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90話 みつけた

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 力の気配が消えた……

『とまり木』から無我夢中で走り、ようやくリザベット橋が見えてきた所だった。王宮の方から感じた強い力……最初はひとつだったものが数十個に増え、それが今は完全に消えている。
 何が起きてるんだ。中途半端にしか状況が読み取れないのがもどかしい。クレハの力の気配は通常時と変わらず安定しているので、彼女が無事だということは辛うじて分かるけれど……
 クレハの側にはレナードとルイスがいる。彼女の護衛に付けたクラヴェル兄弟は、軍の中でもトップクラスに位置する実力者だ。そこそこ強さに自信がある俺も、このふたりには今の所勝てた事がない。彼らがいる限り、クレハは大丈夫だ。ふたりを信頼している。それに、まだクレハ達の身に何か起きたとは限らないのだ。この不穏な力の気配が、白い蝶を飛ばしていた物と同一なのかさえもわからない。
 勢い余ってルーイ先生達を置き去りにして飛び出してしまったけれど、走りながら色々なことを考えているうちに冷静になる。セドリックにもしつこく言われているが、俺はクレハが関わるとすぐに感情的になってしまう。自分でも分かっている。それでも彼女に危険が迫っているのだと想像してしまうと、居ても立っても居られないのだ。

 橋の検問所手前に到着した。この辺りを警備しているのはベアトリスの二番隊だな。周囲に怪しい人間がいないか念のため調べさせるか……
 ルーイ先生の話からニュアージュの関与が濃厚……そして白い蝶は諜報のための道具だったという予想。その場にいずとも、遥か遠くの場所を見通す力か。遠隔視とは厄介な能力だ。
 ニュアージュは位置だけ見ればうちの国と隣同士だけれど、その間には広大な海を挟んでいる為、行き来するだけでも船で何日もかかってしまう遠方の国。そんな二国だけど全く交流が無いというわけでも無く、うちの国は酒や煙草など趣向品の一部ををニュアージュから取り寄せていたりもしている。
 敵対はしていない……しかし、距離的な問題もあってかそこまで密接な関係も無い。ニュアージュの人間が何を思ってコスタビューテの王宮に手を出したのかは分からない。それこそ、ただの好奇心かもしれない。遠隔視については、先生も可能性のひとつとして見ておけと念を押していた。早合点して対処を間違えてはいけないな。まずは父上に報告し、ニュアージュについて情報を集めないと……

「レ、レオン殿下!? どうなさったのですか!! こんな所にお一人で……」

 警備兵に見つかってしまった。仕方ない……俺の金髪目立つしな。

「すまない、ベアトリスを……隊長を呼んでくれないか」

「えっ? あっ……はい! すぐに!!」

 兵士は俺の言葉に応じ、慌ただしく検問所の方へ戻って行った。
 もうこの魔力の気配は覚えた。魔法を扱える人間がそう何人もいるとは思えない。今回の事も、蝶を侵入させた者と同一人が行っていたと仮定すると、先生が言っていたように、昨日の今日でなんて大胆なヤツだ。バレて捕らえられることなど、想定すらしていないのだろうな……完全に舐められている。

「フッ……」

 口から自嘲めいた笑いが込み上げてくる。ふざけるなよ……目的が何であれ、他所の人間に好き勝手されてたまるか。絶対に見つけ出してやる。
 苛立つ気持ちとは裏腹に、体は妙に調子が良い。足元がふわふわしているような感覚で、頭も少しぼんやりしているが力が溢れてくるようだった。
 侵入者は既にこの場から立ち去っているかもしれない。遠隔視なんてものを使っているのなら、そもそも現場にすら赴いていない可能性の方が高い。それでも万が一ということがある。気配が消えてからまだそう時間が経っていないのだ。何らかの痕跡くらいは発見できるかもしれない。

「殿下! クレール隊長をお連れ致しました」

「レオン殿下、またおひとりで市街に出ていらっしゃったのですか? 部下が血相変えて呼びに来るので、何事かと思いましたよ」

 さっきの兵士がベアトリスを連れて戻って来た。彼女は俺の姿を見ると、単独行動を諌めるように軽く溜息を吐いた。すまないが、今は説教を聞いてやる暇はない。

「殿下がお強いのは知っておりますが、せめて供くらいは……」

「ベアトリス、小言は後でいくらでも聞く。急いでいるんだ。他国の間者に王宮内に侵入された。そして、そいつがまだこの近辺に潜伏している可能性がある」

「なっ……」

 俺の言葉を受け、隊長は表情を変えた。予想だにしていなかっただろう内容に、驚きを隠せていない。横にいる兵士などは口をポカンと開けて呆けている。

「詳しい経緯は追って知らせる。隊長、隊員各位は直ちに王宮周辺の捜索を行い、不審な行動をしている人間がいないか調べて欲しい」

 ベアトリスの表情が驚きから怪訝なものへと変化していく。侵入者など信じられないとでも言いたそうだ。

「殿下、お言葉ですが……何か勘違いということはないのですか。我々は昼夜問わず、このリザベット橋を中心に王宮周辺を隈なく警備しておりますれば……侵入者に気付かないなどあり得ません」

 コスタビューテの王宮は湖の中に建っているからな。島に渡るにはリザベット橋を必ず通らなければならない……湖を直接渡るのも不可能。彼女の言い分も分かる。

「お前達の警備に不備があったわけじゃない。今回に関しては、ある意味仕方がなかったともいえる。侵入者は俺と同じ……魔法を扱うことができる人間だからな」

「魔法を……?」

「そうだ。しかも、その魔法を含めて分からない事だらけでな……こんな状態でそいつを探せというのも無茶振りだとは思うが、何でもいい。少しでも手がかりが掴めればという状況だから協力して……」 

「殿下、どうしました?」
 
「……お前達、俺が合図するまでそこを動くな」




 それはきっと……普段であれば見落としていた。背後から微かに感じる不思議な力の気配。神経を集中させ、覚えたばかりのだけに的を絞り、探り続けていたからこそ気付くことができたのだろう。  
 俺は静かに後ろを振り返った。その人物との距離は5メートル程だった。迷わず後を追う。体格は中肉中背、身のこなしから年齢は20代から30代……若い男だ。服装はフードが付いた長めのコートに黒いズボン。後ろ姿を見る限りでは特に変わった所は無い。しかし、纏う魔力の気配は俺が探していたものと同じだ。
 
 見つけた――――

 心臓が早鐘を打つように騒ぎ始める。まさかこんなに早く見つかるなんて……。落ち着け、ここで焦ってはいけない。慎重に歩を進め、男との距離を狭めていく。そして……俺はゆっくりと、その男の肩に手を伸ばした。
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