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88話 反撃(2)
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屋根の上からガタガタと音が聞こえる。ルイスさんが走っているのかな……釣り小屋は木造だからよく響く。
私とリズはもう一度、バルコニーを見回した。地面にはどろどろとした塊がいくつも転がっている。急がなくては。窓を少しだけ開けて、ルイスさんがいるであろう屋根に向かって呼びかけた。
「ルイスさーん!!」
「リズか? どうしたー」
すぐに返事が返ってきた。ルイスさんの声はいつもと変わらず、息切れもしていない。疲れていないのだろうか。
「クレハ様からルイスさんにお伝えしたいことがあります。ほんの少しで良いので、降りて来て貰えませんか」
「姫さんが?」
「はい、この化け物達のことで提案があります」
リズが話し終わると、しばし沈黙が流れた。ルイスさんはどう思ったのだろうか……不安な気持ちで彼の回答を待つ。
「……了解。でも、ちょっとだけ……そうだな30秒待って。外には出るなよ」
ルイスさんはこちらの要望に応じてくれた。そして、外に出るなと更に念を押す。リズの言うことを聞いておいて良かった。
30秒か……その間も少女の分身は、体を再生させていく。気のせいかもしれないけど、さっきよりも再生スピードが遅くなっている。少し前にリズと計った時は、1分程度で元に戻っていた。それを考えると、外にいる分身達はとっくに戻っていてもおかしくないのだ。それなのに、まだ半分程度しか人型を形成できていない。間もなく30秒が経過する――
「お待たせ」
ルイスさんが屋根から飛び降りて来た。着地と同時に、いまだ完全に再生しきれていない分身達の体を切り刻む。
「30秒でも早かったか……こいつらだいぶ遅くなってるね」
遅くなってる……ルイスさんも私と同じように感じていたようだ。動きは本体の少女に比べたら元から遅くはあったけど、今はそれに輪を掛けている。
「ごめんなさい、ルイスさん。でも、どうしてもお話ししたいことがあって」
「ちょっと、ふたりが持ってるの……それ包丁じゃん。そんなの持ってどうしたの?」
このタイミングで私達がずっと握り締めていた包丁が目に入ったのか、ルイスさんは当惑している。
「こ、これは……いいんです。気にしないで下さい! そんなことより、私の話を聞いて頂けますか」
「もちろん」
私はルイスさんに、分身達の体内に入っている紙切れの事を説明した。それが彼女らの力の根源であり、紙を燃やしてしまえば、体を元に戻せなくなるのではないかと。当然仮定の話だし、どうするかはルイスさんに委ねる。
「姫さん、よく見てるね。俺は早く倒すことばっかりで、そこまで気が回らなかったよ。レナードが予想以上に手こずってるし、こいつらの相手するのもいい加減うんざりしてたんだ」
『それ、貸して』とルイスさんは、私が持っていた包丁……ではなく、火のついたロウソクを指差した。腕が一本差し込める程度の隙間だけ窓を開けて、彼は私から燭台を受け取る。バルコニーのいたる所に散らばっている分身達の体……ルイスさんはそれらに視線を巡らせた。
「ああ、これだね。姫さんの言ってた紙って……これが体の中に1枚ずつ入っているのか」
ルイスさんの足元に、あの白い紙が落ちていた。さっき私達が見たのと同じで、淡く光りを放ちながら分身達の体を呼び寄せているようだった。
「ほんとだ。注意してみると、この紙に向かって体が集まってるね。さぁて……どうなるかな」
あんな化け物の体内にある物が、普通の紙と同じように燃えるのだろうかと、今になって心配になってきた。火のついたロウソクが紙に近づけられる。
「うぉっ? あっぶねーな……」
「ルイスさん!!」
地面から鋭く尖った針のようなものが、ルイスさんの顔を目掛けて飛び出してきた。それは、紙の側に集まっていた1番大きな塊から伸びている。明らかにルイスさんを突き刺そうとした。少女達は自分の腕を変形させて武器にしていたけれど、こんなどろどろの状態でも攻撃してくるんだ。ルイスさんは、火をつけようとした手こそ止めてしまったけれど、攻撃を難無くかわして涼しい顔をしている。
「姫さん、こりゃ大当たりだぞ。こいつら、この紙を傷つけられるのは相当都合が悪いらしい」
ルイスさんが嬉しそうにこちらに向かって話しかけているが、私は気もそぞろでろくに返事を返せなかった。指先が震えている。
さっきの攻撃は、ルイスさんだから避けられた。もし、火をつけようとしたのが私やリズだったらどうなっていただろう。あの時、リズの忠告を無視していたら……今ごろ私の顔面には風穴が開いていた。想像するだけで、恐ろしい。リズは口元を両手で覆い、体を震わせていた。きっと私と同じことを考えている。
「リズ……私を止めてくれてありがとう」
リズは涙が浮かんだ瞳で何度も頷く。改めて自分の行動の軽率さを反省すると同時に、諌めてくれる友人の存在に感謝した。
「往生際が悪いっつーの」
結局、攻撃されたのはさっきの1回だけで、ルイスさんはあっさりと紙に火をつけてしまった。ロウソクの炎が紙に引火し、普通の紙と同じように燃えていく。私達3人は、その様子を固唾を呑んで見守った。
異変はすぐに現れた。紙の周辺に集まっていた体の一部が、まるで蜘蛛の子を散らすように四方八方へ動き回った。完全に一体感が失われている。そして、紙が燃え尽きてしまうと……分身の体も跡形もなく消え去ってしまったのだ。私の予想が当たっていた……
私とリズはもう一度、バルコニーを見回した。地面にはどろどろとした塊がいくつも転がっている。急がなくては。窓を少しだけ開けて、ルイスさんがいるであろう屋根に向かって呼びかけた。
「ルイスさーん!!」
「リズか? どうしたー」
すぐに返事が返ってきた。ルイスさんの声はいつもと変わらず、息切れもしていない。疲れていないのだろうか。
「クレハ様からルイスさんにお伝えしたいことがあります。ほんの少しで良いので、降りて来て貰えませんか」
「姫さんが?」
「はい、この化け物達のことで提案があります」
リズが話し終わると、しばし沈黙が流れた。ルイスさんはどう思ったのだろうか……不安な気持ちで彼の回答を待つ。
「……了解。でも、ちょっとだけ……そうだな30秒待って。外には出るなよ」
ルイスさんはこちらの要望に応じてくれた。そして、外に出るなと更に念を押す。リズの言うことを聞いておいて良かった。
30秒か……その間も少女の分身は、体を再生させていく。気のせいかもしれないけど、さっきよりも再生スピードが遅くなっている。少し前にリズと計った時は、1分程度で元に戻っていた。それを考えると、外にいる分身達はとっくに戻っていてもおかしくないのだ。それなのに、まだ半分程度しか人型を形成できていない。間もなく30秒が経過する――
「お待たせ」
ルイスさんが屋根から飛び降りて来た。着地と同時に、いまだ完全に再生しきれていない分身達の体を切り刻む。
「30秒でも早かったか……こいつらだいぶ遅くなってるね」
遅くなってる……ルイスさんも私と同じように感じていたようだ。動きは本体の少女に比べたら元から遅くはあったけど、今はそれに輪を掛けている。
「ごめんなさい、ルイスさん。でも、どうしてもお話ししたいことがあって」
「ちょっと、ふたりが持ってるの……それ包丁じゃん。そんなの持ってどうしたの?」
このタイミングで私達がずっと握り締めていた包丁が目に入ったのか、ルイスさんは当惑している。
「こ、これは……いいんです。気にしないで下さい! そんなことより、私の話を聞いて頂けますか」
「もちろん」
私はルイスさんに、分身達の体内に入っている紙切れの事を説明した。それが彼女らの力の根源であり、紙を燃やしてしまえば、体を元に戻せなくなるのではないかと。当然仮定の話だし、どうするかはルイスさんに委ねる。
「姫さん、よく見てるね。俺は早く倒すことばっかりで、そこまで気が回らなかったよ。レナードが予想以上に手こずってるし、こいつらの相手するのもいい加減うんざりしてたんだ」
『それ、貸して』とルイスさんは、私が持っていた包丁……ではなく、火のついたロウソクを指差した。腕が一本差し込める程度の隙間だけ窓を開けて、彼は私から燭台を受け取る。バルコニーのいたる所に散らばっている分身達の体……ルイスさんはそれらに視線を巡らせた。
「ああ、これだね。姫さんの言ってた紙って……これが体の中に1枚ずつ入っているのか」
ルイスさんの足元に、あの白い紙が落ちていた。さっき私達が見たのと同じで、淡く光りを放ちながら分身達の体を呼び寄せているようだった。
「ほんとだ。注意してみると、この紙に向かって体が集まってるね。さぁて……どうなるかな」
あんな化け物の体内にある物が、普通の紙と同じように燃えるのだろうかと、今になって心配になってきた。火のついたロウソクが紙に近づけられる。
「うぉっ? あっぶねーな……」
「ルイスさん!!」
地面から鋭く尖った針のようなものが、ルイスさんの顔を目掛けて飛び出してきた。それは、紙の側に集まっていた1番大きな塊から伸びている。明らかにルイスさんを突き刺そうとした。少女達は自分の腕を変形させて武器にしていたけれど、こんなどろどろの状態でも攻撃してくるんだ。ルイスさんは、火をつけようとした手こそ止めてしまったけれど、攻撃を難無くかわして涼しい顔をしている。
「姫さん、こりゃ大当たりだぞ。こいつら、この紙を傷つけられるのは相当都合が悪いらしい」
ルイスさんが嬉しそうにこちらに向かって話しかけているが、私は気もそぞろでろくに返事を返せなかった。指先が震えている。
さっきの攻撃は、ルイスさんだから避けられた。もし、火をつけようとしたのが私やリズだったらどうなっていただろう。あの時、リズの忠告を無視していたら……今ごろ私の顔面には風穴が開いていた。想像するだけで、恐ろしい。リズは口元を両手で覆い、体を震わせていた。きっと私と同じことを考えている。
「リズ……私を止めてくれてありがとう」
リズは涙が浮かんだ瞳で何度も頷く。改めて自分の行動の軽率さを反省すると同時に、諌めてくれる友人の存在に感謝した。
「往生際が悪いっつーの」
結局、攻撃されたのはさっきの1回だけで、ルイスさんはあっさりと紙に火をつけてしまった。ロウソクの炎が紙に引火し、普通の紙と同じように燃えていく。私達3人は、その様子を固唾を呑んで見守った。
異変はすぐに現れた。紙の周辺に集まっていた体の一部が、まるで蜘蛛の子を散らすように四方八方へ動き回った。完全に一体感が失われている。そして、紙が燃え尽きてしまうと……分身の体も跡形もなく消え去ってしまったのだ。私の予想が当たっていた……
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