてしまうため、見張りは置かないというより置けないというのが正しい。ディセンシアの人間と、セドリックのような数少ない例外のみが、神殿内へ立ち入るのを許可されている。この例外もメーアレクト様の気分次第なので、特に基準などは存在していない。セドリックが許されたのも、俺が信頼している部下だからではなく、あいつが作るお菓子が気に入られたからだった。

 橋を渡り小島に到着すると、十数メートル先に神殿の外観が見える。神殿のある島は、王宮があるものと比べると本当に小さなもので、人の足でも一周するのに10分もかからない。神殿の周辺には、海の生き物を模した彫刻がいくつか立ち並んでいる。そして、それらに囲まれるように伸びた、神殿までの迷いようがない一本道。ここまでくるとメーアレクト様の力を直に肌に感じる。毎度の事ではあるが、この緊張感には慣れない。臆する気持ちを振り切るように、神殿へ向かって勢いよく歩を進める。入り口の手前にある噴水の近くまで来たところで、俺は一旦足を止めた。
 メーアレクト様とは別の強い力の気配……島に入った時から、その存在に気付いてはいた。長い足を組み、噴水のふちに腰掛けている人物が、その力の持ち主だ。赤茶色の髪をした、見た目は20代そこそこの若い男性――

「よぉ、レオン」

「ルーイ先生……」

 俺の姿を認めると、ズボンに付着した砂を払い落としながら先生は立ち上がった。彼と正面から対峙すると自然と見上げる形になってしまう。やっぱりデカいな……うちのレナードと変わらないから190センチはあるだろう。

「うん、多少は落ち着いたみたいだな」

「どうでしょうか。これからメーアレクト様にお会いするというのに、手土産を忘れてしまうくらいには平静を保ててはいないようですけども」

 両手を胸の高さまで上げて、何も持っていない事を強調するように手のひら側を先生に向け、ひらひらと振ってみせた。

「上っ面だけでも取り繕えてるなら上等だ」

「先生、来て下さってありがとうございます」

「お前をフォローしてくれってセディに頼まれていたからね」

「少し前に、そのセドリックに先生を呼びに行かせたのですが、行き違いになってしまったようですね」

「クレハに書き置きを渡してきたから大丈夫だ。セディもここへ来るつもりだったのかもしれないけど、今回は遠慮するよう忠告しておいた。この感じだと多分シエルレクト本人がここに来るからね」

「シエルレクト神が? コスタビューテにですか」

 ニュアージュの守り神であるシエルレクトが、自身の住処を離れ、こんな遠方の地へわざわざ足を運ぶというのか。すぐに周辺の気配を探ってみるが、それらしきものは見つからない。

「あいつらはおかみと一緒で出不精だからさ。自分達の巣にどっしりと腰を下ろして、頻繁に動き回ったりはしないんだけどね。でも、今回は事情が事情だから……」

「部下からの報告ですが、ミレーヌが姿を現したそうです。クレハ達を襲った化け物を追撃し、捕食したと」

「俺もクレハ達から聞いた。メーアがミレーヌに命じたんだろうね。あいつ相当おかんむりだぞ」

『侵さずの契り』が破られたのは、今回が初めての事らしい。しかもそれが、その約束を結んでいる神達当人ではなく、神の力を得た人間の手によって起こされた。

「こういうケースを想定していないあいつらが呑気過ぎなんだよ。むしろ今まで無かったのが、奇跡なんじゃないか。自分達が実害を被ってから騒ぎ出すんだからしょうがねーよな」

 先生から聞くまで『侵さずの契り』なんてものがあるなんて知らなかった。もし逆であったなら……俺が魔法を使用して、他の神達の住処を荒らした場合はメーアレクト様が責任を追及される事になる。もちろんそんな真似はしないけれど……
 今まではお互いの国同士が離れている事と、魔法使いの人口が少ないのもあって、たまたま運が良かったというだけだったのか。

「お前に渡した手紙には、その辺のいい加減になってるとこをちゃんと改善しろっていうのも書いてある。特にシエルは、進んで人間に力を分け与えてるんだからね」

「先生、そもそもどうしてシエルレクト神は人間に魔力を与えているのでしょう? ここまで聞いて、特にメリットがあるように思えないのですが」

 ただ人間の望むままに力を与えるなんて事はないはずだ。先生も見返りがあると言っていたし、シエルレクト側にも何かしらのうまみがあるはず……

「良い例えがパッと出てこないな。人間からしたら不快にしかならんし、気分も悪くなりそうだが……それでも聞くか?」

「はい」

「シエルに会えば分かることではあるけど。俺の口から伝えた方が衝撃が和らぐか……でもなぁ」

 先生は俺に確認を取った後も、ぶつぶつと独り言を繰り返してなかなか本題に入らない。よほど言い難い内容なのか。

「シエルはな……人間の生き血が大好物なんだ」

「人間の……血?」

「ああ。シエルは契約を交わした人間にサークスを付かせる。それを通じて魔法を使わせてやるのと引き換えに、血液や体液を吸い上げているんだ。シエルにとって魔法使いは少量の魔力エサを与えてやるだけで、良質な糧を提供してくれる言わば家畜」

「……神が人を食うのですか」

「シエルは怖いぞ。お前も油断するとばっくりやられるかもな。血だけじゃなく、肉も好物だからね。俺がいる前では大人しくしているだろうが、目を付けられように注意しな」 

「人を食うなんて……それはもう、人間にとって脅威でしかないじゃないか。ニュアージュはそんなものを神として崇めているのですか」

「そこがシエルの賢いとこというか、抜け目無いとこというか……。お前が言うように、好き放題に人間を食い漁っていたらそれは恐怖の対象でしかない。だが、シエルは契約を交わした人間しか食わないんだよ。それに、食うと一口に言っても血液や体液が主で、命まで奪うことは滅多にない。双方が納得した上で成り立ってる関係だから、俺も手出しできないんだ」

 シエルレクトの人食いに関して、先生もあまり良くは思っていないそうだ。先生を含め神々は、食事をしなくても平気なのだと。物を食べるという行為は嗜みのひとつでしかなく、必ずしも行わなくてはいけないものではない。けれど、人間達はそんな事は知らない。力を得るために必要な代償として、己の意志で身を捧げている。力を与えてくれるシエルレクトに感謝こそすれ、敵対心などもってのほからしい。

「でも、今回の事件はそんなシエルが力を与えた人間によって引き起こされた。少なくともメーアが納得する落とし前を付ける必要がある。さて……いい感じに暗くなって来たし、そろそろ行くか」

 薄暗かった周囲はいつの間にか真っ暗になっていた。俺が父上の執務室を出たのが19時だったから、今は20時くらいか……。正確な時間を確認しようと懐に入れている時計に手を伸ばした所で、神殿の扉横に設置されたかがりに火が灯った。勢い良く燃え盛る炎……それは俺と先生が話をしていた噴水周辺までを明るく照らした。

「メーアだな、早く来いってさ。シエルが来る前に、あいつを多少なり宥めとかないと会話にならんかもな」

 先生は神殿へ向かって歩きだす。後を追うように俺もそれに続いた。先生がいて下さって良かったと心底思う。指先の震えは、決して緊張だけが理由ではないと分かっている。そんな俺の心情を見透かしたように、先生は後ろへ振り返り、にっこりと微笑んだ。

「ルーイ先生がいるから大丈夫だよ。怖いなら手繋いでやろうか?」

「……それは遠慮しておきます」

 差し出された先生の手が頭上まで移動して、俺の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。

「いっ……たっ!」

「可愛くないこと言うからでーす」

 ひとしきり頭を撫で回した先生は『ほら、行くぞ』と、俺の手を引きながら歩き始めた。断ったのに……
 掴まれているのとは反対側の手で、先生にボサボサにされてしまった髪の毛を整える。先生の手は大きくて温かい。悔しいけれど……クレハがこの方に懐いている理由が、少し分かった気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...