83 / 251
82話 釣り(2)
しおりを挟む
ストラ湖の釣り堀は、陸から少し離れた湖の一定範囲に網を張り、その中に魚を放った生簀状態になっている。生簀を囲うように頑丈な足場が組まれていて、この足場の上に乗って中に放流されている魚を釣るのだそうだ。釣り小屋から生簀までは陸続きで、桟橋を渡って簡単に行くことができる。足場も広いし、私みたいな初心者でも安全に釣りを楽しめそう。でも、風が少し強いから持ち物が飛ばされないように気を付けなきゃ。
「レナードさん、この釣り堀ではどんな魚が釣れるんですか?」
「そうですねー……釣りやすいのは、ハゼとかクロダイでしょうか。ストラ湖は淡水と海水が混ざり合った汽水湖なので、魚種が豊富なんですよ」
釣った魚は持ち帰っても良いらしいので、釣れたらレオンへのお土産にしよう。大きいのを釣ってびっくりさせたいな。
「釣り小屋で魚を調理して食べることもできるんですけど、今日は管理人が不在なので……次の機会にしましょう」
「てか、そういうのはボスが一緒にいる時がいいだろ。なぁ、姫さん」
「はっ、はい」
ルイスさんにレオンの話を振られて焦ってしまった。丁度頭の中でレオンの事を考えていたからだ。まさか口に出していたのかな……いや、流石にそれはないか。きっと表情を読まれたのだろう。感情がすぐ顔に出ると、色んな人に言われ続けているが、これほどまでに分かりやすいのだとしたら、ちょっと問題だな……
「釣りをやるにあたって、忘れてはならない大切な物のひとつ……それは餌です。基本的に狙う魚の種類や、その日の天候によって選択します」
「うわぁ、すごい。生きてる……うねうね」
生簀に到着すると、早速釣りをする準備に取り掛かった。ほとんどレナードさんとルイスさんがやってくれたので、私は眺めていただけだったけど……
釣り竿の扱い方なども説明して貰い、『よし! 始めるぞ』と意気込んだところで、レナードさんが取り出した箱。その中には、ミミズのような虫がたくさん入っていたのだ。それを見た瞬間、体がぞわっとした……この虫は釣りに使う餌なんだって。
「わりぃ、姫さん。俺、虫ダメ……」
さっきまで私のすぐ隣にいたルイスさんが、数メートル離れた場所に移動していた。そして青ざめた顔で告げる。そんなルイスさんの陰に隠れて、体を小刻みに震わせているのはリズだ。『無理です、無理!!』と叫んでいる。リズまで……いつの間に。
「ルイスったら相変わらずだねぇ。クレハ様は平気? 無理しなくて良いんですよ」
「家でジェフェリーさ……庭師の方と一緒に花壇の世話をしていると、虫もよく出てきますから平気です」
素手で触るのは遠慮したいけどね。ルイスさんは虫が苦手なのか……だから釣りにあまり乗り気じゃなかったんですね。
「それじゃあ、エサ付けは私とクレハ様でやりましょうか?」
「はい!」
「クレハさまぁ……良い返事してますけど、大丈夫ですか? レナードさんにお任せした方が……」
「大丈夫、大丈夫。何事も経験だよ、リズ」
「そんな経験、クレハ様はしなくてもよろしいですよ……」
「一応、練り餌とか他の餌も持って来てるけど……リズちゃん達はこっち使う? これは小さくちぎって丸めて、針に付ければいいから簡単だよ」
虫の次に出てきたのは練り餌。これも釣り用の餌の一種で、小麦粉とかエビ粉などの材料を混ぜて、ペースト状にしたものらしい。これなら虫が苦手なルイスさんとリズでも安心だ。
「こっち! こっちがいいです。クレハ様もこれにしましょう」
「うーん……でも、私はせっかくだし虫の方に挑戦してみたいな」
「えぇ……クレハさまぁ」
信じられないとでも言いたげな顔で、リズは私を見つめていた。何なら、リズの分の餌も私が付けてあげようと思っていたのに……彼女は速攻で練り餌を使うと決めてしまった。
「お嬢様方に生き餌は厳しいだろうと思って、使わないつもりだったんですけど……。まさか、クレハ様がこんなに積極的になってくださるとは予想外でした」
「おい……じゃあ何でわざわざ持って来たんだよ! 最初から練り餌の方だけ出せば良かっただろうが」
「だって、ルイスが毎回良いリアクションしてくれるから楽しくって。ほら……クレハ様見て。ルイスったらちょっと涙目になってるんですよ、虫で」
レナードさんは笑っていた。彼の長いまつ毛で彩られた瞳は細まり、頬も薄っすら赤く染まっている。まるで恍惚感に浸っているような怪しくも美しい笑顔。何だかいけないものを垣間見たような気分だ……反応に困る。レナードさん……もしかして加虐嗜好でもあるのかな。
「俺への嫌がらせか! お前ほんと……そういうとこあるよな。腹立つ……」
「リズちゃんまで怖がらせてしまったのは、申し訳なかったです……リズちゃん、ごめんね」
「俺は? 俺にも謝れよ!!」
初めてレナードさんとルイスさんにお会いした時も、こんな感じだったなぁ。お互い遠慮無しに言い合えるのは、仲の良い証拠だ。
こんなやり取りは、自分とフィオナ姉様では絶対に想像出来ない。そもそも、私と姉様ってケンカしたことあったっけ……。目の前の兄弟に比べて、自分と姉の関係がどれだけ希薄な物だったかと思い知らされたような気がした。この兄弟なら、相手の体調の変化や異変にも気付く事が出来るのだろうな。
ふたりは大人だし、男女の差だってある。だから単純に比べられないけれど……。それでも、喧嘩するほど仲が良いを体現している様なふたりを見ていると、ちょっとだけ羨ましく、切なくなった。
「レナードさん、この釣り堀ではどんな魚が釣れるんですか?」
「そうですねー……釣りやすいのは、ハゼとかクロダイでしょうか。ストラ湖は淡水と海水が混ざり合った汽水湖なので、魚種が豊富なんですよ」
釣った魚は持ち帰っても良いらしいので、釣れたらレオンへのお土産にしよう。大きいのを釣ってびっくりさせたいな。
「釣り小屋で魚を調理して食べることもできるんですけど、今日は管理人が不在なので……次の機会にしましょう」
「てか、そういうのはボスが一緒にいる時がいいだろ。なぁ、姫さん」
「はっ、はい」
ルイスさんにレオンの話を振られて焦ってしまった。丁度頭の中でレオンの事を考えていたからだ。まさか口に出していたのかな……いや、流石にそれはないか。きっと表情を読まれたのだろう。感情がすぐ顔に出ると、色んな人に言われ続けているが、これほどまでに分かりやすいのだとしたら、ちょっと問題だな……
「釣りをやるにあたって、忘れてはならない大切な物のひとつ……それは餌です。基本的に狙う魚の種類や、その日の天候によって選択します」
「うわぁ、すごい。生きてる……うねうね」
生簀に到着すると、早速釣りをする準備に取り掛かった。ほとんどレナードさんとルイスさんがやってくれたので、私は眺めていただけだったけど……
釣り竿の扱い方なども説明して貰い、『よし! 始めるぞ』と意気込んだところで、レナードさんが取り出した箱。その中には、ミミズのような虫がたくさん入っていたのだ。それを見た瞬間、体がぞわっとした……この虫は釣りに使う餌なんだって。
「わりぃ、姫さん。俺、虫ダメ……」
さっきまで私のすぐ隣にいたルイスさんが、数メートル離れた場所に移動していた。そして青ざめた顔で告げる。そんなルイスさんの陰に隠れて、体を小刻みに震わせているのはリズだ。『無理です、無理!!』と叫んでいる。リズまで……いつの間に。
「ルイスったら相変わらずだねぇ。クレハ様は平気? 無理しなくて良いんですよ」
「家でジェフェリーさ……庭師の方と一緒に花壇の世話をしていると、虫もよく出てきますから平気です」
素手で触るのは遠慮したいけどね。ルイスさんは虫が苦手なのか……だから釣りにあまり乗り気じゃなかったんですね。
「それじゃあ、エサ付けは私とクレハ様でやりましょうか?」
「はい!」
「クレハさまぁ……良い返事してますけど、大丈夫ですか? レナードさんにお任せした方が……」
「大丈夫、大丈夫。何事も経験だよ、リズ」
「そんな経験、クレハ様はしなくてもよろしいですよ……」
「一応、練り餌とか他の餌も持って来てるけど……リズちゃん達はこっち使う? これは小さくちぎって丸めて、針に付ければいいから簡単だよ」
虫の次に出てきたのは練り餌。これも釣り用の餌の一種で、小麦粉とかエビ粉などの材料を混ぜて、ペースト状にしたものらしい。これなら虫が苦手なルイスさんとリズでも安心だ。
「こっち! こっちがいいです。クレハ様もこれにしましょう」
「うーん……でも、私はせっかくだし虫の方に挑戦してみたいな」
「えぇ……クレハさまぁ」
信じられないとでも言いたげな顔で、リズは私を見つめていた。何なら、リズの分の餌も私が付けてあげようと思っていたのに……彼女は速攻で練り餌を使うと決めてしまった。
「お嬢様方に生き餌は厳しいだろうと思って、使わないつもりだったんですけど……。まさか、クレハ様がこんなに積極的になってくださるとは予想外でした」
「おい……じゃあ何でわざわざ持って来たんだよ! 最初から練り餌の方だけ出せば良かっただろうが」
「だって、ルイスが毎回良いリアクションしてくれるから楽しくって。ほら……クレハ様見て。ルイスったらちょっと涙目になってるんですよ、虫で」
レナードさんは笑っていた。彼の長いまつ毛で彩られた瞳は細まり、頬も薄っすら赤く染まっている。まるで恍惚感に浸っているような怪しくも美しい笑顔。何だかいけないものを垣間見たような気分だ……反応に困る。レナードさん……もしかして加虐嗜好でもあるのかな。
「俺への嫌がらせか! お前ほんと……そういうとこあるよな。腹立つ……」
「リズちゃんまで怖がらせてしまったのは、申し訳なかったです……リズちゃん、ごめんね」
「俺は? 俺にも謝れよ!!」
初めてレナードさんとルイスさんにお会いした時も、こんな感じだったなぁ。お互い遠慮無しに言い合えるのは、仲の良い証拠だ。
こんなやり取りは、自分とフィオナ姉様では絶対に想像出来ない。そもそも、私と姉様ってケンカしたことあったっけ……。目の前の兄弟に比べて、自分と姉の関係がどれだけ希薄な物だったかと思い知らされたような気がした。この兄弟なら、相手の体調の変化や異変にも気付く事が出来るのだろうな。
ふたりは大人だし、男女の差だってある。だから単純に比べられないけれど……。それでも、喧嘩するほど仲が良いを体現している様なふたりを見ていると、ちょっとだけ羨ましく、切なくなった。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。

叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!
狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
「オーレリア、兄が死んだ今、この家はわしが継ぐべきだ。そうは思わんか?」。家族を馬車の事故で失ったばかりのオーレリアの元に、叔父が来てそうのたまった。この国には女では家を継げない。このままだったら大切な家を奪われてしまう。オーレリアは絶望したが、幼なじみのラルフから結婚すればいいのではないかと言われて思い直す。そうだ、急いで結婚すればいい。そうすれば叔父に家を奪われることもないはずだ。オーレリアは考えた挙げ句、恋愛感情はないけれど昔から優しくしてくれているギルバートに求婚してみようと考える。
一方ラルフはオーレリアに片想い中で…。

知らずに双子パパになっていた御曹司社長は、愛する妻子を溺愛したい
及川 桜
恋愛
児童養護施設の学習ボランティアにとんでもない男が入ってきた!?
眉目秀麗、高学歴、おまけに財閥御曹司。
不愛想でいけすかない奴だと思っていたのに、どんどん惹かれていって・・・
子どもができたことは彼には内緒。
誰よりも大切なあなたの将来のために。

おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
訳ありな家庭教師と公爵の執着
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)からHOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。
※断罪回に残酷な描写がある為、苦手な方はご注意下さい。
※只今、不定期更新中📝

婚約者に差し出された化け物公爵が、実は最強美形でした
ゆる
恋愛
「お前は、化け物公爵の婚約者になるのだ。」
孤児院で“みそっかす”扱いされ、エドラー伯爵家に引き取られるも、そこでも冷遇され続けたノイン。
唯一の娘であるエミリアの身代わりとして、呪われた“化け物”と噂されるフェルディナンド公爵の婚約者として差し出されることになった。
「これで一生、不幸が決まったわね。」
「可哀想に、あんな化け物と一緒に暮らすなんて……。」
そう嘲笑されながら送り出されたが、彼は思っていたような恐ろしい人ではなく――むしろ、誰よりも優しかった。
そしてノインは気づく。フェルディナンド公爵の“化け物の姿”が、呪いによるものだと。
「……わたしの力で、もしかしたら、公爵閣下の呪いを解けるかもしれません。」
幼い頃から人の痛みを和らげる不思議な力を持っていたノイン。
彼のために何かできるのなら――そう願った瞬間、運命が大きく動き出す!
だが、そんな二人を快く思わない者たちが、陰謀を巡らせていた。
「孤児のくせに幸せになるなんて許せない!」
「化け物公爵がさらに醜くなれば、婚約も破談になるはず……。」
しかしその悪意は、すべて自分たちへと跳ね返ることに!?
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる